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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第7章 戦場でお会いしましょう

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246 バジル大作戦 夜襲(後)

 白刃が月夜にきらめく野戦の最中、突如として大地を揺るがすけたたましい咆哮が走り抜けた。

「ドオオオオオオオオン!」

 それは間違いなくバジルの発したものだった。
 聞く者に恐怖を与え震撼させるだけの魔力のかかった咆哮だ。
 その言葉を耳にした敵も味方も、一瞬にして体を硬直させて言葉に出来ない威圧に見舞われたのだった。

 このタイミングでバジルが吼えたのは、間違いなく仲間の誰かが合図を飛ばしたのだろう。
 ようじょは俺すぐ側にいるから、仲間たちのうち別の誰かかも知れない。
 とにかく深く敵の攻撃がオホオ村の野戦陣地に食い込んでいる現状で、これが行われたのは幸甚だった。
 しかもどうやら敵たちの会話の中から、マリアツンデレジアの身柄が奪われたと言う事が知れている。

 俺は敵の甲冑マンから奪った長剣を取りこぼしながら我に返ると、あわてて側のようじょを揺さぶって正気を取り戻させた。

「ど、どれぇ!」
「聞きましたかッヨイさま、マリアちゃんが敵の手に落ちたと言うのを?!」
「はい、耳にしたのです。すぐにも助けに行かないと!」

 マリアツンデレジアは俺たちの総指揮官だ。
 盟主連合軍のお飾り盟主であるリンドル子爵シェーンの代理者としてその大任を与えられている。
 その彼女がここで奪われる事が当然あってはならないので、俺もようじょも血相を変えた。
 もつれ気味になる足をどうにか奮い立たせながらようじょを抱きかかえると走り出す。

「確か御台さまは村で管理する倉庫の中に隠れていたと言ったはずです。しかもあの巨人のメイドさんが護衛に付いていたはずなんだけど……」
「巨人のめいどさんですか?」
「メイドさんというか給仕係というか、そういうお付きでリンドル宮殿に奉公していたひとなんですよ! だがあのひとは出来る」

 ケイシータチバックというポニーテイルの巨人族メイドは、圧巻の巨躯をしている女性で、それこそニシカさんと比べてもなお頭ひとつほど大きかったのではないかと思う。
 何処となく物腰静かな優しい顔をしていたけれど、それでも古武士の様な威圧感を心内に隠している様にも実は感じていた。
 メイドの姿をしているけれど、それは世を忍ぶ仮の姿で本当は戦士なのではないかと思っていたぐらいだ。

 だから油断したのかもしれない。
 彼女ならマリアツンデレジアを体を張ってでも守れるような気がしたのだが……

「おい、そこの君!」
「ははっ軍監どのはご無事で何よ……無事ですね!」
「服は台無しになったが体は無事だ。それより御台さまの身柄が拘束されたと敵が騒いでいる様だが、何かわかるか?!」
「いえ、その様な話は聞いておりません!」

 途中でばったり出会った怪我人を運ぶ味方を捕まえて俺が質問をすると、どうやらこの男も状況がつかめていないらしかった。
 代わりに別のリンドル武官らしき男が、俺たちに向かって叫び返す。

「こちらもその情報が耳に届いておりますが、御台さまは夜襲があって早々にお隠れになっていただいたので、われわれも状況を把握しておりません……」
「俺たちもその話を耳にしたところで、御台さまの安否を確認しているところだ。手伝ってくれ!」
「ははっ、でおはお前たちはすぐにも教会堂へこの者を運び込むのだ。俺は軍監さまと御台さまの行方を確かめる」

 うなずいた負傷兵を運ぶ兵士さんたちに見送られて、俺たちは急いで倉庫を探した。
 どれが村の倉庫であるのかは、夜中であってもすぐに理解できた。
 何故なら馬防柵のあちこちが魔法や硫黄粉末の大爆発で着火していて、大小の出火があったからだ。
 照らされたその中で、サルワタの村にあった様なひときわ大きな建屋を見つければ、それがオホオ村の倉庫だったのである。
 しかしブルカ同盟軍の攻撃はそんな場所に眼もくれていないという具合に、何ひとつ破壊された形跡は外観上存在しなかった。
 それどころか入り口の金属扉も錠がなされたままで、おおよそここが攻撃されて中からマリアツンデレジアが拉致されたという風には見えない。

「これが倉庫ですよね、ラメエお嬢さまの言っていた?!」
「倉庫に隠れたと言うのでしたら、たぶんこれが倉庫なのです。でも様子が変です」
「他にも倉庫があるのかもしれない、もう少し走り回ってみますか!」

 抱きかかえたようじょに聞けば、やはりこれが村の倉庫である事は間違いない様だ。
 確かに窓らしいものはひとつも無くて、壁面の高い位置に通気口と思われるものだけが確認できるのみだった。
 念のために武官と手分けして、ぐるりと外周を回りながらようじょを抱きかかえ直そうとしたところで、ヌット大きな影が飛び出した。
 俺はたまらずその体にドンとぶつかってしまうと、バルンと大きな衝撃を吸収する何かと接触したのである。
 その陰からリンドル武官がひょっこりと顔を出して、当惑の顔を浮かべていた。

