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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第7章 戦場でお会いしましょう

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252 バジル大作戦 硫黄大爆発


 骨付きの漫画肉の様なたんぱく質の塊を、たき火で炙っている男たちがふたりいた。
 明日にはアントワームという村に対する攻勢に出ると聞かされていて、次に暖かい肉にありつけるのはずっと先になる事がわかっていたのだろう。
 時折談笑を交えながら、すでに寝入ってしまった仲間たちに「あいつらに悪いな」などと形ばかりの申し訳なさを示しつつ、したたり落ちる肉の油を観察しつつ食い時を見守っていたのである。
 するとどこからともなく風に乗って、小鳥のさえずりの様な心地よい女の声が聞こえてくるのだ。

「天地輪環を司りし女神様の理に従い、わが魔力をもって物理の力を成せ。潤しの水よ……」

 ん? と漫画肉の焼き加減を見ながらブルカ兵が小首を傾げた時には、何もかもが遅すぎたのである。
 その声の主は女魔法使いマドゥーシャのものだった。
 ブッシュの中に身を隠していた彼女が勝手に二枚ずつ、両手に四枚の護符をかざしながら呪文詠唱をする姿を俺たち夜間挺身隊のみんなが見守った。
 それぞれの護符が狙っている攻撃先は「光」のある場所だった。
 何やら小難しい魔法の理を口にし終わった瞬間に、護符の先端からいくつもの水球が発射された。
 ひとつの護符から水球ひとつという風に明確に定められているわけではないらしく、飛び出した水球はありとあらゆるかがり火やランタンを次々となぎ倒し、水に湿らせ、そして消火し、突如として宿営地の中はインクを投げつけられたように黒塗りになってしまうのだ。

「な、何事だ」
「どうしたどういう事だ?!」
「わからん、急いで発光魔法を……」

 などと、先ほどの漫画肉を焼いていた連中も大混乱になっているらしいのが遠くに聞こえてきた。
 松明を引き倒したりランタンを転がしたりするのはニシカさんも風の魔法で手伝ったりしたのだが、女魔法使いの本領発揮はこれからである。
 普段使いの護符よりも上等な羊皮紙を使った簡易魔法発動体を起動させるために、暗闇の中に女魔法使いの呪文が響いく。

「フィジカル・マジカル・エクストリーム!!」

 もはや周囲警戒の必要も無いと見た俺たちは、彼女の詠唱がはじまった時にはそれぞれの武器を思い思いに構えながら宿営地の中を見回す。
 そして呪文詠唱の最後のフレーズ「エクストリーム」に差し掛かったところで、発動に備えてみんな顔を伏せるのだ。
 ズズンという地鳴りの様な爆発が、この渓谷の中を席巻した。
 同時に火柱が羊皮紙の簡易魔法発動体から噴き出したかと思うと、一気に暗がりの中の宿営地を明るく照らしてくれる。
 そして深く寝入っていたブルカの騎士たち、兵士たちを大混乱に陥れて、彼らは次々にテントから着の身着のままの姿で飛び出してくるのだが。

「どういうことギャー?!」
「お、おい大丈夫ジャネーシヌゥ」
「ゆるしてくれぇええ」

 彼らから見れば謎の大火力魔法の直後に、俺たちの仲間が散布した硫黄の散布粉に着火したのだろう。
 火の回りが異常とも言える速度で広がりを見せるのを見て、大混乱になりながらも一部の騎士はこれが人為的なものである事に考えが至ったらしい。

「敵襲だ! 敵の攻撃だ、応戦用意!!」
「抜剣しろ、盾を持っているものは頭上に掲げるのほげぇ……」

 誰かの叫びが言い終わる前に途絶えてしまったのは、女魔法使いの魔法詠唱に呼応して、エルパコやニシカさんたちが弓を番えて次々に放ったからである。
 当然の様に渓谷の縁からも大正義カサンドラたちが正義の鉄槌を射込まんと、弓を引き絞っているからなのもわかる。
 中には地面が変形して泥の触手に足を奪われる者や、鋭い風弾で叩き伏せられる者がいるところを見ると、これはようじょやハーナディンたちも援護に加わっているからと見える。

「シューター閣下、もうこのあたりで十分でござろう。移動を開始しますか」
「そうですね、そうしましょう」

 よし退却。とばかり俺はその場のみなさんに命令を飛ばしながら引き口の集合場所に向かって駆け出した。
 今渓谷で出入り口になる様な場所はふたつしかない。
 ひとつは俺たちが谷間に侵入する際に浸かった枯れた滝で、ふたつめは冠水時に排水口となっている谷間の入り口だ。
 そちらはブルカ領軍も重点的に警備兵を配置して守りを固めていたが、完全に谷間が襲撃された時に浮足立っていた様だ。
 そのスキに背後からカラメルネーゼさん率いるサルワタ騎兵チームが攻撃をかけているはずで、今のうちに退却の手はずを整えておかねばならない。

