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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

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288 黄色い衝撃


「ブルカの街はもう滅茶苦茶だぜ。辺境伯さまの通達とやらで戒厳令が敷かれてからこっち、領民にゃお通夜みたいな空気が漂っていて、繁華にもひとがまばらな有様だ」

 どっかりと食堂のイスに腰を落ち着けたニシカさんは、旅荷を男装の麗人に押し付けると飲み物を所望した。
 いそいそとタンヌダルクちゃんが厨房へ酒の入った瓶を取りに行ったのを見届けたところで、上機嫌に話の続きをはじめたのである。

「してみると、その辺境伯さまのご帰還がいつまでたってもありはしねえ。戦争はもうおっ始まって市壁のあらゆる門は厳重警備で豚鼠一匹通さねえという有様だがよ、ところが東の門から帰還してくるのは、ボロボロの姿になり果てたブルカ領の戦士さまばかりという酷い状態じゃねえか」

 ひと息に俺の顔を見ながらまくし立てたニシカさんは、厨房から運ばれてきた皮かすタップリのぶどう酒を見て、手ぐすね引いて大喜びだ。
 いつもなら瓶を奪ってラッパ呑みというところだけれど、

「おっと、オレも今じゃ高貴な身の上だからな。シューター、注いでおくれよ」
「はいはい、お役目お疲れ様でした」
「おう。誰のためにこんな苦労をして来たのか、そこんところようく考えて感謝しろよな」
「ご褒美が楽しみだからですね」

 馬鹿ヤメロ。とかなんとか、ニシカさんは途端に長耳を赤くして小声で抗議してくるではないか。
 何を勘違いしているんですかねえ。
 俺はてっきり、ニシカさんが愛してやまない酒をご褒美としてご所望なのかと思ったけれど、目の前の黄色い蛮族は何やら背中を縮こませてモジモジしているではないか。

「つまるところニシカ卿、ブルカの市中でもすでにミゲルシャール敗退の噂は広がっているという事ですの?」
「めったな事は街中じゃご法度だ。けれどもオレ様が冒険者時代に出入りしていた酒場を転々と回って情報を集めたところによると、」

 ニシカさんはプハァと酒杯をあおったところで、口先の皮かすをつまみながら言葉を続けた。

「そういう事になるんじゃねえか。少なくとも、勝った勝ったとはじめのうちはお上の発布があったというが、そこから先は何にも情報が流れてこねえ。ついでに冒険者ギルドの近くにある酒場にはよ、出稼ぎに出てきている片田舎の労働者たちのたまり場になっているのよ」

 ニシカさんは流暢にそう語らって見せると、ドカリと酒杯を一枚板のテーブルに叩きつけた。
 そうして身を乗り出すと、全員の顔を見比べながらこう続けるのである。

「出稼ぎ連中の中にはゴルゴライやシャブリンの門前、それからリンドルやセレスタといった場所から臨時雇いの冒険者や傭兵として集まっていた連中もいたんだ。当然連中も、戦争が起きるなんてことは夏の頃に故郷を出立したときは知らねえ」

 そうすると、いざ拠点をブルカに移して任務のひとつでもこなす為に街を離れている間に、政治の季節が到来して戦争が始まっていたという有様だ。
 中には冒険者タグを持ってきてあの街で再登録をした人間もいたそうだが、大半は隊商の護衛としてやってきたり、依頼のための来訪ついでに街でもうひと稼ぎしてから帰郷しようとしていた連中だ。

「だから街で足止めを喰らった連中は、そこで何日も待ちぼうけよ。そうなれば連中は戦争の勝敗を聞こうと躍起になって、繁華の酒場でお互いに情報交換よ。厳しいもんで、辺境の東側だけでなく王国の本土の連中も同じ有様だ。通行足止めは等しく旅をする人間全てに公平ときたもんだ」

 フフンと鼻を鳴らして見せたニシカさんは、ぶどう酒をもう一杯ご所望だ。
 いよいよ酒杯でチビチビやるのが馬鹿らしく感じて来たのか、俺から酒瓶を奪う様に取り上げると、結局ラッパ呑みである。

