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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第8章 ゴルゴライ戦線

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259 カーネルクリーフの暗殺


「……どいう事なのよ、何とか言いなさいよカーネルクリーフ」

 豪奢な木箱に納められて届けられたそれは、騎士修道会の総長だったカーネルクリーフ卿のものだった。

「あなた首から下はどうしたのよ? まだ隠居を決め込む様な年齢じゃないでしょ?!」
「お、落ち着いてくださいガンギマリーさま。総長さまが異世界で悲しまれますぞっ」
「何を言うのよスウィンドウ、あたしにとってカーネルクリーフはね、この世界にやって来て家族同然の大切な身内だったのよ。いったいどういう事なのよ!!!」

 まるで生前と変わらない様に猛禽の様な鋭く眼は見開かれたままで、その鉤鼻は尊厳ある武装教団を率いる宗教者そのものの威厳があった。
 冷たくなったその首を持ち上げた雁木マリは、頬に涙を流しながらも異世界に魂を旅立たせたカーネルクリーフの首に向かって語り掛けるのだ。

「いったい何があってこんな事になったのよ。やはりあなたもブルカから脱出して、あたしたちと共にブルカ辺境伯を打倒する道を選べばよかったのよ。あなたまだ、騎士修道会の総長になって三年ちょっとじゃないの。誰が一体、総長の後を継ぐというのよ……」

 どうしようも無く泣き崩れがマリは、そうしてゴルゴライ領主館の応接間で膝を付いたのだ。
 するとその首を彼女たちのもとに届けに来たひとりの修道騎士が、その場に居合わせたかつての同僚たちに向かって一歩前に進み出たのである。

 修道騎士イディオ卿は怒りを我慢した視線でその修道騎士を睨み付けた。

「お前たち留守居の供回りが付いていながら、どうして総長さまの御身をお守りできなかったのだ。少なくとも俺は貴様に、その程度の軍事訓練を仕込んだはずだが?」
「仰せのままに、では申し上げましょう」
「申し開きがあるのであれば聞いてやるわ。さっさと言いなさい……」

 怒りの視線に加わった雁木マリは、総長の首を抱きながら言った。
 同じくスウィンドウ卿も、あるいは他の同僚の修道騎士たちもその男に視線を集める。
 ブルカ聖堂において何があったのか、みなさんは聞き逃すつもりは無かった。

「逆賊サルワタ騎士爵アレクサンドロシア並びに、リンドル子爵家を(わたくし)せる前領主夫人マリアツンデレジアに連座して、オルヴィアンヌ王国への謀反を行った(とが)により、枢機卿カーネルクリーフは断罪されました事をここに申し上げます」

 カーネルクリーフの首は、ブルカ辺境伯に内応した騎士修道会の身内によって暗殺されたのだ。
 何の悪びれも無く、その修道騎士は朗々とそう述べたのである。

「逆賊はどちらなのよ! 貴様、まさかあたしたちを裏切ったという事なの?! それでカーネルクリーフはこんな姿に……」
「裏切ったとは聞き捨てなりませんな。修道会というの本来、女神様を崇拝する宗教組織に過ぎないはずです。であるのにも関わらず、中立の不文律を無視しカーネルクリーフは辺境の政治に咬んだのです」

 これこそが女神様への裏切りと言わずして、何と言いましょうか。
 大きく手を広げて芝居がかった口調でそんな風に男が言ったものだから、かつての同僚であろうとも雁木マリは許せなかった。
 誰が止めるよりも早くに刃広の長剣を引き抜くと、そのまま演説をぶち続けようとしていた修道騎士をバッサリ斬り伏せたのである。

「貴様のその魂、絶対に異世界に飛ばせない様に地獄に落としてやる!」

 雁木マリは一刀両断に、男の頭蓋をかち割った。
 その場で血が飛び散ったにもかかわらず誰もそれには気にもせず、誰も雁木マリを止める事も無く。
 そしてそれでも納得のいかなかった雁木マリは、膝を付いて倒れようとしていた男の首めがけて二太刀めを叩きつけたわけだ。

