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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第7章 戦場でお会いしましょう

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236 バジル大作戦 遭遇


 魅力的な谷間に敵ブルカ同盟軍の戦力が伏せていられるのは、本格的な秋雨のがじまるまでの時期に限定される。
 あいにく今年はまだその季節が到来していないのは、おませ少女の証言からも理解出来た事だ。
 けれどそれは逆を言えば、敵は大量の雨が降り始めれば補給基地攻撃を実行に移さなければならないという事にもなるのだ。

「敵が伏せている可能性がある有力な場所がわかった以上は、斥候部隊をそこに送り込んで調べる必要性があるわねえ」

 ぐるりと俺たち一同を見回した男色男爵は、男装の麗人が率いるベローチュ支隊か、あるいはニシカ支隊をここに送り込んで調べるべきだと考えた様だった。
 もちろん俺もその事は賛成なのだが、問題はそれなりの人数で斥候部隊を送り込むと、予想以上に機動力が半減してしまう事を危惧せずにはいられない。
 たった一日の行軍で進めたのはわずかに半郷の距離、つまり十キロ足らずの移動しか出来なかったのだ。

 にもかかわらず今夜の作戦会議に参加するため引き返して来た男装の麗人は、彼女自身と現地協力員の猟師だけでこの距離を短時間で移動している。
 男装の麗人はこの後も現地協力員とともに自分たちの野営地に引き返すのだから、つまり少人数での斥候であれば移動時間はかからないという事になる。

「ひとまずニシカ夫人のところに、この情報を届けておく必要がありますわね。今夜のうちに、どなたか足の速い馬をお持ちになっているオコネイルさんの部下に、現地協力員を付けて送り出すべきですわよ」
「それなんだけど、ニシカさんは夜間行軍中だから、追いかけるのが大変になるよ」

 蛸足麗人の言葉に、けもみみが意見した。
 確かにニシカさんはこの暗闇を利用して、少しでも展開速度を速めようと夜中の移動を決断したらしいからな。
 そうなると夜が明けた時には、ニシカ支隊はさらに距離を稼いで前進している事になる。今から伝令を送り出したとしてもこの情報が到着するのはずいぶんと先と言う事になってしまうのだ。

「ではエルパコさんはどうなさればよいとお思いですこと?」
「バジルを使えばいいよ。バジルなら、森の中の移動もたぶん苦にならないと思うし、臭いを追いかけてニシカさんが移動した先も見つけ出すと思うんだ」

 なるほどな。
 これなら貴重な案内人である現地協力員を無駄に裂く必要なく、確実にニシカさんの元に届けられるとけもみみは言っているわけだ。

「そんな事が可能ですこと?」
「エルパコが出来るというんだから、たぶんあかちゃんにも可能なのだろう」
「それは本人に聞いてみればいいよ」

 みんなが不思議そうな顔をしている中、向かいに立っていたけもみみは俺を見てニッコリしてみせる。
 その場でしゃがみこんで指揮台の下にいるだろう肥えたエリマキトカゲを探し始めた。
 ごそごそと指揮台の下でけもみみとあかちゃんの気配がした後に「おいでバジル」と声が聞こえる。
 すぐにもバジルを抱きかかえたけもみみが顔を出すではないか。

「旦那さまあ、バジルちゃんはわたしの言う事なら何でも聞いてくれるんですよう。エルパコちゃん、貸してください」
「うん……」
「うふふ、バジルちゃん。ニシカさんのところにお手紙を届けてもらいたいのだけれど、ママの言う事を聞いてくれますかあ?」
「キュベェ」

 眠たそうな顔をしていた肥えたエリマキトカゲだったけれど、タンヌダルクちゃんの胸に抱きしめられて、とても幸せそうな顔をして元気よく返事した。
 こいつ、オスかメスかわからないんだけど、俺は絶対オスだと思うんだよね。

「旦那さまあ。出来ると言っていますよう」
「本当かよ……」
「ほ、本当ですよう! 足の裏を舐めなさいってわたしが命令しても、ちゃんとやってくれるんですから!!」

 あかちゃんに何をやらせているんだ野牛の奥さんは!
 俺が懐疑的な視線を向けたところ、とても嫌そうな顔をしてタンヌダルクちゃんがご立腹になった。
 まあ足の裏を舐めさせる事が出来るのなら、可能かもしれないね。

