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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第9章 内政の季節が到来です

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287 サルワタの貴族たち

「ただ今のシーズンは秋の収穫期の後半であり、冬は農民たちが内職をはじめる時期でもある。このまま長く動員令を敷き続けていると、何れ諸侯の領内で労働力が不足して翌年の税収に大きな不安を抱える事になるだろう」

 この様な主張をしたのは、ベストレ領を治めるベストレ男爵だった。
 弱兵で知られるリンドル兵とは違って一定数の常備兵を保有している彼であったが、それでも今回の辺境をふたつにわけた戦争のために農民から戦力を招集させていた。
 ベストレ領は、リンドルのダアヌ夫人派のひとびとが肥沃な土地を買い取ろうと密かに画策していたというだけあって耕作地に恵まれているらしい。

「だからと言って、今ここで諸侯らが動員令を解いてしまえば、いずれまた息を吹き返すであろうブルカ同盟軍に対して後れを取ってしまう事になる。あと一歩、あと一歩の押しでブルカ同盟軍を撃破する事が出来るというのに、ここで手綱を緩めるなどという事を許していいのか、いや駄目だ!」

 逆に好戦的な主張を繰り返しているのは、マタンギの村を治める騎士爵のデルテ卿である。
 彼は動員した全ての戦士といっても十に足らない騎士と数十あまりの兵士がいるばかりで、領内から割いた労働力から言えば微々たるものなのかも知れない。
 かつてはブルカ伯と昵懇な間柄だったデルテ騎士爵にしてみれば、まかり間違って俺たちが負け戦となってしまった場合は処罰を免れる事は出来ない。

「卿は景気の良い事ばかりを口にされるが、このまま動員令を維持したところで翌月にはこの辺りの土地は雪がちらつくと言うではないか。そうなってしまえばブルカ領内へ攻め寄せる事は自殺行為も同然だ。さらに言えば、再編なった兵力を四〇〇〇ばかり動員して、果たして城郭都市たるブルカの街を攻め落とす事が本当に可能だとお思いなのか?」
「貴公の物言いは敗者のそれだ! 今、敵たるブルカ勢は敗戦に次ぐ敗戦で、主だった軍勢はほとんどが四散している有様ではないか。であるならば、一挙確実にブルカ領内に攻め寄せブルカの街を包囲するのがよろしかろう。これほどまでにブルカを追い詰められるまたとない機会に、貴公は何を臆病風に吹かれておるか」
「何を! 軽輩の田舎騎士風情が知った風な口を利くな、戦費の浪費をいったい誰が担っていると思っているのだっ」
「資金の出どころはそこにおられるマリアツンデレジア卿のリンドル領であろう。さも自分の領地に増税をしたかの様な口ぶりは許せん、そろばん勘定ばかりが達者な貴族商人め恥を知れ!」

 この通り今後の作戦方針をどう決定するのかという算段になって、停戦派と進軍派が真っ二つにわかれてしまったのである。

 リンドルで盟主連合軍の結成を高らかに宣言した時には五五〇〇の大軍がいた盟主連合軍である。
 それに加えてこのゴルゴライ戦線には方面軍として、アレクサンドロシアちゃん率いる二五〇〇余の別動隊も存在していた。
 それが今では度重なる会戦の果てに、このゴルゴライに在陣する兵力は四〇〇〇まで数を減らしていた。二方面の軍勢が合流してこの数だから、どれだけの戦士たちが戦線を離脱したのか理解できるだろう。
 まったく半分まで兵力が減退したのだ!

「まあ戦力半減と言っても、実際にはフクランダー寺院に駐留しているドワーフ王(バンダーレンシュタイ)陛下の軍勢や、リンドル守備隊は含まれていないけどね」
「まあ、大変な被害が出ているのですね……」
「ガンギマリーさまの癒しにかかれば、脚のもげた兵士も新しい脚が生えてくるよ」
「けれども義姉さん、傷を癒す事は出来ても体力の疲弊まで吹き飛ばしてくれるわけではありませんよう。屈強なミノタウロスの戦士と言えども連戦続きで堪えています」

 そんな解説を隣に座ったカサンドラとタンヌダルクちゃんにしてやると、イスの並びの背後に立っていたエルパコまで加わってヒソヒソ話になった。
 確かにそうだ。
 騎士修道会の代表として会議のテーブルに加わっている雁木マリをチラリと見れば、難しい顔をして腕組みをしているのがわかる。戦死してしまえばどうにもならないが、負傷兵の傷は武装教団の医療従事者たちがその傷を癒してくれることは可能だ。
 けれどもタンヌダルクちゃんの指摘通り、擦り切れた心の疲労まではどうにかする事は出来ない。

 ポーションによる疲労がポンと飛ぶ効果も、あくまで一時的なものだけだからな。
 中毒ダメ絶対!

