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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

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閑話 徴税官ラメエお嬢さまの場合 中

 ゴルゴライにほど近い河岸に向かう途中。
 先頭を騎馬で進むニシカお義姉さまは、ベストレ刺繍のチュニックを靡かせながら馬上で器用にあぐらをかいていた。
 普段なら所かまわずお酒でも口に運ぶところなのだけれど、今は憮然とした顔で街道の遠くを見つめ続けていたのだ。

 じいから預かったお薬と言うのは、聞けば聖女ガンギマリーさまの処方した特別なものらしい。
 これは河岸から軍船に乗り込むよりも前に、酷い船酔いに悩まされるらしいニシカお義姉さまに渡さなくちゃいけない。
 騎馬を追従させていたじいを見やると、コクリと頷いて目配せをしてくる。

 わかっているわよ!

 けれどもわたしは怖かった。
 不機嫌なニシカお義姉さまに声をかけるのは、やっぱり新参の義姉妹としては気が引けるものがある。
 馬足を速めると、風を受けて頬に張り付く髪いた。鬱陶しいそれを片手で丁寧に払いのけながら、わたしはニシカお義姉さまの隣に馬を並べたのである。

「どうしたラメエ。オレ様に何か言いたいことがあるなら、とっとと口にしろよな」

 近づいてみると。
 ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、ニシカお義姉さまは口元を綻ばせてわたしに言った。
 鱗裂きの二つ名は飛龍や地龍の鱗すらも裂くという剛腕の弓使いから取られたものだそうだけど、朗らかな表情をしたニシカお義姉さまから想像すらもできないわ。

「に、ニシカお義姉さまはっ……」
「ん?」
「とても酷い船酔いに悩まされる体質だと聞いてるわ」

 七色に変わる細長のガラス瓶が懐にしっかりある事を確かめながら、わたしは言葉を選びつつニシカお義姉さまを見やった。
 すると怒ったわけではないのだろうけど、ムッっと口をさせて返事をしてくる。

「……そいつは誰から聞いたんだ。近頃めっきり旦那気取りの相棒からか。それとも、ぴいちくぱあちくお喋り好きのタンヌダルクか」
「じいからよっ。船に乗り込む前からそんなお顔をされていたから丸わかりなんだから」
「ば、馬鹿を言っちゃいけねぇ。オレ様がむつかしい顔をしているのは、ブルカ勢の襲撃を警戒しての事だ!」

 わかっちゃねえなと言葉を続けたニシカお義姉さまは、胡坐を解いて馬首を翻す。
 そのまま後方を走っていたミノタウロスの屈強は幹部兵士に向けて叫んだのである。

「よォ、タンダロス!」
「こちらにっ」
「手前ぇは船に乗って旅をしたことはあるか?!」
「故郷では小舟で漁に出た経験しかありませんぜ。主にマスやコイを捕まえるのが精一杯で、船に乗って旅をするのは今度で二度目だっ」
「それは外交使節団に随行した時の話だなっ。オレ様はこの通り船酔いで役に立たないだろうから、軍船に乗り込んだ時は、警護の事は一切任せるぜ!」
「承知ッ」

 ミノタウロスの屈強な兵士を下がらせると、ムッツリ顔のままわたしの方に向き直る。

「オレが船酔いで役に立たないのは認めてやるぜ。何かあればタンダロスの指示に従って守備配置をするんだ。いいな?」
「わ、わかったわ。けれどもあのマドゥーシャという愛人奴隷もいるのでしょ? 彼女は優れた魔法使いだったはずだけれども」
「あいつは駄目だ、軍船に風を送る大切な役割があるからな」

 同じ事はオレにとっちゃわけないはずなんだが、あいにく船の上では役立たずだ。
 そんな事をボソリと口にして、頭を撫でるニシカお義姉さまだった。

「とにかくオレと女魔法使いの事はアテにしてもらっちゃ困るぜ。ただ軍船を降りた後は任せな。つまらねえ敵襲なんざ、すぐに予兆を見つけてやるからよ」

 わたしたちが振り返って女魔法使いの愛人奴隷に視線を送ると、彼女は馬上で何かの巻物を、熱心に読みふけっているところだった。
 そうしてわずかの間リンドル往還を南下して河岸のほど近い場所にやって来たところ。
 豪華絢爛な装束を身にまとった馬列の一行と遭遇したのだ。

