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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第7章 戦場でお会いしましょう

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223 フクランダー寺院の遺構はダンジョン化していました 5


「ミゲルという男はその当時、脂の乗り切ったそれは男らしい人物だった」

 脂の乗り切った男らしい人物という事は、その頃二〇代か三〇代だったのだろうか。

「そうしてミゲルと約束を交わしてから、もう三〇年の月日が経過した。わたしはどこかで、すでに彼が命を落としていたという事を否定したい気持ちで、日々を過ごしていたのかもしれない」

 悲しみの表情をその白い絹肌に浮かべて、ラミアの姫君はそんな言葉を口にした。
 姫君という表現がラミア一族の中で使われているかはわからない。
 けれども、一族の正統なる後継者の血筋であるというクリスティーソープランジェリーナである。
 この王国風の言い方で説明するならば、亡国の姫君といった表現が何となく適切なような気がするのである。

「わたしは確かに一族の正統なる後継者ではあるけれど、正統なる統治者になるためには、伴侶を得なければならないのだ。そしてもう、わたしの待つべき伴侶は、これから先も姿を現す事がないのかもしれない」

 本来であれば、ミゲルさんと結ばれるその日が訪れていたならば、今頃は姫君からラミアの女王になっていたのかもしれないね。
 しかしその日はいまに至るまで訪れる事は訪れず、彼女の瞳には諦めとも納得とも見える色がそこに浮かんでいた。

「これもまた人生だ。しかたがない事なのだ」

 かつてアレクサンドロシアちゃんは俺に「ひとの寿命はせいぜい五〇か六〇だろう」と語ってくれた事を思い出す。
 きっと人間であるミゲルさんは今も奇跡的に生きていたとしても老境にさしかかってるだろう。
 爺さんにこのダンジョンに向かう事はむずかしい。
 何かしら辺境を転戦し続けてこの土地から離れれば、あるいは戦傷でも受けてしまえば、ほとんどここに来ることはできないだろうね。

 愛しいひとのその後、俺もちょっと気になりますね。

     ◆

 クリスティーソープランジェリーナの身の上話を聞いたところで、このフクランダー寺院の周辺で響き渡っていた悲しみの咆哮の正体は知れた。
 同時に彼女の置かれている境遇と、この寺院とダンジョンのがどういったものなのかという事に付いても理解出来たところで、俺は彼女に協力を頼み込む必要性を感じたのだ。

 上等なおべべを着て身綺麗な装備で飾る様になり、いつの間にか心に大きな油断を生んでいた事は間違いない。
 あっさりと仲間たちの前でソープ嬢に拉致されてしまったあまりにも恥ずかしい自分の失敗に恥じ入りながらも、何とかここで失点を取り返しておかなければならないのだ。

「ソープ嬢。ひとつ頼みがあるのですけれど聞いてはもらえませんかねぇ」
「な、何だ改まって」
「いえね。協力を取り付けたいというとあれですが、俺たちはこの上のフクランダー寺院の遺構を、軍事作戦上の拠点として利用する計画を立てているのですよ」
「うぬう。軍事作戦という事は、この土地はまだ蛮族どもとの戦いが平定されておらぬという事なのだな」

 蛮族め、などと小さく悪態を付いて見せたソープ嬢をチラリと見やりながら俺は言葉を続ける。

「なので、ラミア族の正統な後継者さまであるクリスティーソープランジェリーナ姫に、俺たちの軍勢がこのフクランダー寺院を拠点として使用する事を許可していただきたいと思いましてねえ。どうぞこの通り、お許しいただければ幸甚です」

 俺は居住まいを改めると、ひもぱん一丁で平伏した。
 頭を下げるのはこのファンタジー世界にやって来てから度々繰り返して来たのでお手の物だ。
 おやっという顔をしてソープ嬢も困惑した様だが、すぐにもつられる様にとぐろを巻きなおして居住まいを正した。