「現実問題として、デルテ卿の主張するブルカ領内まで進軍して、街を包囲する作戦方針は愚策だ。半端な兵力で仮にそれを実施した場合、凍傷にかかる兵士たちが次々に出てくるだろうからな。その状態で、冬の晴れた日にブルカ勢が街から討って出た場合、あべこべに包囲軍が蹴散らされる可能性があるから本末転倒だ。またブルカ領全土を平定するほど、今の俺たちには戦力があるわけではない」

 するとテーブルに広げられた地図を見やりながら、立ち上がったオッペンハーゲン男爵のドラコフが私見を述べた。
 モノの本によればナポレオンのロシア遠征も、冬の厳しい気候の中で攻勢に失敗したなんて歴史もある。
 辺境の冬をまだ経験した事がない俺には想像するしかない事だが、冬季に無理な攻勢を続けて疲弊した後に、春を迎えて敗北したのではこれまで勝ち重ねて来たものが全部オジャンになってしまうのだ。

「オコネイル卿とガンギマリー卿はどの様にお考えであるか」

 自らの意見を口にしたところで、ドラコフ男爵は貴族軍人として経験豊富な男色男爵と、同じ様に武装教団を率いる雁木マリに見解を求めた。

「そうねぇ。アタシは攻勢に出る事そのものに、反対するつもりはないわぁ。けれどもこの機会に攻められるのはブルカ領の境界線まで、今のうちにブルカ側に加担した諸侯たちの領地を攻め取ってしまうのが妥当な方策だと思うわァ」
「騎士修道会の立場としては、先の会戦で戦場となったシャブリン修道院周辺については、あくまで冬を迎えるまでに奪取する必要があると考えるわ。もちろんあそこが、あたしたちにとっての宗教的意義のある場所であるという理由もあるけれど、それ以上に両軍にとって前線拠点となりえる場所だから」

 ふむ。俺はふたりの意見を交互に聞いてなるほどと納得した。
 そして立ち上がった雁木マリは、指揮棒を手にして地図を指し示しながら言葉を続ける。

「今は戦力不足で両軍ともに戦線が不明確になっているけれど、雪で辺境が閉ざさされるまでの時間があるうちに、出来る限りブルカ領の境界の(きわ)まで刈り取ってしまうのがいいと思うわ。ブルカ側も冬に戦争を継続する事が出来ないという条件は同じだもの。違うかしら、みなさん?」

 ゴルゴライ戦線で、ブルカ領にほど近い軽輩領主たちは等しくブルカの寄騎として呼集命令に応じていた。
 本来であればマタンギ領のデルテ卿やゴルゴライ領にほど近い幾つかの領主たちも、そうなるはずであったのだ。
 けれども、そこはアレクサンドロシアちゃんの急激な台頭で、どちらに組するのがいいのか高度な政治判断を求められた結果、こちらは盟主連合軍に加わったというわけだ。

「確かにそれならば現状の戦力でも継戦可能だ」
「兵力を超える敵の領地を併呑してしまえば、それだけ戦線が伸びきってしまう事になるものねぇ。秋のうちに攻められるだけ攻めて、冬場は必要最低限の戦力をゴルゴライに張り付けて動員を解除する。妥当な判断だとアタシは思うわァ」

 これにはベストレ男爵も男色男爵も同意するところであるらしい。

 雁木マリが地図で指し示したのは都合七つの村々だった。
 立ち上がった諸侯たちは地図を覗き込む様にして、次々と言葉を漏らす。
 ゴルゴライとブルカとの間に跨るそれらの領地のひとつはシャブリン修道院とその門前の宿場村であるけれど、ちょうどその手前側に三つ、ブルカ側にも三つと領地が散っているのもわかりやすい。

「現状では残敵掃討を兼ねてシャブリン修道院より手前の領地については、難民たちの誘導を行っているところだな。今日、ラメエお嬢さまの向かった強行偵察の進路はどこだったかな?」
「アナホールの村だよシューターさん」

