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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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328 冬籠りと胎動 4

 ゴルゴライ領の西方地帯に広がる村々を占領したギムル軍のみなさんは、そのままアナホールの村へと前進を果たした。
 道中では野盗となったブルカ同盟軍の残党が軽度の抵抗を試みた様であったけれど、これは難なく排除されて彼らの軍勢はシャブリン修道院の跡地へと前進を果たしたらしい。

「ここに至り雪がちらつきはじめたというわけだ。今年は例年よりも早く積雪がはじまっているから、ブルカの抵抗勢力もギムルさんの遠征軍も、ここから動きが鈍くなることが予想できる」

 俺は言葉を区切り地図から顔を上げると、集まったメンバーを見回した。
 迎賓館の応接セットを囲んでいるのは俺に膝に座ったようじょの他はニシカさんにタンヌダルクちゃん、それからベローチュにカラメルネーゼさん、ソープ嬢。
 アレクサンドロシアちゃんも今日は体調がいいのか、俺の隣で腕組みをして時折レモンの切れ端をつまんでは食べては酸っぱい顔をしていた。

「ご主人さま。ギムル卿からの報告ではシャブリン修道院の先、つまり在郷の貴族が未だに治めているいくつかの村々では、頑強な砦を築いて抵抗の姿勢を見せているという事ですが」
「そうだの。この冬を何としても死守する事ができれば、それはすなわち来春の反攻作戦に出るであろうオレンジハゲの軍勢が援軍に駆けつける事になる。村全体を支配できずとも、山なり森なりに存在する砦に籠ってやり過ごす事ができれば、わらわたち盟主連合軍の背後に敵を残す事になるからな」

 そこなんだよなあ。
 ギムルの率いている軍勢は、雁木マリが援軍として送り出した修道騎士隊のいくつかを合わせても、主力となる野牛の軍勢とともに一〇〇〇を少し上回る程度の規模だ。
 むかしは戦士として俺ぐらいしか軍事力として数えられないほど貧弱だったサルワタ勢の事を考えれば、確かに有力な戦力だ。
 けれど広大な複数の村々を冬の内に攻略するには、あまりにも数が不足しすぎているのは事実だ。

「ドロシアさん。ゴルゴライの守備に当たっている戦力を冬の間だけ前進させて、ギムルさんの軍勢は敵の抵抗勢力に注力させるわけにはいきませんの?」
「それはわらわも考えた事ではある。盟主連合軍に参加した諸侯らに信頼を置くのであれば、当然ながら遊兵化した戦力を無駄にしておく手立てはない。わらわがサルワタに帰還するにあたり連れて行くのは、せいぜいが供回りどもで事足りるからな」

 女領主の供回りと言えば、言わずと知れたダイソンとエレクトラという冒険者上がりの騎士ふたりの事だ。
 ついでに警護にあたる兵士を引き連れていくと言っても、これまで大胆不敵に身軽な動きを売りにしていた彼女の事だから、数十名もいればそれで満足するだろう。

「カラメルネーゼさん、裏切る様な味方がいるなんて事は今のところないんですよね?」
「おーっほっほっほ! そこは安心してくださって問題ありませんわ。先日、オレンジのおハゲさんとシェーンお坊ちゃまが面会をしたのですけれども、心変りがあるとすればお坊ちゃまぐらいの事でしょう」

 そしてリンドル子爵領当主のシェーン少年は義母マリアツンデレジアにベッタリだ。
 彼女が御台として側にいる限りは彼の裏切りはあり得ないという風に蛸足麗人は分析している様だった。

「まあシェーンそのものがオレンジハゲに対して憎悪の態度を面会の場で示していたからな。裏切りは心配するだけ無駄という事だろうの。よし、ではゴルゴライの代官はガンギマリーどのに一任するとして、軍勢の残りはできるだけ前線に送り出すとしよう。ッヨイハディよ、ただちに各方面に対してその様に手配いたせ」
「わかったのです。砦の攻略が難航する様なら、ッヨイが前線におもむくつもりだょ」

 おお、偉大なるようじょが前線で陣頭指揮を執るのであれば、これは問題なく春までに砦を落とす事も可能だろう。
 しかしそのためにも、これから前線視察に出る俺たちは周辺の状況をきっちりと把握しておかなければならない。

「ではお兄ちゃん。スルーヌから戻って来てあわただしくはあると思うが、ギムルの様子をしかと見届けてきてもらいたい」
「わかりました。お腹のあかちゃんにさわるから、あまり無理にご政務に励まない様にね」
「みなまで言うなわかっておる! カサンドラめが近頃は正妻面をして、わらわを自由にさせてくれんのだ……」

 柑橘類の皮を口から吐き出した女領主は、それを俺に押し付けて酸っぱい顔のままで立ち上がった。
 するとそれを支える様にすかさずタンヌダルクちゃんが立ち上がり、アレクサンドロシアちゃん専用に当てがわれた迎賓館の私室へと連れて行くではないか。
 去り際に「お任せ下さいよう」とウィンクひとつを飛ばした野牛奥さんが、とても愛らしくとても頼もしかった。

「家族が多いと助け合いが出来るから、奥さんが一杯いる事は正義だね。シューターさん」
「……お、おう。しかし留守中のアレクサンドロシアちゃんのことが心配だ」
「ドロシアねえさまも、あかちゃんが産まれてくるのが楽しみなのです。だから大丈夫なのですどれぇ」
「そ、そうかな」

