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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第8章 ゴルゴライ戦線

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閑話 ブルカ辺境伯の乱 六


 往来に俺が顔を出したのは失敗だったかもしれない。
 俺自身が鎖帷子を纏って土埃まみれ、血まみれという有様で立っていたのだから、逃げ惑う人間の中にそんな姿でいたら目立つことは当たり前だ。
 当然、俺の姿を見とがめたブルカの衛兵たち誰何を尋ねられてしまった。

「貴様、ちょっと待て。その様な格好で街をうろついているのはどういう了見だ。何をしていた」
「俺はマリリンマーキュリーさまの側近だ。王国兵団で起きた事件については知っているか、騎士修道会の反乱が行われているという噂を」
「はっ、今はその件についてブルカ伯さまがご出馬されて、事態鎮圧にあたっているところであります!」

 この格好だから疑われる事は当然だとしても、俺は貴族の子弟だ。
 横柄な態度で平民上がりの兵士を相手に威圧することぐらいは造作もない。
 あえて堂々とした態度で走り寄って職務質問をして来たふたりの衛兵を相手にすると、腰にさした剣を鞘事抜いて「確認しろ」と押し付けた。
 ふたりの衛兵は白刃を半分抜いたところで剣に血糊がついているのを見て、ギョッとしたらしい。
 このふたりは戦場を知らない人間の様だ。

「今しがたマリリンマーキュリーさまと応援の人間を率いて、逃走を図る反乱部隊の鎮圧にあたっていた。繁華街が最も敵に逃げ込まれる可能性があるのでな、お上の指示で封鎖を実施するまでには時間があるので、逃走者を追いかけていたのだ」
「……それは、この血は反乱を起こした修道騎士のものと?」
「そうだ、だが今はそんな事はどうでもいい」

 よくもまあ俺は口からデタラメを並べられたものだと思った。
 ブルカの街が大混乱になっているから気にも留められていないのかも知れないが、今の俺は冒険者然とした鎖帷子姿なので、突っ込みどころはいくらでもあるというのに、ふたりの衛兵はその事にも触れない。

「お前たちの任務はどうなっている」
「任務は、ですね。市中の巡回警ら中に騒ぎが起きたので、明確な命令は……」
「住民が通りに出てこない様に、今までは追い返すのがやっとでした。それから怪しい人間をですね」

 チラリと俺を見ながら申し訳なさそうにそんな事を言うひとりの衛兵である。

「馬鹿者! お前たちは上からの指示も無ければ動けないほど教育がなされていないのか。直ちにブルカ聖堂に向かうぞッ」
「しかしそちらはブルカ辺境伯さまが向かっていると仲間たちが、」
「だから向かうのだろう。味方の兵士は少しでも多い方がいい。騎士修道会は常設された軍隊を持つ、武装教団だぞ?!」

 俺は適当な事を言いながらこの場から衛兵たちを引き離す作戦に出た。
 ついでに少しでも市中の情報を手に入れてから戻る必要がある。

「お前たちは先に向かえ。俺は周辺の脱走した修道騎士の後始末を付けたらすぐに追いかける」
「ハハっでは直ちに向かいます! ところでお名前をお伺いしても……?」
「シューターだ。騎士爵のシューターと言えば上にはわかるだろう」

 そう言って俺はふたりの衛兵を送り出した後に、自嘲気味に笑った。
 つい口をついて出た名前が俺たちの家族から何もかもを奪った売女騎士の情夫というのもおかしなものだが、あの男に何もかもを擦り付けたくてそう口にしたのか、あるいは俺が一方的に恨みを抱いていたから飛び出した言葉だったのか。

 すぐにも衛兵たちの背中が消えるのを向けると、繁華の裏路地を経由して誰かに付けられていないかを気にしながら女の住まう赤レンガ長屋へと戻った。
 その夜の遅くになってようやくビビアンヌが手配した町医者が訪れて、将軍さまの治療をようやく施す事ができたのである。

     ◆

「傷口はほとんど塞ぐことが出来ましたが、出血がひどい。しばらくは激しく動く事は出来ないだろうな。それと、」
「それと何だ」
「一日に数度はこの薬を飲ませなさい。今は意識を失っているだろうが、ひと晩も熱を出した後には安静になる。寝ている間に飲ませると咽る事があるから気をつけるように」

 処置を終えた町医者は、そう言って俺とビビアンヌを交互に見比べながら薬を差し出した。
 教会堂の司祭たちが使う様なポーションや聖なる癒しの魔法ではない。何か別のエリクサーと呼ばれる薬物の液体の詰まった瓶である。
 効果は似たようなものだと過去に聞いた事があったが、根拠となる魔法の理屈が違うのか、俺が教会堂の診療所で受けた事のある傷口の縫合とは別のやり方だったのだ。

