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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

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閑話 ギムルの遠征

ギムル視点の閑話です。
 軍学の常識を知らない俺から見ても、今の義母上は非常にお焦りになっているご様子だった。

「この冬の戦争が終わるまでに、ブルカ街道に横たわる敵味方の空白地帯を占領しなければならぬ。サルワタ騎士爵たるギムル卿よ、それはそなたの軍勢によって為さねばならない」

 俺とエクセル叔父の部隊を直ちに出撃させると決めた作戦会議の後、俺は個別に義母上から呼び出されてその様に語りかけられたのだ。

 義母上のこめかみには明らかに苛立ちを表した様に血管が浮き上がっており、その上で不機嫌に柳眉を寄せて腕組みをしている。
 俺の側らで直立不動の姿勢を崩していないシエルは、明らかに義母上に対して圧倒されている様子だった。

「理由はわかるな? これは駆け引きだ。対外的なものと対内的なものがふたつある。対外的な理由を申してみよ」
「それは、ブルカ辺境伯による王都中央に対する政治工作の如何によって、俺たちの立ち位置が大きく変化する可能性があるからですね。どう転んだとしてもブルカ同盟軍に対して少しでも優位に、そうあるための実績作りとして、急ぐ必要があると」
「満点とはいかぬが、そういう事だの。あのオレンジハゲ、あるいは似非坊主ツジンの策謀がどの様なものであるか、その全容を今の段階で知ることは難しい。しかしそれをそなたの手で為さねばならない理由は、簡単だ」

 ゴクリ、と俺はつばを飲み込む。
 側らのシエルに至っては、その重圧に押しつぶされそうになるほど大きな胸を右腕で抑えて萎縮していた。

「そなたがわらわの正統な後継者として、武威を示さなければならないからだ」

 わかるな。ん?
 そんな言葉を言い添えて、引きつった顔のままで義母上は俺にそう問いただしてきた。
 しかし義母上は何かを我慢している様にして、不快さを露わにした顔で口元を抑えるではないか。

「は、義母うぇい……アレクサンドロシアさま。お体の調子が優れないのでは?」
「構わん、触れるでない! 話を続けるぞ」
「は、はあ」

 あわてて安楽椅子に近づこうとした俺とシエルを手で制して、どっかりと背もたれに義母上は身を預けた。
 どうやら吐き気を催しているらしく、胃の内容物が込み上がってくるのを必死で堪えているという様子だった。
 それほどまでに義母上の怒り、あるいは焦りが尋常ならざるものであるのか。
 俺はその現実に戸惑いを隠せずにいる。

「わらわは対外的な理由については質問をしたが、同時に対内的な理由も触れておかねばならぬ。この戦争で最終的に盟主連合軍は、それぞれの格付けが決まる事を理解しておる」
「有力諸侯らの格付け、ですか……?」
「そうだの。戦争で武功を示した諸侯らには、戦争後に領土あるいは戦時賠償の分配が行われることになるだろう。利益もなしに戦争に参加する者などは貴族にあるまじき愚鈍さだ」

 であるなば、辺境における新たな盟主たる者が誰なのかという事は、有力諸侯らにとって最も重要な関心事であるわけだ。
 義母上はそう口にした後に天井を仰いで、口元をぬぐって見せた。

「さ、白湯をどうぞ」
「あいすまぬな。そなたの様な心配りの出来る義娘を嫁に迎えることが出来て、ギムル卿は幸せであろう」

 執務机に置かれていた水差しから白湯を酒杯に注ぎ、すかさず差し出して見せるシエルだ。
 俺はこれから遠征を命じられているというのに、義母上の体調が酷く心配で仕方がなかった。

「そのためにはサルワタの立場は非常に複雑だ。現状の盟主とは、リンドル子爵シェーンを要する御台マリアツンデレジア卿であろう。これは今回の遠征軍を興した功績から言って間違いのない事だ。だが、誰もシェーン子爵そのものに価値を見出してはおらぬ」
「それはシェーン子爵がまだ若く、領地経営も戦場経験も希薄だからですか」
「それもある。それと同時にシェーン卿の後見人がお兄ちゃん、シューターであるからだな」

