挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

410/570

閑話 アナホール攻め 前

 荒廃した集落のひとつに到着したのは、陽も陰りを見せる頃合いになってからだった。
 打ち捨てられた畑では、収穫期を過ぎて茶色く枯れ穂を大きく垂れたトウモロコシが方々に散見していている。
 戦争の爪痕も色濃くその辺りのいくつかは黒ずんだむき出しの地面が見えていて、火災があったことを物語っていた。

「どの集落も酷い有様だったが、ここもそうか……」
「恐らくはお義母さまの攻勢作戦の際に攻防が行われた集落なのでしょう。入口の反対側にあったいくつかの倉庫は完全に焼け落ちていました」

 馬上でこぼした俺の言葉に、寄り添うように馬を並べていたシエルが説明を口にした。
 これまで立ち寄ったどの集落でも、激しく攻防を繰り広げた痕跡がどこかしこに残っていた。
 ただし集落で生活していた人間の姿と、死んだ者の遺体だけは残っていない。

 被災民となった農家の人間たちは、すでに威力偵察や接収任務に出た盟主連合軍によってゴルゴライへ収容されている。
 あるいは死んだ被災民はそのままにしておくと野獣やモンスターの類が村落へと近づくために、立ち寄った友軍が死体処理を済ませている事は間違いない。

「ギムルさまご覧ください。ラメエお義母さまの旗印が大樹の枝に掲げられておりますね」

 集落でもひと際大きな樹木から飛び出した枝には、確かに軍旗の様なものが掲げられている。
 深緑の下地に家紋が刺繍されたそれが、夕陽に照らされて輝いて見えたのだ。

「む。するとここは、今朝ほどラメエお義母さまが威力偵察で立ち寄られた場所という事になるな。となれば、すでに難民の類は残っていないだろうが念のためだ」
「はい。夜になれば野盗など蛮族や、コボルトといったどうしようもない猿人間が、ねぐらを求めて集落に近づく可能性があります」

 シエルはそう返事をすると、ゆっくりと集落の広場に侵入する馬をなだめながらニッコリと笑って見せた。
 しかしおかしなものだ。
 自分たちよりも遥か幼い、成人して間もない義父の嫁のひとりを捕まえてお義母さまと呼んでいるのだ。

 すでに生活の気配が失われたその集落の家屋に近づいてみると、散乱した家財や燃えて(すす)けた荷車などが放置されている。
 シエルが素早く馬を飛び降りると、ハルバートを突き立てて配下の軍勢にアゴで指図を送っている姿が見えた。

「念のため、全ての家屋をくまなく捜索するのです! 人間の気配があれば見逃してはなりません、直ちに報告をするのですよ!」
「応ッ。お前らコボルト一匹見逃すんじゃねえぞ!!」

 凛々しいシエルの号令直下、野牛の兵士やサルワタ農兵たちがチームにわかれて散り散りになる。
 そのまま無人と化したのをいい事に、遠慮なく家屋の戸板を蹴り込んで抜剣すると内部に踏み込んでいくではないか。
 そうして部下たちに指示を飛ばした後、振り返ったシエルがハルバートを肩担ぎにした勇ましい格好で周囲を睥睨しながら、広場の中央へと進んだ。

 その間俺は、集落の外でいつでも突入できる体制で待機しているエクセル叔父の方へ視線を飛ばした。
 軍学の常識によれば、ふたつのグループが相互に支援できる様に、こうして一隊を戦闘待機させておく必要があるそうだ。
 俺はその事を知らなかったけれど、少なくともシエルとエクセル叔父はそれを理解していたと見える。
 この集落に踏み込む以前、いくつかの村の中心集落や枝郷の集落でも「ではわたしたちがここは」とか「僕が今回は中に入るのでよろしく」などと、阿吽の呼吸でシエルと叔父は連携を取っていた。

 王国の歴史書や学問の書物にはひとしきり目を通していたが、軍学書については義母上はあまり俺に教える事がなかったのもある。
 村長として必要な知識を身に着けるために、博物学の本や農業の書物、貴族の指南書ばかりを読む様にお命じになられていた事を考えれば、俺には貴族軍人として期待はしていなかったのだろう。
 事実、俺はブルカの王国兵団に送り出されるという事はなかった。
 ひとり息子である事をお考えになって、まずもって領地経営を学ぶ様にとご配慮されたのかも知れない。