 何しろ女領主のお腹の中には、俺にとってはじめての子供を授かっているのだからね。
 ハーレム大家族のみんなは雁木マリが渋い顔をしているカッシーマの女神様に毎日祈りをささげているらしかったけれど、そんな存在しもしない神様に祈りをささげても安心などできはしない。

 俺がソワソワした気分で退出した女領主の背中を視線で追いかけていると。
 空席になった隣にドッカリと腰を下ろしたニシカさんが、そんな俺の背中をさすってくれつつ言葉を投げかけた。

「ギムルの旦那はケチくさい上に気位が高いところがあるからな、前線視察をするからと言ってバレないように出かけるのならば、ブルカ街道を西に進むのは不味いんじゃねえのか?」
「そうですねぇ。そういう事であればお舟で一気に西進するという方法と、」
「駄目だ駄目だ、船は絶対にダメだ!」
「そ、それなら森の中を抜けて、コッソリとシャブリン修道院の北西に出るのが一番いいのです……!」

 ようじょが身を乗り出して地図と睨めっこしはじめたところで、ニシカさんが言葉を遮った。
 今度は俺がニシカさんを落ち着かせるために、背中をさすってやる番だ。オホオ村への道中でも船旅はいい思い出が無かったらしく、しばらく遠慮したいのだろうかね。
 よ、よせやい。などと照れ隠しに俺から避けようとしたところで、たわわに実る大きなお胸が良く揺れた。
 いいね!

「じゃあサルワタから続いている森の中を、道中走破するしかありませんね。みんな、それでいいかな?」

 こんな感じでみんなに確認を振ったところ、

「いいよシューターさん」
「わたくしは問題ありませんわよ。ただ馬がそれに耐えられるのか心配ですので、途中で徒歩になる場所も出てくるかもしれませんわ」
「自分は山駆けも慣れておりますので、ご命令とあれば一も二もありません」
「まあ、わたしは愛しいひとの背中にすがるしかできない惨めな女だからな、命令には従うぞ」

 みなさんこれで了承という事だった。
 ニシカさん自身は猟師の出身なのだから、問題などあろうはずがないからね。

「よし、やっぱりオレたちサルワタの人間は森とともに暮らしてナンボだぜ! なっ?」
「いや別に冬を森の中で過ごすわけじゃないのでナンボでもないです」

     ◆

 しかし俺はすぐにも後悔した。
 迎賓館の仮住まいからカサンドラとタンヌダルクちゃんに見送られ出発してから数刻後、辺境の冬を舐めていたという事実を思い知ったのだ。
 寒い確信!

「雪は冷たいねシューターさん」
「おう、馬鹿を言っちゃいけねえ。こんなものはサルワタの冬に比べれば寒いうちにも入らねぇからな」
「シャーベット状のこの雪は、昼間のまだ暖かい時期は問題ありませんが夜明け頃になると再び凍てついて荷駄車の車輪を脱落させる原因になりますね」
「そうですわね。本土はもっと大きな粒の雪がこの季節は降るものなのですが、ここでは細かい雪が降るのでこれはやっかいですわ。国境戦線では凍傷患者を出して大騒ぎになったこともありますものね」
「シューターさん、わたしはもう駄目かもしれない。愛しいひとせめてわたしと最後の接吻をするのはどうだろうか……」

 一部のおかしな言葉を口走っている蛇足奥さんを除外すると、みなさんとてもお元気そうで何よりだ。
 天才的魔法使いのようじょによって、いにしえの禁呪で人間の脚を生やしたソープ嬢は、俺の体にしがみついた上から外套を纏っているにも関わらず、寒い寒いと泣き言を何度も口にして俺を困らせた。

「何だかソープ嬢と抱き合っていると、俺の体温まで奪われている気がするんですけど?! ソープさん大丈夫かッ」
「大丈夫じゃない。口を、最後の接吻を……」
「ソープさん。そういう時は全裸になって肌を温めるといいって昨晩シューターさんが言っていたよ」

 こらけもみみ奥さん、余計な事を言うんじゃありません!
 そんな言い方だと俺たちがそうやってエルパコとふたりきりで過ごしたみたいじゃないか。
 あわてて言葉を制止しようとしたが間に合うはずもない。

「何ですかそれは?! 昨夜はわたくしとの時間を過ごしていたはずなのに、主人はエルパコさんといつお過ごしになっていたのですかっ」

 やばい。やぶ蛇だ。
 奥さんのひとりに気を使ったつもりだったのに、突如カラメルネーゼさんが激高したではありませんか。
 確かに昨日は蛸足麗人と夜を過ごしていたけれど、あんまり歯ぎしりがうるさいので夜中に抜け出したのである。
 ちょっとけもみみ奥さんと遅い晩酌をしていたと知れば、そりゃお怒りだ。

「何事も順番は大切だから、ぼくは抜け駆けなんてずるい事はしないから安心しなよカラメルネーゼさん」
「第四夫人の余裕が憎いですわ、キーッ!」

 そんな蛸足麗人の不満が爆発すると、木の枝に溜まっていた雪がバサリとどこかで落ちた様だった。
 俺も居心地の悪さから手綱さばきを誤って落馬しそうだぜっ。

「任務の最中にお前ぇらごちゃごちゃうるせえぞ! お貴族サマってのはもっとドッシリ構えていたらいいんだよ。これ以上騒ぐと雪中に埋めるぞッ」

 ご、ごもっともですね。
 ニシカさんの一喝で、俺たちは雪原の中で沈黙を取り戻す事になった。

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