「大丈夫だよシューターさん。バジリスクの子供なら、狼も怖がって攻撃をかけてくることも無いから」

 こうしてタンヌダルクちゃんとけもみみに太鼓判を押されたバジルを使い、夜のうちにニシカさんの元に伝令を送ろうという事で決着した。
 こういう事もあろうかとッワクワクゴロさんのところの猟犬にまじって訓練を受けさせていたが、意外に早くあかちゃんが活躍する日がやって来たと、俺とカサンドラは大いに喜んだのである。

 けもみみに代筆をしてもらいながら、俺と男色男爵がニシカさんに送る伝令文の内容をアレコレとやり取りしていたところ、奥さんたちのこんな会話が聞こえてきた。

「ダルクちゃん」
「は、はい義姉さん?!」
「後で足を舐めさせるというのはどういう事か、教えてくださいね」

 カサンドラは問い詰めると言うよりも興味津々という態度だったので、俺はその会話を聞こえなかったことにしようと心に決めた。

     ◆

 翌朝早くに簡易テントを畳んだ俺たちは、馬に乗ってふたたび行軍を開始する。
 森の中と言う場所は陽の出の時間が平野部の外の世界よりもいくらか遅いものだ。
 おかげで歩き詰め、馬上に揺られての行軍と繰り返していた前日の疲れは、少しばかりは回復した気がするのだった。
 しかし明らかに行軍に不慣れなカサンドラやクレメンスたちについては、修道騎士ハーナディンが聖なる癒しの魔法をかけてもらえる様にお願いをしておいた。

「癒しの魔法のおかげで、ひと晩寝ましたらずいぶんと体の疲れが取れました」
「本当ですよう。野牛の一族には医療従事者が少ないので、こういう事は気合で乗り切るしかなかったですもんねえ」

 カサンドラとタンヌダルクちゃんはそのおかげか、とてもニコニコ顔を浮かべて感謝している様子だった。
 大きく伸びをしているタンヌダルクちゃんは、いつもよりどことなし、胸の張りが違って見える。
 隣で同じ様にしてみせたクレメンスは、いつも通り何もなかった。

「僕でよければいつでも聖なる癒しの魔法をかけられますので。何でもおっしゃってくださいね」
「おらも勉強すれば回復の魔法を使えるようになるだすか? ラミアのお姫さまみたく舌で癒しなんてのはこっ恥ずかしくて無理だども、聖なる癒しならおらでも出来るですだ」
「さあどうでしょう。閣下さえお許しになれば手取り足取り……なんでもありません!」

 イケメンが奥さんたちにちやほやされて鼻の下を伸ばしよるわ。
 俺がギロリとひと睨みしたところで、聖職者にあるまじき顔をしていたハーナディンがそそくさと自分の馬に走っていった。
 まったく、ひとの奥さんに何を色眼を使っているんだか……

「しかし聖なる癒しの魔法はどうやったら使えるようになるんだろうね」

 俺がそんな風にボソリと言葉を口にしたところ、訛りのひどいクレメンスが思案気に小首を傾げて俺の方を向いてきた。
 無い胸はどうしようもないが、この田舎娘も意外に愛嬌のある顔をするので、かわいらしいなと思ってしまう。

「どうだすかなあ。やっぱり聖なる魔法と言うぐらいだす、きっと信仰心がとっても大事なんだとおらは思うですだ。してみると旦那さまは全裸の守護聖人だもんで、訓練すれば使えるはずですだよ」

 なし崩し的に戦争がはじまってしまったので、俺はツダ村の会談で騎士修道会と取り交わしたホーリー・ブートキャンプの予定が宙ぶらりんになっている。
 この戦争が終われば軍事訓練のキャンプにぶち込まれる事は明らかだろうから、その時にでも聖なる癒しの魔法を学んでみるのもいいかもしれない。
 医療従事者は身内にも雁木マリという第一人者がいるけれど、遣い手が他にもいて損であると言う事は無いのだ。

「奥さまがたの体を直接癒して回れると言うのは、これは素晴らしい事ではないだすか?」
「そうだね。聖なる癒しの魔法を覚えた時には、相談に乗ってくれたクレメンスにまず癒しを与えてあげないとね」
「そ、そんな駄目ですだ! 何事も順番が大事だと、奥さま方が仰っているではないですかっ」

 そわそわモジモジとスレンダーな体をよじってみせるクレメンスである。

     ◆

 こうして進軍を再開した俺たちは、この日も森の中で敵の部隊と遭遇する事は無く、じりじりと半郷あまりの距離を行軍するだけで時間を費やした。

「ニシカさんからの返信は何と書いてある?」
「今のところ敵との遭遇はまだないって書いてあるよ。それから谷間の事はわかったって。黄色いお友達もその場所を知っているそうだから、すぐにニシカさん本人が調べに向かうってさ」