「これで不倶になる事は無いんだな」
「ああ、三日もすれば正常に意識を取り戻す事ができる」
「歩けるようになるにはどれぐらいかかる」
「ふむ、歩けるか。とにかく早く歩かせたいと思うのであれば、教会堂の運営している診療所に行くほかは無いな。われわれ町医者では及びもしないほど腕のいい医療従事者もいる。ガンギマリーという聖なる癒しの魔法の使い手がこの街にいるが、それならばあるいは」

 その女は憎き全裸男の婚約者で、まあここにはいないだろう。
 騎士修道会が反乱を起こしたという噂はすでに町医者にも聞き届いていたと見えて、無理な事を言うなと彼は暗に言いたかったのだろう。

 払うべき金は支払った。
 ビビアンヌに一度はくれてやった金だが、ずいぶんと請求されたので腹も立ったが、背に腹は代えられない。
 この男も町医者として騎士修道会に後ろ暗いところのある無許可の娼婦たちを相手に商売をやっているのだ。危ない橋を渡っている以上はこの男も高値を請求せざるを得ないのだろう。

「ついでにひとつ頼みたい事があるのだが、いいか」
「何なりと」
「俺の耳を切断してくれと頼めば、それは可能か」

 町医者は医療道具をせっせと仕舞いながら俺の話を聞いていた。
 だが「耳を?」と聞き返しながら手を止めて、俺を見上げるよりも先にビビアンヌを見やった。

「ナメルさん……」
「この街で俺の耳は目立ちすぎる。これを切り取ってしまう事は可能か」
「可能だが、切り取ってしまったものをふたたび生やしてくれというのは、わたしには無理な相談だからな。それこそ聖少女ガンギマリーさまでなければ、そんな事は出来ないだろう。いいのか?」
「構わん、できるのならやってくれ」

 俺がそんな事をあっけらかんと言ったものだから、ビビアンヌも町医者も会然とした顔で俺見返すのだ。
 まあ熱にうなされて寝たきりの将軍さまを連れて逃避行をしなければならない。
 熊獣人の一族と言えば、むかしは辺境にも部族が繁栄していたものだが、今は王国本土でなければ俺の同族はいない事になる。
 悪目立ちするのは極力避けた方がいい。
 それにビビアンヌに甘えてしまった手前、この女にこれ以上迷惑がかからないようにするために、この女の逃亡も手助けする必要があるかもしれない。
 その際にやはりこの耳は不要なのだ。

「その聖少女とやらには、場合によっては連絡を付ける事が俺は出来る。だから思い切ってやってくれ」
「いいんだな……?」
「構わん」

 ではわかった。と言った町医者は、仕舞いかけていた医療道具を再び広げて、俺の耳を斬り落とすための手術の準備をはじめた。

「この液薬を呑めば痛みは感じない。斬り落として直後に傷口を縫合する魔法を使うので、恐らくは怪我と違い血を大量に失う事も無い」
「ああ……」
「ただし、もう一度言うが高度な聖なる癒しの魔法を使える人間でなければ、失った部位のイメージを正確に再現する事は出来ない。聖少女以外の人間に耳をはやしてくれと頼む事はやめておくことだ」

 一度でも再生手術の魔法を使ってしまえば、それで中途半端な結果になると二度ともう耳は戻らないと念押しをされた。
 正直を言えば、耳などは今はどうでもいい。
 逃げると決めた以上は何かを犠牲にする必要があるのだ。
 女を犠牲にして将軍さまをダシに使って逃げのびるほど、俺は悪党になりきれないという自覚があった。

「体の感覚は無くなってきたか?」
「ああ。やってくれ」

 麻痺の液薬なのだろうか。出された薬を呑んでしばらくすると徐々に体の感覚が奪われていき何もかもが億劫になる様な気分になった。
 そうして意識も曖昧になったところで、俺の耳は切り取られてしまったらしい。

 気が付けば「明日またふたりの様子を見に来る」と言葉を残して立ち去る町医者の声と、ビビアンヌが深々と頭を下げている姿が、薄ぼんやりとした視界の端に映り込んだのを最後に、俺は深い意識の闇の中に全てを預けてしまった。

 その夜はビビアンヌに抱かれながら眠り続けた。

     ◆

 人間の容姿というのはわずか数日のうちにこれほども変わり果てるものだろうか。
 鏡を覗き込むと、そこにはずいぶんと頬のこけた顔が映り込んでいた。
 無精ヒゲも生えそろって、俺の人相はずいぶんと以前のものとは別人の様な姿になり果てている。

「ナメルさん、剃刀を用意したけれど。おヒゲを剃ってしまいましょうか?」
「いや、全部を剃るのはやめにして、ハサミで整えて首筋だけ剃り落としてくれるだろうか」
「わかったよ、今の顔も随分とワイルドだけれども、ちゃんとお食事はとらないと体に良くないよ」

