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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第8章 ゴルゴライ戦線

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閑話 辺境でいちばん長い日 中


 わたしはカサンドラ義姉さまのご命令で、戦働きを示すチャンスを与えられた。
 自らの存在価値を示すために武功に焦っているところのあるクリスティーソープランジェリーナさまを補佐して、捜索隊に参加する事である。
 ソープ義姉さまもわたしも、共に家族の中では新参という立場なので、ソープ義姉さまの焦りについてはわたしだって理解できるもの。

 それに、彼女はわたしよりも遥か長い年月を生きた大人のレディだ。
 してみるとわたしに数倍する人生の中で、ブルカ辺境伯ミゲルシャールさまと恋仲であった時期すらもあると聞いて、この決戦場に賭ける思い入れは、わたし以上に大きい事が想像できるのだ。

「逃げたブルカ同盟軍の兵士は、河岸に向かったと聞いている。わたしはこの通りラミア族の末であるから、軍馬に跨って諸卿らとともに戦場を駆ける事は叶わない。また戦場経験があまり無い事で諸卿らにご不便をおかけする事もあるかもしれない。けれども、」

 わたしやじい、それにオホオ勢の戦士たちをまず見定めた後に、サルワタ傭兵隊のみんなにも顔を向けながら、ソープ義姉さまは言葉を続けた。

「腐ってもわたしはラミア族の末であるから、瞬発の早駆けであるならば、軍馬に倍する速さで追う事も出来るだろう。また並の騎士に後れを取るつもりはない。さすがに辺境不敗と謳われた我らが夫君たるシューターさまには勝てないだろうがな」

 そう言って顔を綻ばせたところで、サルワタ領邦の戦士たちは笑い声を漏らした。
 こうして見ている限り、わたしにはソープ義姉さまが冷静ではないという状況なのわからなくなってしまった。
 けれども家族の内向き一切を取り仕切っているカサンドラ義姉さまの観察眼に狂いなどがあるはずもなく、わたしは即座にじいに目配せをして、この状況を見守る事にした。

「ラメエ卿、捜索の手を広げる差配はあなたに一任しようと思う。しかる後に敵の所在が判明した暁には、その包囲を狭める際にわたしが加わるのがいいだろう。先ほども言った通り、わたしはスタミナに欠けるところがあるからな」
「了解しましたソープ義姉さま。お前たち、いいわね? わたしはこの通りの新参ではあるけれど、全裸卿の妻として武勲を得なければ旦那さまの立派な奥さんになる事が出来ないの。協力してくださるかしら?」

 ソープ義姉さまの言葉を受けてわたしがみんなの顔を見回した時、傷だらけの怖い顔をした傭兵のひとたちや、オホオの村から従ってこの戦場に駆けつけた兵士たちは、そろって破顔してくれたのだ。

「年端もいかない小さなレディにそう言われちゃ、俺たちも大人の男として協力しないわけにもいきませんや」
「あたしは女だよ一緒にしないでおくれよ! まあ、恋する乙女のラメエ奥さまのためにも、一肌脱ぐのが全裸卿の部下ってものだわねっ」
「お嬢さま、お嬢さまも恋する少女になられたのですなあ……じゅる、ぐすん……」

 方々から多種多様な反応をされて、わたしは戸惑った。
 結婚も出来る成人した大人のレディなのに、少女扱いをされた様な気分になって、ついつい声を荒げてしまう。

「わっわたしはスルーヌ騎士爵シューターの婚約者よ! 少女扱いする事は許さないわっ」
「はいはい大人のレディ、大人のレディ。わかってますやい」
「そうねえ、あたしもその年齢の頃は恋に憧れたものだわ。その年齢で殿方と結婚できるのはうれしい限りだわ」
「お嬢さま、お嬢さまが知らない男に奪われてしまうなんて、ずびびっ……」
「…………」

 何を言ってもこの調子でわたしの言葉は相手にされない。
 呆れ半分、悔しさ半分で戦士たち一同を睨み付けてやったら、ますますニタリ顔をしてわたしを見返してくるのだった。

「まあいいわ。わたしが一人前のレディであり騎士であり、全裸卿の妻として立派に勤めが出来る事を証明して見せるわ」
「そうなさいませお嬢さま」

 じいに嗜められた事もあって、わたしはようやく自分の本分を思い起こした。
 ここでわたしまで躍起になってしまっては、ソープ義姉さまの抑えとしてカサンドラ義姉さまがお命じになった任務を忘れてしまう事になるのだ。