「うまい! これはブルカで政変が起きた事に起因するんだがな」
「そのブルカの政変について気になるのよ。ニシカさん、カーネルの、カーネルクリーフの最後はどういうものだったのかしら……」

 声を絞り出す様にそう口にした雁木マリを振り返って、しばらく言葉を探していたニシカさんである。

 そうするとチュニックの胸元を引っ張ってみせ、反対の手でごそごそと胸の谷間を探りはじめるではないか。
 豊かで暴力的なナンバーワンおっぱいはそれによって波打つように暴れ、そうして最後に巻物をひとつ引っ張り上げて取り出した。
 ニシカさんは体温で程よく温まった羊皮紙の書簡を俺に差し出して「読んでみろよ」とぶっきらぼうに漏らしたのである。

 いてもたってもいられないという風に、立ち上がった雁木マリや女領主、ツンデレのマリアちゃんも俺の側に集まって来る。
 興味津々なのは大正義奥さんや野牛奥さんも同じ様で、すぐにも俺はおっぱい団子に押しつぶされそうな気分になってしまった。

「待って待って、そんなに引っ付いたら確認できないよ!」
「むむっ、そうであったな。まずは蝋印を確認せねばらなぬ」
「わたしとした事がはしたない真似を、大変ご無礼をしたのですの……おや? 見ない家紋の蝋印ですのね?」

 俺が書簡の蝋蜜を固めた家紋を眺めていると、ちゃんと注意したのにヒョコリとアレクサンドロシアちゃんとツンデレのマリアちゃんが密着してくる。
 ついでに本物のお貴族さま連中である男装の麗人や蛸足美人まで後ろから集まって来るので、またもやおっぱい団子のおしくら饅頭のはじまりである。

 パイ圧を 集めて速し 脈の音

 俺の名は吉田修太、三十三歳。心の俳句である。
 死ぬときはぜひ家族の肌の温もりに癒されて、次の異世界に魂を旅立たせたいと思う吉宗であった。

「あたしも知らない家紋だわね。待って、これと同じものをブルカで何度か見た事があるわ」
「お見せくださいましな。ブルカで見たという事は、あの街で商いをやっていたわたくしが知らないはずがありませんもの」
「商家のものでしょうか、あるいは辺境貴族のもの? 自分は心当たりが……」
「違いますのよ。その様な家紋を持った辺境貴族はおりませんので、これは本土のお貴族さまではありませんの?」

 約一名、大胸筋をこすり付けてくる聖少女がいる事を除けばここはこの世の天国である。
 俺は家紋の事もしばし忘れて、幸せのそのへと旅立ちかけたのであるけれど。
 すぐにも真顔でこちらにジト眼を送って来る視線に気がついて、あわてて咳払いなど誤魔化すポーズを取った。

 タンヌダルクちゃんである。自分がその輪に入り込めないことを悔しそうに思っているのか、真顔の中に嫉妬が見え隠れしていた。
 カサンドラは「むつかしいことはわかりませんけれども、これで何か光明が射すといいですね」などと大正義な発言をしている。よかった怒ってないニッコリだ。
 一方けもみみは指をくわえてこっちを見ている。

「ええい、家紋の事などはどうでもよい! 中身を、中身を早く開かぬかお兄ちゃんっ」

 もはや誰はばかる事なく俺を「お兄ちゃん」と呼び、もはや義息子のギムルですら悲しい顔をするばかりで抗弁する事も無い。
 俺はあわてて蝋印の封を解いて中身を広げて見せると、そこには意外に柔らかな文字で書き連ねたこの土地の文字が整列していた。

 まるで教科書の様な文字は、丸文字を使うという宗教関係者のそれでもなく、暴れた蛇みたいな文字を書く高貴な身の上のでもなく、そのどれとも合致するものではなかった。

     ◆

「国王陛下より騎士号を賜りし将軍タークスワッキンガーより、アレクサンドロシア=ジュメェ準女爵どのに申し上げる。この度のブルカ辺境伯どのが行った暴挙について、俺の不徳の致すところにより未然に防げなかったことをまずもって謝罪するとともに、必ずこの顛末を全て陛下にご注進する事を確約するものである……。この家紋はワッキンガー卿のご実家のものであったか」

