挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

398/574

閑話 王都への帰還 3

 黄色い貴婦人を気取っているニシカ夫人に案内されて、俺たちは街の繁華へと繰り出す。

 ニシカ夫人の話を聞く限り、ブルカ同盟軍は南方の作戦で大敗した事が知れている。
 そのためか、往来をまばらに歩む人間たちはどことなしか活力がない。
 ブルカの規律によって戦争の趨勢は市民たちに公式にはもたらされていなくても、箝口令も綻びが生じて噂が漏れ聞こえているのかもしれない。

 商人たちは領の内外を行き来しているのだ。
 ニシカ夫人の様に商人に化けた密偵たちもどれだけ出入りしている事だろうか。
 そう思えば街の人間が通りに出たがらない理由もわかる。
 衛兵と密偵たちで頻発している、妙な騒ぎには巻き込まれたくないという事だろう。

「宮廷が放った工作員が、あれほど簡単にアジトを暴かれているのにはわけがあるぜ」
「ほう、それは何故だ……」
「連中はただ情報を仕入れて出入りしているだけじゃねえ。それなら、オレ様みたいに市壁を越えて内外を自由に行き来できるはずだぜ。ところが王国ブルカ兵団の残党、街中に隠れ潜んでいる人間を助け出そうと、そういう欲目を出しているから上手くいかねぇんだ……」

 鋭く周辺を見回しながら大股で歩くニシカ夫人は、見た目だけでなく貴族そのものの態度を示している。
 まるで産まれた時から高貴な身の上の、敬われる立場の人間だった様にだ。
 そして知恵の回る女であるらしい事も間違いない。

「だが俺たちも同じことをしなくてはならんのだ。連中が間抜けだと笑っているわけにもいかねえ」
預かり荷(ワッキンさま)をしっかりと出すための知恵が必要というわけだな。オレ様に案があるから、まあ黙って付いてきな」

 往来にひとがまばらだからと言って、めったな事を道中口にしていいものではない。
 耳目の優れた人間はどこにでもいるし、黄色長耳族のニシカだってそのひとりだ。
 そうして街中がこれだけ不穏な空気である事を考えれば、密告者がいないとも限らない。

 行く先はてっきり場末の裏路地なのかと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい事がすぐにもわかった。
 さすがに裏路地は、不景気だろうが戦時下だろうが暇を持て余した人間が溢れている。
 ひるがえってニシカ夫人の目指した場所は、高価な絨毯や服を売る商店の立ち並ぶ一角だった。

 俺も田舎貴族という自覚があるので、あまりこうした場所に近づくのは躊躇がある。
 下手に店の丁稚に呼び止められてしまうと、切り返しが苦手なのだ。
 故郷であれば誰もが顔見知りで「黙れ()ね」と不機嫌にしていれば誰も近づかないが、ブルカ貴族や諸侯を相手にするここの売り子たちは商魂たくましい。
 見ていれば軽くあしらったり、ちょっとした会話で背中を叩いたりして、売り子たちをすり抜ける姿は堂に入ったものだった。

「サルワタの田舎貴族と馬鹿にしていたが、なかなかどうして様になった貴族っぷりだ。さぞサルワタには良家の移民が多いらしい……」
「あれでニシカの姐さんは猟師のご出身というから驚きだ。村じゃお貴族さまどころか、鱗裂きと恐れられた飛龍殺しの蛮族だったんだぜ?」
「何、それは本当か……?!」

 すぐ後ろを歩いていたボルゴはヒソヒソ声で、そんな事を俺に教えてくれる。
 風を切って闊歩するニシカ夫人のその姿は、とてもではないがただの女猟師のそれではなかった。
 そうして俺たちはすぐにもハっとしたのである。
 この女は長耳で、会話を聞き逃すわけがないとな……

