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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

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299 枯れるまで絡める手 7

「シューターさまがご指摘された通り、これは騎士修道会銀貨の鋳造型です。ただし現在はまだあまり市場に流通していない、聖少女ガンギマリーさまの横顔をレリーフにした新デザインのもですね」

 家族そろってマジマジと覗き込めば、十円玉ほどのサイズのそれに描かれた雁木マリの横顔にはしっかりとメガネも装着されている。
 マリ本人が見れば絶対に顔を赤面させて嫌がりそうなものだが、

「よくこんなデザインを雁木マリが許したもんだ」

 俺は呆れた顔をしてハーナディンを見やった。
 きっと同僚たち全員で必死の説得でもしたんだろうと、その時の情景を想像してみたけれど、案の定説得は大変なものだったらしいね。

「当然ガンギマリーさまは大変お嫌がりになりましたが、辺境における騎士修道会の威光を示すため、そして次期総長というお立場を考えてご理解いただくために、カーネルクリーフさまが強硬に計画を進めましたよ」
「この新デザインはブルカで内偵中に何度かオレも見かけたことがあるぜ。それでその新デザインの鋳造型がこんなところにあるのはどういうわけだ? 普通は騎士修道会の本部に大事に保管してあるモンじゃねえのか?」

 しげしげと観察していたニシカさんが、俺の顔を見やって疑問を呈したのだ。
 という事は何らかのタイミングで、この銀貨鋳造型を密かに持ち出したという事だ。騎士修道会の利権にかかわるたいへんな価値があるものだから、本来ゴルゴライにあるものじゃないはずだ。

「確かに本来の銀貨鋳造型であれば、騎士修道会の本部であるブルカ大聖堂に保管されているものですね。しかしよくご覧になってください。こちらが実際に流通している新デザインの騎士修道会銀貨ですよ」
「ん? どれどれ貸しておくれよ」

 ハーナディンが懐をあさって差し出したそれを、ニシカさんが手を伸ばして受け取る。
 俺も他の奥さんたちも身を乗り出して鋳造型と実物の銀貨を見比べてみるが、そうしてみると雁木マリの表情というか、角度や顔の若干の印象が違うように感じられた。

「何かこの鋳造型から酸っぱい匂いがするのは関係あるのか?」
「たぶん関係ないでしょうね。こっちのマリはアヘ顔っぽいのを浮かべているな。で、実物の銀貨はムッツリしている」
「ホントだねシューターさん、微妙に顔の表情が違うや」
「つまりハーナディン卿、これはどういう事でしょうか。いや待てわかりましたご主人さま、この鋳造型は試作品という事ですか?!」

 俺の反応にエルパコが返事をし、さらに俺の頭に豊かすぎる胸を押し付けていた男装の麗人が興奮して私見を述べるではないか。

「ベローチュさんのご推察で正解です。こっちの鋳造型は現在流通している新デザインが採用される前に、試作用として複数作られたもののひとつですね」
「複数という事は、他にもいくつか試作用鋳造型が存在しているという事だね?」
「はい、試作段階で表情が気に入らないという注文がガンギマリーさまから付きましてね。詳しいことは知りませんが、これは二回目か三回目に試作されたもので、試験場になっていたアヘリエ修道院に廃棄されず残っていたのです」
「ほほう。アヘリエ修道院というのは聞いたことがないけど、どこにあるのかな?」
「マタンギ近郊ですから、ここから目と鼻の先です」

 もともとブルカ辺境伯と親密な関係だったデルテ騎士爵を監視する目的で、一部の修道騎士隊がそのアヘリエ修道院に駐屯していた事があった。
 途中でデルテ騎士爵は盟主連合軍でも指折りの主戦派、むしろ俺の側近みたいな立場になってしまったので駐留していた修道騎士隊はゴルゴライに合流したけれど、

「用途廃止になった後、破棄されてザウアークラウトを作るための漬物石に使われていたみたいで。ちょっと酸っぱい匂いがするのはそのためですね。たまたまゴルゴライに移駐してきた修道騎士が持ち帰っていたのを、壺の中から僕が見つけてあわててカラメルネーゼ夫人やカレキーウォールズ夫人に報告していたんですよ」
「つ、漬物石?!」
「はい。アヘリエ修道院は製造が盛んなリンドルの街からもほど近く、あまり地元から離れたがらない職人や技師を招いてその場所で試作品を作らせていたんですよ。今回は漬物石にされていたものが発見されましたが、ガンギマリーさまをレリーフにしていないバージョンも幾つか修道院に残っている事が確認できました。いやあ、僕たちは運が良かったですね!」

