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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

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322 村長はいいぞ! 4

 通行手形の発行は、領主にのみ与えられた特別な権利だ。

 市壁に囲まれた街の入り口や、広大な領地の要衝となる場所には、検問所が置かれている場合がある。
 領内で経済活動をする場合は職種毎に商人株や猟師株の様な資格が発行される事になるが、領地の中で経済活動をするのは何も領民だけとは限らない。
 例えば俺が、ギムルやニシカさんと一緒にブルカの街に開拓民を募るために出かけたときは、アレクサンドロシアちゃんの発行した身元保証の信書を持たされていた。
 外交使節団に出発する時も身分を保証する同様の信書を持参していたしね。

 商人の場合は自分が株を発行された場所や、信用を得た領主から通行手形を発行してもらう。
 いわばその領地のビザの様なもので、敵対して戦争状態でもない場合はこれで、ある程度通行の自由を保障してもらう事になるわけだった。
 領主の顔で、というやつである。

 してみると、俺に通行手形の発行を求めてきたタマランチさんの目論見が一体何なのか、気になるところだった。

「これからゴブリン人形の流行が来ると思うんですよ」

 そんな馬鹿な話があるかと、俺は思いながらタマランチさんを見返した。
 場所は橋のたもとにある関所の事務棟の一室で、せわしなく兵士のみなさんが出入りしているのを傍目に見ながらの事だった。

「どうしてタマランチさんはそう思うんですかねえ。それが商人の勘というやつですか?」
「いえ、俺も駆け出しとは言え商人の端くれですからね。かもしれないで投資に動くほど馬鹿ではありません」
「ほう?」

 するとタマランチさんは、応接セットの対面から身を乗り出しながら部屋の隅にある棚に置かれていたゴブリン人形を指さした。

「アレクサンドロシア卿はゴブリンです」
「ゴブリンとヒトとの愛の子だよ、タマランチさん」
「失礼、ゴブリンハーフですね。そのアレクサンドロシア卿はゴブリンの庇護者であると、俺はこの盟主連合軍の領域を旅しながら耳にしました」

 そんな話は初耳だが、まあ確かにゴブリンようじょのッヨイさまが作戦参謀をしているぐらいだし、ッジャジャマくんも騎士見習いの格好をして兵隊さんや人足たちを差配しているからね。
 端から見ればアレクサンドロシアちゃんがゴブリンを重宝している様にも見えるのかも知れない。

「今はブルカさまの軍勢が率いる同盟軍と、アレクサンドロシア準女爵を主力とする盟主連合軍とが戦争をしていますよね」
「いますねえ……」
「戦争の行方は冬が近くなって膠着していますが、五分と五分もしくは盟主連合軍の優勢という形で推移していると俺は見ています」

 商人らしく経済と連動している戦争にちゃんと眼を向けているらしい。
 そのタマランチさんが流麗な口調で、言葉を続けるのだ。

「戦争が優位な形で終われば、当然ゴブリンの立場は良くなります」
「まあ、勝てばね」
「いいえ勝つ必要はありませんよね? 勝たなくても、優位な形で戦争終結することが出来れば、立場的な意味で盟主連合軍が事実上の勝利をした事になります」

 勝利に貢献した者たちの配慮は当然なされねばならず、日雇い労働者や小作人の扱いを受けていたゴブリンたちは、地位が向上するに違いない。
 タマランチさんはそう俺に言いたいらしかった。

「今でも街や村の建物のあちこちにゴブリン人形が飾られていますよね?」

 ズイと顔を突き出してタマランチンさんがそう言った。
 すると口々に奥さんたちが否定の言葉を紡ぐ。

「んな話は聞いた事がないだすよ」
「シューターさん、この商人は頭がおかしいよ」
「わたしも初耳だ愛しいひと」

 いつも俺と一緒に行動していたクレメンスやエルパコの意見には俺も同意する。
 頭がおかしいというのは言い過ぎかもしれないが、たぶん街や村のあちこちで見かけたゴブリン人形というのは、せいぜいニシカさんが勝手に置いて回ったものの事だろう。
 ソープ嬢が知らないのは、まあ当然だよね。
 少し前までフクランダー寺院の地下ダンジョンで引き籠り生活をしていたのだから。

