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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第8章 ゴルゴライ戦線

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閑話 ブルカ辺境伯の乱 序

ナメルさん視点で、ブルカ政変劇の舞台裏です
先日いったん投稿した閑話の内容を、大幅に加筆を加えて分割しました。
既読の方も併せてご確認いただければ幸甚です。
 今はその血筋も途絶えて久しいが、かつて俺の生まれ故郷ゴルゴライを支配した熊獣人の部族がいた。
 親父ハメルシュタイナーはその傍流の血筋で、王国の辺境開拓がはじまると故地を回復する千載一遇のチャンスとばかり志願したのだと幼い頃に聞かされたものである。
 そして親父の悲願であった故地回復は確かにその一部は達成し、そればかりか故地の全域を我が物にする切取勝手次第の約束を、ブルカ辺境伯ミゲルシャールから取り付けたのだ。

 その福音は今年、春のはじまりになって突然俺たちにもたらされた。
 激しい雨の続く夜で、親父に命令されて村を囲む用水路の様子を確認するため、配下の騎士たちと見回りに出た事を覚えている。
 当然、村の人間たちは夕方早い時間には戸締りをして、村の中央広場になど人影のひとつも存在していなかった。

 それでも宿屋は明るい灯を煌々と玄関口で照らしていたのだから、こんな激しい雨の夜でも旅をする人間はいるものだと、蓑を着た騎士たちと顔を見合わせたものだ。

 周辺に異常は無く四半刻も見回りをして屋敷に戻ってきた時には、俺たちは全身濡れ鼠の有様だった。
 ある部下はポンチョの上に蓑を着こむほど用意周到だったが、それでも肌着はビッショリとして、屋敷の玄関口で俺たちは揃って服を脱ぎ捨てるハメになった。
 濡れたまま執務室に戻ると、清潔好きの親父殿に激しく叱責を受けてしまうからな。

 そうしている時に不意に屋敷の入り口にたった男たちに声を駆けられたのだ。
 振り返れば修道僧の姿をした男がひとりと、それを警護するものだろうか数名の騎士の姿があった。
 僧侶の連れている騎士であるから、部下のひとりは「修道騎士どもですかね?」と俺に確認を求めたものだ。

「ここはハメルシュタイナー準男爵さまのお屋敷で間違いないな?」
「いかにもそうだ。お前たちは何者だ、修道会の人間が何の用事があるのだ」

 教会堂であれば、中央広場の向こう側にあるのだ。わざわざ聖堂会の人間が村長屋敷を訪ねて来る理由などは無い。
 第一これはあまり大きな声で言える事ではないが、親父殿は女神様への厚い信仰心は無いひとだ。俺たちは誇り高き熊獣人の末裔として、豊穣を司る魔女を信仰している。
 その事を知っている村の人間たち、教会堂の宗教者どもの事を考えれば、俺も仲間たちも胡乱な眼を向けてしまったのである。

「この通り、本官は騎士修道会の人間ではない。ブルカ辺境伯さまの使者だとお父上にお伝えいただけるかな?」

 そう言ったのは、中央に立った修道士そのひとだった。
 暗がりの中で、頭から被った革製のポンチョの懐をはだけてみせて、中に着た無地の法衣を俺たちに見せたのだ。
 顔を見合わせた部下たちの独りが、ランタンを突き出してそれを確認する。
 女神様の奇跡とやらを象意化したΠの紋章がそこのは存在していなかった。
 確かに騎士修道会の人間ではないのがわかる。

「わかった、親父に報告をするので中に入ってくれ」
「……ご苦労」

 その男が俺の横をすり抜ける際に、ニコリと微笑を浮かべて見せるのだった。
 すれ違い様に似る男の姿が、俺には異様に映った。
 つるりとハゲ上がった頭皮に丸いガラス玉の装飾品を鼻にかけていた。これまでこの様なガラス玉の装飾品を身に着けた人間を俺は見た事も聞いた事も無かった。

 しかしこの男はいったい何者なのだろう。
 修道僧の姿をしているにもかかわらず騎士修道会の人間ではないという。
 では王国より武装を許されていない他の修道会派に属すものかと言えば、腰につった剣はどういう事だろう。
 ブルカ辺境伯さまよりの使者ではなければ、怪しい限りの人間だった。

 そんな訪問者たちの人となりを報告してみれば、夜遅くまで女を侍らせて酒を嗜んでいた親父殿は、すぐにもお会いすると返事をしたではないか。

「お前はこちらで控えていろ。わしが会って直接、話を付けてくるからな。カフィアはおるか?」
「あいつは不在です、昼過ぎに村の娘とどこかへ出かけた様でして」
「こんな激しい雨の夜に何をやっておるか。育て方を間違えたのかも知れん……」

 親父殿は自分が酒杯を片手に毎夜女遊びをしている事も棚に上げて、その様な事を口にした。
 苦笑を浮かべた俺はその時、(カフィア)も親父殿を見て真似をしているだけだと心の中で思ったものだ。