 騎士修道会の事実上の後継者である聖少女ガンギマリーどのの恋人であり、広域にわたるサルワタ領を支配する義母上の夫であり、そしてリンドル領の実質的支配者であるマリアツンデレジア卿の情夫である事を考えれば、シューターをただの全裸を貴ぶ部族の戦士だと、言い捨てる事は出来ない。

「血縁同盟によって作り上げたわらわたちの結束であるが、まだ足りぬものがある。それが功績だ。現状ではただ領土と組織を束ねただけの烏合の衆と諸侯連中は見ているであろうが、わらわの家族が血を流して初めて、実態が伴うというものだ」
「心得ております」
「後継者たるそなたが軍功を重ね、ブルカ伯の率いる同盟軍を追い詰めることが出来れば、次代の辺境旗頭はわらわであると誰もが文句を挟むことがなくなるであろう。そなたには期待しておるぞ」

 白湯の入った酒杯をコトリと側らのテーブルに乗せた義母上。
 そうして視線を改めて俺たち夫婦に向けたところで、すかさずシエルが片膝を付いて貴人に対する礼を改めるではないか。
 やや遅れて俺もそれに従い、片膝を付く。

「誓って、大勝利を……!」
「うむ。エクセルはあれで軍学の教養はある、あの者が幼少の頃にわらわが仕込んだからな。それから後も勉学に励んでいたのであれば、後は良き参謀となるであろう。武芸については、」
「差し出がましいようですが、わたしに武芸の心得があります。お義父上ほどの剣技は叶いませんが、一通りの武芸はタンクロードバンダムさまよりご指導いただいております」
「うん。別動隊としてタンクロードが参加するので、その点も含めて野牛の者どもには期待しておるぞ」

 義母上は用は済んだと言わんばかりに手をヒラヒラさせると、平伏している俺たちに立ち上がる様、指示をした。
 そのままご自身も立ち上がると、テーブルに置かれた皿に盛られている、柑橘の切り身を摘まんで口に運んでいるではないか。
 渋い顔をしてぺっと皮だけを吐き出すと、酒杯の白湯で口を湿らせる。

「これより出陣に向かいます」
「目立った敵はおらんだろうが、難敵にぶつかった場合は無理な攻めをしてはならぬ。連絡と報告を密にして、じわじわと攻め寄せるがいいだろう。では行け……」

 一礼すると俺は義母上の執務室を退出した。
 義母上は最後まで不快そうな顔を浮かべて胸のあたりをさすっていたけれど、俺が戦場で武功を重ねる事で少しでも胸のつかえを取り除くことはできないだろうか。
 扉の閉まる音を確認してシエルとともに歩き出したところで、そんな気持ちが心の中に渦巻いていた。

「義母上はストレスで胃の具合がよろしくないのだろうか」
「確かにです。安静にしていなければならないこの時期に、ストレスはあまりよろしくないかもしれません」
「……?」
「けれどもお義母さまの側には聖少女お義母さまもおられます。何かあれば直ちに治療をしていただけるので、その点はご安心です」
「うむ。俺は恥ずかしながら戦場でこれまで役立たずも同然だったからな。少しでも義母上の後継者として、ご安心いただくために何が出来るのか、行動を示さなければならん」

 そんな俺の言葉に隣を歩むシエルは微笑を浮かべた。
 義母上に似て美しい女であるシエルは、こういう時に義母上が決して見せない信頼の証たる表情をしてくれる。

「俺は義母上の信頼を勝ち取らねばならない」
「そんな事はありませんギムルさま。お義母さまはギムルさまをご信頼なさっておいでだから、こうして重要な攻略作戦をお任せになられたのですよ」
「この戦いが重要な作戦、だと? アレクサンドロシアさまも目立った敵はおらんと明言したではないか」

 馬鹿も休み休みに言うべきだ。
 ゴルゴライ領主館の廊下で詰めている戦士たちとすれ違いながら挨拶をする。
 誰もが俺を見て義母上の嫡男として丁重に扱ってくれるが、それはすべて義父と義母上の示す威光によるものだろう。
 全裸最強の守護聖人と、短時間で台頭した貴族軍人という、親の七光りがあっての事だ。