 そんな風に言って、ハーナディンが蛸足麗人やシルキーさんと顔を交互に見比べているではないか。
 しかし自分の顔が刻まれた鋳造型が漬物石に使われていたと知れば、マリはますます激高しそうだね。
 そうして俺は、正面に座っているクロード氏に視線を定める。

「騎士修道会銀貨の試作鋳造型が手元にある事はわかった。これを使って、君たちはいったい何を企んでいるんですかねえ。まさか俺に、新しい硬貨の鋳造を許可してくれと頼みに来たんじゃないだろうな……?」

 俺の言葉に無言で微笑を浮かべているクロード氏である。
 否定も肯定もしないところを見ると、

「……ま、まさか本当に?」
「それだけは、ありえませんよご主人さま! 貨幣鋳造権は国王の勅許によって利権の委譲を受けた諸侯にのみ許された特権ですよ。勝手なことをすればこれは逆賊ですっ」
「ベローチュはそう言っているけれど、その辺りの権利関係はどうなんだクロードさん?」

 血相を変えてまさかの企みを拒絶して見せる男装の麗人だ。
 貨幣鋳造権というのはそりゃ勝手に領主たちがはじめたら、国王の威信にかかわるので許されない反逆行為だ。地域振興券とはわけがちがうんだよなあ……

「ご安心ください閣下。わたしどもが考えている方策はいくつかありますが、この鋳型を使って新たな騎士修道会銀貨をわれわれが鋳造しても、問題になる事はありません」
「どういう事ですかね」

 俺の質問に返事をしたのは、まずハーナディンである。

「試作品は漬物石にされていたほどお粗末な扱いでしたが、正規の鋳造型であれば新旧デザインともに厳しく本部で管理されています。旧型は新デザインが決定されたのちに破壊されたのを確認していますし、新デザインについても、」
「すでに存在していないというのかな?」
「はい。ブルカ政変の際に恐らくカーネルクリーフさまがいの一番に破壊したでしょうね。貨幣鋳造権は国王より特別な計らいで権利を委譲されたもので、これは絶対的な特権です。何者にも奪われない様に、緊急事態になればただちに破壊する事が修道会総長と腹心たちには義務付けられています」

 今度はハーナディンの言葉を受け取って、シルキーさんが口を開く。

「現在のブルカ領内を含む辺境西部では、騎士修道会銀貨の使用禁止命令が出ています。新旧どちらかでも鋳造型が残っているのであれば、使用禁止処置ではなく回収命令が出されるはずですが、それもありません」
「何かそれを確認する手段はあったのかな?」
「はい。戦争中であっても貨幣は領土をまたいで取引されるものです。けれどもリンドルやその他複数の支店を持つうちの両替商で、新旧どちらの真新しい銀貨は確認していません」
「それは本当ですか?」
「わたしはともかく、うちの母は流通量の推移からも騎士修道会の銀貨発行は停止しているものと結論付けています」

 手元にある資料に一瞬だけ視線を落としてシルキーさんが断言した。
 そして最後に言葉を引き継いだのは、いかにも悪い顔を浮かべた蛸足麗人のカラメルネーゼさんである。

「婿殿、わたくしどもがこれから提案する事は、いくつもの選択肢がございますわ。ひとつはこの試作銀貨鋳造型を使って、そのまま新たな騎士修道会銀貨を発行するもの。ただこれだけでは何の面白みもうまみもありませんわね?」
「な、内部対立するブルカ残留派から貨幣鋳造権を取り戻しただけだからね……」
「そうですわ。そこで第二の選択は、以前より価格操作を行って回収していたブルカ伯金貨を鋳つぶして、新しい金貨を発行することですわ」
「それこそ叛逆罪でしょ?!」
「あらとっても都合の良い事に、オッペンハーゲン男爵のドラコフさまは貨幣鋳造権をお持ちになっているそうですわね? それも金貨と銀貨、両方ともお持ちだなんてとっても素敵ではありませんこと?!」

 興奮気味のカラメルネーゼさんは、俺の手を取ってブンブンと振り回した後にクロードニャンコフ氏に流し眼を送るのだった。

「はい、わが父は確かに金貨及び銀貨の貨幣鋳造権を国王陛下より委譲されております。ただこれまではブルカ辺境伯金貨や騎士修道会銀貨が決済通貨として市場を独占しておりましたので、数はそれほど鋳造されておりませんがね」