「蛮族はよけいだっ! オレ様はただ、狙った獲物はワイバーンだろうがバジリスクだろうが仕留めるというだけの事だぜ。高貴な身の上になれたのは、そのついでだ」

 振り返ったニシカ夫人は、チュニックの上からでもわかる巨大な膨らみをボンと叩いて白い歯を見せた。
 すぐ斜め後ろを付いて行っていた寡黙な鷹匠の傭兵が、珍しく口を開く。

「それは男もという意味か」
「そうだぜ。オレは前々から夫の事を狙っていたんだ」

 なるほど、その暴力的な姿態で全裸男を篭絡したのか。
 再び歩みはじめながらそんな愚にもつかない思考を巡らせていると、ふたたび冒険者たちがニヤニヤしながら顔を近づけてくるではないか。

「あんな事を言っているけど、鱗裂きの姐さんはおぼこだったんだぜ」
「けど、プロポーズはちゃんとシューターの旦那に言わせたってんだから、あながち……」
「いや俺は賭けをしたところで負けて、嫁に貰われたと聞いたけどね」

 ヒソヒソ話は丸聞こえだというのに、こいつらは命知らずもいいところだ。

「うるせぇ! 結果が全てなんだよ結果が、酒が呑めればそれでいいんだよっ」

 しかして俺たちの連れてこられた場所は、ブルカ貴族がいかにも御用達にしている様な立派な食堂だった。
 三階建てか。高級繁華街などを出入りする事を極端に嫌っていたツジンという男は、酒も飲料として以上には口に含まず、女遊びもしなかった。
 ツジンさまは庶民出の兵士と同じ釜の飯を食い、そうして常に前線へ共に立っていた人気者だったことを考えれば、配下の特殊工作員としてこき使われていた俺が、こんな場所にこれるはずもなかったのだ。

「……か、かなり立派なお店ですが。金の方は大丈夫なんですかいニシカ姐さん?」
「安心しろよな。多少の金は相棒から預かっているし、もし足りない場合はカラメルネーゼ商会にツケでいい事になっている」
「まるで今日初めて来たわけではないような口ぶりだな……」

 フン、そういうこった。
 威風堂々と両開きの扉を開いたニシカ夫人は、そう言って爆乳を揺らしながら高級食堂へと入店した。

 情報収集のためにニシカ夫人が出入りしていた場所や、俺が逃げる様に潜んでいた悪所の酒場とはわけがちがうと思ったが、考えてみればニシカ夫人は夫のいる身であり、女である事を失念していた。
 まさか情夫を求めて悪所に出入りするようなタチではないだろう。

「これはこれは、カラメルネーゼ商会のニシカ夫人。連日のご来客ありがとうございます」

 そうして入店すれば、さっそくにも小奇麗な格好の女従業員が小走りに近づいてくる。

「七人だ、適当に個室の部屋を用意しておくれよ」
「かしこまりました。ではいつもの部屋でよろしいでしょうか、二階の奥の部屋もご自由に使っていただけますが」
「じゃあ奥にしておくか、あと楽団はいらねえからな」

 勝手知ったる態度で手をヒラヒラさせながら従業員に相槌をうってみせたニシカ夫人は、そのまま二階へと続く階段を上ってゆく。
 そして猛禽を肩に載せている鷹匠を入店させても、誰も文句は言わなかった。
 冒険者が出入りするような場所であれば気にされないが、繁華の裏路地にある安酒場なら、確実に従業員が苦情のひとつでも口にして押し問答になりそうだ。
 けれどもそうでないという事は、一度二度ならず何度も利用しているという事だ。

「相当にこの店で金を落としているらしいな……」
「いつもは安酒場を出入りしているって聞いていたけどね。ニシカ姐さんは何てったってお貴族さまだから、たまには景気のいい場所に行きたいんだろうさ」
「あの何とかって行商人とは、いつも悪所の安酒場だぜ。こんなところで集められる情報なんて、お貴族さま方のものだけだろう」

