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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第8章 ゴルゴライ戦線

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閑話 辺境でいちばん長い日 前

オホオでラメエなお嬢さま視点です!

 戦争の途中で寝返った貴族がやるべき事はひとつだけ。
 自分が絶対に裏切らない存在である事を、その恭順の姿勢を主君に見せる事が何よりも大切だ。
 わたしの場合その主君とは全裸卿シューターさまであり、将来の夫であるのだから、自分が役に立つ女であることを絶対に見せなければならないのだ。

「旦那さまの良き妻である心得をラメエちゃんにお伝えしておきますね」
「はい、カサンドラ義姉さま」

 だからブリガンダイン鎧を身に纏って戦支度を整えながら、自慢のオレンジ髪をカサンドラ義姉さまに結い上げてもらっている途中、絶対に義姉さまの言葉を聞き逃すまいとわたしは心に誓っていた。
 アレクサンドロシア準女爵の率いるゴルゴライ方面軍と合流し、いよいよブルカ同盟軍との決戦を控えた夜の事だった。

「シューターさんはわたしたち妻に、わけへだて無く接して下さる優しい旦那さまです。けれども妻たるものはそれに甘えてはいけません」
「え、ええ……」
「ですので、これからわたしの言う事をよく覚えておいてくださいね」
「わかりました」

 櫛で髪を梳かれながらわたしは緊張する。
 生まれた時から本物の令嬢として過ごして来たかの様な、カサンドラ義姉さまの威厳を背中にひしひしと感じながら息を飲む。
 田舎領主の娘だったわたしには無いオーラだった。

「家族の心は常にひとつでなければなりません。今は戦時下ですから、何が起こるかわかりませんし、そうなった時に家族のみんなで頑張って乗り切らないといけませんからね」
「…………」
「ですから、いつでも何かあった時は頼ってくださっていいですよ、ラメエちゃん?」
「えっ」

 裏切りは絶対に許さない、カサンドラ義姉さまに絶対の忠誠を誓えと言われるものかとわたしは身構えていたけれども。
 驚いて振り返ってわたしにニッコリと本物の貴婦人だけが出来る微笑を浮かべたカサンドラ義姉さんを見た時、わたしはたまらずドキリとしてしまい、上ずり声が口を突いて出た。

「これからは、旦那さまとラメエちゃんは家族ですからね。それにシューターさんだけでなく、わたしもダルクちゃんも他の妻たちも同じですよ。だから何事も相談してくださればいいですし、わたしの相談にも乗ってくださいね」
「は、はい。カサンドラ義姉さまでもお悩みになられる事があったのですか……?」
「わたし、ですか?」

 振り返ったわたしの投げかけに、カサンドラ義姉さまは手を止めて首を傾げた。
 その仕草がとても貴婦人然としていて、きっと貴族の教育を子供の頃から徹底して教えられたに違いないとわたしは確信した。

「そうですねえ、そのう。恥ずかしい話なんですけれども……」

 カサンドラ義姉さまは頬を少しだけ朱に染めると、おずおずと言葉を続けるのだった。

「あのう。わたしはもともと貧しい猟師の一人娘だったので、お貴族さまの作法も何もしらない有様でした。それに、シューターさんとの結婚が決まった時も、小さな猟師小屋での新婚生活で。しばらくは大変なんだなあと思っていたものです」
「……はあ、なるほど」

 きっと貧しい領主(・・)の子女の生まれという事を、カサンドラ義姉さまは謙遜しておられるのだろう。
 領主小屋(・・・・)などと言っても、オホオ村の領主館などと比べればきっと立派なお屋敷に違いないのだ。

「だからですね。旦那さまに次々と新しい妻が出来た事、本当はすごく嫌だったんですよ」
「まあ、そうなんですか?」
「そりゃそうですよ。新婚夫婦で一年もしないどころか、数か月もしないうちにダルクちゃんと結婚でしょう。もう少しわたしは夫婦ふたりの新婚生活を出来ると思っていたのです」
「な、なるほど……」
「けれども、わたしはもう納得する事にしました。シューターさんはとても立派な旦那さまなのだから、何れ多くの妻を迎え入れられる方だったのは間違いありません。それが少し早いか遅いかの差に過ぎなかったのです」