 キザな態度でフッと笑って見せたクロードニャンコフさん、今だけはとてもイケメンに見えた。
 なるほど、そういう事だったのか! ようやく全部の謎がつながった気分になったぜ。

「い、いつからこんなことを考えていたんですかね奥さん」
「もちろん、オッペンハーゲンのリンドル公商館とカレキーウォールズ商会を訪れた時ですわ。その時はまだ漠然とした構想に過ぎませんでしたけれども、ミゲルシャール卿を戦争捕虜に出来た事と、試作品の鋳造型を発見した事で、具体案がわたくしの元に天啓の如く浮かんだのですわよ!」

 おーっほっほ、おーっほっほっほっほ!
 蛸足麗人は優雅に高笑いをしたところで、最後に咳ばらいをひとつする。
 そうして改めて真顔に戻ると、けれども第三の選択がまだありますわ。と言葉を続ける。

「第三の選択? これ以上にブルカ経済に痛烈な打撃を与える方法があるのですか?!」
「あります。時間との勝負になりますが、確実にブルカ経済圏を破壊させる方法がひとつ。もしもバレれば大変なことになりますけれどもね」

 お貴族さま然とした表情に陰りを見せたクロードさんが、そう言って居住まいを改めたのだった。

「ブルカ辺境伯金貨を最も高値で買い取ってくれる人間が、この国には存在しています。何故ならばブルカ辺境伯金貨の金含有量は、サイズの違いこそあれオルコス五世金貨よりも高いものだからです。辺境経済を独占するためにブルカ伯はそういう手段を取ったのですが、これは今回は仇になりましたね。第三の選択は、国王陛下に買い取っていただくというものです。以前より本土商人たちの間ではこの事を問題視してましたから、王都中央の商人たちと連携して、金貨買取依頼を宮廷に打診しましょう」
「国王陛下?!」
「はい。現状のわたしたちが戦争でブルカ同盟軍を打倒して勝利することはかなり難しいですが、これよりも権力のある存在を動かせば可能です。戦争に勝つ事は、何も戦場で勝利するだけではありませんし、何よりわたしたちは商人ですからね。商人は商人同士で同盟すればよいのですよ」
「……でもリスクもお高いんでしょう?」
「そうですね、確かに王国本土の政情が不安定な場合もありますし、移送中を襲われる可能性もあるのでリスクはとても大きいですが。しかし実際にオルコス五世金貨の発行を委託されているのは王都中央の両替商ですから、国王に直訴するよりはずっと楽です!」

 ブルカ伯のこれ以上の台頭を快く思わない商人たちを味方に付けましょうと、予想外の第三選択を示したクロード氏は、恐ろしく悪相を浮かべてずいと俺の前に身を乗り出したのだ。
 ハーナディンは「僕はそこまで考えていませんから」とわれ関せずの態度を見せていたけれど、シルキーさんの方は、母親の片鱗が見える様な妖怪面を少しだけ浮かべている。
 そうして俺の蛸足奥さんはと言うと、

「さて婿殿、この提案のうちどれをお選びになさりますか? わたくしが特にお勧めするのは第三選択ですわねえ。本格的な冬が到来する前に本土に向けて移送隊を出発させれば、春にはブルカ領内に経済的な大打撃を与える事ができますわ。おーっほっほっほ、さすがわたくし! これでこの戦争の勲功一等はわたくしのもの!!」

 こ、これを俺が選択しないといけないのか?!
 助けを求めるように奥さんたちに視線を求めると……

 黄色い蛮族は隣で腕組みをして、いつのまにか舟を漕いでいやがった。
 けもみみはこの会見の間中ひと言も口を開かず、明後日の方向をぼけーっと見ている。
 男装の麗人はブルブルと首とたわわな胸を横に振って、そんな重大な決断を自分に求めないで下さいと逃げ腰だ。

 吉田修太は逃げられない。吉田修太は蛸足麗人に絡めとられた。

「わ、わかった。考える時間が無いのであれば、基本は第三選択のためにブルカ伯金貨の移送は直ちに行う」
「さすがわたくしの夫、素晴らしい選択ですわ!」

 ただし、

「俺たち盟主連合軍が自前で金貨を発行するのかの第二選択は残しておきたい。王様に買い取っていただくのかは現状直ぐに判断するのは危険だよな? 弾劾状を送り出したオッペンハーゲンの使節が王都での返事を伝えて来るギリギリまで、その最終判断は保留としよう」

 俺は恐る恐る方針を口にしながら、逃げ口だけは用意する決断を下した。
 なんで俺じゃなくて、アレクサンドロシアちゃんに直接相談しないんだよ?!
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