 以下は我が王国ブルカ駐留兵団と、騎士修道会、ならびにブルカ辺境伯どのの領軍との間に起きた顛末次第である。
 某日夜半、平常訓練を終えて消灯の刻を過ぎた後に、出現不明なれどマダラパイクを越える巨大な蛇が兵営の練兵場に姿を現した。
 確認不明ではあるが、あれはティタノボアという凶暴な大蛇である事を俺は推測する。

「わ、わたしの眷属であった大蛇だ……」
「ソープ義姉さま、しっかりっ」

 大蛇は練兵場で歩哨中の王国兵を丸呑みし、その後駆け付けた援軍たちをも圧倒する暴れ様であったけれど、俺が直接将兵を率いて数を頼みに討伐する事を試みた。
 ところがその直後に正体不明の狙撃を受けたものである。腕の確かな者が放ったと見えて、急所を外してはいたものの深く体内に刺さり、この瞬間に大蛇に俺は襲われる羽目になった。

「これって、熊耳のデブの仕業だよシューターさん」
「そうですわね、どこかで聞いたやり口な気がしますわ。モンスターを操る使役魔法とか」

 その後俺はその場所から放り出される事になったが、してみると修道騎士を名乗る者たちが営内へとなだれ込んで来たのを、擦れる記憶の中で確認している。
 恐らくその直後に営内で双方別れて斬り結んだものであるから、これは辺境伯どのの手勢が偽装して騎士修道会を名乗ったものと俺は判断する。
 判断の最大の理由は、修道騎士たちが魔法を一切使わなかった事、それからその直後に騎士修道会を辺境伯どのが強襲した事が挙げられる。

 辺境伯どのが騎士修道会の本拠であるブルカ大聖堂を強襲した理由は、総長猊下謀反の咎と市中に発布されたが、あれは手際が良すぎるので言いがかりだ。
 また大蛇に難儀した王国ブルカ兵団の戦士らも、そろって辺境伯どのによって惨殺されたものである。

 現在市中には、辛くも難を逃れた修道騎士や王国騎士らが潜伏しているものと思われるが、それらは卿の配下である冒険者によって、順次市中からの逃走を援助しているものらしい。
 今回は俺もアレクサンドロシア卿ご配下の援助に甘んじ、ヌッギの村までの脱走を支援していただく事にする。

「なるほど、わらわの送り出した冒険者どもは役に立ったか……」
「無駄な施策など何もないという事ですのね」

 カーネルクリーフ卿はこの事を予見していたものか、幾人かの修道騎士を王都に向けて送り出していると聞いた。
 恐らくは王都の修道会派に向けて知らせを送ったものであると考えられる。
 スルーヌ騎士爵夫人どのの調べによれば、現在の騎士修道会総長を名乗る枢機卿猊下はデスザビエル卿であると推測される。
 デスザビエル卿は辺境伯どのと内応し、ブルカの精兵を大聖堂の敷地内に招き入れたものである。
 俺はデスザビエル卿の人となりを知らないが、新しい猊下は辺境伯どのの家宰ツジンどのと昵懇の仲であった事がわかってきた。

「か、カーネルクリーフ。カーネル……うっううっ」
「ガンギマリー酒でも呑んでしっかりしろ。おい、誰かスウィンドかイディオを呼んできておくれ! ハーナディンのヤツでもいいぜっ」

 この政変の目的は、ブルカ辺境伯ミゲルシャールどのの王国に対する独立戦争と俺は結論付ける。
 本土より陛下の騎士たる卿がひとり、政変に先駆けて辺境伯どのが王都中央に莫大な資金をばら撒いたという噂を持って来場した。
 しかるに独立の路線は、すでに王都中央の一部の貴族と結託している節がある。

「この戦争のもたらす風は、やがて王国本土にも吹きすさぶ事になる可能性もある。この報告を確かに国王陛下に上申した後、本土の兵を率い辺境伯どのを討伐する勅許を得る準備に入る。西と東、願わくばアレクサンドロシア卿の兵が、ブルカにそして辺境に春をもたらす事を願ってやまない。その暁には偉大なる功績を遺すであろうアレクサンドロシア卿は、公正明大に言ってサルワタ辺境侯に叙勲される事になるだろう」

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