「信じて下さらない様ですが、これは本当の話ですよ。ゴルゴライの宿屋にはゴブリン人形が飾ってありましたし、寝泊まりしていた旅の商人たちとも話したのですが、今ではセレスタやリンドルにも輸出がはじまっているんです」
「冗談みたいな話ですねぇ……」

 にわかには信じられないので、俺は話半分で顔をしかめて返事した。
 すると気を悪くしたのか、関所の事務棟で何か書き物をしていた人間をひとり捕まえて、タマランチさんが呼び寄せたのである。

「失礼、あなたはゴブリン人形を知っていますか?」
「知っているに決まってるだろう。サルワタから毎日運ばれてきて、ここの検問を通過するんだからな。何なんだよあれは、いったいどれだけ在庫がダブついているんだ?」

 作業の邪魔をされたのも不愉快だし、ゴブリン人形が大量に輸送されている事実も不愉快らしい。
 そんな書き物をしていた人物は、俺と眼が合うと申し訳なさそうな顔をしてペコリと頭を下げてくるのだ。

「あ、いや。ゴルゴライさまの悪口を言っているわけではないですぜ。やっぱりゴブリンは最高だぜ!」
「……きみはもういいから仕事に戻りなさい」
「へい、最高だぜ!」
「とまあ、この通りいくつものゴブリン人形が、今もサルワタから運ばれてきているんです」

 大量に在庫がダブついている事はわかった。
 実際、ニシカさんが外交使節団に出かける時に、サルワタの特産品として友好の証に配って回ろうとしていたからな。
 毎年たくさん作っているのだから、たぶん売れ残った在庫は酷い事になっているのだろう。

「実際にリンドルの御台さまがゴブリン人形をたいそう気に入ったという事実は、芸術的価値があるという事の証左になりますよね? マリアツンデレジアさまの芸術好きは、俺たち商人の間でも知られた事実ですし」
「彼女が気に入ったのは白磁である点だと思うが、きみはその点を理解しているんですかね?」
「もちろん理解しています。白磁は高価なものですので、これはそれだけで価値があります。しかし木彫りのゴブリン人形も精巧ですからね。付加価値が付けば間違いなくこれも売れます」
「付加価値」
「はい、付加価値です。それがアレクサンドロシアさまが戦争に勝利する事によってもたらされます。アレクサンドロシアさまはゴブリンの血を引いてますからね」

 確かにゴブリンの血は引いている。
 ため息を漏らしながら、俺はソファの左右に腰かけたけもみみとソープ嬢の顔を相互に見比べた。
 いったいどうやってニシカさんに洗脳されたのか知らないが、そうとう重度のゴブリン人形オタクになってしまっているらしいね。

 もう面倒くさい気分になったので、通行手形を発行してやろうかという気分になった。
 いくらニシカさんがお世話になったからと言って、彼が破産しようがゴブリン人形の在庫に埋もれようが、そこまで義理立てするのも馬鹿らしい。

「どうですか全裸さま。専売許可をさせてくれとまでは言いません、俺に通行手形と人形職人への渡りをつけていただければ、利益の一部を献上するという事で」

 フィービジネスか。
 むかし俺がお世話になっていたバイト先のWEB制作会社でも、何もしなくてもお金がチャリンチャリンと入ってくるビジネスモデルが一番手堅くて利益になると言っていたことがある。
 インフラの初期投資で儲けるよりも、長く保守作業とバージョンアップで持続性のある利益を狙った方がいいという寸法だ。
 それそのものは間違っていないのだろうけど、

「ゴブリン人形が流行っているのか知らないけれど、そんなものは一過性のビジネスにしかならないだろう。ある程度欲しい人間に行き渡ったら、たぶん誰も欲しがらなくなると思うよ……」
「任せてください、その点には考えがあります」

