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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

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閑話 徴税官ラメエお嬢さまの場合 後

 半日余りの船旅で疲れが出たのか、夕餉の支度の最中にわたしは居室でうたた寝をしていたらしい。

 近頃は常装になっていた騎士の甲冑を脱いで立てかけ、剣を抱きながらソファに身を預けるたまま四半刻あまり意識を手放していたのだ。
 剣を常に肌身離さないのは、全裸卿がいつもそうしているからだ。
 わたしにはまだ早いからとふたりきりの夜を過ごすことは家族会議で許されなかったけれども、何かの時に夫とふたりきりの時間を昼間に過ごしたことがある。

 戦場に出る事が日常になっている生活の中で、旦那さまは決して剣を側から離すことがなかった。

「常在戦場の心得とは、まさに辺境貴族の鏡でございますなお嬢さま。戦士とはああでなければなりません」
「それだけ女神様の国では争いが絶えなかったのかしら、じい」
「逆を言えば、それだけの心構えがあるからこそこの世に女神さまが全裸卿を聖使途としておつかわしになったとも考えられます」

 凡俗たるじいめには測りかねる事ではありますが。
 その時じいと交わしたそんな言葉を夢見たところで、コンコンと居室の扉を叩く音に眼を覚ました。
 随分とだらしなく体をソファに放り出していたものだから、わたしはあわてて居住まいをただす。
 それから長剣を改めながらコホンと咳ばらいをひとつした。

「どうぞ、入ってもいいわよ」
「失礼します村長さま。みなさまのお食事の用意が出来ましたので、じいさんがお呼びする様にと……」
「ニシカお義姉さまはどうしているかしら?」
「黄色長耳の騎士さまですが? 客室で横になったままお姿をお見せしませんが」

 ペコリと頭を下げた村の女に視線を送ると、わたしは知らないとばかり彼女は首を横に振った。
 いいわ、お義姉さまは気難しいひとだからわたしが手ずから起こした方がいい。
 ソファと立ち上がって目礼をした村の女の前を通り過ぎると、そのまま客間の方に向かう。

「お前は確か農家の娘だったわね?」
「はい。おかげさまで家族からは戦争による被害も出ませんでしたが、何分税を納めるだけの収穫が出来ませんでしたので、こうして村長さまのお屋敷にお世話になっております」
「ふうん。そう……」

 わたしたちオホオの村が戦火に呑まれたのは秋のはじまりだ。
 収穫を目前に控えていたトウモロコシや芋の半分が、当時攻め寄せたオコネイル男爵の軍勢との戦いで台無しになってしまった。
 戦争なのだからこれはしょうがない事ではあるけれど、同時に貢納のための税金が納められない領民が出たのも事実。

「税金の事はじいとよく話し合って、悪い様にはしないつもりだから」
「ありがとうございます。ですが家に残っても家族が食べていけるだけの蓄えはありませんので、お気遣いなく……」

 振り返った女性はベローチュお義姉さまと同い年ぐらいだろうか。
 二〇歳前後で、農民特有の疲れた顔をしていたけれど体は健康そのものに感じた。

「村長さまのお屋敷勤めが出来れば、食べるものには困りません。ありがたいことです」
「わたしはこの村にほとんどいる事はないけれど、代官によく話して楽に仕事ができる様に手配してあげるから
「はい……」
「安心してちょうだい。わたしの新しい家族には奴隷商人をしているお義姉さまもいるから、どうしても家族が食べるに困ったら、わたし宛に手紙をよこしなさい」

 カラメルお義姉さまに掛け合えば、すこしはマシなご主人さまを紹介してもらえる可能性だってある。
 旦那さまとお義姉さまに相談して、誰かとの縁談を推してもらう事もできるかもしれない。
 せめて貴族らしい事をわたしにもできればなんて事を考えながら、客間の前にわたしはやってきた。

「ここでお休みになっているのよね、ニシカお義姉さまは?」
「はい」
「わかった、じゃあもうお前は下がっていいわよ。質に出された人間だからと言って家中の者がおかしなことをすればわたしに報告する様に」

 失礼しますと退席した村の女を見送ってから、わたしは客間の扉に手をかけた。
 ノックをしてから中に入るべきか、まだお休みならそのままにしておくべきなのか少し考える。
 お薬の効果がてき面すぎたのでわたしたちは当初驚いたけれど、たぶん弱い効き目なら途中で目を覚ましたニシカお義姉さまが暴れたかもしれない。
 あれでよかったのよと自分に言い聞かせて、扉に耳を付ける。

 中からはひとの気配も寝息の様なものも聞こえない。
 ニシカお義姉さまはまだゆっくりとお休みになっているのかと思って、静かに扉を開けた。
 夕飯の時にはさすがに起きていただかないと、明日からの貢納の段取りが立てられないのでごめんなさいっ。
 中を覗き込むと暗がりの客間で、寝台に丸い塊があった。
 毛布を被って横を向いているのかしら。
 近づいてみると、規則正しく息をして体が小さく揺れているのは確認できる。
 もっと様子を探ろうと顔を寄せたところで、突然にガバっと毛布が跳ね上げられて、わたしは山刀を首に突き付けられた!
 お、起きておられたのね?!

