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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

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閑話 アナホール攻め 後

 夜半になって降り出した雨は早朝を迎えるころにはやがて霧雨へと変わった。
 不寝番が解かれて朝の点呼が行われる頃になると、俺たちの在陣した集落はあまりの視界不明瞭で、わずか十歩先の人間の顔が識別不明瞭な有様になっていたのである。

「まいったな。雨具の用意は最低限のモノしか用意してこなかったけれど……」
「騎士や騎兵のものはともかく、歩兵全員分の数は流石にかさばるので、後続の補給部隊に任せる事にしていたのですが」
「それがこうも悪い結果になってしまうとはなぁ」

 集落に整列した野牛の兵士とエクセル叔父が、そんな会話をしている姿が見えた。
 ミノタウロス兵は、タンクロードの派遣していた野牛の幹部兵士である。
 補給の一切は、サルワタ貴族の主計官を務めているモエキーウォールズお義母さまが職掌なさっている。

「ただちに各集落の背後連絡線を経由して、ゴルゴライに雨具の用意を伝達してもらおう」
「残念ながら鳩舎の魔法の伝書鳩は、無人になってからこっち(いたち)か何かに食い荒らされた様ですね」
「兵員をここで割くのは得策ではないが、野牛の兵士から伝令を飛ばして集落伝いにゴルゴライへ補給要請をしよう」

 わかりました、ではその様に。
 胸に手を当てて騎士の礼節をしてみせた野牛の幹部が振り返ると、霧の中から姿を現した俺とシエルに一瞬だけ驚いた後、頭を下げて駆けだした様だった。

「叔父御、斥候に出ていた兵士が先遣の猟師部隊と邂逅した様です」
「先遣のと言うと、昨日のマイサンドラ卿の仲間たちかな」

 野戦場では普段なら口にしない朝食を取って腹ごしらえをする。
 この時エクセル叔父は戦場の作法にのっとって、ふかし芋を口に運ぶ手を止めながらこちらを振り返る。

「はいエクセルパークさま。報告によりますと、この天候はしばらくの間続く様子だと言っています。空気の中に水分が多く含まれているので、気温が多少上がったところでも大きく変わりはないと。奇襲接敵のチャンスですね」
「相手に気付かれにくい環境なのは僥倖(ぎょうこう)だね。おかげでこちらの奇襲配置をギリギリまで気付かれない可能性がある」
「けれども、そうなれば友軍同士が連携を取りにくいのも事実です。油断ない様に向かいましょう」

 シエルとエクセル叔父のやり取りに大きく頷き返してみせた俺である。
 そのまま振り返って濃密な霧の中で薄ぼんやりとわかる、整列した兵士どもに大声を上げた。

「軍馬を連れている者は馬のハミを厳重に確認しろ。この霧で相手に姿は暴露しにくいが、音は隠すことが出来ない!」
「了解だぜッ」
「また、各集落を占領した後にはアナホールの村の中央集落を一気に占領する予定をしている。携帯食料は十分に用意できているか確認し、今のうちに水筒の補給をしておく様に」

 作戦が開始すれば、無数に存在している枝郷の集落をひとつひとつ占拠しながら、一気にアナホールの村に入場する事になる。
 途中で動きを止めてしまえば、あるいは散らばった集落の残党兵を逃がしてしまう事になれば。
 その者が他の集落に情報を伝えてしまえば、霧の奇襲効果や情報遮断の優位が失われてしまうのだ。
 俺の言葉に兵士たちは「応ッ」と大きく返事を返したが、やはり霧雨のために体力損耗は否めなかったのかも知れない。

 外気と雨雫の冷たさはさほどでもないと思ったけれども、時間の経過とともに体を冷やし体力を損耗させているのだろう。
 だから俺たち指揮官階級の身に着けていた紅のマントは、せめて農兵たちの雨具代わりにと貸し出した。
 徒歩でマントは行動を阻害するという意味もあるが、今は雨具が圧倒的に足りない。

 白い視界の中を斥候たちの先導で移動し始めた時。
 徴募された農兵の大半がまともな装備を支給されていなかったらしく、震える体を抱きしめる様にして黙々とリンドル河岸に向けて足を進めていた。
 ぬかるんだ大地は前途多難と見るべきか、敵もまた逃げだす事が苦難であると見るべきか。

