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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

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307 奥さまは聖少女

異世界風お味噌の作り方です。
 俺の名は吉田修太、三三歳。
 商人たちの交流会で雁木マリに俺がプロポーズした噂は、あっという間にサルワタ貴族に知られてしまった。

 めでたく大正義カサンドラに言い渡されたありがたいお言葉はこうである。

「旦那さま、おめでとうございます。今日はわたしの順番だったのでよかったです。家族のみなさんがいるとゆっくりできないでしょうから、わたしの順番を使ってまずは花嫁のガンギマリーさんとお過ごしになるのがいいと思います」

 そこで俺は、どういうわけかゴルゴライ新市街に迎賓館として完成したばかりの小洒落た邸宅へ、雁木マリと一緒に放り込まれたのだった。

 ここで聖少女花嫁と初夜をお迎えくださいというありがたい正妻の心配りなのだが……
 改めってみると恥ずかしいやら居心地が悪いやらで、マリは真っ赤な顔をして寝室に閉じこもったまま出て来やしない。
 何でだよ、新婚さんなんだから色々やりたいじゃないか!

 当然ながらふたりっきりなので、昼飯時になれば自分で食事を用意しないといけないのだが、あいにく俺はこのファンタジー世界の料理について詳しくない。
 亭主関白を気取っていたつもりはないけれど、家の内向きの事は一切を大正義カサンドラに任せきりで、考えてみれば異世界の香辛料や調味料について何ひとつ知らなかったのだ。

     ◆

 何故か渋い顔をして寝室から顔を出したマリである。
 先ほどと服装が変わっているのはどういうわけだろうか?
 無理やり引きこもっていたマリを引っ張り出すと、恥ずかしいからなのかさっそく手厳しい嫌味が飛び出してくるではないか。

「料理のやり方を教えて欲しいですって?」

 本当は作ってあげたいんだけどね。
 見た目が同じものでも、この世界の食材をどうしていいのかわからないのだ。
 何かヤバい毒でも入っていれば、新婚早々大惨事になってしまうからな。

「あなた、フリーターやってて色々な経験があるんでしょ。レストランとかでバイトしたことあるんじゃないの……?」
「いやぁ独身生活が長かったのと、料理屋で住み込みをしていたので日本の料理なら多少はね。けどこの世界だと、色々と勝手が違うだろ? ここだと食事は基本、全て火を通してからするからさ」
「まあそうね。この世界の慣習だと、人間と畜生を分けるのは火を通したものを食べるかそうでないか、そんな風に考えられているわ」

 ふむ。なるほど。
 そういう理由があって生食習慣がこのファンタジー世界にはなかったのか。
 こ、これもはじめての共同作業という事でありかもしれないわ。とかなんとか、マリは妙な事をひとりごちていた。

「コホン。女神様の教えによれば、生きとし生けるもの全てに精霊が宿っていると考えられているのよ」
「精霊……?」
「例えば、そこのキャベツを貸してごらんなさい。このキャベツの中にも精霊がいて、お鍋にかけて火を通すことでキャベツに宿っている精霊を追い出すのよ。そうしなければ食べた人間には災いをもたらすの。まあ言ってしまえば寄生虫のことよ。いにしえの人々から伝えられて来た生活の知恵ね」
「ザウアークラウトにしても酢キャベツにしても、漬物にしたからといって寄生虫がそれで死滅するわけじゃないからな」

 ザク、トントントン。
 小気味よく丸いまな板の上でキャベツが刻まれていく。
 こういうのはちょっと憧れていた。
 新婚夫婦っぽくていいね! いや新婚だけどね!

「こうして刻んだキャベツの余りを保存食にするために漬物にするでしょう。その漬物も食べる時は鍋に入れてスープとして使ったりする徹底ぶりなのよね」
「この世界じゃ生食なんてホントしないからなあ。生ハムやお刺身が懐かしいよ」
「お醤油もワサビも存在しないんだから、例え生魚をお刺身で食べても味気ないわ。シューターあなた料理人をやってたのなら、お味噌とかお醤油の作り方とか知らないかしら? 熟成させたり発酵させたりするだけなら、聖なる癒しの魔法の応用で簡単にできるから……」
「無理言うなよ、味噌や醤油を作るためにはこうじが無いと出来ないんだぞ!」

 モノの本によれば、麹とは穀類を発酵させるために利用されたコウジカビと呼ばれる菌類を繁殖させたものである。
 してみると、元となるタネ麹がなければ何もできはしないのだ。