「あそこだ、あそこに魔法使いがいるぞ。ええい討伐隊の組織はまだか? たかが少数の奇襲だ混乱するな!」
「ひるむな、応射しろ!」
「てっ敵は崖の頭上から攻撃をしている様だ。ええい、警備の人間は何をしていたのだ?!」
「指揮官どのにお知らせしろ、すぐに討伐隊を作っておぎゃぁ?!」
「て、敵が谷間の中にも存在している、ほらあそこっ!!!」

 大混乱となった谷間の中は、右往左往する将兵たちで大盛り上がりだった。
 突破をするなら今がチャンスだ。
 ニシカさんなどは何者にも怯える様子も無く立ち上がった状態で、よりどりみどりの具合で逃げ惑う兵士をひとり、またひとりと弓で仕留めていく。
 黄色いマントの幹部級と思われる兵士を見つけた彼女は、ニヤニヤと獲物を狙う狂気の眼をしてそいつの言葉を最後まで言わせる事無く絶命させた。

「やべぇ、気づかれたな」

 そうして悪びれも無くそう言い放ちながら次の一射をしてみせるニシカさんである。
 呆れている場合でもないので、追撃の一射が終わったところで脇に腕を回して、強引にこちらに来るように誘導すると、

「そんなに堂々と射撃してたら当たり前だ」
「わりぃわりぃ」

 入れ違いにけもみみと女魔法使いが支援射撃だ。
 すると女魔法使いが放ったものか、頭上からようじょやハーナディンが放ったものかはわからないが、まだ火の手が回っていない硫黄の粉末に引火したらしい。

「ご主人さま、こちらに敵が来ます!」

 手槍を突き出した男装の麗人は、問答無用でこちらに駆け込んでくる半裸の兵士たちを見やった。
 やはりニシカさんからの情報通り、完全に油断して装備もまともに身に着けていない状態らしいね。
 おかげで暗がりの中で引火した資材の明かりを頼りに、敵の弱点を探す様な苦労をする必要が無かった。
 男装の麗人は手慣れた手つきで、腹をズガンと手槍で突き刺しながら、疾駆していく。

「お前たち何処から侵入した?!」
「敵襲、敵襲、営内にも敵が――」

 俺も次々とこちらに剣を振り込んでくる敵をいなしながら、手槍を振るって攻撃だ。
 ニシカさんやけもみみたちは長短の弓を使って遠方の敵を処理してくれるので、デルテ騎士爵と女魔法使いが前面に飛び出しながらの盾役というところだろうか。
 女魔法使いなどは本来ならばチームの後方支援任務を担当するのが正しい使い方なのだろうが、この通り機敏に動きながらローブを翻して前に突出していた。
 護符を使うまでも無い相手には水の魔法や風の魔法などを叩きつけてやる。そこを俺と傭兵のみなさん、そしてケイシーさんが処理していくという方法で、あっという間にそれほど広くはない渓谷の出入り口の方向へ走る抜ける事が出来た。

「敵は同士討ちを始めた様ですね閣下!」
「この暗がりだ。俺と連中の顔もまともに判断できないから、何人の敵が営内に侵入したのかわからなんだろうね」
「シューター卿、もうすぐ入り口の防備を固めている敵の防備兵が」

 デルテ卿が自慢の長剣を振り回しながら、まとわりつく蠅の様に攻撃してくる敵兵士を力任せに斬り伏せた。
 彼が言ったとおりに数名の兵士たちが、この混乱の中でどうにか立ち直って警戒に当たっていたらしい。 ブルカ領軍は度重なる本土国境地帯への派兵経験があるのか、こういう時に混乱から立ち直るのが素早いらしいことを俺は察した。
 もしもこれがリンドル兵ならば大混乱から逃亡してしまうか、もしくは宿営地の内部がこの有様なのですぐにも内側に援軍をと動いていたかもしれないからね。

「止まれ、栄えあるブルカ兵が逃亡する事は許さん!」

 そこを行くと、彼らは俺たちをブルカ領軍の逃亡兵と見たのだろう。
 混乱を出来るだけ早くに納めるために彼ら出入り口の守備兵はしっかりと持ち場を守っていた。
 それだけでなく、少なくない兵士たちが外部に向かって警戒する姿勢を見せているところが優秀と言えるかもしれない。
 敵がこの混乱に乗じて、袋小路になっている谷間を攻撃するために、入口方面から押し寄せてくることを誰かが予見したのだろう。

 一歩前に押し出した甲冑姿のブルカ騎士に向かって、デルテ騎士爵は誰よりも早くに駆け出した。
 今のところは小さな勲功はひとつひとつ重ねてきたけれども、まだ彼自身が満足の行く決定的な戦果を挙げたという満足感がないのかもしれない。
 彼は騎馬に乗れば猛々しい姿をしているのだけれども、さすがに完全武装の騎士を相手にどういう戦い方をするのかとちょっと興味があった。
 そんな事を考えるぐらいに俺たちには余裕があった事にも驚きだが、敵は他にもまだまだいるので女魔法使いやニシカさんたちも魔法攻撃を仕掛けて周囲の兵士を蹴散らして見せる。