 つまり、本当に酒を呑んでいるのではなく、ちゃんと情報収集しているという事だな。
 俺はそんなニシカ夫人の内偵行動に感心しながら階段に続くと、ふと視線の先にある丸みを帯びたタイツの尻を目撃した。
 ムッチリとした肉付きの良い、男好きのする姿態である。
 けれども女騎士として長らく訓練を受けていた者の様に、筋肉をまとっている事もタイツのラインからよくわかった。

「シューターという男は、立派な妻を持って幸せ者だ」
「あんただってビビアンヌさんっていう、しっかり者の嫁さんがいるじゃねえか」
「あっあれは妻ではないっ」

 奥の部屋の前で馬鹿なやり取りをしていると、不意にニシカ夫人が振り返って俺に言う。

「適当に入ってくつろいでいてくれ」
「お前は入らんのか?」
「ちょっと周りの様子を見てくるぜ。近頃知り合った連中も顔を出しているみたいだしな」

 ニヤリとして見せたニシカ夫人は、まず先に鷹匠の男を中に招き入れるしぐさをして、俺たちの背中を押す。
 そうしておきながら階下からこちらを見上げていた食堂の客たちに、手を振って見せるではないか。
 どうやら常連客同士という事か。

「料理は適当にこの人数でつつけるものを用意しておくれよ。それから酒は上等なモンを出しておくれよな? 今夜は大切なご友人を接待しなきゃなんねえんだ」
「承りました。いつも通りのお酒をご用意します。お食事は、みなさまがお腹を満たせるものをコースで」
「おう」

 ニシカ夫人はそうやって従業員と語りながら、軽快に階段を下りてゆく。
 甘い女の残り香を漂わせながら、階下の常連客の背中をバシバシと叩いている姿が見えた。

「やるもんだなニシカ姐さんも」
「安い酒場は誰が聞いているかわからねえからな。秘密の情報を聞き出すときは、ここなら安心だぜ」

     ◆

 そうして豪華絢爛な調度品が並んだ奥の個室で待つ事。
 すぐにも様々な料理が次々に運び込まれてきて、俺はさすがに言葉を失った。

 戦時下であるのに贅沢を尽くした料理は、ツジンが見れば激高する様なフルコースだ。
 それに敵対するオッペンハーゲン産の高級ぶどう酒の瓶も何本も並んでいる。
 流通の禁じられているものも、ブルカ貴族たちが密かに欲しがる限りはこうして食堂が用意しているのだろう。

「しかもビールにハチミツ酒。本当に敗戦続きのブルカの街とは思えないもんだねえ」
「だからブルカは負けつつあるとも、言える……」

 口をあんぐりと開けた女冒険者クナイの言葉に、寡黙な鷹匠がそんな言葉を発した。
 俺の故郷の特産品であるハチミツ酒(ミード)に興味を示した鷹匠は、ひと口喉を潤して納得の表情をしている。

「うまい……」
「そうか、それは俺の故郷の美酒だ。どんな方法で仕入れているのか知れないが、特別なルートがあるのだろう」
「ふむ……」

 こうして俺たちを連れてきた当人のニシカ夫人が不在の中で、俺たちはひとまず酒杯を重ねて軽く食事を始めていたのだが……
 合図もなく勢いよく扉が開いたものだから、俺たちは一瞬警戒した。
 けれども景気のいい声を発して登場したのはニシカ夫人だった。

「よう、わりいわりい。はじまってるな!」
「遅いではないか、頼むだけ頼んでおいて当人がいないでは、鷹匠の彼に失礼というものだ」
「別に俺は構わんが……」

 無口な鷹匠の横にある空席にドカリを腰を落として見せると、ニシカ夫人は高級ぶどう酒の瓶を手に取った。
 ひとまず片手でそれを、空になった冒険者たちの酒杯に注いでやる。
 そして最後に、興味を示した無口な鷹匠にもしてやると、