 右翼方面を突出して前進中のニシカさんは文字が読み書きできない。
 すると肥えたエリマキトカゲを使って伝令に託した書面は、妖精剣士分隊のモッコリのうち誰かが代筆したものだろう。
 男装の麗人よりもさらに斥候役に適任と思われるニシカさんならば、かなりの短期間で秘密の谷間に付いて調べてくれる事は間違いないだろう。

「黄色いお友達というのは、あのニシカさんが連れてきた現地協力員の事だな」
「うん。何だかぜんぜん口下手で、あんまりお話をしないひと」

 そう言って伝令役を終えたばかりの肥えたエリマキトカゲを抱き上げたけもみみは、ぼけーっとした顔のままそう言った。
 うーん。
 エルパコもどっちかというと口数が少ないのだが、もしかすると本人は饒舌に語っているつもりなのかも知れない。
 いや、人前ではあまりしゃべらないが、けもみみは家族とはいつも色々と話し込んでいるな……

「秋雨というのがはじまると、敵が秘密の谷間から移動してしまうかもしれないですね、婿殿」
「そうなってしまうと時間との問題でございますな、シューター卿」

 蛸足麗人やデルテ騎士爵も、その辺りの事が気になってしょうがないらしい。
 確かに敵が伏せている場所がわかっているのは、作戦を立てる上ではとてもありがたいことだ。

「ブルカ同盟軍側は恐らく、フクランダー寺院に俺たちの主力が到着する頃合いを見計らって、補給物資の集積基地になっている西部リンドル領を攻撃するはずだからな。そこまで雨が果たして待ってくれるのだろうかね……」

 空は未だに雨が降る気配がないところを見ると、敵の軍師がもしかすると雨乞いならぬ日照りの祈祷でもしているんじゃないかと邪推してしまうところだ。
 実際にこのファンタジー世界には魔法使いなんて連中が存在しているのだから、そういう事も可能なんじゃないだろうか。
 その辺りの事を小休止中に女魔法使いへ質問してみると、

「それはちょっと難しいですね。不可能と言うわけではないんですけど、それを長期間にわたって維持するなんて事は不可能ですよ」
「つまり出来たとしても一時的に雨を防ぐ程度の事ってわけか」
「三日四日なら出来ますけれど、しょせん人間はちっぽけな存在です。大自然を司る女神様の力には及ばないものですよ。労力ばかりかかって、成果が見あいません」

 との事である。
 モノの本によれば、ある国で行われた近代オリンピックで気象学の専門家たちが開催式の当日に空を快晴にするため試行錯誤したと言うが、気象をコントロールするのにはデメリットも存在したそうだ。
 人工的に雨を降らせれば本来降るはずだった場所では降らず、別の場所で日照りにさせれば逆にどこかで大雨になる。

「魔法も万能というわけにはいかないんだね」
「その辺りは移り気な心を持つ人間も同じですね」

 とても恐ろしい事をケロリとした顔で女魔法使いが言ったものだから、俺はたまらずギョッとした。
 信じて送り出した仲間が裏切ったなんて事もあり得るわけで、まさかそういう事を言っているんじゃないだろうな……

「要求は何だ。おちんぎんか?」
「べ、別にわたしが裏切るという意味じゃないですよ! おちんぎんは大好きですが、先輩の拷問は嫌いですからねえっっ」

 胡乱な眼を向けられたところで女魔法使いは泣きべそ顔になった。
 きっと脳裏に男装の麗人による拷問が浮かんで、恐ろしい気分になったのだろう。
 いち度裏切った人間はまた裏切る、なんて言葉があるけれど、逆に女魔法使いはすでに裏切った立場なので、またブルカ伯側に走るなんて事は簡単には出来ない。
 信用されないだろうからなあ。
 その辺がわかっているのだろう、女魔法使いは緊張した面持ちで俺を見返しながら言葉を口にした。

     ◆

 そしてナワメの森を行軍し始めて三日目の朝。
 ついにベローチュ支隊が展開している左翼前方において、ブルカ同盟軍と思われる敵勢力と遭遇したのだ。

「規模おおよそ五〇と思われる敵勢力に遭遇! 歩兵を中心とした戦力の中に重装備の騎士複数を確認ッ」

 進軍隊列を逆走しながら男色男爵のもとに駆け込んで来たモッコリ頭の言葉に、俺たちはにわかに騒然となった。

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