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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第7章 戦場でお会いしましょう

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254 秋雨の到来です

更新1日空いてしまい、申し訳ございません!
 混濁する意識の中で何もかもが億劫になり、俺はそれに身を任せて横たわっていた。
 どれだけの時間が経過したのだろう、気が付けばポツポツと俺の頬を叩く秋雨によって再び目を覚ましたのである。
 空は灰色の雲に覆われ、優しい霧のような雨を降らせているのだった。

「秋を知らせる雨の到来か。ギリギリのタイミングまでこの天候が俺たちに味方したんだな……」

 もしもこの雨がもう少しだけ早いタイミングで振り出していれば、あの渓谷に伏せていたブルカ領軍の増援部隊を発見することは不可能だったかもしれない。
 森の中は多数の兵士を一か所に伏せておくには不具合なほどに複雑で深い様相を呈していたけれど、雨が降り出して連中が宿営地を移動してしまえば、それを探すのに俺たちは数日を費やしていたかもしれないのだ。
 こうしてタイミング良く秋雨が降り出したことを見ると、やはり敵の中に大魔法を使いこなせる魔法使いがいたのかも知れないね。

 そんな事をぼんやりと考えながら、俺は失われた血によって体が動かなくなっていないかどうかを心配した。
 時間の経過は知れないけれど、空が暗黒色に包まれず明確に灰色をしていると言う事は、少なくとも夜が明けた時間帯を迎えているのだろう。
 先ほどは動かす事も億劫だった首を少し動かしてみると、今度は確かに向きを変える事が出来た。
 その向きを変えた視線の先に、横たわったブルカ騎士の姿をはっきりととらえる事が出来たのである。

「う、ううっ……」

 男の声がした。気絶してたブルカ騎士だ。
 どうやらこの霧の様な秋雨に頬を濡らして、意識を取り戻しつつあるらしいぜ。
 俺はのそりと体が動くことを確認しながら起き上がると、目の前のブルカ騎士が完全に覚醒しきる前に手元に何か武器がないだろうかと探った。
 こうして探る程度に体を動かす事が出来るのは、思っていた以上に血は俺の体から失われていないという事なのだろう。
 腰のベルトにはまだ抜き放っていない短剣があったので素早くそれを手にもつ。
 そうしたところで、ようやく完全に意識を取り戻したらしいブルカ騎士に俺は剣を差し向けるのだった。

「おっと動くな。動くとこの短剣の切っ先を頸根に刺し込むぜ」
「ボロボロのナリじゃないか。その体でよくも俺に指図できるものだな……」
「フン、お前さんはアバラを何本かやられてるんじゃないか。動くのもやっと、息をしても胸が苦しいはずだ」

 仰向けになったまま、苦しそうに顔だけをこちらに向けているブルカ騎士は、俺がそう言葉を投げかけたところで自嘲気味の笑みを浮かべていた。
 実際のところは顔をしわくちゃにさせているだけなのだろうけれど、本人的には苦笑でも浮かべているらしい。

「ああ確かに、肺臓のあちこちが痛い。息をするたびにズキズキと苦しくなってくる。ひとおもいに殺すか、戦争奴隷として国法にのっとった扱いを要求する」
「身代金か。悪くない選択なんだろうが、あいにく俺も自分の命を心配しないといけない立場なんでね、悪く思うな」
「俺はこれでも名族の端くれなのでな、身代金だけはたんまりと払ってくれる可能性があったんだぜ」