「麹の代わりになるモノが何かあるんじゃないかしら」
「麹を使わないで作る方法か。醤油に似たものなら、魚醤なんてものもあるけどな。魚を塩漬けにして発酵させた、醤油っぽい何かだがだ……」
「そういうのはもういいのよ。あたしだって魚醤はこの世界に来て真っ先に試したんだから」
「そ、そうか……」
「あなた無駄に色んなバイト経験があるんだから、ちょっと考えなさいよ。あたしはこの異世界に来て四年間、ずっとお味噌やお醤油の味に飢えていたのよ!」
「こら、調理用のナイフを持ったまま暴れるのはやめなさい! 落ち着いてっ」
「フンっ!」

 ドスン。
 まな板にナイフを突き立てる音がして、俺は腰を抜かしそうになった。

「せっかく料理人の経験があるシューターが来たから、あなたにあたしたちの故郷の料理を食べさせてあげたいと思ったんだけどね。しょうがないわ、いつもと同じ、ベーコンを入れたヒヨコ豆と酢キャベツのスープでも作ろうかしら」
「あとふかし芋ね。俺がいたサルワタの森の開拓村でも定番のお食事だったな。芋はチーズをかけて食べると美味しいんだよなぁ」
「火を起こすから、そこの籠に入った干しわらを窯にくべた薪の中に放り込んでくれるかしら。火種の着火用にするわよ」

 へいへい。
 まったく人使いが荒いが、俺はこのファンタジー世界風の調理の仕方もよく知らないので、ここは大人しくマリの指示に従っておくことにするか……
 干し藁ねえ。ん? ちょっと待てよ!

「お前本当に使えない男ね! 独り言をブツブツ言っていないで早く藁をよこしなさいよっ」
「ちょっと待った、雁木マリくん。本物の味噌を作ることはできないかもしれないが、この干し藁で発酵させる菌を作り出せるかもしれないぞ!」
「どういう事よ。このファンタジー世界には麹はないんじゃなかったの?」
「麹はないかもしれないが、納豆菌の仲間である枯草菌で、テンジャンという外国風の味噌なら作れるかもしれないぜ!」

 まず茹でたヒヨコ豆をすり鉢で適当にベースト状になるまですり潰す。
 これに塩や香辛料を適当に混ぜながら味付けをしていく。
 塩は万国共通に無くてはならない味付けの基本中の基本だ。どこにでもあるのでこれは問題ない。

「それでどうするのよ?」
「これを茹でた藁でくるんで、発酵させるわけだ。実際はたぶん軒下にぶら下げたり、囲炉裏のある部屋で乾燥させながら枯草菌の力で発酵するのを待つわけだ。藁を茹でる事でよくない雑菌の類は死滅するけれど、この枯草菌だけは茹でても残っているらしいからな」
「この世界風に言うと、女神様の祝福を受けた精霊の力が強いというわけね」

 よくわからないが、そういう事になるかもしれないね!
 通常だとくるんだ藁を数カ月ほど干すことで、タンパク質と水分を使ってこのすり潰したヒヨコ豆のペーストは発酵させるのだ。

「そんな事を待っていたら、お昼に間に合わないしあなたがお腹を空かせるじゃないの。貸してみなさい」

 聖なる癒しの魔法を発動させ、女神様の慈悲なる輝きに包まれた。
 するとどうでしょう。
 みるみるうちに藁にくるまれたヒヨコ豆は発酵して……

「うわくっさ、何よこれどういう事よ?! ッヨイの寝室みたいな匂いだわ!!」
「ひでえアンモニア臭が漂ってる。こら食べ物を投げたりするんじゃない! 女神様に怒られるぞっ」
「失敗したんじゃないのこれ?」
「大丈夫だ、モノの本によれば発酵が進むと異臭がすると書いてあったから成功しているはず!」
「こんなの食べ物の発する匂いじゃないわよ! これのどこがお味噌の親戚なのよっ」

 この異臭を放っているヒヨコ豆をペースト状にしたものは、乾燥してカチカチの状態になっていた。
 ひとまずこれを調理用の壺に入れ、これに塩水と香辛料を加えてさらなる発酵を待つのだが……

「な、何を入れてるの? それは酢キャベツを作るときに加えるベリーじゃないの! これ以上変な匂いをさせたら許さないんだからっ」
「待て待て、もう一段これを発酵させれば終わりだ。ほら、納豆だって嫌いな人からしたら臭いし、スウェーデンの塩漬ニシンの缶詰も死ぬほど臭いだろ?!」
「知らないわよそんなの。早く蓋をしなさいよ!」
「暴れるな、暴れると中身がこぼれるからっ」

 こうして二回目の発酵を行えば、テンジャン風の異世界味噌の完成となるはずなのだが……
 聖なる癒しの魔法を発動させて壺が聖なる発光に包まれる。これで発酵完了か?