「すでにこの寺院の遺構も、その地下にあるダンジョンも荒れ放題の酷い有様だ。条件をひとつ飲んでくださるのであれば、わたしとしては何ら異存の無い事だ。むしろ久方ぶりにラミアの故郷が賑わうと言うのはちょっぴり嬉しくすらもある」
「いいですか? やったね!」
「ああ構わない」

 はにかみながらニッコリと笑って見せるソープ嬢かわいい。
 まったく、正体をくらましてしまった見知らぬミゲルさんも、きっとこの彼女の微笑にめろめろになったに違いない。

「それで条件をひとつというのは、何でしょうか?」
「いやそれほど難しい事ではないのさ。わたしはここから外に出ずに、ただひたすらミゲルが再び訪れ、わたしを迎えに来る日を待ち続ける必要があったので、生活必需品や食料は行商人が届けてくれるものに頼ってばかりいたのだ」
「行商人ですか?」

 いささか古ぼけてしまったこの部屋の有様を見回しながら、俺とソープ嬢は会話を続けた。

「その者は近くの土地で開墾をやっていた村の人間でね。軍事作戦の拠点に使っていただく事は一向にかまわないのだが、その行商人の通交だけは妨げないでもらいたいという事さ」
「ははあ、それは構いませんよ」
「また、あなたたちがこの寺院でしばらく生活をしていると言うのであれば、こうして部屋の調度品なども痛みが激しい事もあるので、譲っていただけるもの、手配していただけるものがあるのであれば、お願いしたいと思ったのだ」

 たしかに天蓋付きの寝台は立派だけれど、じっくり見れば天蓋の布もところどころが虫食いの有様で豪華なのは一瞬の見てくれだけである。
 寝台も俺が正座を崩してみると、ギシギシと不気味な音を立てているところをみると、そろそろ限界なのかもしれない。

「か、金はもちろんある。ラミアの一族が残した財宝がそれこそ山の様にな!」
「いえいえ、疑っているわけではありませんから……」

 直ぐにも寝台脇の調度品から手文庫の様なものを引き寄せるソープ嬢である。
 この手文庫もこの部屋の全ての家具などの例にもれず、何となくぼろっちいものだった。
 パカリと開けると、中身は彼女の言葉通りに黄金に煌く金貨の様なものがびっしりと詰まっているではないか!

「おお、すごい金ですね。ただし見た事の無い形の金貨だ。拝見しても?」
「構わない。今となってはラミアの財宝も使い道の無いものだからな。ダンジョンの奥にはまだまだこれの百倍以上が収めてある場所がある」
「本当に?! 不用心ですねぇ、そんな場所に女性がひとり暮らしをしているなんて……」
「そこは問題ないさ。わたしの忠実なる眷属が、このダンジョンをしっかりと守ってくれているからな」

 華奢なその腕を持ち上げて、ささやかな力こぶを作って見せるソープ嬢である。
 何というか痩せているというよりも、一見すれば力仕事は似合わないようなその腕だけれども、彼女の抱擁はとてつもなく力がる良い事を俺は知っているけどね。

「先日もよくわからない戦士の格好をした者たちが、不埒にもこのダンジョンへと足を踏み入れてきたのだがな。すわミゲルが迎えに来たものだと身綺麗にして飛び出してみたものの、ふたを開ければ見知らぬ容姿をした、無粋な戦士どもだった」

 なるほど、道中ダンジョンで転がっていた装備の主は、こうして彼女か彼女の眷属にやられてしまったわけである。

「ま、まさかあなたの家族であったというわけではありるまいな? そうであれば大変申し訳ない事をした。謝って済む問題ではないか……」
「いや、悪いヤツといいますか、俺たちと対立している連中だったので、問題ありません。俺たちもあなたの眷属であるところのマダラパイクを仕留めてしまった事ですし」

 これっておあいこに出来る内容なんだろうかと微妙な顔を浮かべたところ、ソープ嬢も苦笑いを浮かべて返事を返してくれた。

「あの蛇やトカゲの親戚たちは、ラミアの一族たちが去っていった後に勝手に生活をはじめた様な連中だ。眷属とは言っているけれど、ただの支配魔法で使役しているだけのモンスターたちだから、身内でも何でもないぞ。まずもって会話が通じないのだ」
「そうなんですか。眷属にも色々あるんですねえ……」

