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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第8章 ゴルゴライ戦線

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閑話 ブルカ辺境伯の乱 一

先日いったん投稿した前回の閑話パート内容を、大幅に加筆を加えて分割投稿しました。
既読の方も併せてご確認いただければ幸甚です。

 あの夜は一種の高揚感に俺も親父殿も浸ったものだ。
 ブルカさまに確約していただいた切取勝手次第により、一族の故地を回復するという響きはハチミツにも似た甘い誘いが俺たちの鼻をくすぐったのは、確かな事実だ。
 あの夜のあくる朝は、あれほど激しかった雨が嘘の様に快晴だった。
 実に幸先の良い未来が待っている様な気がしていたのだがな。
 宿で一夜を共にした使者の一行に加わって、俺はしばらくの間ゴルゴライを離れる事になったのだ。

 セレスタの街を訪れ、リンドルの街にも足を運んだ。
 川を渡し船で移動して対岸のいくつかの村にも足を運んだことがあった。
 やる事は簡単だ。その土地に住んでいるモンスターを見つけて、これを簡単に言う事を聞かせればいいというものだ。
 俺たちの一行は途中で古い時代の寺院遺構近くにも足を運んだが、その時は俺とツジンさまだけは近郊の集落に向かい、騎士たちだけがその遺構に向かった。
 連中とはそこで別れたので、その後どうなったかは知らない。

 ブルカさまから与えられた簡単な仕事をいくつかこなせば、戦争の下準備とやらは終わりだった。
 サラマンダーなどという飛龍の眷属を使役せよと命じられた時は肝を冷やしたが、腕の立つ冒険者の何とかという女を護衛に付けて、これもどうにか上手くこなす事が出来た。
 今はリンドルの山奥にある古い坑道の入り口で眠りについているだろう。
 いざ必要となれば隠した財宝を引き出せる様にと門番をさせているのだからな。
 あれを考えたツジンさまというひとも、作戦の神様などというぐらいだから知恵の回る人なのだろう。

 俺はあまり好きになれなかったが、そうした仕事をこなした後にゴルゴライへといったん帰還した。
 これで故地回復のための切取勝手次第が許されるとは、安いものだと俺は思ったのだが、

「弟は死に、親父もとうに魂を異世界に旅立たせてしまった。どうやら俺や親父殿の見た夢は、しょせん絵に描いた領土に過ぎなかったという事だろう。はじめからこの手に掴めるものではなかったのだ」

 俺は酒をひと息に煽った。
 ここはブルカの歓楽街にある裏路地の酒場だ。季節は秋を迎え、あれから半年に時間があっという間に経過してしまった事を俺は思い知らされる。
 今では懐かしのハチミツ酒ではなく、手に持った酒杯に含まれているのはサクランボを付け込んだ不味いビールだった。

「ナメルさん、今日はもう呑み過ぎじゃないかしら……」
「俺に指図をするな。俺はゴルゴライの正統なる後継者だぞ」
「でも、それにしたってもう、顔色がよろしくないし」

 酩酊して体を揺するだけできしむ木のイス、木のテーブル。
 そんな俺の醜態を心配して酌婦は酒杯を取り上げようと手を伸ばしたが、たまらず乱暴に振り払った。

「誰が親父殿と弟を殺したと思う? あのサルワタの売女騎士だぞ」
「ナメルさんのご家族は、あたしみたいな商売女に殺されたのかい……?」

 売女で騎士と言っても通じるものではない。

「いや違う。サルワタという領地の、親父殿がブルカさまより与えられた切取勝手次第の村長をしていた女だ。こんな馬鹿げた皮肉があるものか、おい酒を追加で頼む。ハチミツ酒は本当に無いのか……?」
「ありませんよう、そんな高価なものは。あれはナメルさんのご出身地でだけ作られている高価なお酒じゃないですか。ほら、ビールは沢山飲むと体に負担がかかるから、そろそろおよしになってお水を」
「馬鹿を言うな、水なんて呑んでこの腹の怒りが収まるものか!」

 揺れる体をのけ反って俺が叫ぶと、女はとても困った顔をして俺を支えてくれた。
 女が言う様に、俺はそろそろ飲むのも限界が来ているのかも知れない。
 ビールは確かに酒精も薄く、少量呑んでも俺の様な熊獣人を酔わせることは無いが、それでも敵量というものがあるだろう。

「しかし聞いてくれ、復讐の一部は果たせたわけだ。あのリンドル川の近くで捕まえたガーゴイルはな、俺も相当に苦労をして支配魔法をかけたんだぞ」
「ガーゴイルですか? おっかないですねえ。はい、お水。でも少しだけ芋酒を入れておきましたから、これで勘弁したげてくださいよね」