「いいみんな? わたしたちはソープ義姉さまの手足となって、必ず壊走するブルカ同盟軍の残党を始末するのよ。一兵士たりとも見逃さない腹積もりで、心してかかりなさい!」
「「「応ッ!!」」」

 あらん限りの大喝を張り上げると、いかつい顔の戦士どももそれに応えて拳を突き上げてくれた。

「ラメエ卿。わたしたちは新参の妻だ。さすれば夫の大事は正妻たるカサンドラ義姉さんに任せて、妻の末席にあるわたしと貴卿、揃って夫の手足となって武勲に励もうではないか」
「わ、わかりました。義姉さまにご助力いたします」
「ともに、だ。ん?」
「はいっ!」

     ◆

 ソープ義姉さまに率いられた軍勢は、全裸卿の指揮下を離れて一路リンドル川周辺の捜索を開始した。
 率いられている軍勢はオホオ村からわたしが連れて来た少数の騎士たちと、その他に農民からなる領兵の分隊、それに傭兵隊だった。

 騎士たちは当然ながら自分の馬を持っていたし、一部の傭兵たちも騎兵化していたので、ソープ義姉さまと相談の上、これをわたしたちの捜索の手として、向かう先々に走らせている。
 残りの歩兵たちはソープ義姉さまが直卒して、捜索隊の騎兵からもたらされた情報に従って、残党兵狩りを行う事を取り決めた。

 わたしは騎士爵の称号を持つ貴族の末席だ。
 領主たる村長であるならば、いざ戦争となれば先陣を切って剣を振り抜けるのが役割であるけれど、残念ながら成人を迎えた大人と言っても、まだ体のつくりは同じ騎士のニシカさまや、エルパコ義姉さまほど出来上がってないことも理解している。

 ぼうぼうに萌えた河岸の葦原(あしはら)を捜索する事は大変だった。
 その葦の中に分け入って残党兵を探し出すのである。追い詰められた敗残のブルカ兵はそれこそ命懸けね。
 ここで死ぬのはまっぴらご免と、死力を尽くしてくるのに違いないのだから。

 けれども、ぼうぼうに生えた葦原を前に、わたしはたまらず全裸卿のお股のまわりを想像して、不謹慎にも顔を赤らめてしまった。
 い、いけないわ。まだわたしは妻ではないのだから。本当の意味で妻になるためには、ここで結果を出さなくちゃ……

「無理をせず、数を頼みに残党兵を狩るわよ。わたしも決して無理に武功を立てようとは思わないから、そこのところ注意なさいよね」
「わかってまさぁ。けども、嫁入り土産に騎士の首級ひとつでも進呈するのがいいんじゃないですかい? 何なら俺たちで囲んでボコったところを、ラメエお嬢さまが首を刈り取ってしまえばいいんですよ。そうすりゃ手柄はラメエ夫人のものになる」

 どうですかいい提案でしょう。と、ゴブリンの傭兵が得意げになって言うけれど、わたしは即座に拒否をする。

「そんなズルをしても、カサンドラ義姉さまにお叱りを受けてしまうわよ」
「カサンドラ奥さまは大正義だからな。全裸卿の旦那も常々言っておられる」

 そんな馬鹿げた会話を挟みながらも、四散したブルカの敗残兵を見つけては仕留めていく。
 降伏を申し出る者はまだいいわ。ソープ義姉さまは戦場経験がまるでおありに無いと言っていたけれど、全裸卿とお揃いのミノタウロスの甲冑を着こんだソープ義姉さまは、まさに異形の騎士そのものだった。
 不思議な形をした槍を手にしたソープ義姉さまが逃げる敗残兵を攻め立てると、彼らは武器を放り出して這う這うの体で木々の茂みの中に逃げ込んだり、その場で平伏して服従を誓ったのだから。

 戦っても強かった。
 数名の兵士を従えて組織的に逃走を図ろうとしていた騎士は、はじめ河岸の集落側にあった舟で、川から離岸して逃げようとしていたらしい。
 けれどもご本人の言うとおりに瞬発のある早駆けで回り込んだソープ義姉さまは、その不思議な形の槍を使って、馬上から抵抗を試みたブルカ騎士と一騎打ちをしたのだ。
 はじめの一撃で黄色のマントをズタズタに切り裂き、次のひと振りでブルカ騎士の首はあわれに胴体から切り離された。