 理に敏い商人みたいな顔をして見せた若者は、その口元に微笑を浮かべてこう続けた。

「毎年ゴブリン人形のモデルを新しくすればよいのです。はじめはただのゴブリン人形でも、戦争が落ち着くであろう来年にはアレクサンドロシアさまのモデルを販売します。そしてそれが行き渡ったころにはまた別の」
「シューターさんの人形がいいよ。全裸を貴ぶ守護聖人だから、きっとご利益もあるよ」

 けみみみ奥さん、話がややこしくなるからきみは黙っていなさい。

「俺のを作るのなら他の連中も巻き込んでくれっ。オッペンハーゲン男爵のドラコフ卿とか、ベストレ男爵のベストレ卿とか、男色男爵も道連れだ」
「まさにそれです! 有力諸侯の人形を作ってコレクションするというのは、美術品蒐集家にとっても集める楽しみと満足感があります」

 それもはやゴブリン人形じゃないだろ。
 突っ込みたい気持ちは置いておくとして、半信半疑なゴブリン人形コレクションの販売計画が妙に現実味を帯びてきたのが恐ろしいね……。

「もし俺が職人に発注するのなら、まずはニシカ夫人のゴブリン人形が個人的に欲しいです。
「ぼくはシューターさん人形が欲しいな」
「わたしもひとつもらおうか。愛しいひとは忙しいひとだからな、いつも側にいるつもりで部屋に置いておけば、わたしたち妻も寂しい気持ちを忘れることが出来るかも知れない」
「そうでしょう! しかも全裸さまの人形は、衣装を身に付けなくてもいいので生産カロリーが少なくて済みます。いいこと尽くめです」

 まずい、奥さんたちまで身を乗り出して乗り気になって来た。
 若造の商人なんじゃないかとタカをくくっていたけれど、やはりそこは商人。
 口が達者で面倒だ!

「全裸さま。こうして身近な奥さまがたにも需要があるのです、オーダーメイドで注文を受けたこの世にひとつのゴブリン人形は、間違いなくそれだけで価値があります」
「わ、わかった。通行手形を発行するから、それで勘弁してくれ!」

 俺はその場で平伏して、タマランチさんにお引き取り願う事にした。
 いったい彼はどういう理屈でゴブリン人形に情熱をかけているんだいったい。
 呆れた顔のクレメンスに俺は命じて、羊皮紙とペンを持ってこさせる。

 内容は間違いがあってはいけないから、けもみみに代筆してもらったうえで俺が署名をした。
 それを確認しながら、ふと会話にまったく口を挟まなかったクレメンスを見て、俺はこう質問する。

「ところできみははゴブリン人形が欲しいかクレメンス」
「シューターさまのだすか? そ、そんなもの、本物がいいに決まっているだすッ」

 クレメンスはいらないらしい。
 気恥ずかしそうにそう言われると、俺もちょっと恥ずかしくなる。
 まあゴブリン人形だしね。人形には負けたくない。すると、

「言われてみればそうだね、ぼくも本物のシューターさんがいいや」
「わたしも愛しいひとがその場にいてくれるのならば、何の問題もない。わたしが愛しいひと人形にばかりかまけて、シューターさん本人を蔑ろにしていれば、それは本末転倒というものだな」
「うん、そうだね。やっぱりいらないよ頭のおかしい商人さん」

 途端に何かの魔法が解けた様に、冷静になったふたりの奥さんである。
 テーブルに置かれていた通行手形を受け取る直前だったタマランチさんは、まるで信じられないものを目撃した様に衝撃を受けていた。

「……そ、そんな。ゴブリン人形の魅力が否定された」
「だっダブついたゴブリン人形を処分するのには賛成だ。ひとえにタマランチさんの双肩にかかっているのは間違いない。まずはこれを消費してから次の販売計画を練る様に。その時は俺のところにまた来て、相談するといいよ」

 作り笑いでニッコリ通行手形を差し出して、俺は言った。
 彼の手形には「ゴブリン人形販売に関わる行商一般」と記されている。
 トボトボと出ていく彼の背中を見ていると、ゴブリン人形販売の未来は暗いね。
 早くニシカさんの呪いから解けるといいが果たして。

「その後、タマランチという行商人の行方を知る者はいなかったのだす……」
「殺さないで上げてクレメンスっ」
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