「環境が同じならば条件も同じと言う事だ。考えても始まらん。常に大胆な義母上の在り様を見習って、ここは攻めの姿勢を見失わないことだな」

 軍馬の手綱を引き、農道の先を進むシエルの丸尻を視線で追いかけながら俺はそんな事を考えた。

     ◆

 リンドル川の近くに移動した俺たちは、斥候の誘導を受けながら最初の集落を襲撃した。
 ほんのすぐ側が川である事もあって霧は非常に深く、俺たちにそれは味方してくれた。
 六人の装備もまばらな残党兵を相手にするため、格闘に自信がある者が軍勢から選ばれて静かに襲っていく。
 敗残兵どもは誰も彼もが疲れた顔をして痩せていた。
 だから注意力も散漫でたいした苦労もなく兵士たちを殺害制圧するのも容易だった。
 野盗働きを求めて集落に住み着いたと言うよりは、生き残るために食料の残りをあさり、ねぐらを求めてい就いたという方が正しい。
 負ければ俺たちにもこういう未来が待っている。

 こうして、都合いくつもの集落を制圧占領しながら前進をしているうちに時刻は昼頃を迎える事になった。
 雲に囲まれた太陽が直上に位置し、薄ぼんやりとした明かりが大地を包んでいた。
 こうなってしまうと、もはや霧の加護に頼ることはできない。

「連中は特段の警戒をしているわけではないな、ギムル村長。男の数は二〇人で装備も統一されている。鎖帷子を着込んでいるので、傭兵と見て間違いねえ」

 斥候が誘導してくれた先に待機していたのは、サルワタ猟師のリーダーをしているッワクワクゴロだった。
 側らには妻であるニシカの妹を従えていて、いまもそちらの黄色長耳は警戒を怠っていない。

「見張りに立っているという事はないか」
「そういうのは無駄だ。何しろアレクサンドロシアさまが威力偵察の部隊を送り出しているのは、全部近郊の村周辺だっただろ旦那。ここまでは日帰りで出てこれないと踏んで、完全に油断しているぜ」

 ッワクワクゴロの説明によれば、この村で生活をしている二〇名あまりの傭兵たちはよく統率が取れている集団という事だった。
 恐らくは街で一括して雇われた傭兵団と見て間違いないだろう。
 霧の晴れた集落を観察しているところ、ヒゲ面の横柄な中年を中心にして集団生活をしている様だ。
 これまで見てきた敗残兵の中では一番まともな生活ぶりで、汚らしい格好をしているものの、狩りをしたり放置された畑から食糧を収穫したりして、農民小屋からは煮炊きの煙も上がっている事が確認できた。

「それから女がひとりいる。姿を見た事はないんだが、若い女が夜中に喘いでいる声を聞いたと言っている」
「若い女が喘いでいる声……?」

 ッワクワクゴロの言葉にたまらず聞き返したのはエクセル叔父である。
 俺と齢はさほど変わらないものの、未だ独身の叔父には刺激的だったのかも知れない。
 同様にシエルやシオなど女性たちも顔を歪めているのが視界の端に映り込む。

「そいつが傭兵なのか元から集落で生活していた女なのか、それとも娼婦なのかはわからないぜ」
「けれどもッワクワク、女性の泣いている声も確認したから……」
「たぶんどっちにしたって、本人がいい思いをしているはずはないというわけだ。どうする旦那?」

 険しい表情をしたッワクワクゴロの嫁の口ぶりからすると、何れの立場であっても傭兵団の男どもに弄ばれている事は間違いない事だ。
 義憤に駆られているらしいエクセル叔父は、憤怒の表情で俺を見返した。

「包囲殲滅で行こう。霧は晴れているから、身を隠す遮蔽物を利用して広場に出ている人間を掃討。そのままミノタウロス兵のみんなと、サルワタの傭兵で内部に突入させるのはどうだろう」
「集落を包囲するのは戦闘に不慣れな農民兵に当たってもらうほかはありませんね。この時期は陽が落ちるのも早いので、暗がりに紛れて逃走される事を考えれば、襲撃は早い方がいいかもしれない」

 俺もエクセル叔父の言葉に納得しながら、ッワクワクゴロとその嫁に視線を送った。
 要注意な敵はふたりの弓のスキルに依存するしか方法はない。
 軍勢の中には弓兵も確かにいたが、こちらは命中率が期待できない素人弓兵しかいない。動きを阻害するための制圧射撃以上は難しいのが現状だ。