「貴様歯向かいするつもり、違うお前たちは逆賊?!」
「気づくのが遅かったなッ。シューター卿この者の首は俺が頂きますぞっ」

 血気盛んなデルテ卿は剣による攻撃をするものかと思ったけれど、素早く短剣を引き抜いて二刀流の構えを見せた。
 いや違う。抜いた短剣はすぐにも左手から放たれて、そのままするするとブルカ騎士の甲冑に激しい音を立ててぶつかった。
 まともに敵を攻撃する事は出来なかったけれど、十分に怯んだブルカ騎士に向かって体当たり気味の一撃をデルテ卿は見舞ったのである。

「お見事……」

 ざっくりと敵騎士の首に刃を食い込ませて打ち倒したデルテ卿は、そのまま勢いを付けてジュンと刃を走らせる。
 騎士の突撃は体当たり気味に相手に馬上からタックルをかます勢いで敵を蹴散らすが、まさにそんな具合を地上の徒歩戦闘でやってみせたというところだろうか。
 感心しているところで敵の背後から、少し遅れてカラメルネーゼさんが率いるサルワタ騎兵隊の登場だ。
 どうやら出入り口の防備は二重になっていて、俺たちが相手をしていたのは手前側の防御陣地、その先にも別の防御陣地でもあったらしい。
 すでに血塗られた槍を引っ提げたカラメルネーゼさんが、カツカツと馬蹄を響かせながら近づいてくるのが見えた。

「遅いではないですかカラメルネーゼ夫人、俺はめぼしい指揮官級の首をひとつ頂いておりますぞ」
「なんということです! 敵の守備兵にまごついているうちに、わたくしとした事が後れを取ってしまいましたわ」

 思いの外、入り口付近の遮蔽された敵陣地で苦戦をしたらしいカラメルネーゼさんは、そう言いながら槍を血振りしてみせると、残敵掃討を部下たちに任せて渓谷の切り立った崖を見上げたのだ。

「敵の混乱が収まりつつありますわね。婿殿、今こそご子息の出番ですわよ?」

 ご子息? 俺はズボンの上から自分の息子をいじってみせたがこれの事ではないらしい。
 呆れた顔をしたニシカさんが谷間の中の敵に矢を放ッた後にこう言った。

「バジルの事だ。そろそろタイミングだろう」
「よ、よしあかちゃん出番だ。も、もちろんちゃんとわかっていたさ。はは……」

     ◆

 ようやく初動の営内大爆発の混乱から立ち直りつつあったブルカ領軍たちは、どうやら少数の敵が魔法や何かの方法を使って奇襲攻撃を仕掛けてきたのだと言う事に思い至ったらしい。
 かなり少数の敵が宿営地の中を走り抜けたせいで、はじめのうちは同士討ちをするハメになったが、それもさすがは経験豊富なブルカ兵だ。
 すぐにもリーダー単位でまとまって敵がいない事に気が付くと、ただちに崖の上から攻撃を仕掛けてくる敵への反撃を意図する。

 少数による討伐隊を組織して、俺たちが下りてきた枯れた滝を逆上しようとしはじめたのだ。
 当然、魔法を使える人間や弓兵に支援射撃をさせたものだから、後で聞いたところでは大正義カサンドラたちは肝を冷やして射撃を中断したらしい。
 岩をよじ登りながらその一瞬のスキに一転攻勢をかけようとしたところを、バジリスクのバインドボイスが谷間を駆け抜けたのである。

 はっきり言って最高のシチュエーションだったかもしれない。
 戦場でこのあかちゃんの夜泣きが効果的である事は、先日の夜戦でも証明してみせたところだが、よく響き渡る谷間の中の事である。
 反響しまくって入り口付近にいた俺たちまでもが、その咆哮で大混乱に陥りそうになるほどの効果だ。

 そしてそこを男色男爵の率いる精鋭、妖精剣士隊が逆落としを実施したのだ。

騎馬突撃(チャージ)騎馬突撃(チャージ)騎馬突撃(チャージ)!!」

 三度繰り返されるこの命令ほど恐ろしいものは無いだろう。
 俺が男色男爵が戦場で戦っている姿、風聞を合わせて吟味したところ、こうして繰り返される突撃号令は妖精剣士隊が整列した状態から一気に雁行の陣形で行われる、もっとも恐ろしい貫通力を持った打撃だ。
 この時も切り立った崖の上に整列した山岳騎兵のモッコリ剣士たちが、普通ではありえないぐらいの角度
(たぶん見上げたり見下ろしたりすれば体感確度は直角に近い)から順次崩れ落ちる様に突貫してくるのだからな。

 せっせと枯れた岩場の滝を昇っていいた兵士たちは、その騎兵の濁流に呑み込まれて命を失った。
 その勢いが留まるところを知らずに宿営地の中央に向かって雪崩込んだのである。

「総員下馬戦闘接争、残敵を掃討しなさあぃ!」

 秋雨は降らず、その代わりに谷間に降り注いだのは血の雨であったのだ。

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