「お義母さまはギムルさまが気負わない様にご配慮して、目立った敵はいないと、そうおっしゃったのです」
「なん、だと?」
「ご安心ください。わたしがギムルさまこそが後継者であるという事を、お義母さまにご証明して御覧に入れます」
「黙れ……」
「ギムルさまは試されているのですよ。真に後継者たるのがギムルさまであるかどうか、お義母さまの愛情を。さもなくば、ギムルさまは一生、サルワタの開拓村の村長で終わってしまいます」
「…………」

 どういう事だ?
 領主館を出てサルワタ貴族のための幕舎に向かう道すがらで、俺とシエルは互いに睨み合った。
 シエルの表情はいかにも真剣で、俺に対してどうしてわからないのですかと言わんばかりに責める様な視線を送ってくる。
 そんなところが義母上に似ている、が今はその様な事はどうでもよい。

「俺はサルワタの開拓村を預かるサルワタ騎士爵だ。それ以上でも以下でもない」
「では広大なサルワタの後継者とは、どなたになるのですか? お義父上の血を継がれたお子さまがそうなのですか? ギムルさまがお身を引くという事になれば、そういう事になりますけれども」
「どういう意味だ?」

 先ほどからシエルの口にする言葉の意味が分からず、俺の顔を覗き込んでくる妻の勢いに押され気味になってしまう。
 義父たるシューターには十人にものぼる妻たちがおり、それらはすべて俺にとって義母上なのだ。

「相続の問題は義母上が健康である今の内から問題視するのははばかる。義母上の決断に素直に従い、義母上とその家族を盛り立てていく事こそが、サルワタ騎士爵ギムルの役割と心得ろ」
「わかりました。あなたがそういうご意志であるという事は、妻として尊重させていただきます。ギムルさま、あなたは欲のないお方なのですね……?」

 俺の服の袖を摘まんで納得の表情を浮かべたシエルである。
 最後までこの妻が言わんとした事を俺は理解できずに腑に落ちない気分であったけれど、それ以上を今は議論している場合ではなかった。

 幕舎へと戻り、急ぎ戦支度をはじめなければならないのだ。
 ミノタウロスの甲冑を身に着けて腰に長剣を改めてつる。そうして具足の駆動具合を確認したところで、シエルに手伝ってもらいながら紅のマントを纏った。

 野牛の兵士たちは俺の姿を見て貴人に対する礼を取って見せ、軍馬を引き連れて俺に乗る様にと差し出してくれた。
 シエルもそれに続き、幕舎の合間を抜けていったんゴルゴライの旧市街に入ったところで、エクセル叔父の率いる手勢と合流する。

「義姉上からのご差配を頂いてきたよ」
「俺も聞いています。まずはアナホールを攻略して、次に周辺の集落を抑える」
「戦いは迅速にして果断に、ただし難敵と落ち合った場合はただちに援軍を要請するようにと。それからサルワタの密偵部隊をブルカ街道沿いに放っているらしいね」
「ッワクワクゴロの率いている猟師勢の事ですね」
「そう、そのゴブリンの猟師部隊だ。必要な情報があれば、常に僕たちに接触する様な手はずになっていると聞いた」
「アナホールの手前で合流するようにしましょう叔父上」

 軍馬を並べながら旧市街の目抜き通りを動き出す。
 背後に続くクワズの騎士と兵士たちは、友軍となったミノタウロスたちに圧倒されながらも愛想笑いを浮かべているのが見て取れる。
 戦場で何度かくつわを並べた間柄とは言え、屈強な体躯を持つ野牛の一族には、やはり威圧されるのだろう。

「ギムルさま、エクセルさま。お義父さまのお出迎えの様です!」

 先頭を駆けていたシエルが振り返って、大きなハルバートを持ち上げながら叫んで見せた。
 俺たちは馬を小走りにさせながら、旧市街の入り口で並んだシューターに視線を送る。そこには義父の他にも赤鼻のニシカや、他の義父の妻たちが集まってこちらを見上げていた。

