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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

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閑話 虜囚の令嬢

 遠征三日目の朝は、アナホールの村にある中央集落の跡地で迎えた。
 炭化した家屋の柱を集めて簡易的に作られた天幕の中で、今日も降り続ける雨で気温は前日よりますます低下している。
 敷き詰めた毛布の中でシエルとともに体を寄せ合って仮眠をとっていたところで、起床を知らせるラッパが鳴って、部下どもはゴソゴソとあちこちの天幕から顔を出したのだ。

「パッパラッパピー! パブパブブー!!」

 音の外れた不協和音で天幕から外を覗いて見れば、みな下手糞なラッパ手の音色に顔をしかめている。
 号令にラッパを使うのはミノタウロスの軍隊で普及した方法らしいが、そのラッパ手はド素人だ。
 何しろッワクワクゴロの見分けがつかない三兄弟のッピコロである。
 義母上より付けられた従卒として、俺が野牛の居留地に人質に向かった頃よりずっと付き従って従軍しているのだが、俺はゴブリンが嫌いだ。

「うるさいぞ! その出来の悪い笛の音をどうにかしろっ」
「そうだぞそうだぞ、朝ッぱらから何てものを聞かせやがるんだ!」

 苦情の類があちこちから飛び出したところで、笛を口に構えてふたたび吹き始めたッピコロは、驚いてますます調子ハズレな音色を響かせた。

「バビュンダブリっ!」

 まったく汚い音色に、疲れからか寝たのか眠れなかったのかわからない一夜を過ごしたところから、強制的に体が叩きこされてしまう。
 寝ぼけた顔のシエルは起床ラッパに慣れているのか、半分寝た顔のままで器用に服を脱いで着替えをはじめている。
 野宿の際は装備を身に着けたままで交代による睡眠だったが、仮設天幕を構えた時は就寝起床のタイミングで胸甲を着脱するという事を知ったのも、昨夜がはじめてだ。
 ボロンと上衣を脱ぎ捨てたシエルは、義母上の様な豊かな胸を露わにして、手探りで着替えの肌着を探している様だった。

「シエル、いつまで眼をつむっているのだ」
「失礼しましたギムルさま。まだ体が起きていない様です……」
「これが肌着で、こちらが新しい下着だ。手伝いは必要か」
「だ、大丈夫です。そういう事は閨の楽しみに取っておきますっ」

 からかったつもりはなかったのだが、シエルは俺の言葉を聞いて急に頬を赤くすると、急ぎ覚醒して服を着替えはじめた。
 よしそれでいい……

 ひんしゅくを買って引っ込んだッピコロにかわって、完全武装で姿を現したのは野牛の族長タンクロードバンダムだった。
 俺たちが担当したブルカ街道南部の領域は残党狩りが主だった作戦任務だったのに対して。
 街道北部を担当したタンクロードたちは、実際にまだ逃げ遅れている難民の保護や、集落を堅固に守り抜いている一部の領主たちとの激しい戦闘があったらしく、昨夕のうちに合流する事が適わなかったのである。

 俺に与えられた戦力はサルワタ隊とクワズ隊の兵員一〇〇余りと、別動隊として動いているタンクロード隊の一〇〇に満たない軍勢である。
 タンクロード隊は軍勢にして俺たちよりも数が少ないにもかかわらず、やはりそこはミノタウロスの精兵集団であったために、危なげなく各拠点の収容と難民誘導をこなしていたのだ。

「周囲警戒がなっとらんではないか。不寝番の責任者を呼べ」
「責任者はッピコロさまでございます」
「どこにいるのだ?」
「起床ラッパが下手糞すぎて、みんなから苦情が出たので逃げました」
「連れてきて防御陣地の歩哨の立て方を叩きこんでやる! 若大将はどこでお休みになっているんだ。ん?」

 あちらの天幕です、と部下が指をさしたタイミングで俺がちょうど装備を着て外に出るところだった。
 優雅な動きで軍馬を飛び降り、駆け寄ったタンクロードは貴人に対する礼を取って見せる。

「蛮族の風習と笑っていた割に、見事な礼節を身に着けたではないか」
「今では俺も蛮族の家臣だからな。北部の諸集落はすべて接収完了した。アナホールの村とシャブリン修道院の領境付近まで、威力偵察を走らせている」
「抵抗する集落があったというが、それはどうなった?」
「フンス。何の問題もなく、正攻法で排除した。どうやら一部の大領主に与した軍勢が、会戦の終了後にこの北に進出して占拠したものらしい」

 振り返れば野牛の兵士たちがアナホールの村に続々と入場している姿が見える。
 夜通しで移動してきたとなれば相当な疲労があるのではないかと考えたが、タンクロードを見れば特段疲労の色を見ることは感じられなかった。