 わたしは「はあ」と曖昧な返事をした。
 田舎貴族のわたしからすれば考えられない様なお話しだけれども、サルワタ領邦という場所には湖畔に立派なお城がある大領地だと聞いているから、その領地の騎士さまと言えば、嫁の貰い手も引く手あまたに違いない。

「だから今の悩みはそうですねえ。早く戦争が終わって、平和な時間が過ごせるようにならないかと思っている事でしょうか。今となっては平凡な猟師の娘だった頃、平凡な猟師の妻だった頃が懐かしいです」
領主(・・)の妻というだけでも、大変だと思うのですけれど……」
「そんな事はありませんよ。狩りをして、畑を耕して、家族と一緒に森や平原を見回る毎日です」

 やっぱりカサンドラ義姉さまはとても立派な方だ。
 貴族の嗜みである狩猟に余念が無いのだ。さすがに領民に混じって畑を耕すなんて事はないだろうから、お城の中庭で家庭菜園をやっているのかもしれない。
 そして領内の視察には、きっと全裸卿とともに出かけられていたのだろう。
 嗚呼、わたしもカサンドラ義姉さまのお育てになったお野菜の煮込みスープを食べてみたいわ。お母さまの事を何となく思い出してしまうのはなぜかしら。

 けれど、そう考えれば全裸卿はとても幸せ者ね。
 何しろ奴隷身分から一代で成り上がってご領主さまになり、そうしてこんなに立派な貴婦人の完成系の様なカサンドラ義姉さまを正妻に迎え入れる事が出来たのだから。

「はい。出来上がりましたよラメエちゃん」

 束ねられたオレンジ髪の房は、まるで馬の尻尾の様に仕上がった。
 立ち上がると高く結ばれたそれがふりふりと揺れて、自分が一人前の女騎士になった様な気分になったのだ。

「とってもかわいらしい騎士さまに仕上がりましたね」
「ありがとうございます!」
「そうだ、もうひとつこういう時につかう家族の言葉があるのを思い出しました」
「?」
「お礼を言う時はこういう風に言うのですよ。ありがとうございます、ありがとうございます」

 ニッコリと微笑したカサンドラ義姉さまが、ありがとうの言葉をふたつ重ねてそう言った。

「これはシューターさんのご先祖さま、全裸を貴ぶ部族に伝わる感謝の言葉なのですよ。わたしたちも全裸を貴ぶ部族の戦士に嫁いだ妻として、この言葉を大切に伝えていきましょうね」
「あ、ありがとうございます。ありがとうございます」
「よくできました」

 とても立派な貴婦人然としたカサンドラ義姉さまだけれども、義姉さまは時々、不思議な事を口にするなあと思った。
 やっぱり大貴族さまのご令嬢出身ともなると、そういうところがあるのかしら?

     ◆

 戦装束を身に着けて合戦場に出るのはこれで何度目だろうか。
 朝霧の中に包まれた味方の軍勢たちに囲まれて、わたしはそんな事を思い返した。

 はじめばブルカ同盟軍の一員として本領オホオの村を守るために盟主連合軍と戦った。
 それから降伏して後は本領安堵を条件に、今度はブルカ同盟軍を相手に全裸卿の率いるシューター隊の先鋒として戦働きを示さなければならなかった。
 今度は妻として受け入れられるべく、家族に認められるために今この霧の戦場にいる。

 全裸卿はあまりわたしとの結婚に前向きでない事が、わたしとしては正直癪に障る事だけれども、カサンドラ義姉さまはもちろんそのつもりだし、エルパコ義姉さまからは「シューターさんはエッチだから、この戦争が終わったら寝所に誘われる覚悟をしておくといいよ」なんて先の事を仰っておられたわ。
 エルパコ義姉さまは騎士さまだからざっくばらんとした性格だけれども、あたしはその事を聞いて覚悟しなくちゃと思った。