「ギムルさん、エクセルさん」
「義母上よりひとまずの命令が下った。俺たちはアナホールに向けていったん進軍した後、今夜はそこで野営をする事になった。そこを拠点にして村の猟師どもを斥候に送り出し、状況を把握する」
「敵の領地接収のためですか」

 シューターの質問に俺が頷いて見せると、エクセル叔父が馬をなだめながら返事をして見せる。

「補給線の確保をするまでは、残敵がいるだろう敵勢力圏内には入れないと思うよ。雪が降り出す前に占領統治が出来ればいいんだけど」
「何かあればすぐに駆け付けますので」
「アレクサンドロシアさまが俺に武功を立てろとお考えになったのだ。しばらくここには戻ってこれまい。その間、義父上にはくれぐれも義母上をよろしくたのむぞ」
「お二人のご武運をお祈りします」

 この男の出番が無くとも、俺は義母上のお命じになった任務を達成して見せるつもりだ。
 自然と口元に笑みを浮かべて、シューター夫婦たちの前を通過した。
 義母上は俺を後継者として存在を証明せよとお考えの様であるが、まずはその事よりもサルワタの未来を明るいものにする事こそが肝要だ。
 妙な欲を抱くよりも、義母上の後継者どうのという話はこの男に任せておけばいい事だ。

「偉大なるお義父さまの武功に恥じぬ戦いをして見せる所存です。ギムルさまはわたしが必ずお守りします」

 背後からそんなシエルの言葉が聞こえてきて、隣に並んだエクセル叔父が苦笑を浮かべていた。

「僕もギムルくんも、あまり戦場では役に立たないと思われているのが悔しいところだね」
「だからと言って焦りを見せれば大失敗になります。叔父上は軍学に精通しておられるのですから、理に適った行動さえしていれば、俺たちが窮地に追い込まれる事もないでしょう」
「そうだね。水は高いところから低いところに流れる、この原理原則にのっとった戦いを示せば、何も心配は無いと常々に義姉上から教わったものだ」

 笑われない戦だけを心掛けよう。
 当たり前のことを、当たり前にやる。それが原理原則だ。
 そんな風に叔父上と語らっていたところで、妙なニシカのニヤついた声が聞こえてくるではないか。

「あれが夫婦ってもんだぜ。足りない旦那のぶんは嫁が補うんだ。あいつはデカいばかりの木偶の坊だからなあ」
「わたしたちもあんな風に見えるのかしら? 旦那さまが服を着ていないぶんは、わたしたちがしっかり着こなせばおかしくはないわね!」

 木偶の坊などと言われて合流してきたシエルが顔をしわくちゃにしていた。
 笑いをこらえているのは明白で、俺はたまらずニシカに激高してしまう。

「黙れ赤鼻! 俺はお前を義母上のひとりに加えたなんて、まだ認めていないからなっ」
「うるせぇ木偶の坊っ。アンタが大好きな母ちゃんが増えてよかったじゃねえか!」

 馬鹿を言うな馬鹿を。
 俺は義母上アレクサンドロシアさまを尊崇しているのであって、貴様などは義母のひとりに加えたところで尊敬などするものか。
 そうだな。
 仮に義母上と同等に尊敬に値する方がいるとすれば、聖少女ガンギマリーどのぐらいのものだ。
 乳ばかり大きな族長の妹や黄色い蛮族などは論外である。

 ゴルゴライを発ってしばらく。
 三々五々と郊外の陣地や他の宿営地から集まって、配下の軍勢は二〇〇と少しの部隊となった。
 頼れるタンクロードの軍勢は体制がまだ整っていないので、これは後衛部隊として遅れて合流することになる。

「僕たちはこれよりアレクサンドロシアさまのご命令に従い、アナホール攻めにとりかかる。まずはブルカ街道の道中に横たわる周辺の村落をひとつずつ潰してかかるぞ。すでに難民は収容した後であるから、占領軍を配置して完全接収する!」

 整列した軍勢に向けて、エクセル叔父が号令を飛ばした。
 野牛の兵士たちは「応っ」と勢いよく頼もしい返事を飛ばして、クワズの領兵もそれに続いた。

「全軍、進撃開始!」

 ブルカ街道に向けて、俺の号令で進発がはじまる。
+注意+
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