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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第8章 ゴルゴライ戦線

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閑話 辺境でいちばん長い日 後


 千載一遇のチャンスとはこの事だ。
 葦原の高く萌える茂みの中には全裸になってもなお威風堂々と胡坐をかいて、剣を杖代わりにふてぶてしく身構えているひとりの男がいた。

 オレンジ色の髪色はわたしと同じで、けれどもハゲあがった額が特徴的だった。
 そよぐ風になびくそのオレンジの長髪は、まるで落ちのびた貴族そのものの様に哀れなはずだったのに、まるでその事を気にしていない様にソープ義姉さまを見上げてじっとしている。
 全裸卿の引き締まった体に比べるといくらか贅を尽くしたお肉を身に纏っていたけれど、それ以上に厚い胸板と太い腕は、暴力の権化なんじゃないかとわたしは唾をのみ込むほどだった。

「難儀をしてな。サルワタの売女が突如として王国を裏切るという暴挙に出たものだから、辺境は右に左に大騒ぎだ。戦場でケリをつけてやろうと俺は兵を引き連れてやって来たが、下手を打った。全裸を貴ぶ部族とかいうのに、まさかの完敗よ。あやうく首を斬り落とされるところだったが、俺はどこまでも運がいい男だぜ。こうして生きている。生きて、愛しいクリスティーソープランジェリーナに再会した」
「…………」
「もう一度聞こうクリスティーよ、息災か。ん?」

 その全裸のブルカ伯の側には、眼に見えるだけで十数人の重装騎士たちが息を殺して周囲を包囲するサルワタ兵士たちに身構えていた。
 きっと全裸卿シューターさまから逃げのびる際に、この重装騎士たちが盾になり守りになって丸裸のブルカ伯を救出したんだろう。

「息災なわけ、ない。三〇年前のあの日、わたしはあなたと約束をしたはずだ。何れ事を成した暁にはこのわたしを迎えに来てくれると。それなのにどうだ、三〇年だ! 今日この日まであなたは何か便りのひとつでも寄越したことがあったか? 来た者はラミアの財宝を欲せんとする愚弄の輩だ。何か言い逃れがする事があればわたしも聞こう、それぐらいの慈悲はある」
「……そうか息災か」
「ひとの話を聞いているのか?!」

 してみると、わたしたちがここで残党狩りをしている時に出くわしたのは、ここで身を潜めてやり過ごそうとしていたブルカ伯を逃がすための囮役の騎士たちだったに違いない。
 自分がどこまでも逃げのびて、ブルカの街に帰還するためにその犠牲はいとわない。

 けれどもそんなひとをひととも思わない保身の術が回り回ってこの日、あたしと同じオレンジの髪を持つ男に女神様の罰として鉄槌が下されるのよ。
 自然と、同じ髪色を持つこの男に嫌悪感が浮かんだ。
 わたしとこの男は髪色は同じでも、こんな外道の行いはしないのだと。

「聞いているぜ。便りがないのは無事の知らせだと言うではないか、それにこれだけの年月を経ても、お前ぇは美しく変わりない見惚れる顔を相変わらずしているぜ」
「い、今さらその様な歯の浮いた言葉が出てくるものだな」
「俺がお前ぇを迎えに寄越さなかったのは、何れ成すべき事を未だ成せていなかったから、ただそれだけだぜ? 約束はしたはずだ、国王陛下に成り代わり辺境をひとつにまとめる。しかる後、妻としてお前を娶りこの土地を夫婦手に取り幸せに暮らそうとな」

 そんな、聞いていても浮ついた方便を口にしたオレンジ髪のハゲ男が、最後になって大きく哄笑をした。
 不快に感じたのは、まるでわたしの知る男たちとは何れも違う反応だったからかもしれない。
 その不快さは、伝播した。
 わたしだけでなく、周囲で控えていたサルワタの戦士たちも一様に厳しい表情をして剣を構えていたし、ソープ義姉さまの表情も氷の様に固いものになっていた。

「それがあなたの言い訳か。ミゲルよ」
「もう俺の事は愛しいひととは呼んでくれないのかクリスティーよ、クリスティーソープランジェリーナよ。俺は今でもお前ぇを愛しているぜ?」
「くっ、わたしにはあなたが、いったい何を考えているのかわからない!」

 凍り付いた表情に柳眉を寄せて深いしわを刻んだソープ義姉さま。
 その独特の形をしたグレイブという槍を振りつけて、すっとオレンジ髪のハゲ男に添えるのだ。
 いいざまよ。言い訳も尽きてなお堂々とした態度が気に入らないけれど、これで首を刎ねてやればソープ義姉さまの気持ちも晴れるというものだわ。女の敵め!

