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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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331 飛龍を狩る妻たち

 陽が昇る頃合いになると、万全とはいかないまでも体力温存に努めた俺たちは活動を開始する。
 ロフト形式になっていた山小屋の設計を考えたヤツは天才に違いない。
 温かな空気がロフトの場所にしっかりと滞留していたので、俺たちはハーレム大家族そろって固まる様に丸まって寝ていただけでも、随分と過ごしやすかった。
 平時は口にする事がない朝食を、ビスケットや即席スープで済ませた後で出発だ。

「今のうちに用を足しておかねえと、森に入ってから独りでいたところをワイバーンに襲われても知らねぇからな」

 山小屋に常備されていた手槍をもった俺や義姉妹を見回して、ニシカさんが森における注意事項を口にした。
 だけれど必要以上に警戒する必要はないと彼女が続ける。

「所詮は経験の足りないケダモノと、人間サマの知恵比べだ。恐れる事はねえからね。落ち着いて相手のいる場所を見つけて先回りし、一頭ずつ確実に仕留めていけば何という事はない相手だ」
「けどニシカさん。この森は俺たちのよく知っているサルワタの森というわけじゃないんだぞ……」

 よく知っているというほど俺はサルワタの森を熟知しているわけではないけれど、ニシカさんはサルワタの広大な森を縄張りにしていたあの森の絶対的頂点捕食者だ。
 けれどここはブルカ街道の北に広がる、男装の麗人が用意した地図だけが頼りな見知らぬ土地である。
 その事をニシカさんにご注進したところ、防寒具の上からでも張り出した大きなお胸の隙間に手を突っ込むではないか。
 飛龍の逆鱗のアクセサリと一緒に、金属タグを引っ張り出して俺に見せつけて来る。

「おいおい相棒とも思えねぇ口ぶりだぜ。オレと手前ぇは、猟師であると同時に冒険者だぜ?」
「確かに冒険者タグは持っている。なるほど、猟師は自分のフィールドで獲物を狩り、冒険者は未踏の地で獲物を狩る」
「そういうこった。少なくともバジリスクは見知らぬ土地でも仕留める事が出来たからな、あの時は四人でべらぼうにデカい熊トカゲを相手にしたんだから、今度は六人も雁首そろえてできねぇって話はないだろうぜ。ん?」

 全員をゆっくりと見回した鱗裂きは、片眼をつむってウィンクをひとつ飛ばして見せた。
 だから眼帯をしているニシカさんがそれをしたら、眼をパチクリしているだけにしかならないんだってば!

「わ、わたくしは手槍を上手に使う自信が無いので、できれば山小屋に用意されていた槍を使いたいのですけれども。軍役時代から慣れ親しんだものの方が……」
「それを言えば、わたしも自分のグレイブを使わせてもらいたいものだ。ちゃんと持ってきたのだからアレで」

 そんな蛸足奥さんや蛇足奥さんの愛用の武器を求める言葉に、いたって真面目な顔をしたけもみみがそれを否定する。

「ふたりとも、シューターさんの指示には従った方がいいよ。重たい武器はいざという時に、自分の体力を奪う事になるから」
「確かに手槍はその点で取り回しが楽だし、これを持って森の中を歩き回っても疲労がたまりにくい」
「わ、わかりましたわ」
「愛しいひとの命令であれば嫌も応もないな……」

 俺もその言葉に同意を示すと、顔を見合わせたカラメルネーゼさんとソープ嬢はすごすご引き下がった。
 問題は助言を口にしたけもみみが、未だにピリピリとした表情で俺とニシカさんを見ている事だろう。
 男装の麗人に至っては、昨夜からまるで元気が無くなって土色の顔をしたままだった。いや、ベローチュは元から褐色お肌をしているのだから、いつも通りに見えなくもない。
 けれど感情を発露すると、男装の麗人は頬を朱に染めるところがあるので、やはり緊張していることは間違いない。

「大丈夫だ、俺でもはじめてワイバーンと対峙した時にチビる事は無かったからね」

 女領主は見事にお股の下に水たまりを作っていたけれど、それはジョビジョバの一族だからしょうがないね。
 俺はけもみみ奥さんと褐色長耳奥さんの肩に腕を回しながら安心させようとそんな言葉を口にした。

