挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

389/560

296 枯れるまで絡める手 4

いったん投降後、後半パートを加筆修正しましたので内容を差し替えました。
     296 枯れるまで絡める手 4

 終始居心地の悪さを感じてカレキーウォールズ商会を後にすると、俺は大きなため息をついた。

「さて。こうなると今回の暗躍を主導していると思われるカラメルネーゼさんに、一度会ってしっかりと事情を説明しなければならないんだけどね……」

 けれども残念ながら蛸足麗人は本日、当直任務を命じられているので隣の奴隷商会には不在であるはずだ。
 このまま流れで聞き込み調査に行っても、出てくるのは顔もよく知らない従業員だけだろう。
 あるいは蛸足麗人が不在のうちに、従業員に対して何か知らないか聞き込み調査をするのもありかもしれない。だが蛸足麗人が緘口令を敷いていた場合、藪蛇になってしまう可能性もある。
 しばらくカラメルネーゼさんは泳がしておいて、彼女の真意を探るべきなのかも知れない。

「とすれば、出直すべきか……」

 どうするべきか逡巡する俺が路面に立って天を仰いでいたところ、

「旦那さまぁ。ご用件は終わりましたか~?」
「おお、カレキーおばさんのところは今終わったよ!」

 カレキー商会の向かいにある酒場の二階から、タンヌダルクちゃんの元気な声が聞こえてくるではないか。
 見上げると窓際の席に首尾よく座れたのか、そこから身を乗り出して豊かなお胸を揺さぶりながら大きく手を振っている。

「これからどうなさるのですかあ。カラメルネーゼさんのところですかあ?」
「とりあえず昼飯がまだだから、いったんそっちに合流する事にするよっ」
「はあい、わかりました旦那さまあ。先に注文をして置きましょうか?!」

 そうしてくれと大きく返事を返しながら、ついでに「飲み物はビール以外の何かで!」としっかり伝えておいた。
 本当のところは酒よりお茶か白湯の方が気分的には落ち着ける気がする。
 さっきはオッペンハーゲン産の高級ぶどう酒でひどく思考にガツンとやられてしまったので、できれば水代わりに常飲している様な、素朴なサルワタの皮かす入りぶどう酒がいいな。度数も低いし……
 などと馬鹿げた事を考えながら酒場の入口へと向かう。

 今いる場所は新市街と称しているけれども、実際は将来の繁華街予定地の一角というのが正しい。
 恒久的な建物に移転した娼館の連なりと酒場、それに両替商と奴隷商が並んでいる、どちらかと言えば世間的にいかがわしい商売とされるお店が並ぶ区画だ。
 通りには昼間から酒を楽しむためにここを訪れた非番の兵士の姿があって、出勤中の娼婦や関連施設の従業員たちの姿も見かける。
 その他にもチラホラとだが、すでに客を捕まえている同伴出勤の商魂たくましい娼婦もいるじゃないか。

 そうして月明りの雫亭と書かれた酒場に入る。
 読み書きの勉強をはじめて三カ月余り、ようやく看板ぐらいならば読めるようになったぜ。

「――その点、おらはサルワタ貴族のだからお給金はとてもいいんだす」

 そこ見覚えのある人間の姿があった。酒場の一階で、帯剣した若い男と話し込んでいる田舎言葉まるだしの戦士がいるではないか。
 クレメンスはタンヌダルクちゃんの護衛としてこの月明りの雫亭に先入りしていたけれど、恐らく待っている間は階下で自由にくつろいでいていいとでも言われたのだろう。
 昼食時と見えて、月明りの雫亭はそれなりに客で繁盛している様だった。

「へえ、どちらのご家中になるのかな。サルワタ貴族と言っても、北は野牛から南はラメエまで、広い土地をお持ちなんでしょう?」
「ああ、おらのお仕えしているのはスルーヌ騎士爵さまだべ。盟主連合軍の軍監サマ、こう言った方がわかるだすか? 女神様の聖使徒にして全裸を貴ぶ部族の戦士とかなんとか、長たらしい肩書で困ったもんだ」

