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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第7章 戦場でお会いしましょう

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232 ナワメの森を突破せよ 3


「それは駄目です」

 大正義カサンドラは拒否権を発動した。
 俺たちハーレム大家族の内向きの差配は、全て正妻であるカサンドラのひと言で決められる。
 多くの奥さんを抱えていると言う事は、家族の統制はとても大事なのだ。
 カサンドラの同意なくしては、勝手なことは出来ないのである。

「あのう、シューターさん。お貴族さまの結婚と言うのは、村の娘が誰それに嫁ぐのとわけがちがいます」
「そうですね、その通りです」
「むつかしい話はわたしにはわかりません。けれども、それでもまだオホオ村の領主さまというのは十一歳そこそこ、成人をしたばかりの女の子だと言うではありませんか」

 這う這うの体で俺がサルワタ隊の宿営地まで戻って来たところ、ニシカさんやけもみみと鏃の手入れをしていたカサンドラが、とても嫌そうな顔をして俺を見返した。
 ちょうど奥まった上座に位置する場所で作業をしていた様なので、俺とカラメルネーゼさんはお姫さまにかしずく騎士の様に、平伏してこの話を聞く事になったではないか。

「いやあ、さすがにそんな年端も行かない女の子と結婚なんて、俺もどうかと思っていたんですよ」
「そうではありませんよ、旦那さま」
「?」
「成人を迎えた頃の女の子というのは、とても多感な時期なのです」

 タンヌダルクちゃんや男装の麗人も、カサンドラの言葉に何も口を挟もうとしない。

「漠然と結婚の事を意識するようになって、自分はどんな方の元に嫁いでいくのだろう。子供は何人ぐらい儲ける事が出来るだろう。不安や期待感、そういうものがない交ぜになって気持ちを膨らますのです」
「うん……」
「お貴族さまの結婚であっても、ラメエさまの気持ちを考えれば偽りの結婚などと。誰がその様なさもしい提案をなさったのですか?」

 正妻が俺をジロリとひと睨みした。
 俺は違います、俺はそんな提案をした覚えはありませんとフルフル首を振る。
 すると今度は正妻が、自分の倍は人生を送って来た蛸足お姉さんをとても嫌そうな顔で睨み付けた。
 わたくしはそんな事はしませんわ、カラメルネーゼさんは触手を振って全否定をした。

「では誰なのですか? アレクサンドロシアさまにはもちろん黙っておきますので、その様なさもしいご提案をされた方をお諫めしなければなりません」
「じ、爺さんですわ。オホオ村の領主家に仕えている騎士の爺さんですわよ」

 蛸足美人は光の速さで告げ口をした。
 このままでは自分がカサンドラに責められると判断したのだろう。家族会議の議長を務めるカサンドラの心証を少しでも良くしておこうと考えたのかもしれない。
 そう言っておけば家中の人間でなければさすがにカサンドラも意見を口にしないだろうと思ったからだったかもしれない。

「わかりました。オホオ村の騎士さまが、お仕えする領主さまを差し置いて進言なさったのですね?」
「そ、そうですわ。わたくしやシューター卿は養子ではどうかと切り返したぐらいですもの。ところがあの騎士の爺さんはこう申しましたのよ。養子ではまだ足りない、あと一押しと」

 カラメルネーゼさんは饒舌に、真犯人は全てあのタヌキジジイである様に流麗に言い訳を並べ立てた。
 もちろん、俺たちは嘘を言っているわけではない。
 大切なのは自分たちの身の潔白を証明してカサンドラのとても嫌そうな顔を早くニッコリ顔にする事と、ナワメの森に詳しい案内人をどうにかしてかき集める事だ。

 まあ、ニシカさんと同胞の黄色い青年に頼んで、猟師仲間をアテにするしかないだろうな。
 ソープ嬢と約束した生活必需品については、ようじょとモエキーおねえさんがこのフクランダー寺院に到着した際に手配してもらう事にすれば、何とかなるかも……
 俺がその様な算段をしながらカサンドラのお胸をぼんやり眺めていると、

