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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

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閑話 ニシカ夫人は試練に失敗しました

 ほんのふた月ほど前、盟主連合軍は大軍を擁してこの街道を北上した。
 いいや違うか。ようじょがむかし言っていた言葉を思い返すと、便宜上は街道と呼ばれているが、国法というルールに従えば田舎道に毛が生えた程度だという事だ。

「しかしよく揺れる道だな。戦争でだいぶ道路が傷んでいるんじゃねえのか。ん?」

 金品を積んだ荷馬車に並走する様に馬を走らせているオレは、ふとガタガタと震え続ける荷台の見ていてそんな感想を漏らした。
 路面に眼を落とせば、秋雨のおかげでほじくり返された地面にはいくつもの(わだち)が走っている。

「こればかりは仕方がないですニシカ夫人。土地の整備はドワーフ隊と降伏軍の兵隊の管轄だそうですが、やってもやっても雨の度にこうなってしまうのだからねえ」
「ふん、そういうもんか。だが路面がこれだけ傷んでいると、馬車を走らせるのはやっかいだ」

 御者台で馬を必死に制御していた見知らぬ若者に質問をしながら、オレは思案した。
 本来、街道と呼ばれるものは林を切り開いて視界を確保し、道路の幅もある程度は規定された広さを持っていかなければいけないらしいね。
 馬車がすれ違う事ができなければ、そりゃもう街道と呼べないのだそうだ。

 してみると、サルワタから(ブルカ)まで続くブルカ街道は、国法にのっとった立派な街道という事になるぜ。
 じゃあこの路面はどうなのかというと、最悪だ。
 まず道が細くてガタガタだろう? ついでに木がぼうぼうに生えているので視界が不明瞭だしな。
 南に進む過程で放逐された農家の廃墟があったり、切り倒された樹木があったりと、戦禍の爪痕が見て取れるんだが、こういう場所は人間が生活を放棄した事で、獣どもが森の中から顔を出すようになる。

 獣がいるという事は、ますます人間が寄り付かなくなるので、ますます獣たちが好き勝手をするからな。
 現に馬上から引き倒された樹木に視線を送っていると、こいつはリンクスか何かが爪をといだ後だと見るからにわかる縄張りの自己主張が見つかった。

「おいベルベボロン、この辺りには何の猛獣が居るんだ?!」
「大蛇の類はもちろんだが、リンクスやホラアナライオン、それに狼といったところか。あとは熊と鷲鷹の類がいるくらいだ。それがどうしたニシカ夫人。何か不安でも?」
「あいつを見てくれ、あれはオレの故郷にいたリンクスか何かのはずだ。違いねぇな?」

 地元猟師の黄色い同胞に質問をすると、ばっと馬から飛び降りたヤツが駆け出した。
 まあ正直を言って猛獣ぐらいなら気にする事はねえんだがね。
 大人数で移動していれば、獣の類は自分たちから近づいてくることはほとんどない。
 ただしホラアナライオンだけは駄目だ。あの野郎どもは群れでイキがっている連中なので、自分の身の程も知らずに人間サマに襲い掛かる事もよくある。
 サルワタの開拓村にもむかしは居たらしいのだが、そいつらはッサキッチョとユルドラ、それにマイサンドラたちが世代を重ねて駆除しちまったと言うじゃねえか。

「この辺りにもホラアナライオンがいるそうですね。リンドル往還辺りも森や山が近いから頻出すると聞いてますし」
「ビビってんのか? そんなものは酒でも呑んでちょいと心を落ち着かせたらどうだ。したら少しは気分が良くなるぜ?」

 オレは懐に手を突っ込んで、水筒を取り出すと荷馬車でチビりそうな顔をしていたゴブリンに投げてよこした。
 財宝に背中を預けて浮かない顔のッボロリは、あわててそいつを受け取ろうと、手のひらで躍らせる。

「いいんですかニシカさん。これってニシカさんの恋人でしょ?」
「こ、恋人はもうやめだ。呑んでハメを外して旦那にバレたら折檻されるからよう」
「任務に失敗したらお尻ペンペンでもされるんですかね。その後は盛り上がって……アツアツですね。むふふ」

 ッボロリは助兵衛顔をしたので風の魔法で弾丸を打ち出し、猿人間野郎のでこっぱちを軽く弾いてやった。

「ほげぇ。何するんですかニシカさん!」
「他人のプライベートを詮索するヤツは当然そうなるぜ」
「ひどいや、あんまりだ……」

 ッジャジャマも大概の駄目人間だが、コイツも使えねぇ。
 そうこうしているうちに、いったん視界の後方へ遠ざかっていた黄色い同胞が、軍馬を寄せて接近してきた。

「ニシカ夫人。あれはホラアナライオンの雄だろう、近くに群れがいる可能性はあるが、そういう情報は猟師仲間から今のところ聞いていない」
「縄張りの自己主張は、新しいものか古いものか。どっちなんだ」
「新しい。なので補給物資の輸送隊が襲われなかったのもうなづけるし、あるいは兵士の死骸に寄せられて集まってきた可能性もある」