 立派な一人前の成人女性なのだから、結婚すれば旦那さまの夜のお相手をするのは当然ね。
 けれども、辺境不敗の全裸最強と言われている旦那さまの妻になるのだから、戦働きのひとつでも示しておかなければ、家族のみなさんに示しがつかないし、田舎貴族の娘はこれだからと、盟主連合軍の諸卿たちに侮られるかも知れない。
 その事はじいも常々「今が踏ん張りどころですぞお嬢さま」などと口を酸っぱくして繰り言を続けていたので、わたしはそのつもりになっていた。

「けれどもじい。戦働きというけれど、わたしは全裸卿の様に剣術に優れた人間というわけでもないわ」
「お嬢さま、何も戦働きとは武威だけをもって示すものではありませんぞ。このやつがれめが愚考いたしますところ、全裸卿の手先となっていかに痒い所に手が届く駒運びをするかというのが肝要でございます」
「じいの言う事はむつかしくてわからないわね」

 しわくちゃの顔にニコニコ笑みを浮かべたじいに、わたしはしかめっ面を返してそう返事をした。
 けれども霧の中をいく度敵と交戦し、攻守を入れ替えながら軍馬を駆けさせているところで、その機会は向うの方からやって来たのだ。

「お嬢さま、霧が晴れてきましたな。この霧が晴れた暁には、お味方の軍勢がこの合戦場に駆けつけて形勢逆転となります。見なさられ、あれはブルカ辺境伯の率いる本軍に違いありませんぞ」

 じいが長剣を指し示した先に見えたのは、さんざん奇襲攻撃を繰り返して陣地をもみくちゃにした場所だった。
 火炎と煙、それに倒壊した陣地の中から黄色いマントをなびかせた、いかにも精強そうな軍隊がこちらにめがけて前進してくる。
 わたしたちの加わっているアレクサンドロシア隊の前進を何とかここで押し止めようと、死兵となる事を覚悟で防衛のために送り出しているに違いないわ。

「ブルカ伯さまの領軍ね。黄色いマントは見覚えがあるわ」
「さよう、我らがアレクサンドロシア準女爵さまの赤マントの軍勢めがけて、一路こちらに突出してきます」

 戦場の最前線は全裸卿の軍勢や、聖少女ガンギマリーさまの軍勢が激しく攻防を繰り返しているので、後方に下がった場所からは少しだけ冷静に戦場の推移を見届ける事が出来た。
 わたしも赤く塗られた剣を血振りして、次の突撃号令に備えようと気持ちを改めた時の事。

 前線の遥か先で、大地を揺るがす様な激しい爆発が起きたのだ。
 はじめズンと体を震わせる風圧の様なものを背中に感じた後に、爆発の基点で一瞬のきらめきが起きて、今後は正面から顔や甲冑にまでビリビリとした魔力を感じた。
 わたしは残念ながら初歩の魔法も使えないけれど、それでも魔力を体に感じる程度の事は理解できる。

「じい、何事なの?!」
「わかりませぬ。しかし、全裸卿のお側にはマドゥーシャ卿という魔法使いの愛人さまが付いておりますからな」
「間違わないで、彼女は愛人奴隷であって愛人ではないわ」
「失礼しましたお嬢さま……」

 けれどもそんな事はどうでもいい。
 爆散は目の前で見ている限り凄まじい衝撃なのは、わたしにも見て直ぐに理解できた。
 ほんの数十歩先で集結中だった兵士たちが、着衣を持っていかれる様に激しく体を揺さぶられていたし、事実その先で歩兵突撃を敢行しようとしていた友軍の兵士たちは、かき飛ばされた上に全裸になっていた。

