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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

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316 スルーヌの新しい領主

更新遅くなりました!
 食事も喉を通らないとはこの事だ。
 俺は採れたて新鮮なふかし芋を詰まらせそうになりながら、あわてて酒杯を手に取った。

「し、シューターさん。大丈夫ですか?!」
「……もごっごふ、さ、酒をください」
「ダルクちゃん。旦那さまにぶどう酒をっ、急いでください!」

 あわててぶどう酒を流し込んで事なきを得たけれども、トントンと背中を叩いてくれるカサンドラに恐れをなしていた。
 心なしか気遣いを見せてくれるカサンドラが他人行儀な様に見えて、ついでに食堂を囲んだ家族の皆さんの視線が冷たかった。
 一方、けもみみは天井の染みを数えているのかボケーっとしていた。

「がっはっは、不味い飯と言えど急いで食べれば風情がありませんぞ。食事はゆっくりと食べるのが貴族の嗜み。どうかリンドルから仕入れた蒸留酒でも呑んで落ち着いてくだされい。おい、全裸の守護聖人さまに例のものを持て!」

 誰のおかげで落ち着かない食事になったと思ってるんだ!
 俺は何度か咳き込んだ後に、カサンドラにお礼を言いながらタンヌダルクちゃんから布巾を受け取った。
 口元を拭って改めて酒杯を呑みほしたところで、厨房から使用人が高価そうなボトルを持って姿を現したのだ。

「さあ全裸の守護聖人さまは、お前たちの村長となるお方だ。注いで差し上げなさい」
「ど、どうぞ全裸の守護聖人さま」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
「わたしどもは聖人さまの事を村長さまとお呼びしたらいいのか、全裸さまとお呼びしたらいいのか。どういたしましょうか?」

 全裸さまとかやめてくれ。
 俺は奥さんと顔を見合わせて村長と気安く読んでもらう事にした。

「では村長さま、奥さま方この度お屋敷のお世話を仰せつかりました使用人頭にございます。どうぞご滞在の間はお気軽に何なりとお申し付けくださいませ」
「この女はシャブリン修道院の料理番をやっていた女でしてな。難民から募って全裸の守護聖人さまのお世話を命じたのですぞ」

 ぐるりと家族を見回して使用人頭の女性は頭を下げる。
 すると聞きもしないのにアントン爺さんは訳知り顔で俺に身を寄せて、女性の説明をしてくれる。

「まあリンドルの蒸留酒が安くで村に運ばれてきたのは、全裸の守護聖人さまの外交使節のおかげだ。何でもカサンドラ閣下がこの酒の愛飲者であると、リンドルからやってきた行商人が言っておりましてな」
「わ、わたしがですか?」
「オゲイン卿がカサンドラ閣下のお墨付きであるとリンドル市中で大きく触れ回っておるのだそうですぞ」

 使用人頭の女性は、そのままカサンドラから順に、タンヌダルクちゃんやけもみみ、そして家族全員に酒を注いでいって、最後にクレメンスのところまでブランデーを満たしたところでアントン爺さんは言葉をつづける。
 酒杯を持ち上げて、

「まずはアレクサンドロシアどののお子に乾杯!」
「そのう、アントンさま」
「どうされましたかの、カサンドラ閣下。わしの事は気安く爺やと呼んでくだされい」
「じ、爺やさま」
「わしは閣下がリンドル宮殿で開かれた晩餐会で、この蒸留酒が非常に絶品であると称賛されたと聞いておったのだが……」
「その事ではありません。アレクサンドロシアさまのご懐妊についてなのですけれども……」

 誰もが早くその事を聞き出したくて、緊張の表情をしていた。
 俺だってそうだ。アレクサンドロシアちゃんがいつの間にお腹に俺のあかちゃんを宿していたなんて、知りもしなかった。