 女が甲斐甲斐しく酒を用意してくれると、俺はまだビールの残っていた方の酒杯を持ち上げて最後の一滴まで喉に運ぶ。
 それから改めて芋酒だ。

「ねえ、ナメルさん。もうすぐ戦争がはじまるというけれど、この街はどうなってしまうんだろうねえ」
「ブルカさまのお膝元に居ながら何を怯える必要がある、この街は安心だ」
「けれども食糧だって随分お値段が上がっていると言うし。マスターがね、お酒のお金も値上げしないと困るって言っていたのよ」

 今の時刻はいつ頃だろうか。
 この場末の酒場に足を入れたのは、確か夕陽が落ちて繁華に酔客どもがあふれだした頃合いだったはず。

「戦争の心配をするより、自分の体を心配した方がいいんじゃないか。ん?」
「あン、乱暴はおよしになって」

 かわいい女だ。
 嘘っぱちの名前をここでは名乗っているので酌婦の本名は知らなかったが、酔客や店主はビビアンヌと呼んでいた。
 どうせどこかの貧しい村から売られてきた女ではあるが、若いし言う事を聞く。
 繁華の裏路地は人間のゴミ溜めだ。

「……もう店じまいだから、そういう事をするなら二階に上がってから、あン」

 ここでは誰もが嘘っぱちを並べて自分を着飾り、そして見栄を張る。
 きっと俺がゴルゴライ準男爵の正当なる後継者だと言っている事だって、この酒場の人間たちは誰も相手にしていないし、信じてもいないだろう。
 いや、かつてそうだったと言った方がいいだろう。
 あの村はサルワタの売女騎士に奪われ、今ではヤツがゴルゴライ準女爵を名乗っているらしい。

「お前から望んだのだからな。金は払わなくてもいいのか?」
「それは困るけれど、でも一回だけなら」

 最悪の気分になって俺はビビアンヌを強引に抱き寄せると、現実を忘れたい気持ちでいっぱいになって、言われる様に女を二階へと連れ込んだ。

 ここは酌婦が酒の相手をするだけではなく、気に入れば金を積んで抱かせてくれるサービスもある。
 ブルカ辺境伯さまが、騎士修道会を通さずに奴隷商人どもと密約をしてそういう商売をやっているのだ。
 正規の娼婦を相手にするよりもずっと安く、俺の様な正体も確かではない人間にとって優しい場所だ。

「服を脱げ」
「あン、乱暴にしないで……」
「明かりを消してくれ」
「ナメルさんたら、生娘みたいな事を言うんだから」

 体にはあの忌々しい全裸男に付けられた傷がいくつもあって、その半分以上はまともな医療処置を受けられなかったおかげで、大きな傷跡を残したままだった。
 この傷はきっと一生残り続けるだろう。

 傷を見られるのが恥ずかしいのではなく、俺自身がこの傷を見たくないのだ。
 シューターとか言った全裸を貴ぶ部族の末裔も、今では貴族を名乗るばかりか守護聖人と言われているらしい。
 俺は落ちぶれ、あいつは成り上がった。

「いいから明かりを消すんだ……」

 その夜は思う存分に吐け口を女に求めた。
 ビビアンヌはすぐにも失神してしまったが、そんな事はお構いなしだ。
 何もかもが馬鹿らしくなった人生に、一時の快楽を求めたとて誰も咎めはしない。

 そうして夜が明けて陽が高く昇る頃合いになると、またいつものように横柄な態度のブルカ騎士どもが俺のところに迎えを寄越しに来たのだ。

     ◆

「酒臭いな、いつまで寝ているんだナメル。仕事だ起きろ!」

 ドカリと寝台を蹴られて毛布を奪われると、起き抜けのビビアンヌは驚いて悲鳴を上げた。
 俺は仕事に向かうために起き上がる。これも近頃繰り返されている毎度の事だ。
 やれやれだぜ。どうしてこんな人生を歩むハメになったのか。
 何もかもが狂ってしまったのは、あの夜にあの男が訪ねてきた瞬間からかも知れない。

「ツジンさまがお呼びだ。今夜決行するぞ」
「そうか……」

 未だにおかしなガラス玉の装飾を眼にかけたツジンは、本当に人使いが荒い。
 だがもはや引き返す事が出来ないところまで来ている事は、俺だって自覚しているさ。
 親父の夢はいち度ついえたが、だが俺の夢までを幻に終わらせるつもりはない。

 あのサルワタの売女騎士(アレクサンドロシア)全裸男(シューター)だけはこの手でくびり殺してやりたいものだ。故地回復などは最早そのついでだ。

「な、ナメルさま。今夜も来てくれるんだよね?」
「いや、お前とはこれで終わりだ。この金をくれてやるから足を洗ってまっとうな商売をするんだな」

 俺は首から下げていた小袋を引きちぎって、女のうずくまっている寝台に投げてよこす。
 中身はブルカ伯金貨の詰まっている。足を洗うには十分な金だ。
 こんな生活をしていれば何れ俺はどこかで朽ちてしまうだろうが、だったらこんなものははした金だからな。
 手切れ金代わりにくれてやると、その革の小袋を取り上げてビビアンヌは不安そうな顔をして見せた。