「それはご主人さまが女神様の祝福を受けた守護聖人さまだからです」
「シューターさんは特別だよ。怖いもの知らずだからね」

 俺だって怖いよ!
 けどまあマイクロバスみたいな巨大なワイバーンじゃなくて、子供だけって言うじゃないか。
 大丈夫だ、問題ない。

     ◆

 山小屋でひと晩過ごしてわかった事がある。
 もしもゴルゴライ戦線が膠着状態になって盟主連合軍とブルカ同盟軍が冬季の睨み合いとなっていた場合、この様な山小屋を活動拠点として、ブルカ同盟軍の工作員たちが森林地帯から侵入工作を試みていただろうという事だ。
 馬を休ませる設備や非常食の備えもあり、弓矢に剣の備蓄も少なからずあった。
 手槍が常備されていたのは、もとが冬季の狩猟拠点に使われるための目的で作られた小屋だからだろう。

 地図を確認したところ、こうした冬場の狩猟拠点が森林のあちこちに点在している事がわかった。
 夜の備えとしては十分にこれらを活用すればやり過ごす事ができる。

 問題はそこではなく、ニシカさんが餌となった動物の残骸を調べた限りでは、飛翔動物のワイバーンたちが広域に飛び回って獲物を探している事だろうか。

「今ギムルたちは、確かヴァギという村の攻略に取りかかっているんだったな?」
「はい。ヴァギの村はシャブリン修道院の北西に位置し、ちょうど森林地帯の外縁にかかる辺りを領している土地です。領主は騎士爵と位階は低いですが、ブルカ辺境伯と昵懇の間柄とか」
「ヴァギの領地の半分以上が森と森に面する入り組んだ土地というわけだ。今オレたちがいる場所が、アナホールとかいう村の北側、ここから一郷余り進んだ場所がヴァギだな」

 道中、地図に視線を落とすニシカさんと男装の麗人に現状位置の判断は任せて、俺たちは周辺警戒を怠らない。
 意外にもニシカさんを除けば平気な顔をしている女魔法使いが、お手製の護符を片時も離さずに薄どんよりとした空を岩の上で一望しながら監視にあったっていた。
 けもみみも短弓をいつでも射てる準備をしていたけれど、猟師として大物のワイバーンを相手にささやかな攻撃にしかならない事も理解しているのか、ソワソワは収まらない様子だった。

「ニシカさん。あの茂みのずっとずっと向こうで、狼たちが集まっている気配を感じるよ」
「おう、耳のよろしい事だぜ。オレも気が付かなかった」
「ううん匂いだよ。腐臭と、それから興奮した狼たちの匂いが伝わってくる」

 風向きからそれを感じたんだろうか、地図から顔を上げたニシカさんにけもみみが素早く報告をしていた。
 モノの本によればハイエナの嗅覚は非常に鋭いと書かれていた気がする。だからハイエナ獣人のエルパコはニシカさんをも上回る嗅覚を持っているという事だな。
 ニシカさんの嗅覚が発揮するのはお酒関連だけという事だろう。

 などと馬鹿な事を思っていると、不意にニシカさんが地図を男装の麗人に押し付けながら動き出した。
 おもむろに背中の矢筒をゴソリと探り、切り株に立てかけていた長弓を手にする。
 そのまま俺にチラリと無言で視線を送りながら、足を速めつつ深い雲の狭間を見上げるではないか。

「ど、どうしたの愛しいひと?!」
「来たぞ。エルパコ、マドゥーシャ、用意しろ!」

 俺には理解できた。
 ニシカさんの蛮族的勘が働きでもして、雲間の隙間からぬっと黒い三つの影が飛び出してくるのを予測したのだと。

 いったいどうなってそれが感知できたのか知れないが、弓を引き絞った彼女がじっと一点を見上げながら無言で集中をはじめたのだ。
 一頭を先頭に、遅れてその左右に並ぶ他の二頭。

