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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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330 突然ですが、黄色い蛮族特有の冬の風物詩がやって来ました

 静寂の広がる夜中の森を移動して、男装の麗人と女魔法使いの待つ山小屋へと到着した。
 寝支度をする間、連れていた六頭の馬は小屋の側にある柵に入れておく。
 運がいいのか悪いのか、ボロボロになった飼葉が積んであって馬たちは勝手にムシャムシャとはじめていた。

「後で水の用意と馬の餌をどうにかしなくちゃいけないですね」
「この程度の雪でしたら、馬たちも下草を掘り起こして食べるぐらいはできますわよ。本土の馬はともかくとして、野生の馬の血が濃い辺境産や野牛産の馬は、その程度の事は自分でやってのけますわ」
「たくましいお馬さんで大助かりだ。じゃあ俺たちの食事の準備だけしてしまおう」

 メンバーそれぞれの顔を確認した俺は、カラメルネーゼさんの言葉にうなずいてみせた。
 山小屋の中がどうなっているのか確認してみると、立て付けの悪い扉に目をつぶればロッジみたいな造りになっていて申し分ない様だ。
 恐らくは冬場には暖炉を兼ねる土窯がちゃんとある辺りは、猟師小屋と基本構造が同じらしい。

「違うところがあるとすれば、広さが段違いな事だろうか。ロフトがあるんだなぁ羨ましいぜ」
「仮にもお貴族さまのお言葉とは思えませんよ閣下。サルワタにあるというお城は四階建ての豪華絢爛なものなんですよ! わたしも奥さんの末席として、高い場所に私室を与えてもらえる日が来るかもしれないと思うと、今からワクワクしますっ」
「マドゥーシャくん。お城の高い場所にある部屋ってのは、幽閉される人間が軟禁されちゃう場所なんだぞ」
「ヒッ?!」

 馬から旅荷を下ろしてそんな感想を口にすると、ちょっかいを出す様に女魔法使いが茶々を入れてきた。
 貧しい庶民出身の彼女は、お城の塔にある部屋が監獄であるという認識が無かったらしい。
 その事をさりげなく俺が披露してやると、とても驚いた顔をして「地下大好き、地下幸せっ!」と意味不明な事を口走った。
 地下は地下で、サルワタの石塔地下には牢屋があるんだけどね。
 高い場所は高貴な身の上専用で、低い場所は扱いの悪い虜囚のぶち込まれる場所だ。

「本来ならば今頃、サルワタにあるお城の高い塔にオレンジおハゲさんがぶち込まれていたはずだったのですわ。ゴルゴライの戦争奴隷収容所も満員になっておりますので、近いうちに戦争奴隷の移動が行われるはずですわね」
「かつて愛しかったミゲルも哀れなものだ。権力に溺れた男の末路として、そして恋人であった者としてこれほど恥ずかしい事はない」
「それはどうですかねえ。わたくしの思うところ、大変失礼ながら恋人だと思っていたのはソープさん、あなただけの事だったのかも知れませんわよ」
「それならそれで、わたしの心も少し晴れやかになるというものだ。あの男は虜囚となって、わたしは晴れて素晴らしい外の世界で一族の血を絶やさぬ事ができる様、夫に恵まれた」

 あっはっは、おっほっほと蛸足アンド蛇足さんたちが、意外にも綺麗な木のソファに腰を下ろして哄笑しているではないか。
 俺はというとけもみみ奥さんと、土窯の中に薪を放り込んで暖を取る用意をする。
 毛布や寝袋の類を二階建て構造のロフトに放り込んだ女魔法使いがそこにやって来て、ささやかなおちんぎんビームで着火だ。

「マドゥーシャも少しは頼りになるよね。着火剤を用意しなくていいから楽でいいや」
「硫黄の粉末はわたしの必需品ですからね。しかもこれ、閣下の家臣ならばタダで手にれたい放題になったから、いくらでも使えますし」
「それならシューターさん、マドゥーシャのおちんぎんから硫黄の粉末の代金を差っ引いたらいいと思うよ」
「何てことを言うんですかエルパコ奥さま! 閣下も何か言ってくださいよっ」

 おちんぎんが減った分だけ、おちんぎんに似た何かで満たしてあげようか? グヘヘ。
 などとけもみみと女魔法使いのやり取りを見て、疲れからかおかしな妄想を巡らせていたけれども。
 その思考はアッサリと遮断されてしまった。

