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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

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292 褐色の誘惑


「ご主人さま、寒くはございませんか?」

 領主館にある俺の執務室でソファに腰かけた俺が、報告書に手を伸ばしたところ。
 その隣で上目遣いをした男装の麗人ベローチュがそんな言葉を投げかけてくれた。

 アッシュグレーの長い後ろ髪を下ろして、胸元を強調するナイトガウンを羽織ったベローチュを、もはや男装の麗人と呼ぶことはできない。
 甘い声音に誘われる様に、俺は返事をする。

「きみが俺の側にいるから、寒くなんてないよ」
「ご主人さまにそう言って頂けるのであれば、自分はこの上なく幸福です……」

 燭台の揺らめく炎に照らされて、褐色の肌がたまらなく艶めいて見えた。
 女領主からは各地から届けられた報告書に、眼を通しておく様にと命じられていたけれども。
 気を抜けば第二回戦に突入しそうになってしまうほど、ベローチュのその微笑は蠱惑的(こわくてき)な妖艶さを漂わせていた。
 たまらず俺はそんな褐色長耳の美人を抱き寄せ、その頭を撫でてやるのだ。

「これからも愛人(、、)奴隷として、ご主人さまの側に置いてやってくださりますか?」

 するとベローチュは愛人という単語にひときわ力を入れて俺に返事をするではないか。

「きみはこれまでもよく俺に尽くしてくれたからな。今さら手放す様な事はないので、覚悟する様に」
「終生この身を捧げると誓いました。離れてくれと仰られても、それは出来ないお約束です」

 こやつめ!
 さてテーブルに放り出されていた報告書の束に視線を送ると、素早くベローチュが燭台に手を伸ばしてくれる。
 俺が書類を見やすい様にと良く行き届いた配慮をしてくれるところが素晴らしい。

「ゴルゴライ方面への軍需品輸送は、今のところ問題なく進んでいる様だね」
「リンドル往還の安全は、触滅隊を討伐した事で確保されましたからね。軍隊の往来も頻繁ですので、野盗の類が跳梁跋扈する事はあり得ません」
「触滅隊が討伐された後の一時期、小集団の盗賊が頻出したという話を聞いたことがあるけれど。あいつらはどこに消えてしまったのかな?」

 ページを捲りながら消耗した剣や槍の補充品目を見ながら、俺はベローチュに質問した。
 体を密着させたままで報告書を覗き込む彼女である。
 するとナイトガウンからあふれ出さんばかりの暴力的な胸が谷間をのぞかせた。

「通常、盗賊というのは政情不安定な場所で野盗働きをするものです。現在であればゴルゴライとブルカ領の間に跨る政治的空白地帯が活動の範囲といったところでしょうか」
「しかしその場所にはギムルさんやエクセルパーク卿の軍勢が展開しているからな。シャブリン修道院以東の幾つかには、盟主連合軍の諸卿たちも接収作業のために出張っている」

 戦争による荒廃で日常生活を送れなくなった元の領民たちは、ほとんどがゴルゴライに難民となって身を寄せているのは周知の事だった。
 ラメエお嬢さまも家族の一員として、先ごろは隣村まで難民誘導や野盗働きが出ない様にと斥候任務にあたっていたしな。
 してみると連中は、シャブリン修道院より以西を活動範囲にしているのだろうか。

「こちらの報告をご覧ください。現在は占領統治下にあるリンドル川西岸において、複数の盗賊が目撃されたとあります」
「あそこは今、ドワーフのサンタ王が守備についている場所だな」
「バンダーレン陛下の率いる屈強なドワーフ兵が相手では、なかなか野盗働きも大変でしょう。恐らくは西、分水嶺を越えてブルカ領を目指して、野盗たちが移動しているのではないでしょうか」

 身を乗り出して報告書を捲り続けているベローチュは、文章の中からいくつかの場所に眼を通しながらそんな事を言った。
 なるほどな、しかしブルカ領に何があるというのだ。
 その疑問について口にしたところ、

「あちらは度重なる敗戦続きで、恐らくは新たな兵士を徴募するために警備が手薄になっている可能性があります。都市生活を維持するためにはあまりブルカ中央で募兵をするのは問題があるでしょう。あってもそれは冒険者や傭兵どもを集める程度の事」

 してみると、ベローチュはブルカの南部が野盗たちの目指す先であろうとアタリを付けていた。

「この地図をご覧ください。ブルカ領は南北に大きく領地を持っていますが、北にあるブルカの街とその周辺は直轄領地であったり、勲功の大きい配下の騎士たちを入封させて、さながら小さな王国の様なありさまです」
「ブルカの街周辺の土地に重臣を配置しているのは、都市の防衛を考えての事だな」
「はい。一方で南部の広大で肥沃な領域は、ブルカ辺境伯の経済を支えるために代官を配置しております」