「そうですか。ではその騎士さまにお話を伺ってみましょう」
「えっ?」

 今から行くの?
 俺はたまらず聞き返してしまう。

「結婚を前提にという事であれば、わたしたちも相応の準備が必要でしょうし、きっとラメエさまも不安でいっぱいだと思うのです」
「そうですねえ、わたしも義姉さんに賛成ですよう」

 カサンドラの言葉にタンヌダルクちゃんまで乗っかった。
 もちろん好意的にカサンドラが結婚を考えているという事ではないらしい。
 ムスリととても嫌そうな顔をしているのは相変わらずだし、もしかすると本人をそっちのけで政治的な決め事をする老騎士に、文句のひとつでも言ってやろうとしているのかもしれない。
 まさかこんな事になるとは思わなかったカラメルネーゼさんは、当惑した表情で俺に助けを求める視線を送って来た。

「シューターさん、わたしをラメエお嬢さまのところまでご案内してくださいますよね?」
「ふぁい」

 しかし俺はカサンドラの視線に逆らう事は出来ず、素っ頓狂な声で返事をしてしまった。
 ニシカさんが視界の端でニヤニヤ顔を浮かべていたので俺はたまらず睨み返してやったが、素知らぬ顔で視線を外されてしまう。
 どうなってしまうの……

「カサンドラ奥さま、ひとつよろしいでしょうか?」
「何ですかベローチュ」
「ご主人さまのご提案なさった養子縁組というのは、至極もっともな方法ではないかと自分は思います」
「どういう事ですか?」
「つまりオホオ村の少女領主さまはブルカ同盟軍に参加した、いわば敵側の諸侯であるわけです」

 大きな胸をばよんばよんと揺らしながら身を乗り出して見せた男装の麗人だ。
 時刻は夜で幕内にいる事から、今は甲冑姿ではなくラフなおへそが丸見えのタンクトップ姿だった。
 そうして自分に衆目が集まった事を確認したベローチュは言葉を続ける。

「そういう意味で、いち度しかるべき盟主連合軍の領主との間で養子縁組をし、その後にご主人さまの元に嫁がれるのであれば筋道が通っていると自分は判断します」
「なるほどそうですね。シューターさんのお考えは、何事も順番が大事という事を良くお考えになっていたのですね?」
「はい。その通りですカサンドラ奥さま」

 そんな風に男装の麗人が返事をしたものだから、カサンドラもタンヌダルクちゃんも、果てはけもみみまでがコクリと頷いたではないか。
 ますます雲行きが怪しい方向に向かうのを見て、カラメルネーゼさんと顔を見合わせた俺は戦々恐々とした。

     ◆

 まさかカサンドラが直接乗り込んでくるなどと言う事は老騎士も考えていなかったのだろう。
 俺たちが立ち去ってから四半刻ほど(だいたい三〇分余り)しか経たないうちに戻って来たものだから、ラメエお嬢さまも爺さんもビックリである。

「わたしはスルーヌ騎士爵シューターの家内、カサンドラと申します。ラメエさまどうぞお見知りおきを」

 俺の案内に従ってラメエお嬢さまの天幕にやって来たのは、大正義カサンドラを先頭とするハーレム大家族のみなさんである。
 付いてくるならばカサンドラひとりでよいものを、興味本位もあったのだろう。
 まったく「新たな奥さんは誰ですかねえ?」などとタンヌダルクちゃんは興味津々、けもみみは「シューターさんのエッチ」などと言っているし、こうなった元凶のひとりである蛸足美人は「ああっわたくしの順番が」などととても嫌そうな顔をしていた。
 ニシカさんは笑っていた。黄色い蛮族はすぐにこれだ……

「ご、ご丁寧にどうも。わたしはオホオ村騎士爵のラメエよ。よろしく……」
「同じくその側近の騎士、ジイでございます」

 爺さん、名前がジイだったんだね……

 カサンドラはほんの少し前までは貧しい村娘に過ぎなかった人間だ。
 それが今は仮にも生粋のお貴族さまと、騎士として終生を過ごしてきたような老騎士を相手に、ニッコリと微笑を浮かべてお話合いをしている。
 俺はカサンドラが少女に毛が生え始めたばかりの女の子と結婚する事に反対で、とても嫌そうな顔をしている者とばかり思っていた。
 けれどもそうではないらしい。
 その点が問題なのではなく、まだ年端も行かない女の子の夢は希望、期待や不安を台無しにしてはいけないからと、その点の準備を爺さんと話し合うつもりで来たらしかったのだ。