「も、もうよろしいかのガンギマリーどの」
「おいお前たち、義弟の婚約者どのを奥の寝室までお連れするんだ!!」

 その場では完全に部外者であったアレクサンドロシアちゃんと野牛の族長タンクロードが介入して、マリから剣を預かった。
 肩を震わせる雁木マリの側にイディオ卿と野牛の女兵士たちが寄り沿ってそのまま退出させたらしい。

「なんたる事だ……」

 極めて険しい表情のアレクサンドロシアちゃんは、独白反芻する様にブツブツと繰り言を繰り返したのだ。
 そうしておいて、かつての副官時代同様に傍らに控えていたモンサンダミーに言葉を投げかける。

「大変に不味い事になったの。ブルカの街でいったい何の政変があったというのだ……」
「俺が離れる前の事でしょうから詳しくはわかりかねますが。もういち度ブルカに戻って情報を探り出した方がよろしいですかね?」
「悪いがモンサンダミーよ、行ってくれるか。当然この情報はお兄ちゃん、シューターにも届いているのだうの?」
「その点もわかりかねますが、ベローチュさまの配下が、俺とは別の人間をブルカ側に潜り込ませている事は間違いないですぜ。そちらの筋から遅かれ早かれ……」

 応接室の棚に安置されていた、ハチミツ酒を造るための聖なる大窯を見やりながら、アレクサンドロシアちゃんはふたたび大きなため息をついた。

 次々と退出していく幹部たちを見送った後に、最後まで残っていたスウィンドウ卿に視線を向ける。

「カーネルクリーフ総長閣下におかれましては、ドロシア卿に協力して有力諸侯の連合軍を組むと決めたその時から、こうなる事を半ば覚悟しておられた様子でした……」
「そうだろうの。責任は自らが被ると、二度目の会見の折にもあの男は言っておったから、殺害される事はある程度、織り込み済みだったのであろう。しかしそうだとしても、あのミゲルシャールめは騎士修道会を敵に回したという事になるのではないか?」
「そこが問題です」

 いったん言葉を区切ったスウィンドウ卿は、袂を分かった結果雁木マリに斬り殺された死体を見やりながら、改めて説明を始める。

「騎士修道会の修道騎士や司祭になる者には貴族の子弟、或いは商家の身内が多く含まれている事はドロシア卿もご存知かと思います」
「わが村の助祭マテルドが、まさにオレンジハゲの血縁であったからな。知っておるぞ」
「その通り、彼女の様な人間はそれぞれの領地の利益代弁者としてわが騎士修道会に籍を置いています。ガンギマリーさまやカーネルクリーフさまの様な方はどちらかというと稀有な存在で、お貴族さま方とは特段の血縁がございませんでした」

 アレクサンドロシアちゃんは、まだ若かったころに王都で見やったただの修道騎士時代のカーネルクリーフを思い出した。
 記憶の中にある彼はエリート騎士然とした風貌ではあったけれども、その噂によれば異国の貴族出身だというものだった。
 雁木マリについても、女神さまの祝福によって降誕した聖少女たる使徒だ。

「俺も、またイディオ卿もまた本土のどうしようもない騎士の子倅でしたからね」
「すると内部には、これまで表だって大きく異を唱えなかったけれども、ブルカに味方する人間が少なからず存在していたと言いたいのか。ん?」
「お恥ずかしながら、結果的にはそう言う事になるかも知れません。聖少女ガンギマリーさまに従ってゴルゴライへやってきた俺たちは、少なくとも盟主連合軍に参加する事に覚悟と決意をもっています」

 けれども、ブルカに残りカーネルクリーフの護衛を任された彼らは違ったらしい。

「現役の修道騎士についてブルカに地縁、血縁のある者を中心にして本部たる聖堂へ残す事にしたのです。その他、医療機関に派遣されている修道騎士や司祭たちも多くブルカ領内に残っていますからね。ブルカの領内に長くいた事で、それだけミゲルシャール卿との結びつきが強くなっていたのかも知れません」
「あらましでよい、もっとも注意すべき人物にアタリはあるのか?」
「これだけの短時間で残留派の求心力を集めたとなれば、ブルカ城下の大商会の息子だったデスザビエル卿しかありません」