「じい、あれは何かしら?」
「あのサーコートの象意はリンドル子爵家のものでございます、お嬢さま」
「どういう事かしら。リンドル領軍の遠征部隊は、先日領内に引き上げ終わったところだと聞いていたわよ」
「それでしたら、あれはシェーン子爵さまのご一行ではありませぬかな。アレクサンドロシア奥さまとマリアツンデレジア奥さまが招聘なされたと聞いておりまする」

 ふうん。
 リンドルの子爵さまは、わたしとあまり年端の変わらない若君だと聞いているわ。
 売るものが材木ぐらいしかないオホオの村みたいな片田舎と違って、さすが交易都市の軍勢は見栄えもいい。戦場ではまるで役に立たなさそうな豪華さばかりが目立つ装束の軍隊は、確かにリンドル兵みたいだわ。
 フフンと鼻を鳴らして納得の顔を見せたところ、整列した騎馬列の中から駆け出してくる一頭の軍馬の姿があった。

「われらは盟主連合軍の総帥リンドル子爵シェーンさまの領軍である!」

 そんな事はもう知っているわよと心の中で思っていると。
 同じ事を考えていたらしいニシカお義姉さまが不機嫌そのものの声音で返事をする。

「オレは独眼龍殺しの鱗裂き、ニシカさまだぜ」
「それがどうした! 貴様たちはわれらが盟主連合軍の偉大なる若き指導者であらせられるシェーンさまの行く手を阻んでいると心得ているのかッ」
「うるせぇ馬鹿たれ、クソガキの分際で義母ちゃんの御一行に向かってその態度とは片腹痛いぜ。いいからさっさと顔を出して、親孝行をしろと言ってこいッ」

 傲慢不遜が装束を着た武官を相手に凄んで見せたニシカお義姉さまだ。
 馬列が足止めをされてしまったので、後方からやってきた愛人奴隷の馬と並んだ。
 すると巻物を読みふけっていた愛人奴隷の魔法使いが、馬上から身を寄せて小声でささやいてくる。

「御台さまの旦那さまが閣下で、閣下の奥さんがニシカさん。確かにシェーン子爵にとってはニシカさんは義母にあたりますからね。シェーン卿はいったい何人のお義母さんがいる事になるんでしょう?」
「そんな事を言って、あなたも旦那さまの愛人なんだから義母候補のひとりでしょう」
「わたしはおちんぎんを貰わなければ、母親になるつもりはありませんよっ。例え閣下のあかちゃんを身籠ったってね!」

 養育費をたっぷりせしめるつもりですっ。
 何の自慢にもならない事を口にして、愛人奴隷はニコニコしていた。
 その時に巻物の中身をチラリと見たのだけれど……
 愛人からはじめる成り上がりに必要な七つのメソッドと書かれていた。

「何なのよそれは」
「お勉強ですよお勉強。賢く閣下のお財布からおちんぎんを引き出すためにはどうしたらいいか、わたしはいつも考えているんですっ」
「家族になれば財産は共有のものだわ。幾らお金を引き出したところで無意味だと思うのだけど?」
「そこでへそくりですよ、へそくり! ラメエさんもオホオの村に戻ったら隠し財宝を作った方がいいですよっ」

 呆れてモノが言えなかったわたしだ。
 優しい全裸卿なら見逃してくれるかもしれないけれど、そんな事が義姉さまにでもバレれば制裁を受けるに決まっているのに。アレクサンドロシアさまならば折檻ですむどころじゃない。
 じいと見合わせて放置しておくことにした。

 そうしてシェーン子爵の御一行が道を譲るのを待っていたところ、ニシカお義姉さまがシェーン卿を相手に何やら説教をしているところが見えた。
 途中で「うるせぇぶち殺すぞ!」とか叫ぶたびに、下を向いてわなわなと震えている彼が可哀想になってしまう。
 最後にわたしのところへとやって来るとこんな愚痴をひとつ溢すのだった。