「ナメルさん……」

 だが俺はその言葉には答えずに居住まいを正して、さっさと場末の酒場を出ていくことにする。
 女に未練があると思われるのは癪だ。
 だから無言で部屋を出て階段を下り、何も言わずに目礼をした店主に一瞥をくれてやってからブルカ騎士たちとともに陽の刺し込む外へ飛び出してから、よっやく深く息を吸い込んで吐き出した。
 するとブルカ騎士のひとりが俺に声をかけた。

「毎夜女のところに未練たらしく通っていたと思えば、そうでもなかったらしい。それなりの覚悟はできている様だな」
「当然だ。もはや失うものが何もないからな」
「だが得るものはある。だろう?」

 ニヤリとしてみせる別のブルカ騎士の言葉に俺は応えなかった。
 今となっては後ろ盾となってくださるツジンさまに逆らう事は許されない立場だから大人しく従っているまでだ。
 この者たちは戦争が終わり晴れてブルカさまの大勝利となれば将来が約束されているのだろうが、俺は違う。
 最も危険な役割を担わせられている俺の身にもなってみろ……

「今回は絶対に失敗が許されないからな、敵中に踏み入る事になる」

 昼の日中だと言うのに、俺と似た様な酒気をまき散らすどうしようもない男が転がっていた。
 格好からすればブルカの兵士だろう。まもなく戦地に送り出されることになるので、最後の悪あがきをしているのかも知れない。

「兵団の駐屯地か」
「シッ……ここでめったなことを言うものではない、声のトーンを落とせ。そうだ」
「ならばすでに下調べは終わっているという事だな。人数はどれぐらいで踏み込むんだ?」
「明日の夜やる、分隊単位で周辺の屋敷に兵士が伏せて監視を開始している。それから例のモンスターだ」

 あれは手に入れるのに随分と苦労したからな、とまた別のブルカ騎士がそう言った。
 ブルカの街で運営している近くの冒険者ギルドに視線を送ったところを見ると、ギルドの人間を使ってどこからかモンスターを生け捕りにして来たらしい。
 これから俺が、それを支配魔法によって使役できる様にするわけか。

「今度はいったい何だ。厄介な相手じゃないだろうな……」
「これだこれ。犠牲が随分出たらしいが獲物は傷ひとつなく無く、だ」

 ブルカ騎士は腕をくねらせる様な真似をして、どうやら大きな蛇でも捕まえてきたような口ぶりだった。
 作戦は少し前にサルワタの森でやったものと同じはずだ。
 支配魔法によって俺の命令を聞く様にさせたモンスターを、敵地のただ中に放つのだ。
 サルワタでは城の建設に使う気を切り出す作業現場近くにガーゴイルを放った。どうなったかまでは調べる事は出来なかったが、恐らく多くの木こりが犠牲になった事は間違いない。

「それを今から言う事を聞く様にしてもらえばいいわけだ。そしてひと暴れさせてくれれば、それでいい」
「簡単に言ってくれるな。相手はタークスワッキンガー将軍なのだろう」

 だが今回は目の前で結果を出さなければいけないので、最後まで見届ける必要がある。
 そんなヒソヒソ話のやりとりをちょうど終えたところで、俺たちは繁華の表通りへと出た。
 この先にはオルヴィアンヌ王国のブルカ兵団駐屯地がある。俺たちはその駐屯地近くの屋敷に待機して、決行の日を待つ段取りだった。
 恐らくそこに巨大な蛇とやらも運び込まれているのだろう。

「支配魔法というのは興味深いものだな、人間にも効果があるのか?」
「巨大な猿人間を使役していた事があるが、人間は思ったよりも難しいことがわかっている」

 サルワタの騎士シューターは、こちらの魔法に激しく抵抗した後に失敗してしまった。
 ビビアンヌという女で一度は試してみようかと酒の勢いで思ってみたものだが、さすがにそんな事をしなくても従順な女を、どうにかする必要が無かった。
 だが何れ試す機会があるのならば、やってみる価値はあるだろう。

「ツジンさまが聞けばさぞお喜びなるかもな。人間を手ごまに出来るというのは何かの秘策をする際に、これほど役に立つものは無い」

 だがそれはどうだろうなと俺は思う。
 死んでしまった親父殿の事を考えれば、むしろ俺たちこそがツジンさまの手駒。いや捨て駒にされているのではないかと密かに感じている。
 だから捨て駒に終わりただ朽ちないためにも、復讐のその日まで生き残る必要があるのだ。
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