 果たして、ブルカから訪ねてきた訪問者と親父殿との間で、どの様な会見が行われているのか俺は気になったものだ。
 嫡男である俺を排する以上は、何がしかかなり重要な機密に付いて話し合いが行われている事は間違いない。
 親父殿の執務室で待つ間にも、テーブルに置かれた砂時計を何度も見やっては時が過ぎるのを確認した。
 酒も、親父殿の戸棚から勝手に拝借しては口に運ぶ。

 それでも落ち着かない時間が続いた後に、廊下でくしゃみをする声を耳にしたので、俺はてっきり会見が終わったものと扉の外に顔を出してみたのだが。

「兄さん、ただいま」
「こんな遅くまで遊び歩いていると、親父殿が心配してかなわんぞ」
「へへへごめん。でも僕は次男坊だから大丈夫だよ、その分兄さんがしっかりと家を盛り立ててくれるからね」
「馬鹿を言っていないで早く服を着替えるんだ、風邪を引いてしまうぞ」
「うん、くしゅん……」

 一族の血を引いているにもかかわらずカフィアは華奢な体格をしていた。
 今年で十三になる立派な成人だから、もう少しばかり体を鍛えておいた方がいいのではないかと親父殿にも相談したが、弟を溺愛する親父殿はまるで相手にしなかった。
 何しろブルカに駐留する王国兵団に弟を送り出す事も拒否するほどの有様だ。
 義母や母に逃げられた親父殿としては家族は常にそばに置いておかねば、気が済まないと思っているのかも知れない。

 手ぬぐいを差し出して弟の頭を多少手荒く吹いているところに、応接間の扉が開く音が聞こえた。
 中からはかなり複雑な表情をした親父殿と、それから続いて先ほどの訪問者の一団が出てくる姿が見える。
 親父殿が微妙な顔をしているので、会見はあまりいい内容では無かったのかも知れないと思いながら観察していると、

「あれは何処の人間かな兄さん?」
「こら、ブルカ辺境伯さまのご使者だ。頭を下げろ」
「あ、うん……」

 俺にだけ見える様に舌を出して笑って見せたカフィアだが、訪問者の中心人物、あのガラス玉の僧侶がすれ違う瞬間にはきちんと貴人に対する礼をしてみせる。
 その隣で俺も似た様な仕草をして見せたところ、先ほどの様に微笑を浮かべていたはずの修道僧が、たいへん厳しい顔をしたまま、足を止めたのだ。

「この匂いは酒と女だな」
「え?」
「親も親なら子も子だ。ロクに仕事もしていない家中の者が酒に女、いったいこの非常時に貴様はッ――」

 何を考えておるか! と突然その表情を激変させた修道僧はガバリと法衣を翻させて右手を持ち上げる。
 弟を張り倒そうとしていたのだろう、その修道僧の激変に驚いた彼の従者たちがあわててそれを止めに入るではないか。
 同時に俺も弟を庇う様に、間に割って入った。

「ツジンさま落ち着いてください。こ、こちらは他家のご家中でござりますれば」
「さあ宿屋に戻りましょう。あちらでゆっくりと体をお安め頂くのが肝要かと……」
「ええい放せ、貴様たちが酒と女に溺れる生活をしている中で、どれだけの民が苦しんでいるのか理解をしているのか貴様たちは!」

 従者たちの制止を振り払った恫喝した修道僧は、そうして俺と弟、さらには親父殿を睨み付けたのだ。
 すぐにも気が収まらないという態度で居住まいを改めると、ツジンと呼ばれたその修道僧はポンチョも羽織らずに屋敷の外へとズカズカ進んでいった。

「お、お待ちくださいツジンさま。おい、行くぞ」
「わかった。それではわれらはこれにて失礼いたします。くれぐれも明日には、よろしく頼みますぞッ」

 数名の騎士たちは俺をジロリと一瞬だけ眼を向けた後に、すぐにも親父殿にそう言葉を告げてツジンの後を追っていったのである。
 一体何事だと俺は理解に苦しんだけれども、その時も苦虫をかみつぶした顔をした親父殿は何も言わずにいた。
 弟は強烈な修道僧の恫喝に驚いたのか、壁に背中を預ける様にして完全に空気を呑まれ、失禁をしていた。

     ◆

「あの方はブルカ辺境伯ミゲルシャールさまの側近で、ツジンさまと仰る方だ」

 応接室に招き入れられた俺は、親父殿に手づから酒をふるまってもらいながら話を聞いた。

「無派の修道僧の格好をしたあの男がですか」
「めったな事を言うものではない。あの方は作戦の神様と言われるほどの頭脳明晰なお方でな、わしの聞いている限りブルカ伯の打ち立てた数々の偉業は、これすべてツジンさまの献策によるものだったと聞いている」
「作戦の神様……」
「余の者たちがそう称えるだけの功績を、あの方が打ち立ててこられたのは間違いないぞ。まあ呑め」

