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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第7章 戦場でお会いしましょう

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251 バジル大作戦 挺身隊


 古来から新月の夜は夜戦に最も適していると言われてきたそうだ。
 月だけが野外の夜に明かりをもたらしてくれるとあっては、それが完全に隠れてしまった夜は本当の意味で真っ暗闇になる。
 今夜がその新月の前夜であるのだけれど、ほとんど姿を隠してしまった今の月は、本当に墨汁を垂らしたように真っ暗なよどんだ世界だと俺は思った。
 明日ならばさらに夜襲に適していただろうが、そんな事はさせない。

「よし、みなさん準備は出来たかな?」

 俺が振り返った先には、意を決した顔をしたけもみみ奥さんや男装の麗人、女魔法使いたちの顔があった。
 デルテ騎士爵はやる気満々の表情で気炎を発してすらいる。
 すると一同を代表する様にしてニシカさんが腕組みを解いて、俺に言葉を投げかけた。
 腕組みが解放されると、それまで抑圧されていたたわわな実りの両胸が、はじける様に暴れた。
 そうか、今宵はどこまでも大暴れするってわけだね。

「ああ問題ないぜ、いつでも出られる。相手は袋の鼠だからな、見つかりさえしなければ何も恐れる事は無いぜ」
「了解だ。少しでも動きを阻害する様な防具は置いて行ってください。俺たちは別に敵と正面切ってぶつかり合いをするわけじゃない。敵も寝入りならガチガチに防具を固めているというわけではない」
「条件は同じって事だぜ。その辺りの事はすでにオレ様が宿営地に入って確認をしてきているから安心しな」
「ギュイ!」

 俺の言葉にニシカさんが相槌を打ちながら同意してくれた。
 デルテ騎士爵が傍らの夫人に「あなた、ご無理をなさらない様に」などと声を駆けられて、微妙な顔をしているのが見える。
 勲功第一の槍働きをどうしても示しておきたいデルテ騎士爵としては、絶対に俺の側から離れないつもりらしいから面白いね。奥さんの気持ちはわかるけれど、まあそんな彼は無理をしないと武功を立てられないので複雑な立場だ。

「シューターさま、わたくしたちも準備は整いましてよ。これから退路の誘導口に向けて移動する事にいたしますわ」
「うん、カラメルネーゼさんも頼りにしています。敵が一転攻勢に出る様な事があれば引き口までの誘導、よろしくお願いします」
「おーっほっほっほ、お任せいただいて万事問題なしですわ!」

 カラメルネーゼさんは野牛の騎兵たちを率いて、俺たちの退路を確保するために先行して別の場所に移動する事になっている。
 俺がしっかりと頷いた姿を見届けたところで「みなさんいきますわよ」と早速にもミノタウロスたちに声を駆けながら移動を開始した。
 野牛の兵士やカラメルネーゼさんの様な重量級の(蛸足美人本人に言えばくびり殺されないが)ひとたちには夜間挺身隊は不向きだからな。適材適所というわけである。

 そうしておいて俺は振り返って、崖の上からの攻撃を担当するようじょを見やった。

「ッヨイさま、それでは援護射撃はよろしくお願いしますよ」
「任せてくださいなのです。上方から手筈通りに攻撃を仕掛ける事にするのです」

 俺たちと同じポンチョ姿をしたようじょは、コクリと頷いて見せて俺を見上げた。
 夜の作戦を行うにあたって、日頃はポンチョの肩に縫い付けていた作戦参謀を示す金モールも撤去されている。
 暗がりの中で悪目立ちしないための配慮だが当然だろう。
 参謀だとわかる目印をこんな場所でしていれば、敵が混乱から復活した際に指揮系統を崩そうとしていの一番に狙われる可能性があるからな。
 ようじょの肩にそっと手を回した大正義カサンドラと、その隣で頷いて見せるタンヌダルクちゃん。そしてさらに傍らに待機していたラメエお嬢さまに視線を移したところで俺は満足した。
 彼女たちは切り立った崖の情報から、指示が合った通りの場所に弓矢や魔法を使った攻撃を行う役割だ。

 そして最後にニシカさんと頷き合った後に、男色男爵に視線を向ける。
 この作戦部隊の現場指揮官であり、今回のもっとも重要な局面での役割を担っているみなさんだとも言えるかもしれない。

「オコネイル卿、あんたを疑うわけじゃないが本当に大丈夫なのですかね……?」
「任せてちょうだい。アタシたちが山岳騎兵と何故呼ばれているのかを、しっかりとアナタにお見せする機会というものだわぁ」