「夜明け前に移動を開始したからな、昨日の日中は激しい戦闘を繰り返したので早くに野営を張ったのだ」
「なるほど俺たちは傭兵の集団に苦戦をしたが、そちらもどうにか壊滅させることができた」

 村としての機能を完全に失ったアナホールの広場を歩きながら、かつてはゴルゴライの様に市場が開かれたであろう場所を通過する。
 そこには傭兵団の主だった幹部各の首が、大きな岩に並べられていた。
 季節が冬に差しかかろうとしているために、土色の顔にハエが集る様なこともない。

「シエルは役に立っているか」
「危ないところを何度も助けられたが、妻は少し血気にはやりすぎるところがある」

 勇敢なミノタウロスの女戦士であるというのは認める。
 だが妻より一歩下がった場所にいるのは申し訳ない気分になると同時に、やはり安全を第一に考えてもらいたいものである。
 俺は村長であり騎士爵というこの部隊の指揮官だ。
 妻のシエルと言えばその副官でありいざという時には代理指揮官となるのだから、簡単に死なれては困る。

「こちらの首の男は、シエルが仕留めたものだ。こっちもそう。ああ、このヒゲ面の男は傭兵団の指揮官だった者だ。これはマイサンドラが仕留めた」
「義弟の身内だったな確か。さすがだ……」

 なるほど義弟の身内か。確かにシューターにとっても妻の従姉という関係なのだから、一族の人間という事になる。
 そんな会話をしているところに、ミノ式の完全装備を身に着けたシエルが天幕から追いかけてくるのだ。

「族長おはようございます。ご無事で何よりです」
「タンシエル夫人も無事でよかった。心配性の若大将が何かと気を揉んでいる様だから、少しは大人しくされるのがよろしかろう」

 野牛の人間たちがやる挨拶は俺たちと少し違う。
 直立不動の姿勢でかかとを合わせて、目上の者に敬意を払いながら会話をするのだ。
 しかし、俺の妻となったシエルは故郷の族長に目上の者という敬意を、反対にタンクロードもまた領主の嫡男夫人となったシエルに目上の者に対する敬意を示す。

「た、タンクロードさま」
「お前は若大将の夫人となったのだから、俺に対してはその様にふるまえばいいのだ」

 満足げにそんな話をふたりでしていたところ、視界の端に逃走していたッピコロが、長兄によって引きずられている姿が飛び込んできた。
 どうやらッワクワクゴロが、これから説教する様である。

「エクセルパークどのの姿が見えないが、彼は無事なのか」
「五体無事なのは間違いありませんが、エクセルパークさまは夜中の三番目の不寝番の責任者でしたから、きっとまだお休みになっているのでは」

 半壊した家屋の壁に天幕を駆けた幕舎に視線を向ける。
 そこにはクワズの村から派遣された騎士たち幹部が就寝していたはすだが、エクセル叔父の姿を見つける事は出来なかった。

「あの出来の悪い笛を聞いても平気と言うのも、凄いものだ。一種の美徳だな」
「それだけお疲れだったのでしょう。ギムルさまも昨夜は歯ぎしりが酷かったのですよ」
「な、何。俺は寝ている時に歯ぎしりをしているのか」
「はいいつも」

 小声でシエルがそんな言葉を口にしたものだから、俺はたまらず赤面した。
 まるで知らなかった事である。
 すると、金属の胸甲を揺さぶってタンクロードが大きく笑いだすではないか。

「フンスッスッスッス。まあ互いに夫婦をしている様で俺は安心だが、あまり戦場でその様な態度は示さないことだ。嫉妬やっかみは士気を落とし、若大将の差配に関わるからな」
「だ、黙れ!」

 ブルカ街道にほど近い場所に位置するアナホールの村は、今後の攻略作戦をやっていく上で補給拠点として利用する事になるだろう。
 そのために義母上からは連絡網の再構築を急ぐ様に厳命されていた。
 鳩舎と厩の確保と、物見の塔の状況確認である。

 早朝から周辺偵察のために送り出された騎兵たち以外のもので、ひとまず被害の少ない家屋や倉庫がどれぐらい残っているのか、それから陣所として利用可能な施設はないか、取り急ぎ調べさせた。
 昨夜のうちに教会堂だけは被害軽微である事が確認されて、負傷者たちはそこで一夜を過ごすことにしていた。
 教会堂は今後もアナホールの村が再建されるまでの陣所として利用することが決定だ。

「若大将、鳩舎は無傷で残っていましたぜ。残念ながら中身の鳩は逃がされたのかカラッポですが、魔法の伝書鳩さえいれば、すぐにも使えます」

 一夜明けて調べてみれば、俺たちが暗がりで調べた時以上にアナホールの村は健在な家屋が多数残っていたらしい。
 鳩舎もそのひとつで、領主館そのものは灰燼に帰していたものの、厩も倉庫も修復作業をすれば十分に使える状態だという事がわかった。