「ところでニシカ義姉さんは、どこまで様子見に出たのだろうか」

 木のソファで不慣れな足を放り出してくつろいでいたソープ嬢が、そんな言葉を口にしたからである。

「ニシカさんは動物の死骸をあちこちでみつけたんだ。ヘラジカや野牛の死骸みたいな大きなものだったから、ここらに大型の捕食獣がいるんじゃないかって探しに出かけたんだよ」
「野牛って、ミノタウロスのだろうかエルパコ義姉さん?!」
「違うよ、野牛は野牛でも野生の牛だよ。顔だけ残骸がそっくり残っていて、胴体はムシャムシャやられていたんだ。背骨がバキバキになっていたから、単独で狩りをしている大きな捕食獣でぼくも間違いないと思うよ」
「…………」
「それから野牛の脚や他の場所は、狼たちがかじったんじゃないかな?」

 けもみみが無表情にそんな解説をしたものだから、ソープ嬢は鱗状の人間脚の太ももをほぐす動きを止めて興覚めの顔をしていた。

「蛇は獲物を丸呑みにするものだ。獲物を砕いて食べる作法は無慈悲の行いだと母親に聞いた事がある……」

 あ、いやわたしは仮にも人間の末席にあたるラミア族だからそんな事はしないけれども。
 そんな言い訳を俺の顔を見てあわてて口にしたけれど、バキバキにするのも丸呑みにするのも俺からすればちょっと驚きだ。

「ご主人さま。ニシカさんのご様子が心配でしたら、わたしが少し外の様子を見てくることにしましょうか」
「いや、ベローチュも疲れているだろうから食事の準備をしてここで休んでいなさい。ニシカさんが下手をうつなんて事はあり得ないだろうから。それに何かあれば、信号矢を放って知らせをくれるはずだ」

 わかりましたと貴人に対する礼をしてみせたベローチュをその場に残しながら、俺はけもみみとともに、蛸足麗人と蛇足麗人の座る木のソファに腰を落ち着けた。
 ソファが狭いので、けもみみは必然的に俺の膝の間に収まることになる。

「えへへ。特等席はぼくのものだよ」
「何事も順番が大切ですので、その席は第四夫人さまにお譲りしますわ」
「カラメルネーゼさんは昨夜存分にそこを堪能したであろう。贅沢は敵だというぞ」

 何やら奥さんたちはぴいちくぱあちくと雑談を始めたけれど、俺は思考を巡らせる。

「ニシカさんがいれば、ここはニシカさんの席だもんね」


 俺にとっては相棒であり、猟師としては師匠みたいなものであるニシカさんだ。
 単独でワイバーンを仕留める様な彼女を、フィールドに出ている時に俺が心配してもどうにかなるものじゃないだろう。
 同じ猟師のエルパコも特段気にした様子がないところを見ると、問題はないものだと思っているはずだ。

「それぐらいわたしもシューターさんの信頼を得られるだけの関係を築きたいものだな」
「夫婦なのですから、時間をかけてこれから育んでいけばよろしいのですわ。焦りは禁物というもの、おーっほっほっほ!」
「ぼくは無条件にシューターさんを信頼しているよ。でもシューターさん、尻尾をむにむにするのはよしてくれないかな。あン、みんな見てるし」

 いや本当のところ、俺はやっぱりニシカさんが心配だ。
 多分俺より強く頼りになり、ガサツな男勝りなところはあるが、女性で奥さんには違いない。
 抱きしめればやっぱり長身な彼女でも、女性特有の華奢なくびれはあるし、酒を呑んだり疲れていれば油断も生じる人間そのものだ。
 奥さんが黄色い蛮族だからって、それを心配しない夫はいないだろう。

「尻尾は性感帯なんですこと?」
「そういうわけじゃないけれど、考え事をしている時のシューターさんは同じところを何度も触るらかね」
「くすぐったいというわけだなわかるぞ。シューターさんは鱗肌のわたしの太ももも、撫で回すのが大好きだからな」
「そう考えると変態ですわね。わたくしはいつも抱きしめる側なので知りませんでしたわ」
「他所の女のひとにそれをしないんだったら、平気だよ。村の娘に手を出したりしなければ、義姉さんも気にしないだろうし」

 けれども、この場にいる俺があまり不安な顔をすれば、それは周りの人間に伝播するってもんだからな。
 夏場に深い森の中で生活をしていた野生動物、特に鹿や猪に野生の牛といった連中は、食べ物が貧困になり積雪が始まる時期になると里の近くにやって来るものだそうだ。
 確かモノの本によれば、ニホンジカの脚は雪の中にズボズボ嵌るので、天敵である狼を避けるために冬場は山を下りて平野部に移動するらしい。

「しかし立派な山小屋ですね先輩。ここは何に使う小屋なんでしょう、大人数が寝泊まりできる設備と、ちゃんと暖を取れて長期間休憩できる用意がされていますよ」
「自分もそこは気になっていたところです。地図にこの場所があると地元の難民から情報を聞いた時は、冬場に備えて用意された拠点だと聞いていたけれど。例年ならここが、マンモス狩りやワイバーン狩りの拠点になっていたのでしょうが、どう思われますかご主人さま?」
「薪もあるし、傷んでいたけど秋のうちに持ち込まれた干し草も馬用に用意されていました。狩猟に馬を使うのはお貴族さまぐらいで、普通は足で森の奥に入りますからね。いったい逆賊どもは何に山小屋を使うつもりだったのか。プンプン」

