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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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329 月夜の雪は奇麗ですね

 雪に閉ざされた森の中を進む事は想像以上に容易ではなかった。
 まず爪先を濡らさない工夫が重要で、そこから凍傷にでもなってしまえば大事になる。

 装具もまともにないファンタジー世界であっても、そこはニシカさんの経験から色々なアドバイスをもらって工夫をしていた。
 例えば防水のためにブーツの上から革状の長靴を装着し、さらに藁束を巻いて滑り止めにした。
 新雪の柔らかな雪の中を歩くのには適していて、なるほどなあと舌を巻いたものである。

「無理に森の奥を進む必要はねえからな。雪原が目視できる辺りを進んでいればそれでいい」

 ニシカさんのアドバイスに従って、開墾された畑の様子が木々の狭間が見える辺りを西進する。
 ほとんど無言の道中、集落と思しき場所から煙が上がっているのを見ると、恐らくは占領地に前進した騎士修道会の部隊が駐留しているのだろうと理解できた。

「本当はあそこで休憩できれば一番なんだけれど、今回はお忍びで視察だからね」
「すると火を起こす事もできないのか、愛しいひとよ」
「いやさすがに、その時は森の少し深い場所に移動して休息を取るようにするから問題ないよ。こんだけ寒いと駐留している修道騎士や従士のみなさんも、外に出て常時監視しているという事もないでしょう」

 寒そうに俺の引く馬に乗ったソープ嬢が、悲しい顔で訴えてきた。
 勝手な推測だが、よほど任務に熱心な人間でもいなければ大丈夫だろうと俺は思った。
 そんな俺の回答に男装の麗人も同意してくれる。

「それにご主人さまが言う通り、警戒すべきは街道沿いです。あるいは森の中についてはサルワタの猟兵部隊が警備にあたっているはずなので、安心している事でしょう」
「それもそうですわね。ギムルさんにわたくしたちの視察を感づかれなければいいのであって、サルワタ猟師のチームに発見されるぶんには問題はありませんもの」

 白い息を口から吐き出しながら軍馬を引きつつ、男装の麗人の言葉に納得のカラメルネーゼさんだ。
 けれども先頭を歩いていたニシカさんが振り返って、ちょっと恐ろしい事を口にするじゃないか。

「問題は敵同士だと勘違いして、同士討ちにならねぇようにする事だな。何しろギムルの旦那ンところには、マイサンドラが付いているはずだ」
「まさかマイサンドラさんが同士討ちにかこつけて、わたくしたちを仕留めにかかるなんて事はありませんわよねっ……?」
「大丈夫だよ。シューターさんは辺境不敗だから、全裸になれば誰だって返り討ちさ」

 蛸足麗人はおどけた調子で怖がってみせると、けもみみがニッコリわらってそんな事を言った。
 いや、寒い雪に閉ざされた森の中で全裸になるのはごめん被ります。

「マイサンドラさんって女性でしょ? いつもみたいに閣下が寝台でギャンと言わせてやればいいんですよ、ギャンと! ウフフ」

 ウフフじゃねえ!
 女魔法使いの失礼な物言いに俺が抗議の視線を向けると、あわてて女魔法使いは視線を反らして明後日の方角を向く。

     ◆

 深い夜を迎える前にニシカさんが早めの行軍中断を指示すると、雪の中にも関わらず身軽に動き回るニシカさんとエルパコとベローチュ、それに女魔法使いの四人で、どこか休むのに適した場所を探して散っていった。
 しばらく凍てついた空気の中で薄暗くなりつつある空を見上げていると、傍らにカラメルネーゼさんとソープ嬢がやって来る。
 静かすぎる森の中では、妙な寂しさやもの悲しさが込み上げてくるのか、自然と身を寄せ合う様にしてじっとするのだ。

「雪がやみましたわね……」
「そうだな。外の世界というのはもっと喧騒に包まれたものだと思ったが、雪の森はとても静かで、何だかとても心が締め付けられる思いだ」

 何だろうね。
 ふたりの奥さんがそれぞれ片腕を手に取って、空を見上げるというシチュエーションだ。
 寒い事を我慢すればなかなかロマンチックで悪くない気分だぜ。
 雪を払って大きな岩に腰かけた俺たちは、他の奥さんたちが戻るのを待ちながらじっと寒さに耐えつつ世間話をする。