「ぼくの義父はいったい何人奥さんを増やせば気が済むんだ。あんな黄色い長耳のお義母さまを持った記憶はまるでないぞっ」
「心中お察しするわ……」
「きみは義母上に似て優しいね。もしもっと年上だったら義母のひとりとして敬愛できたのに……」
「ゴルゴライの領主館で御台さまがお待ちになっているわ。早く行ってお義母さまを安心させてやりなさいな……」

 わざわざ縁もゆかりもさほどない、ただ義母のひとりだというややこしい関係のためだけに挨拶にこさせられるのも大変ね。
 わたしもこの年齢でギムル卿だけでなく、子爵さまの義息子を持つなんて思ってもいなかったわ。

「それではラメエお義母さまの道中無事をお祈り申し上げます。ところできみは、」
「何かしら?」
「ぼくのお母さんと同じ髪の色をしているのだけど」
「御台さまと? そんなはずはなかったけれど……」

 マリアツンデレジアさまは美しい蒼がかった髪色をした女性のはず。
 わたしは何故かオレンジ髪をしていて、似ても似つかないはずなのだけれど。

「ぼくの生母と言ったほうがいいかな、エミール第三夫人。それとも偶然の一致か。まあいい」

 無表情のままにそんな事を言った少年子爵は、お前たち行くぞと配下の武官たちに号令をかけて軍馬に鞭を入れた。
 エミール夫人と言えばブルカ伯の妾腹の娘だった方よね?
 それがわたしと同じ髪色と言われれば、わたしまでミゲルシャール卿の血族みたいな言い方じゃない。

「どういう意味なのよじい」
「はて、シェーン子爵の仰る真意まではよくわかりませなんだが。お嬢さまの母上たる先代さまがブルカ伯のご一族と知己があったという話は聞き及んでおります」
「何だか釈然としない気持ちね。あの傲慢不遜なオレンジハゲさまと血繋がりがあるなんて想像するのは」
「貴族というものは、血縁を大事にしますれば。どこかで繋がりがあってもおかしくはありませんぞ」

 兵士たちを差配して、軍船に乗り込むニシカお義姉さまを見やりながら、わたしとじいはそんな会話を交わした。
 やがて軍船が出航の用意を整えると、帆が一杯の風を受けてリンドル川へと滑り出す。
 穏やかな川の流れの中をニシカお義姉さまの心配をよそに、何事もなく船旅は進んだのだった。

「おげぇきもちわる。誰か水をおくれよ……」

 あ、お薬を渡すの忘れていたわっ!
 わたしは急いで聖女さま謹製のお薬を取り出して、あわててニシカお義姉さまのところに駆けつけたのけれど……

「うう、ラメエか。オレはもう駄目だ。オレはひと足先に異世界に旅立つことにするから、シューターの世話はしっかり頼んだぜ」
「何を言っているのお義姉さまッ。船酔い如きで死んだ人間はあまりいないわ!」
「……やっぱりいるんじゃねぇか。いつもは船酔いに効くおまじないってやつをシューターがやってくれるんだがな、アイツがいないからもうおしまいだ」
「と、とにかくこのお薬を飲んでくださらない? 聖女ガンギマリーさまの処方したものだからきっと大丈夫よ」
「ガンギマリー? ポーションかよこれ……」
「さあゆっくり飲めばいいわ」
「背中をさすっておくれ。うう、不味い……!!」

 けれども、それを飲んだニシカお義姉さまは途端に意識を失ってしまったのである。

「な、何なのこれは! お義姉さま、ニシカお義姉さましっかりッ」
「なるほどこれを飲んでしまえば寝ている間に港に着くという寸法ですな。さすが聖女さまのお考えになる事は物事の道理をしっかり押さえている」
「何を関心しているのよじいッ。誰がオホオまでこんな大きな体のお姉さまを運ぶと思ってるの?!」

 くんくんと虹色のお薬が入った瓶の匂いをかいでいる愛人奴隷も役立たずだけれど、呑気なじいにも呆れてしまった。
 そのままモッコの船着き場に上陸した後、待機していた荷馬車にニシカお義姉さまを乗せて、あわただしくわたしたちは故郷へと帰還したのである。

 ニシカお義姉さまは夕食の支度が整うまでの間、目を覚ますことはなかった。
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