 ここが農業人口を大量に抱える穀倉地帯なのだとベローチュが教えてくれた。
 大規模な耕作地帯が広がっているので、当然まばらに存在する村や集落を守るには、かなりの兵数が必要だ。

「最南部には交易拠点となる街もありますが、新たな兵士を集めるためには、この農村地帯からの募兵を行っていると見るべきです。当然、戦士たちが出征すれば、自警団の類も人員に事欠くでしょうから、」
「ここが野盗たちにとっての狙い目というわけか」
「ご明察ですご主人さま。ミゲルシャール卿不在の今、恐らくは側近のツジン卿だけでブルカをまとめるのは、かなりの至難であるかと……」

 地図をテーブルに戻しながら思案気にベローチュがそう言った。
 あのオレンジハゲの後継者と言えば、確かフレディマンソンとかいう青年だったはずだ。

「今はフレディ君がブルカ伯の名代として、ブルカ側についた辺境諸侯たちを率いているというわけか」
「それはどうでしょうご主人さま」
「というと?」

 改めて俺を見つめてきたベローチュは、先ほどまでの甘い表情を打ち消して、いつもの男装の麗人然とした顔でキリっと返事をする。

「ひとびとの忠誠とは国家や領土に向かうものではありません。あくまでも人物の功績と畏怖にこそ、忠誠心を誓うのであります」
「…………」
「例えば自分たちの例であれば。辺境の東部を瞬く間に切り取って見せたアレクサンドロシア奥さまと、奉仕と布教の活動や信徒のために出征を長らく続けてきた騎士修道会が後ろ盾になっているからこそ、盟主連合軍はこうしてリンドル御台のマリアツンデレジア奥さまの元に参集したのでございます」

 つまりブルカ側の辺境諸侯たちの忠誠は、あくまでミゲルシャール本人に向かっているという事か。

「だから指導者を挿げ替えたからと言って、事が簡単に収まる事はありません。ブルカ辺境伯領は今、内部統制のために、かなりの労力を割かなければならないという事です、ご主人さま」
「……ふむ。すると君も、アレクサンドロシアちゃんやガンギマリーが俺の家族だから、これだけ尽してくれるのかな?」
「お戯れはおやめください。自分の忠誠は、常にスルーヌ騎士爵シューター卿に向けられているものです。これまでも、そしてこれからも」

 ふっくらとした唇で微笑を浮かべたベローチュに、俺はゴクリとつばを飲み込んだ。
 だがその言葉が危うい嘘を内包している事を俺は知っている。
 彼女は男色男爵の配下として、俺のところに送り出されてきた人なのだ。
 キッカケはあまりにも強引だった。押し付け女房よろしくの愛人奴隷だからね。
 恐らくは女領主の動向を探るためか、暴走を止めるために差し出された監視役であり、今も緻密に連絡を取り合っている事を俺は理解している。

 その上で、俺とベローチュは腹芸をやっているのだろうかね。

「……疑っておられますね? 自分は純潔も差し出したというのに」
「お、おい。そんなつもりはないんだよ。きみがよく尽してくれることは本当だ!」
「でしたら、いつか王都に使節として赴く際は、母に合ってください。自分にもこんな素敵な旦那さまが出来たのだと、報告をしたいものです!!」

 するとケロリとした表情で切り返して見せる男装の麗人である。
 どこまでが本気で、どこまでが腹芸なのかわかったものじゃないぜ……

「さて、次の資料はどれかなっと。これはいけない。モエキーおねえさんからの陳情が書かれたものだ。しっかりと部下の意見具申を見ておかないとね、俺は耳を貸さない駄目上司にはなりたくないんだ」
「あっ逃げましたねご主人さまっ。耳を貸す上司であるならば、ぜひ自分の話を聞いてください。母が、王都にいる母に、結婚の報告を!」

 暴走気味のベローチュは、鍛えられた体で俺の上に馬乗りになって俺が手にした別の報告書を奪い取ったのである。

「ひゃん。ご主人さま抵抗しても無駄ですよ!」
「わかった、わかったからお義母さんに会えばいいんだね?!」

 やめろやめるんだ馬鹿、こいつ官吏の出身だから案外鍛えいていて強いぞ。
 マウントポジションを取られた俺は大いに暴れたが、最後には押さえつけられて唇をふさがれてしまった。

「ご主人さま。夜中にあまり騒がれると、奥さま方やご家中の者たちに迷惑になってしまいますよ」
「う、うン……」
「自分はまだご褒美が足りないと思っていたところでした。続き、しませんか?」

 そう言った褐色肌のエルフは、俺の首に腕を回しながらそのたわわな山脈を俺の胸板に押し付けて来るのだった。


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