「ゴルゴライに向けて、ただちに補給部隊を受け入れる準備が出来たと伝令を飛ばせ。アナホールの全域占領まではまだしばらく時間がかかりそうだが、アレクサンドロシアさまからも慎重に進軍せよとのお言葉だ。無理をせず着実に攻略を進めるのが肝要だ」
「ははっ。ただちに伝令を飛ばします!」
「いや待て、アレクサンドロシアさまに書簡をしたためるので、お届けするのだ」

 モエキーお義母さまは商家出身の主計官であるから、その辺りの手配はすぐにも行ってくれるだろう。
 午後になれば周辺偵察に出ていた部下たちが報告をもたらして、いくつかの無人集落や例によって残党が籠っている集落の情報を逐一もたらしてくれた。

 そうしてタンクロードが直卒する騎兵たちがそれらの集落を攻略に向かっている間に、女の従軍司祭が俺のところに訪ねてきたのである。

「これは厄介な事になりましたわ若大将。あのご令嬢様はどうやら盟主連合軍の貴族さまではなく、ブルカ同盟軍という事で……」

     ◆

 捕虜尋問を担当していた女司祭が俺に告げた言葉に、たまらずシエルやエクセル叔父たちも絶句していた。
 保護された時に聞いた少女騎士の名前はアップルスターというものだった。
 その時は状況が状況であるから、それ以上の質問をする事ははばかられた。

 今日になって女司祭が改めて事情を聴いたところ。
 領地はヤナガという、ブルカの西にある小さな村を中心とする騎士爵領で、本人はその騎士爵家に養子として送り出されたのだそうだ。
 それだけならまだ俺たちも納得するものがあったかもしれないのだが、

「わたしはこの度の戦争で従軍を命じられた折、街で傭兵を雇う事にしました。領内ではまともな兵士を揃えることが出来ないので、傭兵団に頼ったのです」

 女司祭と同席したマイサンドラに語ったところによると、その雇い入れたはずの傭兵団が裏切ったのだという。
 敗色濃厚になった会戦の末期、撤退の最中に傭兵団長がアップルスター卿の供回りの騎士を殺して傭兵団ごとブルカ同盟軍を離脱したのだ。
 そうしてかどわかされた彼女を連れて、戦場の空白地帯となったアナホールの集落に逃げ込んだというのが実情の様だ。

「それで司祭さま。アップルスターさんはその、乙女を辱められたはずだけれど。避妊治療の方は間に合うのかしら?」

 付き添ったマイサンドラが気にしたのはその点だ。
 野盗と化した男たちに凌辱されたという事は、ッワクワクゴロたちも耳にしたというし、恐らくその声はマイサンドラも聞いていたのだろう。
 女司祭もすでにその事を危惧して、保護した直後から診断と処置はしていたのらしい。

「どうかしら。体を触診した限りは妊娠の兆候は感じられませんでしたけれど、念のために改めて避妊の処置を――」
「その必要は、ありません……」

 けれどいくらか精彩を欠いた顔のままで女司祭とマイサンドラを見返したアップルスター卿は、きっぱりとその言葉に異を唱えたのだ。

「確かにわたしは男たちから辱めを受けましたが、乙女の純潔は守ることが出来ました」
「それってどういう……」
「男たちはわたしに戦争奴隷としての価値を見出したのだと思います。貴族の処女であれば高く売れるのではないかと。責めを受けたのは別の場所です……」
「……」
「あそこはその様な場所に使うところではないと抵抗したのですが、その度に殴られ、蹴られました」

 確かに傷をつけたところで軽度のものであれば、聖なる癒しの魔法で治癒させる事はできるが。
 何れにせよ幸か不幸か乙女の純潔だけは守る事の出来た彼女であるが、その理由を口にしたアップルスター卿の言葉に、ふたたび女司祭とマイサンドラは驚いたのである。

「恐らく、わたしの生家がどこであるかを知っての事でしょう」
「アップルスター卿のご生家、ですか?」
「はい。わたしの父はブルカ辺境伯さまの末弟で、養子に出される以前はブルカ辺境伯さまのご令嬢テールオンさまの身代わり役を務めておりました。テールオンさまはご無事に国王さまの元へ嫁がれましたので、お役御免となったわたしは、養子として差し出されたのでございます」

 ブルカ辺境伯の一族に連なるだけでなく、そのうえで国王の妃となった者の身代わり役を務めていた人物。
 友軍の騎士と思ってたはずが、これほど扱いに困る人間を保護した事に、俺は当然困惑した。

     ◆

「は、義母うぇいに何とお知らせするべきだろうか、シエルよ……」
「落ち着いてくださいギムルさまっ。ひとまず伝令を飛ばして、ゴルゴライにて保護してもらうのがよろしいでしょう!」
明日の更新は、書籍化に伴う作業でお休みをいただきたいと思います。
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