挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第8章 ゴルゴライ戦線

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

344/574

262 ソープ嬢の選択です


 ソープ嬢に対して素直に事情を話すべきかどうか、俺は少しだけ躊躇してしまった。
 当然だ。かつて彼女の想いびとだった人間が、何をしでかしてくれたかという話を今しもしていたのだから言葉を選んでしまう。
 けれども、そういう事は女性の勘が鋭く働いたのか、俺ではなくカサンドラを見やりながらこう質問する。

「ミゲルの事で何かあったのだな、カサンドラ義姉さん」
「そのう、言いにくいのですがブルカの街で政変があったのです」
「政変? あの優しかったミゲルがその様な大それた事を起こしたのか?」
「はい。国王さまの軍隊と教会の偉いひとたちをけし掛けて戦争に……大変なことになっているみたいです」

 おずおずと俺の顔を見上げながらカサンドラがそう言うと、今度はそれが本当なのかと確認のためにソープ嬢もまた俺の顔を凝視してくる。
 残念ながらそれは事実で、俺たちはそのためにとんでもない苦戦を強いられている。

「本当の事だ。ブルカに駐留している王国兵団を、騎士修道会が襲ったという筋書きでブルカ伯が陰謀を張り巡らせていたらしい。いや実際にそれを現場で指示したのはたぶんツジンという男だが、これで俺たちは下手をすれば本当の逆賊になってしまう事になってね……」

 俺はまだ本物のツジンの姿を見た事が無いだけに、そら恐ろしい恐怖というものを今感じている。
 ようじょは俺の足元に立っていたが、すっとズボンの裾を握って何かを考え込んでいる様だった。

「ツジンはわたしも知っている」
「え、マジで?」
「ミゲルをこの土地に迎えに来た男の名前が確かそうだった。しつこくこの土地の歴史、ダンジョンの様子や施設について細々と質問して来た事があったので、名前は憶えている。容姿は確か血行のよさそうないつも熱を帯びた人間だったと思うが」

 詳しくは覚えていない、とソープ嬢は申し訳なさそうにそう言った。
 なるほど、その頃からツジンはブルカ辺境伯の部下だったというわけですね。情報提供、ありがとうございます。ありがとうございます。
 しかしいつまでも思考停止している場合ではない。

「そういう事だから、俺たちはもうまもなくすればこのフクランダー寺院を発って北に進軍を再開する事になる。本当はあと数日、ここで再編成をじっくりやってからの進軍開始だったんだけどね」
「そうか、ここを発つのか……」
「家財道具一式についてはあれで満足してもらったかな? 今後も必要な日用物資の調達は、オホオ村の騎士ジイを通じて行う手筈はする予定になっているけれど、もしも新たに必要なら俺たちがいる間に何でも言ってくれるといい」

 可能な限り用意する様に手配しますから。俺がそう言って彼女の手をとって、せめてものお礼の代わりに何かできる事をと模索する。
 本来ならば想いびとだった人間と、それに敵対する俺たちの関係だ。これだけ協力してくれた事は確かに感謝してもしきれない。
 けれども眼の前にいるこの蛇脚の女性は、何かを逡巡する様な伏し眼がちな表情を崩さずに、押し黙っていた。

「ツジンという男は、つい最近にもわたしのところに使いを寄越して来たのだ」
「…………?」
「以前、このダンジョンの奥までやってくる人間がいた話をした事があっただろう。その際はわたしの眷属であるマダラパイクをけし掛けて、襲わせたことも話したと思う」
「ああ、あなたの生活空間で聞かせてくださいましたね」

 苦しそうに、何かを思い切って語ろうとしている事が理解できた。
 ようじょと俺は互いに顔を見合わせて、カサンドラはさり気なくソープ嬢の背中に手を回して落ち着かせようとしている。

「あの時にわたしは黙っていたけれど、連中の中にツジンの匂いを確認した事が過去にあった。まさかミゲルの眷属だという男がその様な行動をとるとは考えもしなかったので、きっとこれは何かの間違いだと判断していたのだ」
「でもそれは間違いじゃなかったんだ」
「ああ。わたしの眷属の中でも最も強いティタノボアという蛇がいる。その蛇は寺院の敷地周辺を縄張りにしていたはずだが、こうしてあなたたちが陣地を構築している今も、姿を現さない」

 本来であれば人間が近づいて来れば、大暴れに暴れてすぐにもそれはソープ嬢の気配察知に引っかかるはずだというのだ。
 だがその姿が見られないという事は何かの方法で倒されたか、生け捕りにされたか。

「眷属とは言っても別に飼育しているわけではなく、相手がわたしに逆らえないという関係を利用して使役していただけの事だ。それほど深くは考えていなかったのだが、消えたという事はツジンという男が何かをしたのかも知れない」
「どれぇ、おデブシュタイナーが捕獲してしまったのかも知れないのです。巨大な猿人間やサルワタの村であったというガーゴイルの事件の事も考えると……」
「そうですねッヨイさま、おデブの仕業かも知れませんね」