「わたくしは平野部の王都近郊で生まれ育ちましたので、外の世界を知ったのは騎士見習いになってから、それこそ貴族軍人として国境地帯に赴任してからの事ですわね。ひとの丈ほども降り積もった雪を眼の前にして言葉を失った記憶がございますわ」
「そういう意味で、わたしもカラメル義姉さんも箱入り娘というわけだ」

 白い吐息が口から漏れるのを、まるで子供の様に不思議そうに見つめてソープ嬢を手で追いかけてみせる。
 皮の手袋がそれを掴む事はできないので、当然ぐっと握りしめたそこから漏れ消えた。

「どうだい奥さん、そんな外の世界にも少しは慣れてきましたか」
「何もかもが初めての体験で、やはり驚きの方が今も勝っている。冷たい空気は体の芯に刺さる様に感じるし、足の感覚も未だに不思議で一杯だ」
「そうですわね。歩くという経験そのものが今日初めてしたのですもの、当然ですわ」

 ごわついた防寒具の上からソープ嬢の脚に触れると、彼女は嫌がるそぶりも見せずに黙っていた。
 このズボンの下には爬虫類を連想させる様な地肌の人間脚がある事は、視察に出かける前の支度中にチラリと目撃した。
 頼りない足取りで軍馬に跨る彼女が妙に初々しかったし、今もこうして俺の視線に応えて向き直る表情は緊張がうかがえた。

「わたくしの触手とは違った足の苦労が、ソープさんにはあるという事ですわね」
「まあ何事も慣れ、何事も経験だという事をシューターさんに教わった。しかしまだこの足で走れと言われると困るな」
「どれぐらいでその魔法は解けておしまいになるのかしら?」
「無理をしなければ四日ほど、無理をすれば二日もしないうちにだそうだ」

 たぶん無理をしなければと言うのは、普通にしていれば禁呪の効力がしばらく続くって意味だろうね。軍馬に跨って移動していればよし、不慣れな自分の脚で歩く事をしてれば禁呪が解けてしまうのかも知れない。

「いにしえの魔法使いの禁呪について勉強をはじめたところだ。何れシューターさんの役に立って恩返しをしたいと思えば、これは身につけておきたいところだ」
「わたくしは魔法の才能がサッパリなので羨ましい限りですわ。ッヨイ子ちゃんが駄目なら、ドロシアさんに相談してみようかしらね?」

 カラメルネーゼさんとソープ嬢が、身を乗り出して俺の前で雑談を楽しんでいる。
 戦場の視察にこれから向かうとは思えないほっと一息を付く時間に、我ながら少しの幸せを覚えた。

「おおっ。雲が晴れて月が顔を出しましたよ、奥さんたち」
「本当ですわね。木々の枝に乗った雪が照らされて、とても綺麗に見えますわ」
「こんな幻想的な光景は、ダンジョン暮らしをしていても見る事ができない」

 ふたりの奥さんたちを抱き寄せながら月夜の雪を堪能していると……
 視界の端に指をくわえてこちらを見ているけもみみ奥さんがいるではないか。

「わっエルパコ?! いつからそこに居たんだっ」
「シューターさんがエッチな顔をして、ソープさんの脚を撫で撫でしていたところからだよ」
「最初からかよっ」
「ベローチュの指示で、女魔法使いが地図に載っていた使われていない山小屋を見つけたから、来るように言っているよ」

 油断していたぜ。
 このファンタジー世界に来てからこっち、普段なら神経をとがらせている事が多くて誰かの気配には過敏に反応する様になっていた。
 ところがエルパコはそれ以上に気配を消すのが上手い。

「い、急いで馬を移動させたほうがよろしいですわねっ。深い雪の森を歩いていたのでお疲れでしょう
「シューターさん、馬に乗せてくれないかっ」

 そそくさとふたりの奥さんは立ち上がって、ベローチュと女魔法使いの待っているという山小屋の場所に移動する。
 ふたりがちょっとあわてていたのは、自分たちだけいい雰囲気になっていたからだろうか。

「ニシカさんはどうした?」
「近くに捕食動物の気配があるみたいで、様子見に出て行ったよ」

 さすが凄腕猟師のニシカさんだ。
 森の中で何かの兆候を見つけたのかも知れない。
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