「ばふっ!おおう、ケイシーさんじゃないか」
「………シューターさま」
「マリアちゃんは? 御台さまはどうなっているんだ、拉致されたと聞いたが?!」
「御台さまにおかれましては、シューターさまのご命令に従い、この倉庫の中で大人しくお待ちいただく様にしていただいております」

 無口キャラかと思っていたが、何のあわてる姿も魅せずに倉庫の中を指差してケイシーさんが言うではないか。
 そんな馬鹿な、総指揮官の身柄を拘束したと俺は確かに聞いたはずだが!
 俺の猜疑を見て納得してもらおうと思ったのか、鍵を取り出したケイシーさんはガチャガチャと錠を外して中を覗き込んだ。
 ようじょを地面に下ろしてリンドル武官と周囲の喧騒を警戒しながらも、反応が返ってくるまで待つ事にする。

「御台さま」
「……な、何ですの。外は、敵の夜襲はどうなりましたかしら?」
「敵の夜襲部隊の攻勢はどうにか最終防衛ラインで押しとどめています。それから男色戦隊の呼応部隊が背後を突きましたよ」
「しゅ、シューターさま?!」

 ケイシータチバックの言葉を受け取って、中からおっかなびっくり声をかけてくれたマリアちゃんに俺が言葉を投げ返す。
 しかしそれなら、いったい誰が敵に拉致されたと言うのだ。

「御台さまはご無事でしたか。よかったですな軍監どの……」
「そうなれば敵はひと間違えをして拉致した事になる。ケイシーさん、戦いの決着がつくまでマリアちゃんをこのまま中に隠しておいてくれ。絶対にだ」
「イエス・マイ・ヌード!」

 だからそれやめてよねっ。
 何事か、まだ言葉を発していたマリアちゃんを遮る様にして鉄の扉が閉じられる。

「お待ちになってシューターさま。中はとても暗いしかび臭いですの。そうだわ、シューターさまがわたくしの身をお守りになれば――」
「もしかしたら容姿格好の似た味方のだれかが身代わりになったのかもしれませんな」

 マリアちゃんに対して申し訳なさそうな顔を浮かべた武官はそう述べた。
 よくよく見れば、彼ははじめてマリアツンデレジアと会談をした時にもその場に控えていた文武両官のひとりであった様だ。

「すると影武者か。誰かリンドルではその様な人間をあてがっていたという事は?」
「ありません。少なくとも自分はその様な話を聞いておりませんので……」

 じゃあ誰が拉致されたんだよ?!
 俺たちは大混乱になる。
 ずかずかと炎上する防御陣地の中を大股で歩きながら、俺たちはひとまず戦いの場が村の外側にシフトしているのを確認した。
 敵は男色戦隊による逆襲が開始された時点で、撤退行動に移り始めていたのである。

「とにかくマリアちゃんが無事であるのなら、敵をこの際は殲滅させることに専念しなければならない。村の警備責任者の騎士ジイと、岩窟王陛下と合流するぞ!」

 そうして最終防衛線で奮戦の指揮を執っていたドワーフ王とやつがれ騎士の姿を見つけて駆けつけたのだが……

「……お、お嬢さまが敵の軍勢に拉致をされてしまいました。お、おのれブルカ同盟軍め、逆賊はあやつらであるわ!」

 絞り出すような声で、やつがれ爺さんがそう言葉を漏らしたのだった。

     ◆

 戦いとは、常に敵の弱点を徹底的に攻撃して勝敗を決するものである。
 例えばそれが空手の試合であっても同じで、相手選手が飛び込みインファイトで強引に攻撃を仕掛けてくる相手だと事前にわかっているのなら、ローキックなどを使って相手の機動力を奪ってしまう様にする。
 相手の足に対する執拗な攻撃は蓄積ダメージになるので、徐々に相手選手は動き回りながら戦うのが億劫になり、棒立ちで防御力が緩慢になっていくのだ。
 プロレスなどでも痛めている関節を徹底的に攻撃する事はあるし、それは軍隊同士の戦いでも同じことだった。

 モノの本によれば、その弱点は概ねふたつに分類されるという。
 相手自身に弱点が存在しているか、相手の状態に弱点が存在しているかだ。
 前者の場合であれば、関節を痛めているとか、猪突猛進タイプであるとか、そういう事だろう。
 軍事で例えるならば弓兵の数に劣るであるとか機動力に劣る、あるいは兵糧備蓄に問題があると言ったところだろう。兵士そのものが弱兵のリンドルなども領軍自身に問題を抱えている例と言える。
 逆に後者の問題は相手の状態、つまり不利な地形を背負って戦っているとか、兵力配置に問題を抱えていると言った場合だ。
 ものすごくわかりやすく言えば、それは背水の陣を構えている敵と言ったところだ。