「おお、その事でしたか。もちろん大々的に祝わねばならぬめでたき事ではあるが、今は戦時下であるしなかなか難しい。それにどこで敵方の密偵が潜んでいて、アレクサンドロシアどのの暗殺を企むとも知れぬので、もちろんこの事は内々にしておりますぞ」
「いや、それもそうなんですけどねえ。いったいアントン卿はどこでそのお話を耳にされたのですか」
「と、いいますと。どういう事ですかな?」
「実は俺たちもその話、初耳と言いますかね。な、誰かハーレム大家族の中で、アレクサンドロシアちゃんのお腹にあかちゃんがいる事を知っていた者はいるか?」

 ブランデーの入った酒杯を食卓に置いて、家族全員を見回した。

 隣に座ったカサンドラは、若干不審な表情をこちらに向けていたけれども首だけは横に振った。それでも奥さんは最後にアイコンタクトで「旦那さまを信じています」とアピールしてきた。
 大正義カサンドラは、家族の内向きをすべて取り仕切っているのだから、正妻奥さんが知らないというのはどういう事か。

「わたしはシューターさんが知らないという事実に驚きですけれども」

 するとカサンドラの向こう側の席に戻ったタンヌダルクちゃんも、ふるふると首を振って否定する。
 ハーレム大家族の新妻指導役っぽいポジションにいる野牛奥さんのところには、家族の噂話や愚痴がいっぱい集まってくるのだそうだ。そんなタンヌダルクちゃんが知らないという事は、ゴルゴライの領主館での噂話にそういう話題が出ていないのかも知れない。

「わたしも義姉さんと同様、初耳でしたよう!」

 けもみみ奥さんはキョトンとした顔で俺を見返していたので、たぶんよく理解していない。
 ちょっと前まで自分が男の子だと思っていたぐらいなので、子供に興味がないのかと思っていたら、まったく今回の件と関係ない回答をしてくれた。

「ぼくは女の子が欲しいかな。父さんと母さんに自慢するんだ」

 ではソープ嬢はどうかと言うと、肩をすくめて知らないと仕草で訴える。
 うちのハーレム大家族は基本的に同じ寝室で寝ているのがルールになっている。誰が決めたというわけではないけれど、サルワタ時代の生活が慣習化したのと、宿暮らしが長かったのが理由だろう。
 夜の夫婦生活はふたりきりになるチャンスを奥さんたちとこっそり作るか、もしくはカサンドラの差配で夜毎順番だったりする。
 当番回りがどういうルールで決まるか俺は知らない。たぶんソープ嬢も、知らないのだろう。

「わたしは新妻だからな。義姉さんの知らないことは、愛するひとの秘めたる私生活を知る由もないさ」

 男装の麗人は難しい顔をして無言で俯いていた。しきりに首を捻っている。
 ベローチュは現場の軍人だから、避妊にはうるさい性格だった。きっと子供が出来たら軍務にも政務にも差し障ると考えての事だ。
 アレクサンドロシアちゃんも同様であろうと彼女も考えていたらしく、だから腑に落ちないのかも知れないね。
 というか俺の質問が、普段は良く聞こえる長耳に届いていねぇ……

「計算が合いませんね。だとするといつ身籠られた子供なのでしょう……」

 クレメンスは無言で飯を食いながら、おらに聞いても困りますという顔をした。
 そもそもカサンドラが主催する家族会議とやらに呼ばれる立場ではまだないらしいので、寝室も別だし門外漢なのだろう。

「アントン爺さん。この通り俺たち家族は子供の事を誰も知らない。いったいどこでその情報を手に入れたんですかねえ。アレクサンドロシアちゃんが情報の出どころですか?」
「誰も知らないとはおかしな事もあったもんだ。もちろんこの話はアレクサンドロシアどのから受け取った手紙に書かれていた事ですからな。誰にも見せていないけれど、確かこういう内容だった」
「……ゴクリ」
「赤子の世話というのは大変なもので、夜泣きはするし腹も空かせる。この齢で稚児(ややこ)を抱いてあやす事になるとは思いもしなんだ。名前はバジルというが、お兄ちゃんによれば古い言葉で王という意味があるらしい。将来はサルワタの森を統べる王となることが望まれる……」