 彼は現在のカーネルクリーフさまの副官として、残留組の差配と医療従事・宗教サービスに係る一切を取り仕切っておりましたからな。わたしの後任ですとスウィンドウ卿は唸る様に言ったらしい。

「ではその者がカーネルクリーフどのの後釜として、騎士修道会を乗っ取ったわけだな」
「恐らくは……」
「可能な限りの手を尽くして、ブルカ残留派の動向を探らせるのだ。あのオレンジハゲに味方したその者たちが、辺境中の修道院や教会堂に離間工作を仕掛けたものなら、わらわたちの領内は内部から崩壊する事になるぞ!」

 雁木マリはすでに放心状態で今は使い物にならない。
 不気味なほどここ数日にわたってゴルゴライ戦線での攻勢を潜めていたブルカ同盟軍側の意図がどこにあったのか、その事が知れてアレクサンドロシアちゃんは戦慄したのである。
 経験と戦術でもって戦場を有利に導く自信のほどは女領主にもあっただろうけれども、この種の政治的駆け引きは、パワーゲームを出来るだけ避けてきた事で埒外にあったのだ。

「お兄ちゃんの槍働きが、今は一番に求められるな……」
「は? 何と仰いましたでしょうか」
「いや何でもない。稲妻作戦の進捗が順調であるのならば、まだ手が打てるやもしれぬ。とにかくあらゆる方法を使ってミゲルシャールめの野望を阻止してやるのだ!」

 ははあ! そう言って平伏したスウィンドウ卿を残して、アレクサンドロシアちゃんは応接間を飛び出した。
 せめて今は親とも思って慕っていたであろうカーネルクリーフを失って、失意の念に沈んでいるであろう雁木マリを慰めようと思ったからだ。
 いくら同僚たちであった修道騎士であっても、男では行き届いたケアは出来ないかも知れないと女領主は考えた。
 それに雁木マリは俺の婚約者で、もはやアレクサンドロシアちゃんにとっても家族だ。

「ガンギマリーどのはどうしておる」
「はっ、今ガンギマリーさまは寝室内で医療処置を受けているそうです。中に入られますか?」
「面会謝絶でないというのなら遠慮なくそうしよう。敵の攻勢がはじまるまで、せめて側にいてやりたいからな」

 寝室前に立っていたエレクトラを見かけて女領主は声をかけたけれども、その時はまだ安静にしているものと彼女も安心したらしい。
 けれども寝室の扉を開いた彼女は、部屋の空気が異様である事を一瞬にして察した。
 散らばったカプセルポーションの殻が部屋のそこかしこにあって、アレクサンドロシアちゃんが雁木マリに視線を向けたところ、ちょうど注入器具を床に放り捨てる彼女の姿が飛び込んで来たのだ。
 そしてそれは騎士修道会の若い修道騎士たちも同じだったのである。

「何をしているのだお前たちは。女、説明しろ!」
「り、領主さまこれは。医療処置だと修道騎士のみなさんが仰いますので」

 その場で付き添いに付いていた名も知らぬ野牛の女兵士に向けて説明を求めた女領主は、次に尋常ではない雁木マリの顔を睨み付けた。

「ポーションとやらで血迷ったのかガンギマリーどの」
「ドロシア卿、カーネルクリーフの首を討った者たちをあたしは許さない。理解してちょうだい」
「お、落ち着けガンギマリーどの。戦支度をして何処へ行こうというのだ?」

 あわてて室内に飛び込んで来たエレクトラとダイソンも合わせて、女領主は通せん坊をした。
 ここで勝手な動きをされたのでは、二〇〇〇の軍勢でゴルゴライを背に戦う作戦が崩壊してしまう。
 しかし悪い事というのは積み重なるもので、今度はまたやっかいの報告が飛び込んでくるのだ。

「伝令! ブルカ同盟軍の主力、数五〇〇〇余りでわが領内へ向けて進発を開始したとの事ッ。占領地の村を守備していた隊が撤退を開始しました!!」

 その言葉を聞いた雁木マリは、裏切者を処断した刃広の剣を天井にかざして叫びをあげた。

「お前たち、カーネルクリーフの仇を討つときは今よ! あたしに続けぇ!!」
「「「うおおおおおっ!!!」」」

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