 今回のオホオ村における俺たちの選択がまさにそれだった。
 人間は相手の弱点を攻撃したくなる生き物であるらしく、あえてスキのある場所を作って防御陣地を形成している場合、相手の弱点に乗じようとする敵がその罠にまんまとはまってくれるのである。

 誰がどう見ても美味しいエサに見えたのだろう。
 ブルカ同盟軍からすれば、防御陣地は不完全であり、宴会をはじめた敵はそこで泥酔する者まで現れると言う有様だ。
 しかもリンドルの兵士が戦闘経験不足で補給路である背後連絡線を守るのにもひと苦労している姿をこれまで見てきたのだから、ブルカ同盟軍はここで確実に盟主連合軍の総司令部を急襲しようと、当初から意図していたのだ。

 俺たちはその意味で敵をオホオ村の防御陣地を襲わせる事に成功し、ナワメの森の奥に伏せていた男色戦隊との挟み撃ちという大戦果を挙げる事が出来たのだけれども、

「まさかラメエお嬢さまが身柄を拘束されるとは、誰も想像していなかったな……」

 もうまもなく夜明けを迎えようとしており、黎明の空は紫がかっていた。
 敵は男色男爵たちが森の中にも関わらず騎馬突撃(チャージ)を敢行した事で総崩れになったまではよかった。
 けれども敗走をはじめた敵によって、ラメエお嬢さまが拉致されてしまう結果になったのである。

「わたくしが倉庫の中に隠れていたばっかりにこんな事に……」
「ラメエお嬢さまは第三防衛ラインを突破された際、我こそは盟主連合軍総帥なりと名乗りを上げたのでございます。そうしなければ敵の一部が、教会堂や石塔に雪崩込むと判断されたからにございます。お嬢さまは民を庇うために、そうしなければならないと……うっうっ」

 自分の責任であると感じたのかマリアツンデレジアは顔を落として複雑な表情を見せていた。
 やつがれ騎士の爺さんは、彼女の領主としての立派な態度に心を打たれながらも、自分が身を挺してでも主を守れなかった事を悔いているという態度だ。

 俺はその会話を聞きながらも、別の支度をしていた。
 今の俺は全裸である。
 男色戦隊の主力とオホオ村で邂逅した事で、カサンドラやタンヌダルクちゃんたちは戦火の爪痕はなはだしいその村の広場にあって、背中の手当てを受けているところだった。

 自分では気が付かなかったことだが、背中には数本の矢が刺さっていたらしく、しかも根元で折れているというひどい有様だったらしい。
 斬り傷も胸にいくつも小さなものがあって、命に別状はないと言っても無傷とはとてもいいがたい状態だ。
 それをふたりの奥さんが押さえつける格好で、ハーナディンが処置を施してくれるのである。

「ッヌグッ……いっでぇ……」
「大丈夫です。痛みがあるという事は、まだ体の筋が生きている証拠ですからね、シューター卿」
「わかっちゃいるが、ポーションで痛みを抑えるとかできなかったんですかねぇ……」
「ポーションがもったいないから使わない様にと言ったのは、旦那さまじゃないですかぁ」

 ハーナディンの荒々しい鏃取り出しについつい不満を口にした俺は、タンヌダルクちゃんにたしなめられてしまう。

「それでどうやってラメエちゃんを奪還するのでしょうか、シューターさん」
「すでにエルパコがバジルを連れて、逃走した敵の軍勢を追跡して森に入っている」
「はい。バジルとエルパコちゃんならば、必ず足取りを掴んでくれます」

 俺は優しく土で汚れた体を拭いてくれるカサンドラに言葉を投げかけた。
 軍事的な判断だけで言えば、拉致されたラメエお嬢さまはまったく価値がない存在だと言う事が出来る。
 何しろもとは敵側から寝返った新参の盟主連合軍諸侯のひとりに過ぎないのだ。
 けれども、ここで味方に寝返った新参をないがしろにしたという事が諸侯の衆目に知れた場合、これから寝返ってくれるかもしれない敵方の領主たちにはどう思われるだろうか。

 盟主連合軍は寝返った領主を使い潰しにする。
 あるいは捨て駒にされたのだとあしざま噂が流れる事になるだろう。
 もちろんそれはブルカ辺境伯やその参謀ツジンによって悪用される事は間違いない。

 そして彼女の事を俺たちの家族だと認識し始めているカサンドラが、何よりそれを許さないだろう。
 家族かどうかは別にして、俺もあのおませ少女を絶対に奪還するつもりがある。

「必ず見つけ出して助ける。だから爺さんは安心しろ」
「はい、わたくしめもご同行させていただきます故。老骨を扱き使ってくださいませ」

 ああわかっている。
 いたいけなオホオ村のラメエ騎士爵が、悲惨な眼に合う姿なんて見たくはないからな。

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