 今朝の出来事を思い出してそんな事を口にした俺に、背後から身を乗り出して地図を示してくれるけもみみである。
 ありがとうと返事をしたところで、アナホールの村とかいう場所に視線を向けた。

「アナホールは以前、あたしとアレクサンドロシア卿とで、開戦劈頭にブルカ辺境伯を釣りだす目的で焼き討ちをした事があった村のひとつだわ。現状でも残敵掃討は殆ど終わっているし、難民の収容も完了しているから、このアナホールとシャブリン修道院領の周辺まではすぐにも併合する事は出来るわね」
「すると、その先にあるブルカ側に味方した諸侯たちの軍勢が問題でありましょうな」

 雁木マリの解説にもある通り、アナホールという村は地図上ですでにバツの字が記されていた。
 シャブリン修道院とゴルゴライの間の平原地帯は、村や集落も含めて度々戦闘の舞台となっている場所だから、穀倉地帯も何もかもが荒れ放題なのが現状だった。
 そうして雁木マリの言葉を受け取って続きを述べたデルテ騎士爵は、まだまだ勲功が足りないとばかり舌なめずりして身を乗り出すのである。

「方々のご意見は出そろったものと思われますぞ。総指揮官マリアツンデレジア卿のご指示をみな待ち望んでおりますッ」

 デルテ卿の言葉で総指揮官マリアツンデレジアに視線が集まった。
 マリアちゃんはこれまで黙って会議の成り行きを見守っていたアレクサンドロシアちゃんと目配せをして、しかる後に口を開いたのである。

「わ、わかりました。本年最後の攻勢はブルカ領境までに至る周辺の軽輩諸侯の領地を攻略するものとし、作戦詳細と攻略に当たる諸隊の指示は、アレクサンドロシア卿ならびに軍監、作戦参謀らと協議した上で通達する事に致しますの!」

     ◆

「それにしても、会議中はようじょの(きみ)の姿をお見かけしませんでしたけれども、どちらにお出かけになっていたのです事?」

 作戦会議が終了してぞろぞろと諸侯たちが自分の幕舎に戻っていく中、その入れ違いに食堂の後方で待機していたカラメルネーゼさんが上座の方に近付いてきた。

「ッヨイハディは先の古代魔法の影響で、寝ておる」
「まあ、お体の調子がすぐれないのですわね」
「いやただの古代魔法で体を酷使したゆえの魔力切れだ。例え聖なる癒しの魔法を使おうが、ポーションとやらを使おうが、ラミア族の治癒を使おうとも魔力だけは自然に任せて回復させる以外に方法はないからな。あれは方っておけば、そのうちにまた騒がしい小娘に戻る事であろう」

 魔法使いも大変なのですわね。などと、カラメルネーゼさんがアゴに手を当ててフンフンやっていた。

 そうなのである。
 大人になって禁呪の古代魔法を使いまくっていたようじょは、体の中から魔力を枯渇してしまってここしばらくは横になっていた。
 顔を出してみれば案外と平気な顔をして元気にしていたものだから、単に横になっているのは本人の言った「じっとしている方が魔力を早く回復できるのです」という理由で間違いないだろう。

「それでアレクサンドロシア卿、誰をブルカ側諸侯の領地攻略に向かわせるおつもりですの?」
「ふむ。先ほどの会議の流れを見ている限り、ベストレ卿や軽輩領主どもはこれ以上の戦力浪費について、かなり気にしている節があるとわらわは見ている」

 腕組みをした女領主はそう言って俺たちを見回した。
 それを合図にして、がらんどうになった食堂の空席にハーレム大家族のみなさんが次々に着席をした。
 カラメルネーゼさんや男装の麗人は、先ほどまでドラコフ卿や男色男爵の座っていた席に腰を落ち着けたし、女魔法使いやクレメンス、モエキーおねえさんたちもそれに従う。

「しかし交戦を主張して止まないデルテ騎士爵の手勢では、これは集落ひとつを攻略するのもままならないだろうの。すでに空き家同然となっている近場の村々は慎重姿勢を見せている諸卿らの軍勢で構わないだろうが、問題はその先の領地だ」

 そんな姿を見やりながらアレクサンドロシアちゃんは言葉を続けた。

「まあそんなところだろうな。ベローチュ、盟主連合軍の中でまともな戦力を保持している部隊はどれぐらいいる?」
「ええと、報告書によりますと。現在、諸卿らの率いる各部隊の中でもっとも被害軽微で戦力を保っている軍勢は、」