「じょ、冗談が過ぎるわよニシカお義姉さま」
「断りもなく旦那のいるお貴族夫人の部屋に侵入する不審者は、これぐらいされても仕方がないんじゃねえのか。ん?」
「ごっごめんなさい。次からは気を付けるわ」
「飯だな。遠くから魚を焼くにおいがするが、あれはナマズか何かだろう」

 くんくんと鼻を動かしたニシカお義姉さまは、すぐに白刃を引っ込めてわたしを解放した。
 そのままバサリとチュニックを揺らして立ち上がると、船酔い状態が嘘だった様にさっそうと暗がりの寝室を飛び出していく。

「何やってるんだラメエ。飯だから呼びに来たんだろ?」
「ちょっと待って。お体の具合は大丈夫なのかしら」
「ガンギマリーの処方したポーションだからな、疑う事すら罪なんじゃねえのか」

 廊下に出たところで振り返ったニシカお義姉さまの口元に白い歯が見えた。
 元気そうでなによりね。

     ◆

「今年は辺境一帯が豊作だった事もありまして、戦費と戦争被害がかさんだ事も差し引いても昨年比で七割程度の収穫に落ち着いた様子ですな。被害の出た畑の穀物は、おおむね家畜の餌に回しているそうです」
「昨年の七割という事は、領民が冬を越すのに問題が出る可能性がありますね。ふむ、穀庫を開いてまかなわせるのですかおじいさん?」
「その様な蓄えはわが村にはありませんなあ。ほっほっほ」
「笑い事じゃありませんよ、プンスカ!」

 夕食を口にしながらも帳簿を広げてそんな会話が繰り広げられる。
 読み書き数字に長じた魔法使いの愛人奴隷と、家宰のじいが議論を交わしている間、わたしとニシカお義姉さまは黙ってそれを聞いているばかりだった。

 ニシカお義姉さまは船酔いから回復したとは言ってもお酒を口になさらなかった。
 この中で一番の位が高いニシカお義姉さまが上座で、その隣にわたしが着席しながら黙々とナマズの蒸し焼きを野菜と一緒に食べる。
 文字が読めないというニシカお義姉さまが口をはさむのは、時々回されてきた帳簿をつまんでわたしに見せながら「何て書いてあるんだ」と質問するときだけだ。

 文字が読めないとは言ったけれど、どうやら数字はちゃんと理解できているみたいで、ついでにいくつかの単語はしっかりと把握しているのがわかる。
 もしかすると知らないふりをしながら、わたしを試しているのだろうかと思った。

「んな事はねえ。できない事は誰か別の人間に任せるのがシューターのやり方だからな、真似しているだけだぜ。ただ自分の名前と数ぐらいは読めねえと、伝令が書付を持ってきても読めねえからな」

 なるほどこのお義姉さまなりに考えての事だったのね。
 全体的に秋に収穫を見込んでいた穀類が戦争被害にあったけれども、村の重要な収入源である材木に関しては予定通りに伐採が行われていた事が、報告で分かった。
 冬に向けて足りなくなる食料の一部は、戦争のためにフクランダー寺院に運び込まれた糧食でいくらか賄う事ができるらしい。

「それでも不足する冬の蓄えについては、村から集めた奴隷を差し出す様にとカラメルネーゼ奥さまからご命令を頂いております」
「半分は戦争奴隷を出せば数字的に帳尻があいますね。残りは領民から取るしかありませんけど、労働力になる若い男女じゃなければお金になりませんよ?」
「しかしそれは困りますぞ。村から重要な労働力たる若い男女を奴隷として差し出したのであれば、来年からの領地経営に差しさわりが出る事になりますれんば」
「おじいさん、奴隷が必要なんですよ奴隷が! カラメルネーゼさまにそう命じられてますからね。本当は周辺の統治下の村から買い入れてくればいいのに、これは盟主連合軍の管轄だから駄目なんだそうですっ」

 語気を強めながらそう力説するのが愛人奴隷というのは不思議な話ね。 
 最後まで話を聞いていたニシカお義姉さまは興味を失ったのか、白湯をひと息に飲み干して立ち上がった。