「異常なし! ひとっ子ひとりいやしませんぜ」
「こちらも異常なし。家財もごっそり持ち出されていて、これじゃ冬を越すのは到底無理だ」
「犬の死骸がありました! この腐乱具合だと、もう何日も時間がたっていますよっ」

 あちこちから特別異常がない事を知らせる報告が聞こえてきて、シエルがそれにうなずいてみせると俺に言葉を投げかける。

「ギムルさま、問題ありませんでした」
「わかった」

 直ちに俺は馬上で剣を抜き放って、エクセル叔父に見える様にぐるぐると頭上でそれを回して見せる。
 警戒態勢をとっていた叔父のクワズ隊はその合図で、ようやく構えていた槍を解いて杖代わりにする姿が見えた。

「よし、今夜はここで宿営をするぞ。叔父御に集落へ入るようにお知らせしろ」
「了解であります!」

 騎兵のひとりが大きく返事をしながら、軍馬に鞭を入れて走り出す。
 そのまま叔父御のところへ駆け抜けていくのを途中まで見届けて、俺も馬を降りてようやく緊張を解いた。

「予定では今日中にアナホールの村に到着する予定だったが、思いの他時間がかかってしまったな」
「ひとつひとつの集落をしらみ潰しに接収していくのです。時間がかかる事は仕方がありません」
「だが明朝にはアナホールの村の領内に入ることが出来るだろう」
「別動隊を率いているタンクロードさまも、街道の反対を攻略なさっているはずです。明日にはアナホールで邂逅する事も叶いますよ」

 軍馬を兵士たちに預けて、夫婦そろって歩きながらまだ戦災の被害が少なそうな建物に近づく。すると中から出てきた兵士と鉢合わせになった。

「ここなら夜を明かすにも問題なさそうです」
「以後この集落の警備に使う宿泊場所として利用しろ。今夜は悪いが使わせてもらうぞ」
「もちろんです若大将。ここはただの空っぽの蔵だ、寝台はあっちの無事だった家屋から運び込ませます」
「頼んだぞ」

 恐らく食糧庫か何かだっただろう家屋の中を覗き込んでみると、空っぽの空間にいくつかの木箱が転がっているだけだった。
 野盗が持ち出したのか、ラメエお義母さまが持ち出したのか、ひどい有様だが寝台を運び込むスペースには困らない。

「ほとんどの農民小屋が焼け落ちているね。これは戦後に立て直すのがかなり大変なことになると思うよ」

 振り返ると甲冑をきしませながら近づいてきたエクセル叔父が見えた。
 頭をボリボリとかいて周辺を見回しているところをみると、復興計画について思案を巡らせているらしい。

「はじから土地を整備して新しく農民小屋を揃えた方がいいですね。この土地を新たな領地に割り振られた貴族は苦労をするでしょう」
「まあいちから開拓をするよりはマシと言えるけど、僕は領民も離散した土地に転封を命じられるのはごめんだね」
「しかし街道沿いの村は潤っているとも聞いています。文物の交流は多いし、何より安全だ」
「戦争が勝利で終わればそうなるだろうけど、ブルカと痛み分けに終わって睨みあいになれば、いつここがまた戦場になるかわからないからね」

 そうなれば武闘派の貴族がこの土地に移封される可能性が高いと、エクセル叔父は考えているらしい。
 野営の準備をはじめていた両軍の兵士たちは、軍馬を適当な場所で休ませたり井戸から水をくみ上げたりしはじめている。
 戦場なので俺たちは甲冑のまま休むことになるが、不慣れな農民兵たちは腰を下ろすとそのまま動けなくなる者もいる様だった。

 叱責の言葉が口を突いて出そうになったが、あまり軍人肌ではないエクセル叔父も似たような有様である。
 切り株を見つけて腰を下ろすと、脚をダランとさせているのを見て苦笑を浮かべてしまった。

「若大将、炊事の支度をはじめてよろしいですか!」
「構わないです。交代で見張りのだけは密にして、不寝番は四交代で細かく行う様に」

 わずかにどう返すかを考えているうちに、俺が答えるよりも早くシエルが命令を飛ばしてくれた。
 よろしいですね若大将? と衆目を意識した言葉で質問をされてうなずいてみせたところ、小声で身を寄せるシエルである。