 何やらカウンターに肘を乗せたクレメンスが、気取った風に酒杯を持ち上げて顔を赤くしていた。
 俺には奥さんがたくさんいるのであまりマジマジと彼女を観察した事がなかったけれど、ちゃんとした騎士モドキの平服っぽいのを身に着けて白いタイツ姿をしていると、貴族軍人らしくキリっとした女性騎士に見えなくもない。
 見えなくもないというのは田舎言葉丸出しなので、どれだけ頑張ってもお貴族さまの部下にしては垢ぬけた印象がいまひとつ持てないからだろう。

「全裸卿と言えば、ブルカさまを生け捕りにしたあの方か。俺もさっき通りで見かけたよ全裸」
「たぶんそれはシューターさまじゃないだすな。近頃は服を脱ぐのは槍働きをする時と、奥さま方をお相手する時だけだと聞いているだすよ」

 若い青年の言葉に俺はズッコケそうになりながら必死でこらえた。
 まあ全裸を貴ぶ部族の出身とか、全裸卿とか、世間一般には呼ばれているから誤解されても仕方がない。
 向こうもどこぞのご領主さまご家中らしく、俺が背後にいる事も気が付かず熱心に会話を続ける。

「しかし本当にウチは大変だよ。お給金はイマイチ、しかも支払いがブルカ伯金貨だからねえ。そうするとせっかくこのゴルゴライに出来た繁華街に遊びに出ても、両替するとたいした銀貨にならないんだ」
「おらが聞いた話だども、ブルカ伯金貨は改鋳して金の含有量が減らされたものが最近出回っているのだそうだすよ」
「マジかよブルカさまは悪いおひとだ」

 こんな調子でカレキーおばさんが吹聴している噂は、盟主連合軍の兵士に次々と伝播していってるのかもしえない。
 ふたりはいい雰囲気で何かの肉片を摘まんで会話を弾ませていた。お邪魔したら悪いので、このまま二階へと俺は進むことにする。

 二階に上がってみると雑多な客たちで賑わう階下とは違って、落ち着いたテーブル席があちこちに並んでいる。
 高貴な身の上のひと向けか、恐らく商人たちの商談にでも使われているのかもしれない。
 窓際の特等席を占拠していたタンヌダルクちゃんを見つけると、近づく俺にニコニコしながら声をかけてくれた。

「寒くなってきたので、体が温まる様に酢キャベツの煮込み鍋を頼んでおきましたよう」
「もうすぐ十一月だからなあ。家でも全裸を貴ぶのはやめておこう」

 着席するとさっそく運ばれてくるお酒を覗き込めば、ご当地名産ハチミツ酒だった。
 ビール以外でお願いしたけれど、似た様な味のものが運ばれてきて俺はとてもガッカリした気分になる。

「ビールというお酒は、そもそもゴルゴライには入荷していない様ですよう旦那さま。いつもみたいにぶどう酒じゃ味気がないので、ハチミツ酒にしてみました」
「お、お気遣いありがとう」

 せっかく気を回してくれた野牛奥さんの機嫌を損ねてもいけないので、大人しくハチミツ酒を口に運ぶ事にする。苦い……

「お可哀想な旦那さま。苦々しい顔をしているって事は、カレキーさんとは交渉が上手くまとまらなかったんですか? デルテ夫妻の部下はめでたく奴隷堕ちしちゃうんですかねえ」
「娼館と両替商、それに奴隷商が結託して金儲けを企んでいるんじゃないかって、カレキーおばさんにはありていに聞いてみたんだよ。そしたらおばさん何と言ったと思う?」
「お認めになりましたかあ?」
「もっとヤバい話を聞かされた……」
「それは何ですか旦那さま?!」

 別に苦い顔をしているのは会見の結果だけじゃないのだけれども、今はそれよりも話の続きだ。
 ため息をひとつ零して、俺は身を乗り出しながら声を潜めて説明する。

「三者が結託している件は商売なんだから当然だと開き直られた。その上で、ブルカ辺境伯金貨の相場が下落し続けているのはどうやら、おばさんが介入操作しているかららしいね」
「……怪しいと思っていたんです。旦那さまの想像通りでしたねえ」
「下のカウンターでクレメンスが言っていたけど、金貨の改鋳をやって含有量を減らしているという噂を意図的に流している。だからますます、辺境であまり出回っていないオルコス五世金貨の価値が上がっている」
「ひえっ。両替商というのはお金の情報に詳しいから、そういう事が出来るんでしょうか旦那さま」
「けどまだこの話には続きがある。こういうからくりを最初に吹き込んだのは、どうもうちの奥さんのひとりらしいよ……」