 回想するソープ嬢の言葉がどこまでブルカ伯やツジン、あるいはあのデブとの関連のあるものかはわからなかったが、そういう可能性が大いにあるのだ。

「あ、改めて情報提供をありがとうございます。あなたにとってはあまり思い出したい類の事では無かったと思います。悪い言をした……」
「……いや。そもそも古い想い出にしがみ付いているのはわたしの方だからな。三〇年もむかしにはこんな事になるなど、想像もしなかった事だ」

 微妙な空気が流れている中で、俺はカサンドラに目配せを送る。

「シューターさん、わたしは急ぎ諸侯のみなさまを集めてまいりますね」
「うん、よろしく頼むよ」
「それではソープさん。俺たちは今後の方向を話し合うために、改めて軍議に向かう事にします。本当に色々とお世話になりました」

 一礼して幕舎の方に向かったカサンドラを追いかけようとしたところ、俺たちの背中に向かってソープ嬢が声をかけてくる。

「待ってくれ」
「どうされました、ソープさん」

 言葉の色にまだ逡巡の色は残っていた。
 けれども意を決したという感じだろうか、俺の肩に腕を乗っけてきたニシカさんは俺を見てニヤニヤとしているものだから、ある程度察しがついているという感じだ。
 何を言い出すのか。

「あなたたちがこのフクランダー寺院の施設を去った後、ここはどうなってしまうのだ」
「ソープねえさま。この戦争が続いている間は兵士が警備のために駐屯する予定になっているのです。けれども戦争が終われば、ソープねえさまの生活は平和に戻るのです」
「そうか……」

 色々と思考を巡らせるようにしてとぐろを巻いて見せたソープ嬢は、そうして言葉を絞り出すように紡いだ。

「わたしも連れていってはくれないか。家財道具一式をお願いしておきながらこの様なお願いは失礼だとは思うのだが、いつまでもこの土地に縛られていては、けけっ結婚の機会も訪れないだろう。また、ミゲルと再びあいまみえるチャンスがあるとするならば、それは外だ」

 きっとミゲルはもうこの土地にはこないだろうからな。
 寂し気な顔をした彼女が、かすれる様な声でそう口にしたのを俺たちは聞いた。

「だとよ相棒、これで決まりだな」
「何がですかニシカさん。こういう時に茶化すのは感心しませんけどねえ」
「いやよ、ブルカにはオレ様が行ってくるから安心しろ。ブルカ伯が戦場で出て来た時に、相手を驚かせるカードがあるというのはいいんじゃねえか。ん?」

 あまり他人の過去の想い出を利用するのはいいものじゃないと思うのだが、ニシカさんが声を潜めて俺に耳打ちした内容はもっともだ。
 同じく聞こえたであろう男装の麗人とようじょもすっと俺を見上げてきた。
 カサンドラはどうやら聞こえなかったらしい。これを聞いたらいの一番にそういう事は駄目だと言いだしそうな彼女が言わないところを見ると、たぶんそうだ。

「具体的にどこに行きたいというのが、わたしの中にあるわけではない。特に意図してミゲルに逢いたいという気持ちも今は無い。だが、ここでじっとしていても、たぶんもうラミアの一族は終わっていくだけなのだろう。他にも移民していった者たちは静かに暮らしているのだろうが、わたしはこの生活に飽いた。もうたくさんだ」

 わたしは隠居する齢でもないしな、伴侶とともに生活する未来を楽しみにしているのだ。
 そんな事をすらりと言い切ったソープ嬢に、奥さんたちが共感していた。

「そうですね。見聞を広めて立派な奥さんになる事は大切です」
「オレもいいと思うぜ、なあシューター?」

 ここまで言われたらみなまで言うなだ。

「わかりました。その件については総指揮官さまにすぐにお伝えして、手配する様にします。恐らく俺たちの仲間も歓迎するでしょう」
「ありがとう、ありがとう。シューターさんには感謝してもしきれない」
「いや、そのセリフは俺みたいだからやめたほうがいいよ……」

 ペコペコするソープ嬢に俺とカサンドラは顔を見合わせると、頭を上げる様に言った。

     ◆

 こうして彼女もまたフクランダー寺院を離れる選択をした一方で、俺たちはブルカに情報収集要員を送り出す事になった。
 志願するニシカさんであれば、きっと上手い具合にブルカの街に侵入する事も可能だろう。圧倒的な身体能力は頼りになるし、いざとなれば魔法も使えるのが素晴らしい。
 しかし地理不案内な点も考えて、カラメルネーゼさんにも同行してもらおうとようじょとは話し合った。

「ニシカさん、ここに届いた情報は随分と時間が経過している可能性があるのです。そうなるとブルカはすでに危険な状態の可能性もあるので、その時には情報収集は途中で中断して、引き上げる判断もしなければならないのです」
「おう、わかってるぜようじょ。やべーときは無理に潜入しようとせずに周囲で情報収集な。そういう事は狩人の基本だから任せておけ」
「万が一の時にはわたくしも考えがありますのでご安心くださいましな」

 ようじょの念押しにニシカさんとカラメルネーゼは頷いて見せると、その日の夜のうちには街道を北へと進む。
 盟主連合軍によって占領されたエリアを抜けるのは日数もかからないだろう。
 戦争の経過は刻々と刻まれ続けていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