 といった内容だったそうだ。
 すらすらと語って見せたところで、最後に酒杯を口に運びプハァとやってみせる。

「…………」
「お兄ちゃんというのは守護聖人さまの事でござろう。夫婦であり兄妹の契りを結び、絆も深く子も産まれたとなればこれはサルワタの王の将来が、待ち遠しいですな。がっはっは!」

 あかちゃん違いだそれ!
 バジルはたしかにあかちゃんだ。だがバジリスクのあかちゃんであって、養子みたいなもんだ。
 いや人間の子供ですらねぇ!

「そもそも齟齬があったんじゃないですかねえ。アレクサンドロシアちゃんは自分の子供だと、その手紙のどこかで触れていたのでしょうかね?!」
「確かわが子とは書いてあったが、違うのでござろうか全裸の守護聖人さま」
「違います! いやわが子同然に育てているけど、その子は人間の子供じゃなくて、バジリスクのあかちゃんだっ」
「何と!! バジリスクのあかちゃんをアレクサンドロシアどのは養子に迎えられていたのか……それはとんだ早とちりをした。ではアレクサンドロシアどのはまだ、実子に恵まれてはいない?」

 そういう事になる。
 俺がゲンナリした気分で経緯を説明するハメになっている隣で、安どの表情をしたカサンドラとタンヌダルクちゃんの顔が視界の端に映り込んでいた。

「とんだ人騒がせな勘違いをしてしまった様で恐縮だ。これも老いぼれの不徳の致すところだ、あいすまぬ」

 謝って済む問題じゃないからね! ごめんなさいで許されるなら奴隷は世の中にいないんだよッ。
 あやうく奥さんたちから家族会議で尋問されるところだったよ……

「どうやら情報は漏れていなかった様ですよう、義姉さん。知らん顔をして驚いておいたので、バレませんでしたしねえ……」
「はい、この事はアレクサンドロシアさまには絶対内密と言われていました。けれども、シューターさんを悪者にしてしまったのは申し訳ないです……」
「しょうがないよ義姉さん、シューターさんもわかってくれるさ。敵の耳目はどこにあるとも知れないからね、ぼくが見つければ八つ裂きにするけど」
「シッ。声が大きいですよエルパコちゃん。旦那さまに気付かれてしまいます」
「次は義姉さん、その次はわたしも欲しいものです……」
「ぼくは女の子がいいな」

 奥さんたちが何やらヒソヒソと集まって会話をしているけれど、本当に疑いは晴れたのだろうか?
 気が動転した俺はまだ落ち着きを取り戻していなかった。

     ◆

 俺は村の様子を視察するため、スルーヌの往来を男装の麗人とともに騎馬で巡っていた。
 お供で付いてきた徒歩のクレメンスが、あっちは村の倉庫があるとか、反対側には豪農の分限者が住んでいるだとか説明を飛ばしてくれる。

「スルーヌには、アレクサンドロシアちゃんを伴ってリンドルに引き返すときに立ち寄っただけだったな」
「んだす。急な旅支度で村に顔を見せなかったもんだから、村の人間もシューターさまのお顔と名前が一致しないだすよ」
「だからこうやって、わざわざ村の中を巡視する必要があるのか」

 徴税官として貢納の巡検を行うのは明日の事である。
 カサンドラたちサルワタ方面に北上するみなさんは別行動になる。けれどもその前に村の中で確定申告がどういう流れで行われるのかを、見学してから向かう事になっていた。

「ご主人さま、村人たちがご主人さまを見て頭を下げておられます。ご挨拶なさるのがよろしいかと自分は愚考しますが」
「そうだな。俺が気さくな領主さまであるところをアピールしておかなくちゃ……」