 牛耳をピコピコとかわいらしく動かしていたタンヌダルクちゃんが、俺のその言葉を聞くととても驚いた顔をした。

「まあ、かっカラメルネーゼさん……?」
「そういう事らしい」

 そこまで内緒のお話をしたところで、酢キャベツの煮込み鍋というのが運ばれてきた。
 湯気を立てながらトレーごとテーブルに置かれると、さっそくふたりして覗き込んでみると……

「やあん美味しそうですね旦那さまあ」
「冷めないうちに、先に食べちゃおうか」
「旦那さまのために、取り皿に入れて差し上げますね」

 秋のキャベツは季節外れで硬いので、こうしてファンタジー世界ではビネガーに丸ごと漬け込んで、乳酸菌でやわらかく発酵させるらしいね。
 そいつを今が旬のタロ芋と、ニンジンや他の豆と豚肉を合わせて鍋を作る。
 サルワタなら猪肉になるところだけれど、開拓が進んだ地域ではブタを里山で放し飼いにして、秋になると猟師がこれを捕まえて捌く。つまりは、とれたて新鮮のお肉というわけである。

 取り皿によそってくれたタンヌダルクちゃんに感謝しながら、さっそく舌鼓を打つことにした。

「アツアツのお鍋と口冷ましのお酒、蛮族のお料理も捨てたものじゃないですねえ。うふふ」
「シチーという東欧の料理に似ているかな。いや食べたことはないけれど……」
「そこの蛮族のひと、旦那さまとわたしに、お酒のおかわりをお願いしますよう!」

 スープに甘味をもたらしてくれるブタの脂が程よく浮いていて、それを木のスプーンですくって口に運べば、舌がじゅわりと唾液を放出した。
 さっそく芋と酢キャベツを口に運ぶけれど、芋は収穫期のものだから乾燥させたものを戻したそれと違って、ほくほくしている。酢キャベツの方はビネガーが効いていてとても酸っぱいだが美味い。

「はふはふっ、カラメルネーゼさんは、何を考えてこんな事をやりはじめているんですかねえ」
「戦争が終わった後の事を見定めての行動だろうな。今の俺たちにはブルカに攻め上るほどの戦力はないし、いったんはどこかで休戦する事になるだろうから」
「だから次の手を考えているという事ですねえ。カラメルネーゼさんは商人だから、お金の流れがわたしたちとは違って見えているのでしょうし」
「オルコス五世金貨の重要性は、きっといち早くに気が付いていたんだろう」
「戦争の負けがかさむと、蛮族の大領主(ブルカ)金貨は価値が落ちるんでしたからねえ。そうしたら、蛮族大王(オルコス)金貨と両替するためには、大量の大領主金貨が必要になるって事ですよね。あれ? そうすると旦那さま、」

 おいしそうに食べていたタンヌダルクちゃんが、ふとスプーンを動かす手を止めて俺を見返してくる。
 確かに、当たり前の事だけどブルカ伯金貨をオルコス金貨に交換するためには、価値に開きが出れば出るだけたくさんの枚数が必要になる。

 今ならええと、一オルコス金貨に対して八・四ブルカ金貨か。
 これ、ますます酷い事になるとカレキーおばさんも、デベソの豚面の猿人間騎士さまも言っていたよね。

「大量にだぶついた金貨はどうなるんですか」
「暴落した貨幣なんて不良資産そのものだろう。いや待て、でも実際には鋳つぶして金含有量を減らしているわけではないから、金そのものが持つ本当の貨幣価値も、実はかわっていませんでした。という事になるのか」
「でもですよ旦那さまあ、今の段階では持っていても価値は下がり続けているんですよ。戦争が終わって落ち着いたら、大領主金貨の価値が元に戻るなんて事はありますか?」
「誰かが大損して、誰かが超得をする事になるけど。まあボロ儲けをするのはカレキーおばさんなんだろうなあ」
「そうですよう。蛮族の商人さまは、もご、恐ろしい事を考えますね。もしかするとカレキーさんは、意図的にブルカ金貨をかき集めているのかもしれませんよう。それこそ本当に鋳つぶしてインゴットにするのかもしれないし」