 自分の脇をさすりながら、怪我をした場所を指し示した。左肩も激しく痛むのだけれど、動かす程度には言う事を聞いてくれるのがありがたかった。

「そうか、じゃあプランAの方でよろしく頼む。首はくれてやるが、女神様に祈りを捧げる時間だけはくれるかな?」

 これが本物のお貴族さまの矜持というやつなのだろうかね。
 苦しい顔をしていたけれども、最後の瞬間まで自分が高貴な身の上の立場であるという余裕を崩す姿は見せなかった。
 本当ならばこの人間を生きて持ち帰って、何かを吐かせれば情報が得られたのかも知れないけれど、誰も助けに来ない状態で、捕虜を連れてウロウロするのは問題だぜ。
 などと俺は思いながら、どうやら女神様に対する祈りの言葉を口にしようともごもご口を動かしはじめるブルカ騎士である。
 俺は仮にも女神様の聖使徒であると騎士修道会から認定? されている人間なので、彼がぶつぶつと小声を言い終わったところで、ひと声かけてやる事にする。

「大地を見守る女神様のお導きによって、ひとりのブルカ騎士の魂が祝福を受け、異世界に魂を旅立たせる事をここに守護聖人シューターが見届ける」

 適当にでっち上げた言葉だが、疲れた体の割りにスラスラとデタラメが口から突いて出たものである。
 しかしいざ方針気味の体に力を入れて短剣を刺し込もうとしたところで、俺は動きを止めてしまう。
 何かの気配を感じたと思って視線を上げたところで、俺はそのまま体を硬直させてしまったのだ。

「さあやれ、俺もこれで異世界へと旅立つのだ」
「ああ、あの悪い。魂の異世界旅行はひとまず中止してくれ。あんた、まだ体は動くか?」
「何だどうした、何を言っているんだ。体は、肺臓が痛いと言っているだろう……」
「じゃあここでエサにでもなってくれると嬉しいかな。俺は悪いが失礼するぜ、あのゴリラだけは苦手なんだ……」
「わけのわからない事を、いいから殺してくれ。殺さないならこちらから殺しにかかるぞ」

 ガバリと体を起こして見せたブルカ騎士をみて、何だまだ動けるじゃないかと驚いた。
 俺のずっと視線の先にブッシュの中から顔を出している人間の姿があったの。
 それは果たして人間と呼んでいいのかわからない、このファンタジー世界風に言えば巨大な猿人間と呼ばれているアイツらだ。
 かつて雁木マリに拭い去れない深い傷を負わせた経験がある彼ら、あるいはゴルゴライの騎士だと言い張って俺たちと決闘騒ぎをしたゾンゴンアグバジャビンさんとか、あれと同類である。

「げ、巨大な猿人間?!」
「じゃああんたはまだ元気な様だから、そこで出来るだけ抵抗してくれると嬉しいで。俺は奥さんと子供が待っているのでここで失礼す――」
「き、貴様それでも騎士か。助けてくれ逆賊ッ」
「やめろ俺の足を引っ張るな」

 俺たちは極力小さな声を出しながらも激しく争った。
 争ってどちらかが相手を転がして逃げ出すつもりだったのだが、無駄に取っ組み合いをしているところで俺たちは足元に長剣が転がっているのを確認する。たぶんそれは、

「俺の剣だっ」
「貸せ、お前は短剣を持っているではないか、それを俺に貸せ」
「何でだよ、お前だってどっかに剣があるだろ。おい、くそやめろ、巨大な猿人間がこっちに来るぞ……」

 俺たちが醜く激しく争っていたところで、巨大な猿人間にその無様な姿を察知されてしまったらしいね。
 ブッシュの中からかを出していた彼なのか彼女なのか、のしのしと大きすぎる大剣の様なものを肩担ぎにしながらこちらにやってくる姿が見えた。
 もうお終いだ……
 だらりと垂れた巨大な鎖帷子に、俺より大きい巨盾を持っている姿を改めて確認したところで、剣を振り抜かれれば一撃死、たぶん盾でタックルされても良くて複雑骨折だろう。

「お、おい。その剣は譲るから共闘しようぜ。俺はあいにくあんたに脇腹をやられたので出血が酷い。たぶん動き回ればすぐにも貧血に……」
「馬鹿を言うな、俺は足をどうやらくじいてしまったらしい。なあ同じ国王にかしずく騎士仲間だろ、俺をおぶって逃げる事は出来ないか?」