 最悪だぜ。
 死んだ兵士はこんがり焼いた上に土に埋めるというのが常道だ。
 そんな事を黒い同胞の女奴隷に聞いたことがあるぜ。ベローチュたちも触滅隊の死骸はみんなそうするのだと言っていたし、ようじょも外交使節団の道中ではそうする様に指示をしていた。

「だがまだ人間を相手にするよりはいいな。ブルカと言えばツジンというハゲ散らかした似非坊主が、悪どく工作員を散々こき使っているからな」
「グビグビっ。確かにそうです、サルワタの開拓村はそれでえらい目にあいましたからね、ニシカさん」
「オレ様がいない間にも村長屋敷で付け火もあったしな。スパイは見つけ次第、八つ裂きだぜ」

 返事をしたッボロリが酒の入った皮袋の出納を投げて返した。
 そのまま口を湿らせるつもりで栓を抜いて喉を潤し、隣で馬に乗ったベルベボロン、更には御者台の若い男へと回し呑みをする。

「うまい! しかしそうなると早めに開けた場所を確保だな」
「それがいいニシカ夫人」

 陽が落ちはじめる前に野営の準備をしないといけねえ。
 この先の地図はどうなっているんだと懐を探ろうとしたところで、若い御者がこちらを見て申し訳なさそうな顔をしている。ん?

「高貴な身の上であられるニシカ夫人に、意見を口にするのは憚られるのですが……」
「何が言いたい。まどろっこしいのは嫌いだからハッキリ言っておくれよな」
「その、あの、ですね……」

 水筒を投げ返した若い御者は、今しがた投げた皮袋のそれを指さして言葉を続ける。

「ニシカ夫人は確かお酒を断っておられたと思うのですが、先ほど口にされておいででした。よろしかったのですか?」
「?!」

 しまった!
 オレは何も考えずに酒を呑んじまった。
 どうするんだよ口の中が酒臭ぇ、道理のわかる判断をするために我慢していたのに!

「ま、まあ一杯ぐらいは水替わりってもんだニシカ夫人」
「そうだぜ。何も問題ねえ、これくらいで酔うオレ様ではない!」

 あの恨めしい蛇の玉子酒さえ呑まなければ、オレは役割をしっかりこなせるはずだぜ。
 問題ねえ問題ねえんだ……

     ◆

「あひゃひゃひゃひゃ、久しぶりの酒は最高だぜ! おら、もっと瓶ごと持ってきやがれってんだ。オレは今とても幸せな気分なんだ。こいつは前に、シューターと酌み交わした事のある酒だからな」

 気が付けばオレは深酒をしていた。
 宿営地になりそうな場所を見つけて同胞たちを周辺散策に手配しておきながら、簡易のテントとラミア資産を守る様に豚面のマスかき野郎に命じた後。
 特にする事もないオレさまは、とうとうハメをはずしてやっちまったのだ。

「大丈夫ですかニシカさん。誰か水を持ってきてくれ! ああだめだニシカさん、その水筒には芋酒が入っているんでしょう?!」
「うるせえぞ悪魔面ッ。手前ぇの兄貴はオレの妹とよろしくやっている癖に、手前ぇら三兄弟は何で結婚できないんだよ。猟師なら自分で女ぐらい捕まえてきやがれってんだッ」
「ひゃあ最悪の酔っ払いだよ。尻を叩かないでくださいッ。だいたいシューターさんがいい女は、みんな独り占めしているから悪いんですよ」
「バッカお前ぇはそれだから駄目なんだ。隣の村から嫁ぐらいさらってこれるだろう?」
「かどわかしは村のルールで重罪ですよ!! そんなの奴隷落ちじゃないですかねっ」

 もうオレ様は誰にも止められない。
 騎士あがりだという部下のマスかき野郎がいなかったら、この場で襲撃されればお仕舞だったかもしれねぇ。
 わかっちゃいるが、一杯の酒が呼び水になってオレは沈んだ。
 何もかもを手放してごろんと毛布の中にくるまって。記憶が消し飛ぶ直前にこんな言葉を耳にする。

「ニシカ夫人は将軍に就任されるという気負いもあったのだろう、少しぐらいのハメは許してやらねえか。それともわしが夫人の代わりに警備責任者を務めるというのでは不満なのか? 腸詰を食べたよな? 美味いといったよな?」
「め、めっそうもないです。先ほど頂いた腸詰のひき肉はとてもおいしかったですっ」
「だろう、また食わせてやるから今夜は不寝番に参加しろ猿人間」

 これはマスかき野郎と三兄弟のひとりが、会話していたんだろうか。
 ブルカの街では上手くやってのけたのに情けねぇ。
 許しておくれよシューター。オレ様の尻を叩くのは夜だけにしておくれ。