 赤レンガ長屋で過ごす日々もそろそろ十日近くになるだろうか。
 寝たきりだったワッキンガー将軍も近頃は一日の大半を起きて過ごしていて、狭苦しいこの小屋の様な場所で体を起こして、瞑想めいた事をする時もあった。

「君たち夫婦の生活の場に、俺が邪魔をしてしまった事は申し訳ないと思っている」
「今さら何を言うのですか将軍さま。それにわたしたちが夫婦だなんて……」
「違うのか? 市井の事はよくわからないのでな」

 丸いすに腰掛けた俺の頬を剃りながら、ビビアンヌがもじもじとしていた。
 俺も夫婦と言われて微妙な気分になってしまったが、傍から見れば無頼の俺がこの女に飯を食わせてもらっている様に見えるかもしれない。
 ワッキンガー将軍は詮索をしないためにわざとそう言って誤魔化している事は理解したが、少なくともあまり挨拶をしない近所の悪党どもは、俺の事をそう思っているに違いない。

「うちのひとは、これでもお貴族さまの血筋を引いた立派な方なんですよう」
「そうか、ナメル卿は確か熊面の猿人間のご一族であったからな。王国本土でもいくつかの貴族がいたのを記憶している」

 恐らく今となってはワッキンガー将軍も、俺がゴルゴライの一族である事は理解しているはずだ。
 辺境でその名の知られた熊獣人の貴族は俺たちしかいないはずだ。探せば市井には血族の末裔がいるかもしれないが、爵位持ちとなれば別だ。

「くだらないことを言っている場合ではない。歩けるようになったのであれば、この街を抜け出す算段をしなければならない」
「そうだな。俺の体は万全とまでは行かないが、斬り抜ける程度の事はもはや出来るだろう。魔法も今ならば遠慮なく使う事が出来る」
「それで算段はあるのか、上手く街を抜けられる」

 ナメルさん、動いちゃ危ないよ。などとビビアンヌに注意をされながら、俺は寝台であぐらをかいた将軍さまと会話を続ける。

「一種の賭けだが、逃げるアテがある。君はアレクサンドロシア=ジュメェ卿を知っているか」
「…………」
「辺境には貴族軍人の出身で入封した人間は数多くいるが、そのうちのひとりだ。名前の通りジュメェの血族を引いた名門だが、今は彼女がミゲルシャール卿との戦争の渦中にある。何とか合流する方法があるはずだ」
「続けてくれ……」

 よりにもよって、まさか将軍さまの口からあのサルワタの売女の名前が飛び出すとは思わなかった。
 いや、彼は貴族としても軍人としても上層にいる人間であるのだから、売女騎士と繋がりがあっても何もおかしくはないのだ。
 むしろブルカ伯さまから逃げのびる事を考えるなら、敵対する有力諸侯の側に身を寄せるのは当たり前だろう。

「彼女の生家がある領地がブルカ近郊のヌッギ村だ。こうなる事を予見して、ドロシア卿は配下の冒険者たちをブルカの街に潜入させているのだ。その連中と連絡を取りたい。何とかそのブルカ近郊の彼女の生家にいったん逃れて、そこから俺は王都に戻る事を考えている」

 ここまで来ればもう他に選択の余地はない。
 あの売女と全裸男に一矢報いるために、さり気なく連中の軍勢に身を寄せて隙を伺うのもひとつの手かもしれない。
 いや、それを考えるのはここから逃げ出してからの事だ。

「条件がある、この女も一緒に逃がしてやってもらいたい。それを呑むのなら手配に動いてやろう」
「ナメルさん……」
「巻き込んだ以上は、お前を最後まで面倒を見る義務が俺にはある、公正明大に言ってそうだろう? 将軍さま」
「わかった、その程度の条件であればこちらこそありがたい」

 俺の傍らでヒゲを剃るのを辞めたビビアンヌが俺を見た。
 ふん、別に惚れたわけではない。これはあくまでも最低限の感謝の気持ちだ。

「その冒険者と連絡を取るにはどうすればいい?」
「俺は直接にその場所に行った事は無いが、南門側にある冒険者ギルドに連中が普段から集まって情報収集にあたっているはずだ。合言葉があるのでこの言葉をさり気なく冒険者に伝えてくれ。言葉はこうだ……」

 寝台から身を乗り出したワッキンガー将軍の言葉に、無くなってしまった耳を傾ける。
 いや、無くなったにも関わらず感覚だけはまだ残っていて、意識が耳先を指向させようとするのだ。

「わかった。合言葉は脱げば脱ぐほど強くなる、だな?」

 馬鹿らしい気持ちになりながら、俺はその言葉を繰り返した。

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