 ズシンズシンと大地を響かせぬかるみに巨大な足跡を付けながら近づく巨大な猿人間に、俺たちは恐怖した。
 隣のこいつはたぶん役立たずで、俺もたぶん足手まといにしかならない戦力だ。
 背負って逃げるなんて以ての外だと思えば、もう絶体絶命だと思った。

「どうしてあっさりと殺してくれなかったんだ。お前が躊躇するせいで俺まで酷い死に様に……」

 先ほどまでの騎士の矜持はどこへやら、覚悟を失ってしまったブルカ騎士は俺の長剣を杖にして立ち上がりながら、どうにか戦う構えだけは無様にとってみせたのだが、

「何者だ、官姓名を名乗れ!」

 大股で近付く巨大な猿人間が、俺たちに対して誰何を問いただしたのである。

     ◆

 俺の名は吉田修太、三十三歳。
 巨大な猿人間の捜索隊によって助けられた盟主連合軍の軍監である。

「そんなにガッツかなくても飯はいくらでもありますから、安心してください。なあにもうすぐ友軍が駆けつけてくれますので、それまでの辛抱ですよ。俺はちょっとばかり仲間と見張りの役割を交代してきますので。ごゆっくり」
「ありがとうございます、ありがとうございます」

 ゴリラか悪魔かその親戚か、そんな顔をした巨大な猿人間が俺に親切な言葉をかけてくれたのである。
 ここはアントワーム村の外れにある枝郷、つまりは周辺集落にほど近い木こりの休憩小屋らしい。
 とりあえずは両手を上げてバンザイした俺とブルカ騎士に対して剣を突き付けてきた巨大な猿人間だったけれど、聞けば盟主連合軍側に参加している戦士の巨大な猿人間というではありませんか!

「お前は運がよかった、俺は運が無かった。こんな事ならさっさと殺してくれればよかったのだ……」

 ブツブツと文句をまだ言っているブルカ騎士をよそに、俺は与えられたオートミールを木のスプーンでせっせと口に運んだのである。
 傷口を縛るものが何もなかったので自分の身に着けていたズボンで脇腹を包帯代わりにて縛っているのでほぼ全裸だ。
 完全なる全裸ではない理由は包帯をぐるぐる巻きにしているからだね。
 今回も俺はこのブルカ騎士が言う通りに運がよかったのだと言える。
 ちなみに着用していたパンツは、俺がここでかくまわれている事をひとめで表す様にという目印替わりに、木の棒に結び付けて小屋の入り口に立ててある。

「おい、シューター卿と言ったか。あんたは盟主連合軍の軍監なんだろう。逆賊の連中は巨大な猿人間を戦士に召集するほど人手に不足をきたしているのか……」
「いやあ、ゴルゴライで騎士を名乗る言葉の通じない巨大な猿人間なら見た事があるんですけどねぇ。諸侯の中に巨大な猿人間がいたなんて話は初耳ですよ」

 降り続く雨の中、俺とブルカ騎士は仲良くトウモロコシの粒入りオートミールをすすりながら会話をした。
 彼が敵である事が知れたので、こちらは頑丈そうな鎖で両腕両足を拘束されている。
 医療用の包帯も無い様な小屋だったのに、モンスター捕縛用の道具だけはしっかり小屋の中に保管されていたのがありがたい。
 逃げる事を完全に観念したこの男は、せめて国法にのっとって戦争奴隷としてまともな扱いを受ける事を要求していた。

「だが彼はたぶん奴隷ですよね」
「どうしてそんな事がわかるんだ」
「だって、作業中に鎖帷子を脱いで小屋の中を出入りしていたじゃないですか。その時ヘソピアスが見えたんです。だからたぶん奴隷奉公中の巨大な猿人間なんですよ。きっと戦争が終わればどこか故郷なる山か森に里帰りするんじゃないかな?」