「もしかすると、全裸卿が全裸を貴ぶ部族に伝わる秘術を使ったのかも知れないわ。敵も味方も武器無し防具無しになってしまえば、全裸で最強の旦那さまに勝てる人間なんていやしないもの」
「そういう事もあるかもしれませんな。しかしお味方まで丸裸になるのは、やはり古代の禁じられた秘術だったのかもしれませぬ」

 後になって考えてみれば、わたしとじいの考察は馬鹿げた笑い話だった。
 マドゥーシャさんの使ったアンタッチャブルという魔法が、爆心地を中心に敵も味方も強制的に全裸にしちゃったのだから。

 わたしは動揺するオホオ勢の兵士たちをなだめながら、すぐにも爆心地へ救援に向かおうと考えた。
 今こそ、正しい駒の進め方をして、家族として妻としてわたしが役立つ女である事を示さなくちゃ。そう思ったからなのだけれども……
 そこへカサンドラ義姉さまが単身誰も従えずに、薄れゆく霧の中から突如として姿を現したのだ。

「ラメエちゃん、ラメエちゃんはいますか?」
「義姉さま、こちらに!」
「すぐに兵士をまとめて、ソープさんの後を追ってください!」
「?!」

 わたしは驚いてしまった。
 いつも優しい笑みが似つかわしい立派な貴婦人のカサンドラ義姉さまが、その場ではスルーヌ騎士爵家の家政を預かっている戦場の騎士夫人という顔をしていた。

「ソープさまがどうなさいましたか」
「旦那さまがブルカさまの首級を取るために一騎打ちを挑まれたのですが、その最中に逃走を図られまして」

 きっと先ほどの魔法爆発の最中に逃げられたのだ。
 わたしとじいは顔を見合わせた。

「ブルカさまの姿はまだ見つかっていませんが、シューターさんのところにはアレクサンドロシアさまが駆けつけたはずです」
「それでソープさまが追撃を?」
「はい。逃げ出したブルカさまの兵士をソープさんが追いかけています。傭兵隊のみなさんを引き連れていますが数も少ないですし、万が一があっては困ります」
「ソープさまが独断専行を、勝ち急いでいるのかしら……」

 すると義姉さまは悲しそうな顔をして言葉を絞り出す。

「ご存知の通りブルカさまとソープさんはむかし恋仲だったと聞いていますから。もしかしたら色々と思う所もあるのかも知れませんね」
「お、大人のレディって大変だわ」

 全裸卿はわたしの事をまるで子供扱いだ。
 毛の生えた少女と言っているのを聞いた時は噴飯ものだと思ったけれど、クリスティーソープランジェリーナさまは、なりたてレディのわたしと違って、本物の大人のレディだから。気苦労もいっぱいあるに違いない。
 元の恋人がブルカ伯で、新しく夫となる相手が全裸卿なのだから敵味方わたしとは違う意味で寝返りをしたことになるのだから。
 わたしとは違った形で、家族として受け入れられるために考えて、行動しているのかも知れない。

「思いつめた表情をしていました。早まった結果、何か間違いがあってはいけません。ソープさんはあなたと一緒に新しい家族に迎え入れられたばかりで、まだ何もしてあげる事も出来ていません」
「ね、義姉さま頭を上げてくださいっ」
「けれど、わたしはお恥ずかしながら馬術もまるで得意ではないので、彼女を追いかけるわけにもいきません。これではそれこそ家族のみんなに迷惑をかけてしまいます。だからラメエちゃん、わたしの代わりにソープさんを追いかけてください。無理をしない様に、側に付いてあげてもらえませんか?」
「は、はい。義姉さまのご命令であればただちにッ。じい?!」

 わたしはその場で貴人に対する礼を馬上でやってのけ、馬首を返しながらオホオ勢に指示を飛ばすべくじいに命じる。

「ははッ。いつでも出撃可能ですぞ!」
「ソープ義姉さまの援軍に向かうわよ、ここでブルカ辺境伯の首を討ち取る事が出来れば金星だわ。わたしに続きなさい!」

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