 へっぴり腰で馬に乗っているのは相変わらずだけれど、今は手綱を引いてくれるクレメンスがいるので安心だ。
 近くに青鼻を垂らしているゴブリンの小さい子供がいたもんだから、ニッコリ笑って手を振っておいた。
 ゴブリンの子供はぼけぇと俺を見上ていたが、俺が手を振ったところで脱兎の如く逃げ出した。

「ありゃ、シューターさまはえらい嫌われ様だすな」

 ガッカリしている俺をクレメンスが慰めてくれたが、慰めになってない。
 鼻垂れゴブリンの向かった先に視線を送ると、どうやら畑作業の手伝いをやっていた様だ。
 両親があわてて馬上の俺に頭を下げてくれるが、悲しみは薄れない。

「これでも俺は元いた世界では子供には大人気だったはずなんだが。ッヨイさまもよく俺に懐いてくれたし」
「ッヨイさまは賢くも養女さまだすからなあ。あれは特別だと思った方がよろしいだす」
「アレクサンドロシア奥さまの妹君という立場でもありますし、ご主人さまにとっては養女でもあります。また将来はご夫人になられる立場でもあるのですから、確かにこれは特別な事情と言えるかもしれません。クレメンス、」
「んだす、すぐにも用意いたします!」

 ようじょと結婚だなんて聞き捨てならない事を口にしたベローチュを咎めようとしたものの。
 何やら男装の麗人から目配せを受けたクレメンスは、豪農の家がある前に駆け出していく。
 家の前では老夫婦と子供たちがズラリと並んで、俺に視線を向けた処で深々と大きく頭を下げたのである。

「おらの父ちゃんと母ちゃんだす。徴税の手配は去年この一家がやっていたもんで、詳しい事は父ちゃんと母ちゃんに聞けばよいだすよ!」
「お初にお目にかかるだすシューター村長さま、ご夫人さま。娘が大変お世話になっている様でございまして。ご家族さまに、ご迷惑はおかけしておりませんだすか?」
「ど、どうもはじめましてお父さんお母さん。く、クレメンスさんはよくやってくれていますよ」
「そうですね。クレメンスは働き者だと自分も思います」

 深々と頭を下げたクレメンスのご家族に、馬を降りた俺もペコペコと頭を下げて返事した。
 奥さんのひとりとして一緒に頭を下げる男装の麗人に、バツの悪そうな顔をしたクレメンス。

「娘は村の裏切り者だと、残った幹部連中から酷く嫌われたものだす。だども娘が人質になったおかげで、村の畑や村人たちは命を長らえただす。新しい村長さまがクレメンスをもらってくれたおかげだす」
「そ、そうだね。俺はいなかったけれど、クレメンスの決断は村を助けたのかも知れない」
「おっらの事はどうでもいいだす!」

 そばかす面を赤面させて、手を振り回したクレメンスかわいい。

「ほれクレメンス、村長さまに平伏しないだか。それでは村の倉庫に明日に備えて案内するだす。なあに、反抗的な連中は、娘が村長さまンところに嫁いだというので、黙らしてやっただすから安心しなっせ」
「!」

 俺が驚いてクレメンスを睨みつけると、クレメンスは明後日の方向に顔を逸らした。

「クレメンス? お前はカサンドラ奥さまから許可をもらう前に勝手にご両親に説明をしたのですかっ」
「違うんだすこれにはわけがあるのだす。カラメルネーゼ奥さまから、こうすれば幸せになるのだと教わったのだす。何事も順番に外堀を埋めて、嫉妬心を煽れば完璧だと。違うんだすか?!」
「家族のルールを歪曲した罪は大きいですよクレメンス、許しませんよクレメンス!」

 俺が呆気に取られている前で、男装の麗人が激高した。

「娘もご家族と仲良くやっている様で何よりだすなあ」
「んだんだ、これで村もわが家も安泰だす。さて倉庫に収めている今年の収穫物だすが――」

 助けてやれよクレメンス父母?!
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