 会話が持たないので俺は適当な事を吹聴しながら、残り少ないオートミールを口に運んで満足だ。
 本当にヘソピアスがあった事は事実だが、どこの所属でどこの出身なのかまでは彼は言わなかった。
 言葉は巨大な猿人間とは思えないほど流麗な具合だったが、奴隷ならばきっとご主人さまがせっせとこの王国の言葉を教育したに違いない。
 そんな事を考えていると、バアンと小汚い休憩小屋の扉が開いて、交代の見張り兵というのが中に入ってくるではないか。

「ホント酷い雨だ。聞いておくれよ軍監さま、この森の近くにブルカ伯の軍勢が潜んでいると総指揮官さまから通達があったからあわてて見張りに立っているのに、ひとつも敵が現れる様子もねえ。それどころか軍監さまや脱走兵が出て来るばかりで、本当に俺たちゃここで見張っていたら勲功にありつけるんですかねえ?」

 元気よく濡れた鎖帷子を脱ぎながら体をボロ布の様な手ぬぐいで拭いていく兵士さんである。
 その手ぬぐいを包帯代わりにしてくれたらよかったんじゃないですかねえ?! とか不満を密かに募らせたけれど、汚らしいので感染症が怖いから、これでよかったのかも知れない。
 それにしてもバツが悪いのは捕虜となったブルカ騎士である。

「たぶんお前たちが待っているというブルカ伯の軍勢は、いつまでたっても現れないだろうな」
「何でだよ、敵のお貴族さま」
「そのナワメの森に隠れているという軍勢が俺たちだからだ。この男が連れた攻撃部隊に、見事にあべこべの奇襲攻撃を受けてしまったからな。今頃仲間は虐殺だ」

 確かに男色男爵の軍勢は、この機会にと容赦なく残敵掃討をしていたからな。
 ここで見張りをしている兵士には勲功のおこぼれを頂く事は出来ないかも知れない。
 そんな事を思いながら改めて兵士を見やると、彼は濡れた肌着までを脱ぎ散らかして、なかなか鍛えられた体を俺たちに露出させてくれるではないか。
 ふとヘソを見やると、この男にもヘソピアスが付いてるのがわかった。
 俺とブルカ騎士は互いに顔を見合わせてしまう。

「君はもしかして奴隷なのかな?」
「いや、そういうわけでもないんですがね。聞けば辺境のどこかの領主さまに、奴隷から一代で成り上がった騎士さまというのがいるらしいじゃねえですか。奴隷騎士と言って、戦がめっぽう強い男なのだそうで、この戦争がはじまるときに噂に聞いてねえ。奴隷騎士さまにあやかって、リンドルでヘソピアスを付けてもらったんですわ」
「奴隷騎士の噂は、俺も出陣前にブルカの街でそう言う噂を聞いた事があったな。フム」
「へへ、俺は全裸を貴ぶ部族じゃねえから、この雨で濡れてしまえば風邪を引いてしまいますが、せめてピアスぐらいは付けていたじゃないですか。何でも全裸奴隷の騎士さまの率いる精鋭部隊は、揃ってわざわざ志願しているそうですよ」

 だからこいつはファッションピアスですな。あっはっは。
 ふたたび顔を見合わせた俺とブルカ騎士である。

「全裸を貴ぶ部族出身の戦士で、辺境不敗を唄われているそうだ。女は犯す、男は皆殺しという蛮族だというから、俺も戦場で出会わなくてよかったというものだ」

 ボロボロになった自身の体をさすってみせながら感慨深げにブルカ騎士がそう言うのであった。

「馬鹿げた流行もあったものだな。奴隷でもないのに奴隷騎士にあやかってファッションピアスか」
「そうですね」

 そうは思わんかと同意を求められたけれど、そいつはもしかしなくても俺の事だよね。
 全裸を貴ぶ部族と言えば、俺かツジンか雁木マリぐらいのものだろう。
 ツジンもやっぱり全裸メガネの姿で降誕したのかな?

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