 差し出された右手を握ると、ぐっと握り返された。
 妙に艶めかしい普段のアイシャドウは今夜はしていないらしい。それどころかドーランを使って緑色だか茶色だかの化粧が顔に施されていて迷彩仕様になっている男色男爵である。
 部下のみなさんも同じ様な有様なので、いつでも夜陰に紛れて突撃できるという顔をしていたではないか。

 そう。
 男色男爵指揮下の妖精剣士隊の主力は、この断崖絶壁の上から逆落としの騎馬突撃を、決定的局面で実施する事になっていた。
 その決定的局面を演出するために、俺とニシカさんやけもみみや、デルテ卿たちを引き連れて夜間挺身隊が、谷間の中で宿営する敵の軍勢を混乱させる役割を担うのである。

 とてもではないが普通の思考では切り立った崖の上から騎馬突撃を敢行するなんて事は人間考えないものだ。
 俺も当初あべこべに夜襲計画をブルカ同盟軍側に仕掛けるにあたって、その点を考慮せずに作戦立案にあたった。
 実際に細かい事を考えたのはようじょであるけれど、その点について異議を申し立てて逆落としをしてみせようと意見具申してくれたのが、男色戦隊の指揮官であるオコネイル男爵だ。
 まったく。
 敵も恐らくそんな奇襲を受けるわけがないと考えているからこそ、この夜襲攻撃は成功するというわけなのだが、無茶な計画だぜ。
 ニッコリ片眼をつむってウィンクひとつを飛ばした男色男爵を見届けたところで、俺はみなさんを改めて見回してこう言った。

「では行ってきます。みんな、生きて後で会おう」

     ◆

 いくら渓谷の宿営地が切り立った断崖絶壁の中にあると言っても、この場所は雨季を迎えれば雨水が注ぎこんで溜め池となる場所である。

 溜め池になる以上は注ぎ込む川の様な場所があり、排水される出口も存在する。
 敵であるブルカ領軍はまず排水口にあたる出口側から大軍を引き入れる様にしたらしく、森の外の平野部に繋がるその場所には軍事的セオリー通りに守備の兵士をしっかりと立てていた。
 当たり前の事だが、断崖絶壁のあちこちにも歩哨を立てており、警戒に余念がない。

 だが、さすがに渓谷の全体を一望できる高台の場所までは兵士を送り出してはいなかった。
 そこでニシカさんはその場所から内部を観察しつつ、スキをついて宿営地の中まで潜って偵察をして帰って来たのである。

「オレのところに付けていた部下たちが、今崖の上で歩哨に立っている連中を始末しに走っている」
「あの褐色エルフの同胞たちですか」
「そうだぜ。黒い女(ベローチュ)ほど使い物にはならないが、それでも軍事訓練を受けているので、まあ役には立つだろう」
「ギイギイ」

 雨が降れば滝になって注ぎ込む場所を宿営地への侵入ポイントに定めたニシカさんは、道中そんな言葉を小声で説明してくれた。
 途中で何人かのモッコリ頭のファッションアイパッチ勢が散っていく姿を見たとこでそんな口の悪い発言が飛び出したものだから、俺の側に従っていた男装の麗人がとても嫌そうな顔をしているのを感じた。暗がりだが何となく付き合いが長くなってきたので俺にはわかるぜ。

「これでも彼らは王都では比類なき精鋭だと言われていたのですけどね」
「比類なき精鋭というのはシューターみたいなヤツを言うんだ。どんな敵と戦っても怯まずあわてず、最後まで戦場で立っているやつが精鋭無比だ。わかったか?」
「そうですね。ご主人さまは精鋭無比です」

 精鋭無比なんて言葉、人生で初めて誰かが口にしたのを聞いたよ。
 俺はどっちかと言うと根性で最後まで立っているタイプだから精鋭とは違うと思うんだよね。

「シューターは夜、精鋭無比だな」
「何ってるんだアンタ、夜戦の前に……」

 とにかく黙々と俺の後に付いて来てくれるデルテ卿やケイシータチバックさん、足元を走り回るバジル、そして最後尾で警戒を担当しているけもみみ奥さんの姿を確認しながら、どうにか人間が下りる事が可能な様に感じられる枯れた滝の階段状の段差を俺たちは下りた。
 本来ならばロープなどを使って安全に降着するのがいいのだろうが、クイでも打ち込んでいれば音でばれてしまうだろうからそれも出来ない。
 手槍を上手く杖代わりにしながら俺たちは谷底までどうにか降りる事が出来た。

 途中で道案内のニシカさんがフっと姿を消したり、最後尾にいたはずのけもみみが見えなくなったりするのは、ブルカ兵の歩哨の気配を察知したからだろう。
 俺も谷底に降りて夜間挺身隊たちの点呼確認をざっとやっている途中で、近くに人間の気配の様なものを感じたからな。
 音も無くケイシーさんがぬっとその正体を抹殺しようとしていたので、俺は手で遮って「自分でやる」と志願しておいた。
 距離が少し離れていて俺の方が近いからな。