「すげえなソープ奥さまは。蛇足の猿人間だから、もっと絡みつく様に戦うのかと思ったら、毒牙で一撃にかけるような鋭さだ」
「あの変テコな槍の名前は、薙刀(グレイブ)というのだったかな? すげえな。斬るのに特化した槍だ」

 口々に感想を漏らす部下たちに、わたしも内心で同感した。
 家族として認められるために勇み足になっているとは言っても、あれだけ武芸が出来るのならば安心じゃないかしら。
 そんな風に改めて思いながら、ソープ義姉さまから少し離れたところでじいにひと声をかける。

「この調子ならカサンドラ義姉さまのご配慮も、何事も無かったと後になって笑えそうな気がするわね」
「確かに。あれだけの武芸があるのであれば、辺境不敗と謳われるシューターさまの良き妻と言えるでしょう。しかしやはり焦りがある」
「焦り?」

 ソープ義姉さまは、部下たちがグレイブと呼んでいた不思議な槍を血振りして、散発的に出会う敗残兵を容赦なく斬り殺していった。
 言われてみれば、何かを振りきるためにそうしている様に、降伏の意思さえ敗残兵に与えないほど軽やかに、グレイブを振り抜くのだ。
 容赦がない言えば確かにそれまでだけれども、敵を探し求めて、捜索隊の情報が届いた場所に焦れる様に向かっている。

 わたしが戦士たちを率いて包囲網を形成している時も、無理を推してか早駆けを度々やっていた。
 半刻あまりを河岸沿いに捜査しているけれど、まだ有力なまとまったブルカ兵とは遭遇していないのだ。

「このわたくしめが愚考しますに、我らが追っているのはブルカ辺境伯そのひとでございます。全裸卿シューターさまとブルカ伯さまは、先ほどの会戦で剣を交え肉薄したそうですな。しかるに辺境不敗の全裸卿は、そのご実力から推察すれば、あと一歩息の根を止める寸前まで追いつめた事でしょう」
「けれども逃げられたと。そうすると、全裸最強というのも盛った話なのかもしれないわね。シューターさまも辺境不敗などではないのかしら」
「問題はそこではありませんぞ」

 将来の夫に疑いを持つなど、カサンドラ義姉さまに知られたら折檻されるかもしれないわ。
 わたしはそんな事を苦笑しながらじいに冗談めかせしていったところ、しわくちゃの顔にとても真面目な表情を浮かべて反論されてしまった。
 何よ、シューターさまが全裸最強なのはみんな知っている事だもの。
 こんな冗談が言えるのも、勝ち戦で余裕があるからに決まっているじゃない。
 騎士のニシカ義姉さまと、ワイバーンやバジリスクを討伐した様な不死身の全裸なんでしょ? わかってるわよ!

「そうではありません。自らの手でソープ奥さまが過去の清算をするために躍起になるお気持ちはわかります。しかしながらこの焦りは、残虐さは、果たしてブルカ伯さまに本当に向ける事が出来るのか、このやつがれめには甚だしく疑問を感じるのです」
「…………」
「ここでブルカ伯さまを仕留めなければ、次にこれと同じ機会を得られるのはいつになるのか。その焦りは盟主連合軍全体の問題ではありますが、本当にソープ奥さまが、ブルカ伯の首を刎ねる事が出来るのか」

 軍馬をなだめながらじいが口にする言葉を反芻した。
 そう言われてみれば苛立ちにも執れる態度で、葦の茂みの中に分け入るソープ義姉さまは、執拗に周囲を見回しながら敵を探していた。
 葦原は深く萌え茂り、それこそどこにブルカ伯の敗残兵が潜んでいるのか知れない。
 時間を費やしながら、重苦し空気を纏ってわたしたちがしばらく敵を探している間も、心の中にそのじいの言葉が残った。

 ソープ義姉さまが首を斬れないとわかれば、その代役はわたしが果たさなければならない。
 そのためのわたしだ。そのためにカサンドラ義姉さまが、ソープ義姉さまにわたしを付けたのだと理解した。
 もしも不測の事態が起きた時は、わたしがしなければならない。ソープ義姉さまに代わって……

 そうして重苦しい空気を断ち切る様にグレイブと呼ばれた不思議な槍を振りつけたソープ義姉さまが、その動きを止めて一点を凝視しているのが視界の端に映る。

「クリスティーソープランジェリーナか。久しい、久しいではないか。息災か!」
「……み、ミゲル。見間違えるはずもない、三〇年ぶりの姿だ。どれほどあなたがわたしのダンジョンを訪れるその日を夢見、待ち望んだことか」
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