 親父殿はそう言うと、ハチミツ酒の注がれた酒杯をテーブルの向かい側から俺に押しやった。
 恐らく先ほど、ツジンさまというブルカ伯さまのご使者に振る舞うために下女に用意させたものだったのだろう。
 だがテーブルの脇に酒杯のセットを用意したものの、使われた形跡が無かったことから、あのツジンという男は酒を拒否したというのが実情のようだ。
 事実、弟カフィアに対するあの態度を見たところ、酒や女遊びをする事をツジンは大変に嫌っているらしいことがうかがい知れた。

「ツジンさまにお出ししたのか」
「わしもその辺りの事をまるで知らなかったのでな。お噂はかねがね聞いていたのだが、大変な酒嫌い、大変な女嫌いという事だ。いや、女遊びをするのが嫌いだと言うべきだろうかの……」

 作戦の神様などと言われているが、大変な偏屈者であるらしいな。
 カフィアにしてみれば出くわして飛んだとばっちりであるが、これに懲りて弟も大人しくなってくれるならば悪い言ではない。

「それで用向きと言うのは何だったのだ親父殿」
「喜べ、切取勝手次第のご許可が出た。戦争が近いぞ!」
「き、切取勝手次第……?」
「そのためにも、お前かカフィアをブルカさまに差し出さねばならぬ事になってしまうがな……」

 親父殿が寄騎しているブルカ辺境伯さまは辺境の旗頭という立場にある。
 俺たちはその寄騎という位置づけで辺境を共に盛り立てていくという立場にあったけれど、明確には主従の関係があるわけではない。

 だがブルカ伯家は辺境にあって一等飛び抜けた実力者である事は間違いなく、古い開拓の時代から辺境で力を付けてきたオッペンハーンゲン男爵家や交易で財をなしたリンドル子爵家をも力で抑え込むだけの発言力を持っていた。
 同じブルカ伯の寄騎という立場であっても、俺たち辺境の領主たちはブルカ伯と近い関係にあるか敬遠する関係にあるかはそれぞれの領主の見解によって違う。

 そして親父殿はブルカ伯家の後ろ盾によって、ゴルゴライの村を領地経営して来た。

 ブルカ辺境伯さまがそれを望むのであれば、兵士を差し出さなければならない立場にあるのは間違いない。
 これまで不作の年、あるいは豊作の年にあっても取引によって多くの利益と支援をブルカから受けてきたのだから、今さら戦争があるからとこれを拒否する立場にはないのだ。
 それにしても切取勝手次第という言葉を耳にして、俺は自分の中で何度も反芻してみせた。

「戦争か……」
「カフィアはあれで優しいところのある息子だからな、戦争には無かん」
「そうでだろうな」
「だからお前をわしは以前から推薦しておいた。戦争の準備のためにお前はブルカさまのために働いてもらいたいそうだ」

 いったい俺が何をすればいい?
 俺たち熊獣人の一族は武力に優れているから、そういう質問は自分の口から質問する事は無かった。
 しかし戦争準備というのが気になると思っていると、親父殿の方からその答えを教えてくれるではないか。

「リンドル往還に近頃盗賊の活動が著しいという話を聞いているだろう」
「あの触滅隊と言われる悪党どものことか。この辺りまでは姿を見せる事も無いが、セレスタからリンドルにかけては酷い暴れ様だと聞いているな。親父殿はまさか俺に、それを討伐に向かえと言っているのか」

 俺にはゾンゴンアグバンジャビンという切り札があるからな、あの巨大な猿人間をもってすれば、盗賊などはどれだけ徒党を組んでいてもモノの数ではない。
 熊獣人に代々伝わる女王バチの支配魔法を応用して、巨大な猿人間を形ばかりの騎士に叙勲させ時は親父殿も嫌な顔をしていたが、これもこういう時の役に立てるためだ。

「いやいや違う、そうではないぞ。ここだけの話であるがな、」

 親父殿はテーブルから身を乗り出して、周囲を気にしながら声を潜めて説明する。

「あれはブルカ伯さまの差し金で行われていた弱体工作なのだそうだ」
「なんと!」
「声が大きいぞナメル。それでだ、いざという時のためにあの巨大な猿人間を虜にした術を、ツジンさまは欲しいと仰っておったのだ。だからカフィアでは無く、お前が必要だ。モンスターを使役してこれを他領に放てば、これは天災だ。労せずして他の街や村を疲弊させることが出来る」
「なるほど……」

 お前の話を聞きつけたツジンさまは面白い事を考えたものだが、これもわしの息子が優れているからであるな。あっはっは。
 親父殿はそう言って笑い、ようやく心地を取り戻したのか酒杯を煽って見せた。

「ご先祖が養蜂をするために編み出した女王バチの支配魔法が、この様なところで役に立つとは思わなかったわ。わしはお前の様な息子を持って鼻が高いぞ。これでゴルゴライより北はハメルシュタイナー準男爵の領地になる日も近い!」
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