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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

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298 枯れるまで絡める手 6

更新が遅れて申し訳ございません!
 その日の深夜。
 寝静まった領主館のどこかからコツコツとブーツを響かせる音が聞こえてきた様な気がした。
 家族はすでに寝室で床についていて、布団に入った途端に晩酌を楽しんでいた赤鼻のニシカさんなどは大いびきをかいていたぐらいだからね。
 してみると、けたたましいブーツの響きは廊下を抜けて食堂の辺りまで到着したらしい。

「…………くださいな!」

 言葉をすべて聞き取ることはできなかったけれど、そこで不寝番に就いていた兵士にでも何事か命じる声が聞こえて、ガチャガチャと甲冑を擦る音が漏れ聞こえてくる。

 いつの間にか寝いびきをしていたニシカさんはそいつを引っ込める。
 右隣で丸まる様に寝ていたタンヌダルクちゃんの向こう側でも、エルパコが護身の剣を手元に引き寄せようとしている気配を感じ取った。
 眠りの浅いふたりの猟師奥さんが一瞬にして警戒モードに突入したらしく、いつでも何が起きてもいい様に息を殺しているのがわかった。

「……何事ですかね」
「わかんねえな。だがあれは蛸足ネーゼだ……」
「そうだね、ネーゼさまの声だったよ」

 静まり返った寝室で、ポツリポツリと互いに押し殺した声で状況を確認する。
 敵襲でもあったような緊急事態という感じは食堂からの空気では伝わってこなかったけれども、カラメルネーゼさんが急いで食堂に駆け込んできたというのは間違いないだろう。

 俺もゆっくりとタンヌダルクちゃんの絡まる腕を解いて、反対隣で寝る大正義カサンドラの頭を撫でたところで静かに体を起こす。
 すると、ギイと寝室の扉が開いて暗がりの中を、家族全員が横になれる大きな寝台へと近づいてくる気配があった。
 向こうも俺が体を起こしている事に驚いたらしいね。
 俺だけでなく、ニシカさんとけもみみも同じ様に起き上がって気配の反応に注目した。

「起きておられたのですわね」
「俺だけじゃないぜ。たぶんアッチでベローチュも目を覚ましているはずだ」
「……はい」

 俺の返事を聞いてしばらく、確かに男装の麗人も言葉を小さく返した。

「ここでは他のみなさんのお休みを妨害していしまいますわ。部屋を移してお時間をくださらないかしら?」
「そうだな、すぐに支度する」
「今、エレクトラに命じて応接室を用意させておりますわ。みなさんも、よろしくて?」
「了解だぜ。酒はもう抜けきっている」
「うん、わかった」

 寒い季節になってきて毛布にみんなくるまっている。
 俺はカサンドラの少しはだけた毛布を直してやり、タンヌダルクちゃんの腕を毛布の中にしまったところで寝台を降りた。
 女魔法使いはとんでもない寝相の悪さをしていたらしく「しょうがねえヤツだな」などとニシカさんが零しながらそっちは担当してくれた様だ。

 暗がりの中でゾロゾロと寝室を退出してゆっくりとドアを閉じれば、食堂で不寝番に付いていた兵士たち数名が貴人に対する礼を取るのが見える。

「領主さまはどうすンだよ?」
「ドロシアさんは寝起きが悪いので今回はパスですわ。大切なのは婿殿に話を通しておく事だけですので」
「そうかい。で、応接室だったな」

 ニシカさんと蛸足麗人がヒソヒソとやり取りをしている間に、俺はけもみみに水を所望した。
 これから何が起きるのかと思うと妙な緊張感が脳裏をよぎるけれど、今のところカラメルネーゼさんの態度を見ている限り、緊急の報告で起こされたという感じではない。
 食堂に置かれた魔法の砂時計を見れば、ちょうど日付が変わる前後の頃合いだったらしい。
 見ている目の前でグルンと四半日毎にひっくり返る砂時計が、ちょうど回転する瞬間だった。

「冷めてるけれど、不寝番のひとがお茶を沸かした時に使った残りがあったよ」
「ありがとう、みんなも驚かせて済まないね」

 けもみみに感謝の言葉を投げかけながら木のコップを受け取って、喉に流し込む。
 そうして兵士たちにもひと声かけていると、けもみみが木のコップを受け取って同じように口に含む。
 さらには男装の麗人もそれに倣い、最後にはニシカさんも手を伸ばして水を飲みほしてしまった。

 全員が寝間着姿に護身の短剣、あるいは山刀を持っているというおかしな格好だ。
 蛸足麗人を見れば、何やら自信に満ちた表情が口元の辺りからも見て取れて、きっと悪い報告ではないという事が理解できる。
 例の、貨幣相場の急変動に関する報告である様な気がしてベローチュに目配せをすると、どうやら彼女も同じ理解に達した様だ。

 そうして蛸足麗人を先頭にして、俺たちは応接室へと向かったのである。

     ◆

「ご無沙汰しております閣下、この様な夜分に突然押し掛けるような事になり申し訳ございません」

 豊穣を司るという魔女の大釜の置かれた応接室に入ってみると、すでに先客が着席していたらしい。
 それも以外な面子がそろい踏みをしている事に俺は驚いた。
 オッペンハーゲン男爵の元で今はゴルゴライ公商館長をしているクロードニャンコフ氏、そしてカレキーウォールズ商会の支店長であるシルキーウォールズさん、さらに騎士修道会の修道騎士ハーナディンである。