 ベローチュが報告書を読み上げている途中で、苦虫を噛み潰した様な顔をしたギムルが声を上げる。

「……恐らく俺の軍勢だ。作戦中は足手まといにならない様に、出来る限り指示あるまで待機していたからな」
「面目次第もございません義姉上」

 ギムルとエクセルパーク卿はそろって神妙な顔でうなだれた。

「はい。クワズ騎士爵エクセルパーク卿の領軍と、サルワタ騎士爵ギムル卿の領軍という事になります、ご主人さま」
「その方らの兵士たちは、わらわの総攻撃命令に参加しただけだったから、言われてみれば確かにその通りだの」
「逆に最も被害の大きかった部隊は、リンドル領軍とベストレ領軍になります。特にベストレ領軍は戦線崩壊で孤立したマリアツンデレジア奥さまをお守りするために、無理な救援部隊を再三送り続けたので、損耗率は半分近くという有様ですね。その他、オコネイルさまの妖精剣士隊とドラコフ卿の機動歩兵が続きます」

 男装の麗人が書類を読み上げると、俺は納得した。
 女領主の義息子ギムルと義弟エクセルパークは、どちらも戦場経験が乏しい事を危惧していた。
 決定的局面以外では戦線投入がなされなかったらしいね。
 逆に有力諸侯たちの軍勢は、戦力と経験値が期待できるので戦局の各所で投入されてボロボロの有様だ。
 リンドル兵なんてのは弱兵もいいところで、ただそこにいるだけでいつの間にか敗走しているという有様だったからね……

「そういう事であればギムルとエクセルパークの軍勢は攻勢部隊の一翼を担ってもらう必要があるの。私情を挟んで身内の戦力を出し惜しみしたと思われては、わらわの立つ瀬がない。それから戦力に余裕がある騎士修道会と、野牛の兵どもにもこれに加わってもらう」
「となればわれらサルワタ貴族のみでの攻略作戦という事になりますね、義姉上」
「止む終えぬ。連合軍の諸侯らに厭戦気分が広がっている以上は、出血を辞さぬ覚悟で前線に戦士どもを送り出さねばならぬだろう」

 女領主の決断にエクセル卿はうなずいてみせ、ギムルや雁木マリたちもそれに続いた。

「義母うぇい……ごほん、アレクサンドロシアさまのご指示に従います」
「シャブリン修道院はあたしたち騎士修道会の宗教施設でもあるのだから、前線に赴くのは当然の事だわ」
「しかしご主人さま。修道院よりも手前の占領接収作戦については、諸侯のみなさんにご協力をいただかなければなりませんね」

 そのあたりは多少戦力に余力のある男色男爵とドラコフ男爵に要相談だね。

「ッヨイハディが寝所より出てきた後に、作戦の詳細を詰める事とする。その方らは定期の強行偵察任務を除いてそれまでは十分に体力を温存しておくように」
「わたしの預かっている領兵があまりにも弱兵で、ご迷惑をおかけいたしますの――」

 話し合いの打ち切りを合図したアレクサンドロシアちゃんの言葉に続いて、ツンデレのマリアちゃんが謝罪を口に仕掛けたところ。
 領主館の食堂に元気よく開け放たれた扉の音が響いたのである。

「オホオ領主ラメエ騎士爵、ただいま斥候任務より帰還したわ! それと思いがけない拾いものをしたのよねっ」

 一斉に声のした扉の方向を見やれば、騎士のジイさんを従えた毛の生えた少女のシルエットが飛び込んで来た。
 コツコツと軍靴の底を鳴らしながら入場して来たかと思うと、くるりと振り返ってオレンジ色の髪を翻して言葉を続ける。

「何をしているんですか、さあ早く中に入ってください蛮族の義姉さまっ」
「蛮族じゃねえ! 家族の躾はカサンドラの担当だろ? しっかりやってくれないと教育がなってねえっ」

 黄色いお肌に黄色い長耳は見覚えがあるものだ。
 けれど普段とは違って、チュニックでオシャレに着飾った姿に一瞬俺たち家族は戸惑ってしまった。

「ニシカさん、ニシカさんじゃないですか?!」
「いよぉ相棒、遅くなっちまったがオレ様がとっておきの最新情報を持ち帰って来た。そいつの報酬はハチミツ酒でいいぜっ」

 鱗裂きのニシカさんが腰に手を当ててぶるんと暴力的な爆乳揺らして、そんな事を口にしたのである。
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