 してみると、そういう理屈でワイバーンやリンクス、あるいはホラアナライオンといったこのファンタジー世界ではお馴染みらしい捕食獣たちは、それを追いかけて平野部にやってくるわけだ。
 俺はホラアナライオンというのをこの眼で見た事はないけれど、きっと俺の知っているライオンを馬鹿デカくしたヤツが群れをなしている様なイメージで間違いないはずだ。

「ああでも。大型の捕食獣がバキリとやっていた事を考えると、リンクスか別の捕食獣という事になるのかな?」
「ようやくシューターさんが思考の迷走から帰ってきましたわ」
「そ、そろそろ尻尾を離してくれないかなシューターさん。ぼくドキドキが止まらないよ……」
「愛しいひとはエルパコ義姉さんの尻尾を触りながら、その間ずっとわたしの太ももを撫で続けていた」

 誰かご当地の人間でもいればそれを教えてくれるかもしれないが、残念ながらゴルゴライ戦線の出身者というのはこの場にはいない。
 そこで料理の支度を女魔法使いと手分けしながらしていた男装の麗人が、木のマグカップに白湯を入れて

「ご主人さま。その地元民からの報告では、この辺りにはホラアナライオンは生息していない様ですし、リンクスも体のサイズがさほど大きくなるまでに狩られてしまって存在しないとの事」
「するとニシカさんが、いつまでたっても帰ってこないぐらい厄介なヤツが森の中にいるって事は……」

 あんまり考えたくないけれど、そいつはワイバーンじゃないだいだろうかと俺は思案した。
 そうしてその予感はどうやら的中していたらしく、静けさに包まれた山小屋に姿を現したニシカさんが血塗られた頬のまま扉を開けたのである。

「若い飛龍どもが、この森の辺りまで餌を探して南下してきたらしいぜ」
「に、ニシカさんその顔……」
「安心しろよな相棒、この血はワイバーンの返り血だ」

 ギイバタン。
 雪を払いながら扉を閉めてニッコリと笑った彼女の顔色は、久しぶりに見た野生じみた表情そのものだった。
 むかし俺が彼女とともにサルワタの森で巨大なワイバーンを仕留めた時に見せた、恐れるものが何もないという表情のそれ。

「一頭、地上で羽根休めをしていたので仕留めてきた。ほれよ、まだ若いから小さいが証拠の逆鱗だ。煎じて飲めば百薬の長になるとかいうから、領主さまに呑ませて子供の健康でも祈ればいいぜ」
「という事はすでにワイバーンの危険は除外されたという事でしょうか、ニシカ奥さま」
「いや、巣立ちをしてすぐの若いワイバーンどもは、しばらくは親に世話を焼かれるか、兄弟姉妹で乳繰り合いながら群れて過ごすからな。他にも何頭かいると思って間違いないぜ」

 ニシカさんの推測によれば、ゴルゴライ戦線で大量に人間が戦死した結果、それらの死肉を漁るために遥かサルワタの北からワイバーンたちが飛来したのではないかという。
 若い飛龍は単独で狩りをする技術も未熟なので、容易に手に入るそれを求めているのだという。

「ギムルの旦那もつくづくワイバーンと縁がある男だな」
「ニシカさん、ワイバーンを仕留めたくてウズウズしてるんじゃないですか?」
「バッカそんなわきゃねえだろ! まあだがよ、義母ちゃんとしては義息子の面倒を見るのは当然だからな、お前ぇたちも母親としてギムルのケツを掘ろうと狙っている連中を始末する手伝い、やっておくれよな」

 俺はまだいい。
 ワイバーンと聞いて上機嫌に話して見せる鱗裂きモードのニシカさんと、ワイバーンやバジリスクを倒した経験があるからな。
 けれども露骨に顔を引きつらせているのが、カラメルネーゼさんとベローチュだ。
 様子がよくわかっていない風のソープ嬢はともかくとして、普段はぼけーっとしていて何を考えているのかわからないエルパコですら、けもみみをせわしなく動かしながら緊張しているのがわかる。

「どうしたお前ぇら? おあつらえ向きに獲物が飛んで来たんぜ。っと喜べよなおい!」

 ギムル視察はそっちのけ。
 やっぱりワイバーン仕留めたくて有頂天のニシカさんである。


次回。
冬を越した数だけワイバーンを倒さないと気が済まない、黄色い蛮族のターンです。
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