 一斉に立ち上がって貴人に対する礼を俺にとって見せるみなさんである。
 相変わらずお貴族の家系出身だけあってクロード氏の仕草は優雅だし、猟師出身というのにハーナディンのそれも堂に入っている。
 こういう時に俺はどういう態度で返すのがいのかわからないので、結局ペコペコと頭を下げておくだけにとどめておいた。

「いやそれは構いませんよクロードさん。むしろこんな格好でお相手していしまい、失礼しますね」

 俺の格好はナイトガウンの中身はヒモパンというありさまだ。
 ニシカさんやけもみみも同じ様な格好に短剣や山刀を持っているだけだから、お貴族さまとしてはちょっと残念な格好だ。
 まあにわか貴族だししょうがないよね。

「ところで、こんな時間になったという事は、家族や他の者にあまり知られたくはない話の内容だったのでしょう。違いますか?」
「ご明察恐れ入ります。ある程度は話がまとまってからの方が良いとカラメルネーゼ夫人とも話し合っておりましたので、ご報告が遅くなってしまいましたので」

 クロードニャンコフ氏がカレキー商会と何らかの秘密の約定に従って共同歩調を取っていた事はすでに昼間のうちに感じていた事であるけれど、ハーナディンの姿がここにあったのはやはり意外だ。
 それに秘密の約定に従ってなら、カレキーおばさんがこの場にいる事を予想したんだけれどね。

「まどろっこしいのはよしておくれよ。オレ様の相棒は単刀直入が大好きなんだよ」

 ニシカさんはそう言うと、誰よりも先にソファにどっかりと腰を落ち着けた。
 俺はその隣でソファの中央に座ると、お客さんたちに着席を薦めながら蛸足麗人もそれに倣う。
 けもみみと男装の麗人は俺たちの背後に立って待機している。
 お客人たちの背後にはオッペンハーゲン公商館の従業員や、それから修道騎士数名が並んだ。

「そうですね。時間も時間ですから、では単刀直入に切り出すことにいたしましょう」
「ああそうしておくれ」

 ヒラヒラと手を振って見せたニシカさんの行動が合図になった。
 コクリとうなずいたクロードさんは、すぐにも居住まいを改めて咳払いをする。

「こちらのカラメルネーゼ夫人からご提案をいただきまして、わがオッペンハーゲン男爵領と騎士修道会、それからアレクサンドロシア卿の御用商会とで極秘裏にある計画を実行しておりました」
「それは何なんですかねえ」
「シューター閣下におかれましてはお気付きかとは思いますが、ブルカ辺境伯金貨の貨幣価値を下落させるための操作介入、それから貨幣価値の落ちたブルカ伯金貨の回収です」
「…………」
「すでにゴルゴライ周辺で流通しているブルカ伯金貨の相当数が、アレクサンドロシア卿の金庫へと集まっています。このまま続けていれば、やがてわれわれ盟主連合軍の統治下ではブルカ伯金貨は姿をほとんど消すことになるでしょうね」
「も、目的は何ですか?」

 俺がつばを飲み込みながらそう質問すると、

「おーっほっほっほ、それはもちろんブルカ辺境伯領への経済的打撃を与えるためですわよ!」

 蛸足麗人がニッコリ笑ってさも当たり前の様に言ってのけるではないか。
 そうしてクロードニャンコフ氏が懐から何かの巻物を取り出しつつ、サッと蛸足麗人や共謀者たちにお願いをする。

「カラメルネーゼさん、例の起請文のご用意を。それからハーナディン卿、例の鋳型をお見せいただけますか。シルキーさんも報告書を」
「わかりましてよ」
「了解です。よし例の箱を解いてくれ、貴重なものだから大事にな」
「こちらでよろしいでしょうか?」

 それぞれが出してきたものは、次の通りだった。

 クロードニャンコフ氏とカラメルネーゼさんが出したのは、いつだか俺がオッペンハーゲンと貨客船の中で取り交わした起請文であるから記憶にあったものだ。間違いない。
 それからシルキーさんが出したものは、ブルカ伯金貨どうのという文字がチラリと見えたので、これは例の金貨の価格騒動に関する資料なのだろう。

 最後に、木箱の中からせっせと修道騎士たちが取り出しているものは、両手サイズの石臼セットみたいなものだった。
 一瞬それを何だろうと俺たちは身を乗り出して観察してみたけれど、テーブルに布を敷いてから置かれた石臼みたいなのを覗き込むと、

「これは騎士修道会銀貨の鋳造型、ですね……」

 石臼のくぼみに俺の婚約者の顔が刻印されているのを見て、これが何なのかを俺たちは理解したのである。
 彼女は、女神様の聖少女にして騎士修道会の枢機卿だからね。このデザインの銀貨を見るのははじめてだけれど、モチーフにされていたところで何もおかしくはない。
 そしてそれがいったい何を意味するのかを、俺は必死で考えようとした。
 金貨を回収して、銀貨の鋳造型がここにある。
 ブルカ経済への打撃を与えるため。どういう事だ?
2016/10/1 02:30 一部加筆修正を加えました。
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