「一度の狙撃で確実に処理できるのは、俺達夫婦でせいぜいふたりまでだ。マイサンドラも近くで待機しているはずだが、姿が見えない」
「マイサンドラ卿もおられたのか、ならば心強いですねッワクワクゴロ卿!」
「よしてくださいやエクセルパークさま。俺は猟師親方で平民だ。それにしてもマイサンドラはあの性格だからアテにしない方がいい、もし誰か猟師出身のクワズ兵士がいたら、割り振りを行うから手を上げてくれ」
「彼が僕の村で猟師をしていた。他に二人ほど軍勢の中にいる」
「よしじゃあ、配置確認をもう一度して、突入タイミングに排除できる人間を割り振ろう」

 ゴブリンの猟師親方は、エクセル叔父の目配せをしながら立ち上がって挙手をしている猟師出身者に駆け寄った。
 その姿を見ながら俺もシエルと向き合いながら覚悟を決める。
 熊を相手にしたときは、勝手が違って恐怖と焦りに支配された。
 だが今回はこちらが奇襲の利を得ているので、混乱と焦りの渦に巻き込まれるのは敗残兵の側である。

「戦功、軍功と焦っては上手くいくものも上手くいきません。ギムルさまは大将としてご差配なさり、わたしたちが結果を必ずお届けしてみせましょう」
「しかし支配者とは常に先頭で勇気を示さねばならないと、アレクサンドロシアさまも常々仰られていた。俺もまたアレクサンドロシアさまの息子としての矜持がある。出来れば先陣を切りたいものだ」
「ご無理は禁物です。部下を信頼し、わたしの側からは決して離れないでください」

 ニッコリと微笑を浮かべて俺を見返してくれたシエルである。
 笑った瞬間に豊かな胸がゆさりと揺れて、俺はたまらず見とれてしまった。
 この回答は無理をしなければ、第一陣とともに突入する事をシエルが許可したというものだろう。
 自分の本分をわきまえて、部下たちの足手まといにならない程度に勇気を示さなければならないという事だ。

「時にはあの全裸を貴ぶ夫を頼り、最初の切り口をつけてからは後方でどっしりと構えていたよ義姉上は」
「その通りですエクセルパーク叔父さま」
「義母上は常に先頭に立って何事も成す方だった。しかし全てを自分で何でもこなそうとしていたわけではない。そういう事ですね……」

     ◆

 この集落のどこかにいるはずのマイサンドラは、アテにすることが出来ない。
 あの鱗裂きの師匠とも呼ぶべき腕の確かな狙撃手であるが、気まぐれで不遜な性格に振り回されるよりは現有戦力でどうにかする事を考えた方が正しい。
 エクセル叔父は地図と敵の情報を見比べながら、最も突入に適した農道の脇から主たる軍勢を送り込むつもりだった様だ。

 包囲の反対側には農民兵たちが伏せており、ここには派遣された修道騎士やベテランの傭兵も加わっている。
 突入する野牛兵や傭兵に蹴散らされた敵を包囲網で完全に押しとどめるのが目的だ。
 騎兵たちは広場に突入をするが、それ以外にも包囲網を突破した敗残兵を追撃する役割もある。

 野牛の兵士にゴルゴライで雇い入れた傭兵たち、それから農民を徴募した領兵に猟師たちの兵。
 ひどく雑多な混成部隊の中にいる修道騎士の援軍ふたりは、貴重な魔法戦力だ。
 彼らは従軍司祭さまをお守りするために付けられた人間だが、俺が騎士修道会を実質的に率いている聖少女さまの義理の息子だけに、手を貸してくれることは惜しまない姿勢なのは非常にありがたい。

 俺の代理人として号令をかける役割は、いつの間にかシエルのものになっていた。
 攻撃のタイミングを計るのは戦場経験なり軍事訓練なりを受けた人間の方が間違いない。
 義母上がシューターを頼って何事も差配させていたのは、こういう事ではないかと考えながら俺はゆっくり長剣を鞘から引き抜いた。

 全員がシエルの号令を待って防風林の影やブッシュの中、放置された畑に身を伏せながら接近した。
 そうして俺とエクセル叔父に目配せを送った後、林の中に身を潜めていた猟師部隊に手信号を送ったのだ。

 やれという短い命令を示す様に手刀をサッとおろすと。
 おもむろに立ち上がったッワクワクゴロとその妻が弓を構えた。
 ゴブリンは短弓で黄色長耳は長弓だ。すぐさま力いっぱいに引き絞られた矢が放たれて、集落の広場で薪を割っていた男の背中にグサリと吸い込まれたのである。
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