「すみません。わたしも今のうちに用を足しておきたいと思いまして……」
「この集落の有様では便所も糞壺も何もないだろう。宿泊用の倉庫裏で用を足せ、俺が見ていてやる」
「……ギムルさまはそういうご趣味なのですか?」
「黙れ違う、誤解だ。近づかない様に警戒していてやる!」

 怪訝な顔をシエルにされた俺はあわててそれを否定する。

「うふふ、わかっています」

 倉庫の裏に移動して、穂の折れたトウモロコシ畑の茂みに姿を消したシエルを見届けて。
 周囲警戒をしながら倉庫の壁に背中を預けたところで、腕組みをして咳払いをした。
 大きい方か小さい方か知らぬが、時間を潰すために手持無沙汰になった俺は口を開くのだ。

「時間はたっぷりあるので、ゆっくりと用を足せ」
「……」
「ところで空を見れば、この様子だと今夜あたりは雨が降るかもしれないな」
「…………」
「雨に打たれると体力を奪われる。兵士どもは出来るだけ家屋の中に入るようにさせた方がいいかもしれない」

 愚にもつかない言葉を並べたけれど、シエルの返事はなかった。
 すると寂しいもので、また何かを口にしかけたところ、

「ぎ、ギムルさま。集中できません。やはり、あちらで待機していてくださいませんか……」
「わっわかった」

 俺は妻に叱責されてしまった。
 どうやら時間を要する方であったらしく、身を預けていた倉庫の壁から体を起こして移動する事にした。
 戦場でシエルの機嫌を損ねる事になってしまえば連携を欠く可能性がある。

 いそいそと退散しておく事にしようとしたところで、何かガサゴソと気配を感じた。
 もしかすると、俺が近くにいるのでは集中できないと、移動しているのかもしれない。

「ギムルさま。わたしは自分の身を守る程度には護身の術を身に着けておりますので……」

 何を言っているのだ?
 茂みの中から聞こえてきたシエルの言葉に疑問を抱いて、脚を止めた。
 俺は黄色長耳やゴブリンどもの猟師と違って、動物の気配を過敏に察知する事はできない。
 何者か不埒な存在が用を足しているシエルに悪戯をしようとしたのかとも思ったが、そこまではわからなかった。

「シエルどうした。俺はここにいるぞ?」
「えっ、ギムルさま?!」
「グルル……」
「何事だ、そこを動くな。そこに隠れているのは誰だ、大人しくしていれば命までは取らない」

 元いた場所辺りでシエルの困惑した声が聞こえて、別の場所からは再びトウモロコシの葉が擦れる音が耳に飛び込んできた。
 さすがに事態の異常さを感じて俺は抜剣し、周辺で休んでいるはずの兵士に応援を呼ぶ。

「敵襲! 倉庫裏のトウモロコシ畑に敵影ありっ」

 大きく叫びながら駆け出してトウモロコシ畑に踏み込んだところ。
 そこには尻を丸出しにしてしゃがみ込んだシエルと、黒々とした妙な巨漢とがいた。
 黒々とした巨漢は熊そのものの顔をしていて、大きく身を乗り出して俺とシエルの尻を交互に見ている。

「く、熊面の猿人間め。俺の新妻にこれ以上近づくことは許さんぞ!」

 これはまさか。
 ゴルゴライを奪った俺たちに対して、ハメルシュタイナーの一族が復讐のために襲い掛かって来たのではないか。
 脳裏にそんな予測が駆け走り、抜剣した白刃を熊面の猿人間に向ける。
 しかしその圧倒的な巨躯を前に俺の肝は縮み上がってしまった。
 もっと騎士の訓練をしていれば、こんな無様な姿を晒すこともなかったのだ。妻を守れず何が一人前の男か。
 ええいっ。

「サルワタ騎士爵ギムルが相手だ熊人間。ゴルゴライを奪ったのは俺の義両親で、その野牛の女は関係ない事だ」
「ちっ違います若大将、それは熊面の猿人間じゃなくて熊ですっ」
「何だと?! 熊面では、ない?」

 尻を持ち上げてあわててタイツを引き上げているシエルが叫んだ。
 すると熊面の猿人間だと思ったそれが、突如として巨体を震わせながら咆哮したのである。
 ただの熊だというのなら、これはますます手が付けられない。

「ホゲエエエエエ!」

 いきり立った熊は両手を広げて、その掌を大きく俺に振りかぶろうとした!

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