    ◆

 明けない夜はなく、終わらない宴会もないんだ。

 何たる様だ。酒を呑んじまったせいで寝覚めは最悪だぜ。
 オレ様は寒気からか尿意をもよおしたあげく、大きなくしゃみをひとつ飛ばした。

「びえっくしょい! おいシューター。毛布を引っ張るんじゃねえよ……」

 寒くて小便を我慢したい気分になって、背中をごそごそと探る。
 優しく毛布を引っかけておくれと手だけで旦那の体を漁ったけれど、何か別のモノを掴んでしまったので飛び起きた。
 女の胸だ。女兵士が丸まってオレの毛布を奪い取ってやがったぜ。

「はあン。そういう事は起きてから……」

 寝ぼけてやがる。
 オレは寝癖で跳ねた髪をボリボリやりがならテントの外に出た。
 ついでに小便をして白湯を沸かして温まろう。
 記憶の最後をたどれば不寝番を交代でと言っていたはずだ、誰かが起きている事は間違いねえ。
 そう思ってチュニックを羽織り直しながら辺りを見渡すと。

「……気配が三匹ですぜニシカ夫人。ちょっと起きて来るのが遅かったんじゃねえか」

 不意にそんな声がしたので、オレは動きを止めてゆっくりとゆっくりと姿勢を低くする。
 その声の主が低い姿勢で馬車の陰に隠れていたからだ。

「マスかき野郎、獣か人間かどっちだ」
「しいて言うなら黄色マントだな。むかしの同僚だぜ」
「…………」

 来やがったぜ。
 完全に酒を呑んだのは大失敗だとオレは悟った。
 後悔してもしきれないが、一杯だけのつもりがこんな事になっちまうとはな。
 しかし、いつまでも後悔ばかりしていたはいけねえ。
 オレは将軍になる器の女だ。旦那の期待には応えるんだ。いや、すでに応えられてないが、それは今はどうでもいいぜ。

「ツジンの放った斥候か残党か、どっちだ」
「あんたの兄弟が何人かその背後に回って監視しているが、あれは残党の方だな」
「他に仲間が見当たらないという事か?」
「ブルカの斥候なら少数チームで動くのが基本だが、数が無駄に多い。あそこに隠れている三匹と、」

 暗がりの中でセイマスは森の一点をさして言葉を続ける。

「それからあっちの奥にどうやら固まっている連中がいるらしい。あんたの兄弟のベルベルボとかいうのが木の上で器用に監視しているところを、見つけたらしい」
「ベルベボロンだ間違えるんじゃない。ニシカ夫人どうする?」

 すると今度は暗闇の中に別の気配が低姿勢で近づいてくる。
 名前を間違えられて訂正をした、ベルベボロン本人だったぜ。

「どうもこうもねえ。こっちはオレたち全部で十八人だ。そのうち使い物にならねえ御者を差し引いたら十人少々だろう。森に入っているのは何人だ?」
「四人、ひとりはキャンプを見張っている三人組に付けて、残りは別の場所で樹上監視をしながら寝ていた」
「器用だなお前ら。つまり引き算をすれば五、六人しかいない」

 しかしラミアの金銀財宝はオレの命に代えても持ち帰らないといけねえんだ。

「監視役は三匹だったな。こいつを仕留めるのはわけがね、問題は後ろに控えている連中だ。残党の数は幾つだ」
「二〇数人だ。服装格好はバラバラだから、一部にはブルカ同盟軍に参加した旧領主たちの騎士も含まれているぞニシカ夫人」

 残党なら目当ては金銀財宝じゃねえ、飯と女を狙っていると思った方がいいな。
 だとすれば、絶対にオレたちがラミアの資産を移送している事を知られたら不味い事になる。
 残党連中がまだこんなリンドル川西岸に隠れ潜んでいた理由は何だ。その事を元ブルカ勢のセイマスに聞いてみると、

「ミゲルシャールさまが、何れこの地を征服しにやってくると信じているからだろう。信念を持った連中は厄介だからな、これもツジンさまの教育の賜物といえるんじゃねえかと、わしは思うわけだ」
「オレンジ野郎なら、オレの相棒がとっつ構えて今はゴルゴライの牢屋だぜ?」
「その事実を知っているのはわしたちだけで、ここで潜伏生活をしているサヴァイバリストどもは知りはしないのさ」
「よし、全員を起こす前にオレさまが監視役の三人を処分するか。それからオレたちであべこべに、奇襲をかけてやる」

 酒におぼれた代償はデカいな……
 しかしこれ以上の失敗は許されねえから、ひとつ名誉返上だ。
 気が付けばオレは考えが漏れてボヤキを口にしていたらしい。マスかき野郎がそれ指摘してきやがった。

「それを言うなら名誉挽回か汚名返上だぜニシカ夫人」
「そうかい。だがそんな事はどうでもいいぜ、オレ様の弓を持ってきやがれ。三匹まとめて串刺しだ」
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