「わが家の旦那さまとラメエさまのご結婚の申し出を頂いたそうですが、その提案をされたのはあなたですか?」
「いかにもこのやつがれめが、お嬢さまの将来を慮り提案させていただきましてございます」
「ラメエさまはまだ成人を迎えられたばかりのお若い方だと伺っておりますけれども、どうしてそんなに結婚を急がれるのですか? わたしが十を過ぎたばかりの頃と言えばまだ結婚は先々の事、どんなお相手と結婚するのだろうかと夢見心地に想像していたものでした」

 お貴族さまの結婚の取り決めは比較的早いものだという話は、このファンタジー世界で耳にした事があった。
 アレクサンドロシアちゃんも十五の年恰好で最初の結婚相手のところに嫁いでいったと聞いたし、ツンデレのマリアちゃんも輿入れの取り決めをしたのはそれよりもさらに早い、ちょうどラメエお嬢さまと同じ年頃だったはずだ。
 そうして考えてみれば爺さんが結婚を提案した事そのものにはおかしな点がない様に見える。
 けれどもカサンドラはニッコリ笑みの端々で、胡乱げに老騎士を見てりいるのが伝わって来た。
 これでも俺は大正義カサンドラの旦那さまだからな。
 正妻の考えている事は何となくわかる瞬間がある。

「こ、これはですな。それには深いわけがござりまする」
「何も結婚その物を反対しているわけではないのですよ。ね、シューターさん?」
「お、おう」
「けれどもそれだけ結婚を急ぐには、騎士さまが仰る深いわけというのがあるのでしょう」

 それはいったいどんなわけでしょうかねえ。カサンドラが知りたがっているので教えてやってください。
 俺がカサンドラを伴って帰ってくることは想像だにしてなかったのだろう。
 どのみち俺が困り果てて、条件を呑むと単純に考えていた節が、爺さんの態度から見て取れた。
 だから返事に窮してあわてふためいているのだろう。

「この戦争がもし無ければ、やがてラメエお嬢さまはブルカ辺境伯さまの一族と結婚をするという予定になっておりました」
「そ、そんな話はわたし聞いてないわよ?!」

 老騎士は白状した。
 白状したついでに、隣でおませ少女の領主が驚いて悲鳴を上げた。

「当然でございます。まだ正式なお話がブルカ伯さまから届けられたわけではなく、その側近であるツジンさまが先日お立ち寄りになった居り、そう持ちかけられただけですからな」
「それにしたって、わたしの知らないところで?!」
「先代さまの頃合いよりそういう縁談がツジンさまとの間であったそうでございます。けれどもご安心ください、結婚については後日お嬢さまが立派に領地経営を成されるようになった後にと聞いておりました」

 しかしこの戦争によってその計画はご破談になった。
 ちなみに爺さんはその縁談については大反対だったらしいね。
 何しろブルカ辺境伯と言えば六十絡みの爺さんだ。老騎士からすれば自分と年恰好の変わらないような老人と孫の様な年齢の君主が結婚する事はとんでもない話だし、仮に一族の他の誰かと結婚するにしても、これはもうブルカ伯に領地を奪われるキッカケを与えている様にしか考えられなかったのだ。

「このやつがれめといたしましては、どうにかしてお嬢さまの縁談を反故にする機会を伺っておりました」
「……」
「お嬢さまのもとに軍監の騎士が派遣されてきたのも、お嬢さまがブルカ辺境伯さまのお身内に将来なるやもしれぬという事からでございます」
「…………」