「盟主連合軍の管轄と言えば、ラミアの隠し財宝を護送するというオレたちの大切な任務を忘れちゃいけねえぜ。こいつはクリスティーソープランジェリーナの財産だ。ソープのヤツはシューターにくれてやったと言っていたが、そういうわけにもいかねえ」

 村の事はお前ぇたちに任せるが、オレ様の本来任務はこっちだからな。
 そんな言葉を口にしてフラリとニシカさんは立ち上がって寝室へと引き上げていった。

「その隠し財産というのはどこに保管されているんですか?」

 愛人奴隷の質問にじいは答えなかった。
 それを知っているのはたぶんニシカお義姉さまだけで、愛人奴隷に教えればちょろまかすかもしれないものね。

「ニシカ奥さまにお聞きください。わたくしどもは村の確定申告の事しか命令されておりませんので」
「チッ。ニシカさんはお酒と獲物にしか興味ない根っからの田舎者だから、共犯に巻き込むのは容易ならざる事ですよ。ぐぬぬ……」
「聞こえているわよマドゥーシャ!」

 どこまで本気なのか、馬鹿な事を口にして悔しがってみせる愛人奴隷に、わたしたち主従を呆れて見せた。

     ◆

 翌朝一番から、それぞれの集落の貢納を確定するためにわたしは領内を巡る事になった。
 戦災の爪痕はあちこちで見受けられたけれど、盟主連合軍が駐留中に人間の数を頼みに居住域だけは再建する事ができている。
 一部の畑についても、兵士たちを駆り出させて収穫の手伝いまでさせたらしく、被害のなかった部分については問題なく貢納が行われる手はずだ。

 けれど問題は荒らされた畑と失われた領民の事だとじいは言った。

「一家の働き手を失った家については、どうにもなりませんな。これから冬を迎える事になるので、畑を改めて整備するというにも季節的に不可能です」

 それぞれの集落としても穀類による納税が難しい場所からは畑を放棄せざるを得なくなった家庭の者たちを奴隷として差し出すしかないのだとわたしは聞かされた。
 はじめにゴブリンの小作人たちが手放され、これが奴隷となる。
 それでも足りない集落の納税ぶんは、畑を放棄した所有者の農家が家族ごと奴隷身分になる。

 犯罪奴隷や戦争奴隷でもなければ、ただ労働力として期待されるだけなので命まで奪われたり過酷な事にはならないだろうけれど。
 それでも土地から離してしまう事には気が引ける思いのあるのは間違いない。

「カラメルお義姉さまは、奴隷たちをどこで売買なさるおつもりなのかしら?」
「サルワタの開拓に労働力は必要でしょうから、おそらくは本領に必要とされるか、何か特別な技術があれば商人たちに売り渡すのかも知れません」
「この村に特別な技術を持った人間なんていやしないわ。まだせめて、アレクサンドロシアさまの城下に移民するのであれば、わたしの眼の行き届く範囲ね」
「さようでございますお嬢さま、カラメルネーゼ奥さまとよくご交渉なさいませ」

 そんな奴隷たちの扱いについて先々の話し合いをして。
 都合三〇人余りが奴隷身分になる事をきいて、わたしは少なからず衝撃を受けたのだけれども。

「いいですかみなさん、おちんぎんを稼げば奴隷からは解放されます。ご主人さまの言う事を聞いて、はやく解放されましょう。ご主人さまが決まるまでは妻のひとりであるこのマドゥーシャのいう事を聞きましょう!」
「あんたも奴隷妻の癖に適当言ってるんじゃねえぞ!」
「いや愛人奴隷だと聞いたぞ。どっちにしたって偉そうだ、引っ込め!」
「きいいいっ」

 どうやら集められた奴隷たちに指図をしようとしていた愛人奴隷は、態度が悪かったのか不評だったらしい。
 思ったよりも奴隷になる領民たちがあっけらかんとしているのだけが、唯一の救いだった。

「お嬢さま、村人から奴隷が出る事はこれまでもあったものです。あまり深く考えなさりますな」
「わかっているわよ、そんな事……」

 こうしてニシカお義姉さまが留守の間に確定申告の手続きは進んでいき、お義姉さまが帰ってくるまでにやるべき事をひとしきり済ませる手はずは整えた。
 ニシカお義姉さまが戻ってきたら、盟主連合軍に降伏した隣村の領主たちと交流会の酒宴を済ませればゴルゴライに戻れるはず。

 今頃ニシカお義姉さまは財宝の移送任務に就いているのかしら?

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