「ソープ奥さま、こんなオレンジハゲの言葉に耳を傾けちゃいけねぇ! 奥さまには今や立派な旦那さまがいるんだから、何ひとつ恥じる事もねぇし、待たせた男に自慢のひとつでもしてやりゃぁいいんだ!」
「そうだそうだまったくだ。女を待たせるという事の罪をまったくわかっちゃいないよこの男は。そのくせ妻を三〇人も垂らし込んだ悪党だからねっ!」

 サルワタ傭兵たちは周囲からソープ義姉さまを後押しする様に囃し立てた。
 グレイブを突き付けたソープ義姉さまは、まるで最後の審判をする様に顔色ひとつ変えずに問いを口にする。

「なるほどあなたには妻が三〇といるそうだな。それをどう言い訳をする?」

 今もって余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な表情な表情のまま、ブルカ伯はグレイブの刃先をつまんで言葉を紡ぎ出す。

「妻を多く娶るのは貴族たる男の嗜みだ。子々孫々まで代を重ねるための施策に過ぎんだろうぜ」
「ならわたしもその子種を授かるための施策の一旦だったのだな。がっかりだ」
「それは違うぜ、俺は正妻を持たない人間だからな。その席は常にクリスティーのために空け続けていた、調べたらわかる事だぜ? 何といっても俺は約束を守る男だからな。辺境を平らげた後には、お前ぇが辺境王となった俺の妻、すなわち女王クリスティーというわけだ。がっはっは!」

 場違いに笑い出したオレンジ髪のハゲ男に、ふたたびサルワタ戦士たちは騒然となった。
 ぬけぬけとこの男、辺境を平らげた暁にはと口にしたのだ。
 それはつまり国王陛下に逆心するという言葉そのものじゃないの。アレクサンドロシア準女爵さまをその裏切りの悪党と名指ししたその口で、自分は辺境を平らげると言ってのけたのだ。

「ソープ義姉さま、こんな舌の根も乾かぬうちに右から左と大ボラを並べる男を信じてはいけないわっ。わたしたちには全裸卿が、シューターさまがいる」

 わたしは叫んだ。
 確かに冷酷な表情をしていたと思ったソープ義姉さまは、そうではなく血の気が失せて黙り込んでいたのだとわかったからだ。

「シューター、だと? あのサルワタ売女の情夫の事かッ」

 グレイブを手にしたソープ義姉さまのその腕が、わずかに震えている事をわたしとじいは見逃さなかった。
 躊躇しているのかもしれない。カサンドラ義姉さまが仰ったように、やっぱりここで情に流されるかもしれない。
 それじゃあソープ義姉さまの心に残った傷は晴らされないのだ。だからもうひと押し、強くわたしたちが声をかけて引き止めなくては!

「さあ、斬り殺しましょう。斬り殺して旦那さまの許へ帰りましょうね?!」
「……さようならだ、かつてわたしの愛した、愛しい、あなた」

 ぐっとグレイブに力を入れたのだろう、オレンジ髪のハゲ男の頬に白刃の先が食い込み血が濡れた。
 わたしは息を飲んで、その後に起こるだろうブルカ騎士たちの最後の抵抗に備えて馬上から剣の鞘に手をかけたのだけれども、

「今だ、やれっ!」

 どこからその声が聞こえたのだろう。
 突如として怒号が葦原の周囲にこだまして、魔法が発動する時に生まれる魔力のひずみの様なものを肌に感じた。
 そうして次々に葦原の中からファイアボールが飛び出したかと思うと、サルワタの傭兵やオホオの村から連れて来た騎士たちを襲うのだ。
 と同時に、あわてふためいて剣を引き抜いたわたしにめがけても、重装のブルカ騎士たちが最後の抵抗とばかり竜巻の様に剣を引き上げて襲いかかって来たのを目撃した。

 数条の火炎魔法は馬上の騎兵たちを叩き落し、わたしも棹立ちにした馬の足を着られて落馬した。
 わたしの細腕では重装のブルカ騎士が襲いかかる剣を弾き上げる事は出来ない。
 まさかの油断だと後悔の念をその身に感じながら、叩きつけられる様な白刃の一撃を長剣の腹でどうにか守り抜いたところで、じいが体当たりをしてブルカ騎士を弾き飛ばしてくれた。

 義姉さまは、ソープ義姉さまはどうなってしまったの?!

 激しく入り乱れる魔法と土煙、それに白刃のきらめきに眼を奪われそうになりながらその先に見たものは、グレイブの柄を弾き上げられたソープ義姉さまにめがけて、オレンジ髪のハゲ男が剣を刺し込もうとしていたのが見て取れた。

「さよならだな、愛しいクリスティーソプランジェリーナ」

 信じられないものを見た様に、ソープ義姉さまの顔は悲しみに暮れていた。
 そうして何かを諦めた様にグレイブを手放し、そのまま白刃を受け入れる様に無抵抗に背をのけ反らせてブルカ伯と抱き合ったように見えたのだけれども。

「……爺さん、そういうのは俺を抜きにやってもらっては困るぜ。何しろ大切な家族を独りでも欠いたら、俺が正妻に怒られてしまいますからねえ。オレンジハゲさんよ」
「手前ぇ、どうしてここに?!」

 間に合った。
 わたしの、わたしたちの旦那さまが間に合ったのよ!
シューターさん間に合いました!
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