「匂い、大丈夫かしらね? 壺の蓋を開けてみなさいよ」
「えっ俺がやるの? 押すなよ、臭くても押したら駄目だからなっ」
「早くしなさいよね!」

 パカっ。恐る恐るマリが顔を近づける。
 そうして俺の腕を掴みながら「お前も確認しなさい!」と逃がさない様にホールドされた。

「……すんすん、どうかしら。匂いは多少異臭がするものの問題なさそうね……」

 若干ドロリとしたヒヨコ豆の味噌っぽい何かと、壺の底には液状化した汁の様なものが溜まっているみたいだな。
 今度からもう少ししっかりとすり鉢で豆はすり潰した方がいいかもしれない。
 ごくりっ……

「シューター。お前がこれを作ったのだから、ちゃんと味見しなさいっ!」
「えーっ……こういう事は共同制作者のマリも共犯でしょう。一緒に同時にするということでひとつ」
「それじゃあ毒見役が倒れた時に、誰が解毒の癒し魔法を使うのよ」
「それもそうだ。……わかったじゃあ行くぞ? うわっ納豆みたいな匂いがする。いただきまっ……おおっ」
「味はどうなの、何とか言いなさいよ、ねえ。ちょっと……? 大丈夫なの?!」
「味噌だな。ヒヨコ豆で作った納豆みたいな風味がする味噌だと思ったら近いかもしれない」

 大成功じゃないか?!

「貸してみなさいよ」
「こらっ自分の指ですくって食べてください。何で俺の指から直接舐めるんだよっ」

 マリが俺の腕をひょいと掴んで、俺の指先に舌をはわせる。
 誰も見ちゃいないんだから気にする事は無いのだが、普段は清廉潔白な聖少女を気取っていても、本当は助兵衛なんですね、グヘヘ。
 俺と息子は元気になりそうになったが、まずはこの異世界味噌だ!
 お、お味のほどは?

「ちゅるん、ちゅぷう……あ、本当ね? ちょっとクセがあるけれど、何に近いかと言えば、田舎味噌みたいな味がするわ……って、あなた何をしているの?」
「壺の底に溜まっている液状化した汁が気になってね。あ、これ醤油みたいな味がするわ。魚醤と混ぜたらより醤油っぽくなるんじゃね?」

 味噌と醤油がいっぺんにできてしまった?!

「お味の方は改良の余地があると言えるだろうが、ひとまずこのファンタジー世界で味噌っぽい何かを作る事が出来たんだな!」
「やったわねシューター。これであたしたちの故郷の味に一歩近づいたわっ。これに小魚を使って出汁を取りこの味噌を入れて野菜を使えば、異世界風のお味噌汁ができるんじゃないかしら?!」
「こら抱き着くなって、壺がこけたら大惨事だからっ」
「あっ……」

 ガシャンと壺が俺の手から滑り落ちた。
 少々アンモニア臭が酷いこの異世界味噌はを使った味噌汁は、真新しい迎賓館にまき散らされることになってしまったのだ。
 激高したマリはポカポカと俺の胸を叩くが、

「ちょっと、何でしっかり受け止めなかったのよ! せっかくおニューの服に着替えたのに台無しよ台無しっ」
「待て待って、今暴れたら滑ってこけるぞうわっ」
「きゃあ、シューターちょっと!」

 俺は盛大に滑ったマリを抱き留めながら、一緒にすってんコロリンしてしまった。
 見事に異世界風の味噌まみれになった俺と聖少女花嫁が、泥んこ遊びをした後みたいに酷い有様だ。

「もう、新婚早々最悪だわ!」
「だから暴れるなって言っただろ! まあ壺が割れなかったから、ギリギリ異世界味噌の方は残ってるな」
「お醤油は駄目だけど。残ったお味噌で、お味噌汁作りましょうか?」
「その前にお風呂に入ろうぜ……」
「そうね、今のあなた酷い顔よ? 男前の顔も滅茶苦茶よっ」

 マリだって酷い顔をした有様なのに、指をさしてひとしきり笑って見せるではないか。
 ちょっといい雰囲気だけれど、ここでキスをすれば味噌の味に違いないので、それはやらない。

「ほら、ゆっくり立ち上がりなさいよ? 焦ったらまた滑るわよ」
「手を貸してくれ、とりあえず残った味噌だけは死守しないとな。そっちのテーブルに置いてくれ」

     ◆

 みんなに異世界風お味噌汁を振舞えるほどは残らなかった。

 だが俺たち日本人は決してあきらめない。
 この異世界味噌一号が拒否されても、やがて第二第三の異世界味噌が産まれる事だろう。
 待っていてくれハーレム大家族のみんな。
 俺たちの故郷の味を、いつか食べてもらえる日が来るからねっ!
ただいま出張中のため、
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