「キュウ?」

 あかちゃんもそこで待っていなさい。おじさんが悪い戦士を倒してくるからな。
 ブーツの先をつま先から降ろしながら木陰に移動して、そこでしゃがみこんで小便をしている人間を発見した。
 そのまま背後から首に腕を抱きまわしたと思うと、手で口をふさいでしまう。

「う゛もも、う゛ももっ」

 声にならない悲鳴の様なものを必死で発している小便垂れの歩哨は、果たして女だった。
 そりゃそうだ。座って小便をするのだから女の子なのだ。
 ごめんな、これも戦争だ……
 俺は似非フェミニストを自称する奥さんや家族の女性には優しい人間だと思っていたが、戦場で会えばただの敵だからな。
 やがて意識が途切れたのか抵抗をやめたところを見て、素早く首の動脈を短剣で切断した。

「魂の旅だった異世界では、社長令嬢にでもなってくれますように……」

 女神様の祝福が魂にありますように。
 問題ないというハンドサインをしたところで、暗がりの中を全員が散る様に走っていく。
 ニシカさんとけもみみはは率先して立哨中の見張り員を処分していくだろうし、残りの人間は女魔法使いの指示に従って爆弾を仕掛けていく。

 まあ爆弾といっても俺が元いた世界の爆弾ではなく、この作戦のために女魔法使いが用意した護符だ。
 大威力の火炎系の魔法が発動可能なように魔法陣が描かれており、これを敵の宿営地のあちこちに設置するのである。
 護符さえしっかり配置しておけば、女魔法使いが離れた場所でこれを発動させ、宿営地全体を大火災にさせるという寸法だった。
 ちなみにデルテ騎士爵は体格もよろしい貴族軍人であるから、別の役割を負わされていた。
 背中に担いできたのはオホオの村を襲撃した夜襲部隊の敗残兵から奪い取った戦利品だ。

 硫黄の粉末である。
 それをデルテ配下の騎士たちと手分けして、あちらこちらの幕舎や軍馬用の飼葉の中に撒き散らしたりしている。
 使い捨ての魔法発動体である護符も、今回は羊皮紙の切れ端を使っていると言う普段よりは高価な代物なので、無尽蔵に数が存在しているわけではない。
 おかげでその間を埋めるために硫黄の粉末の入った小袋をあちこちに置いたり、粉をまき散らしたりして今回は破壊力強化を狙った。

「シューター卿、こちらは準備が終わりましたぞ」
「気づかれませんでしたかね」
「いやどうだろう。連中のイビキが聞こえてきたり、時折笑い声が聞こえてくることはありましたが何とも」

 小声で押し殺したように俺たち話し合った。
 空になった硫黄粉末の麻袋をその辺の資材置き場のテントの中に放り捨てたデルテ卿だ。
 役割を終えた後にいったん集まる様に指示されていた場所に揃って向か
 するとその途中で暗闇の中で動きがあるのがわかった。

「シッ、動かないで」
「…………」

 どうやらけもみみが、俺のすぐそばにやってきたらしく警告を発した。
 少し先で争うような気配があったけれど、ケイシターチバックさんが夜陰に乗じて何者かを始末したらしい。
 揺れるポニーテールが小走りに駆けて来るのを見てようやく合点が行った。

「怪我はないですか、ケイシーさん? あまり無茶はしないでください」
「イエス・マイ・ヌード」

 アルカイックスマイルを浮かべた巨人のメイドは、きっと冥途の土産を行きがけの駄賃にそのあたりの兵士に施したのだろう。
 手に握ったナイフが血塗られているのを見て、たまらずデルテ卿がぞっとしているのが確認できた。
 騎士は馬上にあっては勇猛果敢だが、メイドは暗がりの中で強さを発揮するか……
 ちなみに俺は全裸になると力を発揮するタイプかもしれないが、認めるのはあまりうれしくは無かった。

「ニシカさんがあっちで待ってるよ。急ごう」
「よし全員撤収ッ」

 どこからともなく肉を焼く匂いが漂ってくるのを鼻が察知した。
 きっと明日の夜はアントワーム襲撃をかけるという事で、最後の晩餐でもしているのかも知れない。
 けれども、本当の意味で最後の晩餐になる事を、こいつらは知らないんだな。

「よし、全員そろったな。それじゃあ女、盛大に護符を爆発させてくれ」

 俺の命令を奪う様にして顔を突き出したニシカさんが、仲間たちの人数目で数えながらそう言った。
 さあ総仕上げのはじまりだぜ!
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