 絶句しているおませ少女に言い聞かせる様に、そしてその場にいる俺たちにも事情を説明する様に、老騎士は淡々と静かに語って聞かせるのだ。

「本来であれば他の近郊領主たちとともに後方に引き下がるのが上策でしたが、領民を思うお嬢さまのお言葉を汲んでオホオの村を退去しなかったのも、そのためでございます。軍監をあわよくば排除でき、なおかつ勲功を上げる事が出来ましたなら、ブルカ辺境伯さまの縁談を跳ね返す事もあるいは出来るのではないかと」

 その爺さんの計画は途中までうまくいった。
 ラメエお嬢さまに付けられていた軍監はあっさりと退場してしまった(捕虜になったらしい)し、結果的にはお嬢さまは捕虜になったので縁談は反故に出来た。

「そのついでと言っては何ですが、チョロそうな全裸のご領主さまは奥方に頭が上がらない方と聞いておりましたので」
「じい……」
「頼み込んで偽装結婚すればよいのではないかと、このやつがれめは愚考したのですが……」

 俺たちがナワメの森を攻略するために現地協力員を探していると聞いて、それならば交渉の余地があると思ったのだろう。
 何とか偽装でもいいので結婚という形を取って、先祖伝来のオホオ村を守ろうと老騎士なりに考えたわけだ。
 しかしそれはラメェと反論した人物がいたのである。

「なりません!」

 大正義カサンドラは激怒した。
 これまで絶対にそんな怒声を上げる事が無かった俺の正妻が、鋭くじいさんを睨み付けながら言葉を続ける。

「お貴族さまにとってお家だいじ、領地が大事と言うのはそうなのでしょう。けれども偽りの結婚などをして領地を安堵されましても、きっと周辺のご領主さまには裏切者だとずっと言われ続ける事になるのですよ。騎士ジイさまは、その事に思い至らなかったのですか?」
「……け、結婚は何れするものでござりますれば」
「それは男のひとの考える事です。はじめての結婚でありながら、あなたは君主たるラメエさまに不憫なお貴族さまの生活を強いるおつもりなのですか?」

 猟師の娘として村ではつまはじきにされていたカサンドラだけに、何かラメエお嬢さまの将来を思って共感するところや同情するものがあったのかもしれない。
 そうしてカサンドラがおませ少女を見やったところで「もう大丈夫ですよ」と声をかけたものだから、ラメエお嬢さまは眼をキラキラさせながらそれを見返していた。

 そろそろ俺も正妻に何もかもを任せておくわけにはいかない。
 潮時だと見た俺はずいと身を乗り出して、カサンドラに代わって言葉を受け取った。

「なあ爺さん。そういう事だから、結婚なんて事は今すぐに決める必要がないんじゃないか」
「……しかし」
「大事なのは本領安堵をさせる事なんだろう? それだったら、ひとまずは盟主連合軍に参加している有力諸侯と養子縁組をする事だ」

 俺を後ろ盾にして周辺の領主のひがみを相殺するつもりでもあったのかもしれないがね。
 あいにく俺では領主としての貫禄が足りなさすぎる。何しろアレクサンドロシア卿とマリアツンデレジア卿の間で上手いことやっているだけの男と、たぶん他の領主たちは見ているはずだ。
 それよりもオッペンハーゲンでもベストレでもセレスタでも、名の通った領主の養子となっておく方がまず最優先だ。

「お貴族さまの結婚に感傷なんて持ち込むのは間違っているかも知れないが、どうせ何れは失うモノなら、もう少しだけ大切にしておいてもいい」
「ははあ……」
「それと、この件で爺さんやラメエお嬢さまの協力が得られないという事であれば、何とかナワメの森に詳しい人間はこちらで手配する事にする。まったくアテがないというわけじゃないんでな」

 俺はニヤリとして爺さんとおませ少女を見比べた後、カサンドラの顔も同じ様に覗き込んだ。
 真面目な表情を作ったカサンドラはとても嬉しそうな顔をしてニッコリと笑い返してくれた。

「そうですね。ちゃんとしっかりとしたお味方の領主さまと養子縁組をしてから、シューターさんのお嫁さんになるのが順番と言うものです。焦って周りに敵を作るのは違うとわたしは思いました」

 あれ、やっぱりカサンドラと俺の間で見解のズレがある?
+注意+
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