「ギャオス! ギャオウス!」

 少し離れたところからぬっと顔を出した連中は、咆哮をまき散らしながらもどうやら先ほどエルパコが察知した狼の群れがいる方向を目指しているらしい。

「ニ、ニシカさん、どうしたらいいの?!」
「ニシカさんに話しかけるな。今集中して風の魔法を練り上げているところだからな」
「じゃあどうすれば……」

 ここまであわてているけもみみを見るのは珍しいが、それを見てる余裕はなかった。
 もしかすると咆哮に乗った人間たちを恐怖させる魔法の効果なのかもしれない。
 間違いない、あのシルエットは見覚えがあるものだったし、それが三頭も陣形を組む様にしてトライアングルを形成しているのだから恐怖は三倍だ。
 そんな咆哮にもめげず、飄々とした女魔法使いは監視に付いていた岩の上から飛び降りて俺に駆け寄る。

「ニシカさんが矢を放ったら、一頭は確実に手負いになる。たぶん落ちるから、もう一頭をどうにかしろ」
「わかりました。おちんぎんか何か弾んでくれますか!」
「おちんぎんはカサンドラと相談しなさい。それ以外は俺でできる事は何でもするッ。ニシカさんが動くぞ!」

 奥さんたちはひとまず武器を手に手に空を見上げながら身構える。
 ワイバーンは俺たちの上空を通過しようとした。

「馬鹿なケダモノは無防備な下腹をさらけ出してやがるぜ。見ろよシューター、若いってのは命知らずだな……」
「やれますか」
「一頭はな、だがいくらオレでも同時に三頭は無理だぜ……」

 そうしてニシカさんがバシンと強弓を放った次の瞬間、凄まじい弓勢で矢が飛び出していったのだ。
 しなる様な彼女の体から打ち出されたそれは、風の魔法によってさらに勢いを増して空を斬り裂き、そして先頭のワイバーンの腹に飛び込んだ。

 肺臓に深々と突き刺さった先頭のワイバーンは「ドオオオン!」とけたたましい雄叫びをひとつ上げたところで墜落し始め、驚いた他の二頭は左右にあわてて散開する。

「マドゥーシャやれ!」
「フィジカル・マジカル・アンタッチャブル!!」

 俺の号令と同時に女魔法使いが上空に炎上しはじめた護符を持ち上げる。
 すると次の瞬間に大気が歪む様な激しいざわめきが広がって、そいつが上空に向けて撃ち放たれていく。
 確かオレンジハゲを相手にした時に、切り札的な使い方をした魔法のはずだ。
 今度は大地に叩きつけるのではなくて、上空に向けてそれをぶち上げたのだからたまらない。

 右手に急旋回したワイバーンの翼に直撃したらしく、あらぬ方向に翼の骨がねじ曲がりそのその飛龍も墜落しはじめた。
 最後の一頭は、立て続けに弓を弾き絞ったニシカさんが、キュルルとと金切り音を鳴らす笛矢を放ったところで見失ってしまった。

「逃がしておしまいになったのですこと?!」
「いや、笛矢が胴体のどこかに刺さっているみたいだぞカラメル義姉さん。飛んでる間は音がするからわかる」

 出番が無かったカラメルネーゼさんとソープ嬢は、顔を見合わせてそんな事を口々に言っていた。
 けれど、飛龍たちが墜落して激突した瞬間を見届けて、いよいよやることが無かった俺たちの出番が回ってくる。

「トドメをさすぞ。奥さんたち急ごう!」

 恐らくニシカさんが肺臓を一撃て貫かれたワイバーンは、時間を置かずして絶命するはずだ。
 問題はひしゃげた片羽根のもう一頭だ。体や羽根をバタつかせながら転がる様に森の木々にぶつかりつつ、姿を消した。

「手負いになっている、無理に近づかずに様子を見ながら包囲するぞ!」
「わ、わかりましたご主人さま」
「手槍だと小さすぎないかなシューターさん……」

 前に出るのは俺がやる事だ。
 結局サルワタの森で凶悪な近年まれにみる巨大ワイバーンと対峙した時も、数を頼みに無理をしても被害が増えるばかりだった。
 それよりは経験者の俺の方が、いくらか攻撃できる気がする。
 後は女魔法使いもいるしな。

「シューター、接近戦はお前ェの領分だから任せるぜ」

 簡単に言ってくれるんじゃないよ!
 すれ違いざまにそんな言葉を口にしたニシカさんに、俺は不平不満をぶつけてやりたかった。
 だが鱗裂きの二つ名を持つ彼女も、ちゃんと俺の横に並んで一緒に前に飛び出す覚悟はあるらしいね。
 相棒は頼もしい限りだ。
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