「単刀直入に言わせてもらおうか、オレ様はあんたの身代を買いたい」

 まるで武人畑の貴族がやる様な粗野な態度でそうしてみながら、最後に自らの酒杯にもぶどう酒を次ぐ。

「自己紹介もしていないのに、いきなりか」
「マア、お前ぇの事は南門の冒険者ギルドに来るまでの間、悪いが付けさせてもらったんだ。裏路地の飲み屋で顔を合わせただろう? 猛禽を連れた傭兵なんてなァ珍しいからな。ひとまず乾杯……んごんご、うめぇ!」
「俺を付けていたのか? チルギルは気が付かなかったようだが……」

 椅子の背もたれに捉まって小首をかしげた猛禽である。
 名前はチルギルというらしいが、この辺りでは聞かない命名方法だ。
 とすれば、別の地方から流れ着いた傭兵か。

「お前ぇの相棒は悪目立ちしすぎるんでね、お前ぇさんが飲み屋から出た後にちょいと話題になったのよ。してみると、この近くでは最近見かける様になった新入りというじゃねえか。仕事を探しているんだろう?」

 そう言って会話の途中でニシカ夫人は肉を摘まんだ。
 すでにこの男がブルカと現段階で繋がっていないシロだと、わかっているらしい。
 手際のいい事で、尾行をしている途中で冒険者ギルドでばったり俺たちは顔を合わせたのか。

「仕事の内容は簡単だ。そのチルチルとやらは、」
「チルギルだ……」
「その相棒は、空を飛んでいる魔法の伝書鳩を捕まえる事が出来るだろう。どうだ、オレに手を貸す気はねえか? そいつの相棒を使ってある情報を手に入れたいってわけだ」
「…………」

 食事をする手を止めて、ナイフとフォークをテーブルの上に置く寡黙な鷹匠だ。
 そうしておいて俺やニシカ夫人をじっと見返して、ゆっくりと口を開く。

「断れば、ここの飯代は俺の食った分は自腹になるという事か?」
「そんなケチな事はしねえぜ。いやでもな、あんたはオレたちの条件を呑むつもりがあるんじゃねえか? だってよ、」

――ブルカは負けつつあるとも、言える。

「そうお前さんは口にしただろう?」
「……ふむ」
「ん? オレの長耳は垢が詰まって聞こえが悪かったか?」
「確かにそう言った。この街に来るまでに領地の南で、敗走する兵士たちを見た」
「だろう。オレ様はほんの少し前まで、その南の領地近くの戦場で大暴れしていたからな。こんなナリをしちゃいるが、オレは商人であり、貴族であり、そして弓を取らせれば辺境一の女騎士様よ」

 そいつを蹴散らしたのはオレ様だと言わんばかりに、ポンポンと胸を叩いたニシカ夫人だ。

「で、街に出てくるまでにつぶさに敗残兵たちを見てきたお前ぇさんは、オレたちの仲間になるのかい。それともブルカ伯さまに雇われるのがいいのかい」
「…………」

 手元の布巾を手に取り、ゆっくりと口の周りを拭いてみせる無口な鷹匠。
 そうしてまた元のテーブルに布巾を折りたたんでおいてから、チラリと隣のイスの背もたれに停まっていた猛禽を見やった。
 ここから退出するつもりなのだろうかと、三人の冒険者たちは顔を見合わせた。
 だが待てと俺が目配せをしていると、ニシカ夫人が改めて身を乗り出し、右手を差し出すのだ。

「鼓動が落ち着いてるところを見ると、決心が付いたという事だな。ん?」
「……ゴンザレスだ」

 よろしく頼むと手を差し出して、しっかりと鷹匠ゴンザレスとニシカ夫人は握手した。

「よろしくたのむぜゴンザ」
「それと、俺の相棒はオオイヌワシだ。そこいらの鷹匠が連れている猛禽とはわけがちがう。魔法の伝書鳩と言わず、こいつにかかれば伝令犬でも門番の猛獣でも息の根を止めてやる」

 寡黙な男ゴンザレスは、この時ばかりは饒舌にそう言って白い歯を見せた。
活動報告にて、黄色い蛮族ことニシカさんの
キャラデザを公開しました!
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