 こうなってくると、俺は理系か文系かで言うと体育会系だからな。わけがわからないぜ……
 ボリボリと頭を掻きながら不味いハチミツ酒を口に運ぶ。
 すると、ハーレム大家族の眼がないのをいい事に、食べつ喋りつ呑みつを繰り返していた俺たちのところにとても上品な成りをしたご婦人がやってくるではないか。

「タンヌダルク夫人、わたしはお先に失礼させていただきますね」

 どこかの高貴な身の上のご夫人なのだろうか。
 ゴルゴライには諸侯たちが家族を連れて進駐している事も珍しくないし、野牛奥さんと女の子同士で意気投合したのかもしれない。
 俺には軽く微笑を浮かべながら、柔らかな動きで右胸を付いて貴人に対する礼をしてくれる。
 そうしてタンヌダルクちゃんには軽い会釈をしながら話を続けるじゃないか。

「とても楽しい時間を過ごさせていただきました。またお時間があればご一緒してくださいね」
「あらま、これから仕事のお時間なのですかあ。頑張ってくださいね!」
「はい、ありがとうございます。それではまた」
「オホホホ、ごきげんよう」

 タンヌダルクちゃんが口元を隠しながらよそ行きの挨拶を口にすると、改めて一礼したご婦人は優雅にその場を退出していったのだった。
 うーんこのご婦人、とても上等なおべべを着ていたし、ちょっと胸元が強調されすぎていてけしからん。
 体のラインが見える様なドレスがとても似合っている女性だった。

「旦那さまぁ、鼻の下が伸びていますよ……?」
「ハハ、いやどこのご家中かなと思っていたのですよ奥さん。決してやましいことは考えていないからね!」
「彼女は近くの娼館でお勤めをしている高級娼婦のお姉さんです。ベストレの男爵さまの弟さんがゾッコンなんだとか。あのひともカラメルネーゼさんが身元引受で買い取って、奴隷商会の派遣奴隷なんだとか聞きましたけども」

 へえ……
 去りゆく背中にふたりで視線を送りながら見送った。
 蛸足麗人はこの調子で、あちこちに自分の息のかかった人間を作り送り出しているのか。

「娼館では殿方の口が軽くなるので情報が集まりやすいと、ベローチュも言っていましたしねえ」
「そうなのか。カラメルネーゼさんならやりかねないな。とにかく当直が終わって顔を合わせたら、問い正した方がいいだろうな」
「はい旦那さま」

 恐らくはブルカ領とブルカ同盟軍に経済的揺さぶりをかけるために、カラメルネーゼさんには何かの秘策があると見た方がいい。
 だいたいダブついたブルカ伯金貨をどうするつもりなのか、貨幣レートを操作して単純に儲けるためなのか。
 その辺りの事は直接聞いてみない事にはわからない。
 カレキーおばさんの口ぶりだと、どうもオッペンハーゲン公商館のクロードニャンコフ氏とも連絡を取り合っているみたいだし、


「異世界インサイダー取引みたいなのを考えているのかね、仲間内の商人たちと結託して」
「インサイダーですか? 旦那さまは全裸だし、どちらかというとアウトサイダーだと思いますよう。もぐ……」

 モノの本によれば、アウトサイダーには部外者であるとか、社会常識の枠にとらわれない独創的な思想の持主という意味があるらしい。
 確かに、全裸で貴ぶ部族はおかしな風習を持った人間だとここでは思われているし、社会的にのけ者にされる。村八分扱いはまさしくそれだ……
 そこにもうひとつタンヌダルクちゃんが優しい顔をして追い打ちをかけてくる。

「むしろアウトローですかねえ?」 

 小首をかしげた俺の野牛奥さんはかわいかったけれども。
 とても心外な言葉を口にされた様で俺は悲しい気持ちになった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