 眷属について俺も特に詳しいわけではないけれど、彼女がお腹を痛めて産み落としたというわけではないらしい。
 支配魔法で操っているという事であれば、俺はッヨイさまの眷属である。

 それにしても。

 あの装備、あの甲冑。
 ブルカ辺境伯の領軍か、その同盟軍がこの土地を戦略的に利用できないか、たぶんようじょと同じ考えに至ってここにやって来たのかも知れないね。
 あるいは、これはひとつの想像であるけれど、

「もしかするとソープ嬢が大切に守っているという、ラミアの財宝の噂を聞きつけて狙って来たのかもしれないですよ」
「ぐぬぬ、その様な不埒な事を考えていたとは! シューターさんと言ったか、あなたのご忠告は感謝する。わたしも確かに女だからな、今後はより自分の身を守るための工夫を凝らすとしよう」

 このダンジョン、さらに発展させねばならない。
 などと、ブツブツ言葉を漏らしているソープちゃんの思案顔かわいい。

「それはともかくとして、俺もひとまず家族の元に戻らなくてはなりません。今頃はきっと俺を探して大騒ぎになっているはずですからね……」
「そ、そうだった!」

 ダンジョンのさらなる発展についてはひとまず置いておくことにしたらしい。
 あわててソープ嬢が思考を引き戻しながら、俺を見返してくるのである。

「も、もちろんご家族の元にお返しする事は確約するものだ。すぐいくか? 仲間は、五階層ほど上の場所で、古い居住区を目指していたところだったと思うけれどな」

 一方的に俺が情けない気持ちになっていたのと同様に、早とちりでミゲルさんと人違いをしてしまった事に付いては彼女も大いに恥じ入っていたらしい。
 すぐにも寝台からぬるぬると蛇脚を這わせて移動したソープ嬢は、本棚と思しき家具から壺をいくつかあさって「あったあった」とひとつの巻物を取り出した。

「ここはダンジョンめいた場所になってしまったとは言え、元はと言えばラミア族の居留地であるからな。なかなか複雑な構造をしていて、上に下にと迷宮の様に道が走り抜けているのだ」

 なかなか初見の素人では、このダンジョンを移動するのも一苦労するものらしい。
 事実、彼女が指し示した場所が家族たちと捜査隊からはぐれた場所とするならば、このソープ嬢のプライベートルームまでの道のりは複雑奇怪だ。

「これは両親よりも以前に使っていたダンジョンの地図だから、現在は色々とまた手が加えられて変わっているところも多い。ここが、あなたたちの通っていた場所とするならば、ここがわたしの生活空間だ。ちなみに階層の高低差はこの中に描き込まれていないから、やや見にくいかもしれないが」

 これはさすがに俺ひとりで帰れる気がしない。
 差し出された地図には高低差が描き込まれていないと言っていたから、まずどの道をたどれば楽に移動できるのかという事がわからないのである。
 可能であれば恥ずかしい限りであるけれど、彼女に抱きかかえられてまた元来た道を引き返す以上の方法が見つからないぜ……

 しかも調査隊のみなさんは、俺が拉致された姿を見て、きっと追跡を試みているだろう。
 追跡を試みているという事になれば、場所も確実に移動していると考えた方がいい。

「戻るにしても、俺には奥さんたちがどこにいるのかもサッパリだぜ」
「違いない。このダンジョンにはわたしの眷属たちが生息しているからな、きっとダンジョンを守っているそのモンスターどもと遭遇して、戦いを繰り広げている事だろう。返す返すも申し訳ない……」
「ハハハ、しょうがない事ですよ」

 ところで、とソープ嬢はたわわなお胸を吊っている布切れを抱きしめる様にして、まじまじと俺を見つめて来るのだった。

「えっと、その、そういえばあなたの脱がしてしまった装備をお返ししなければならない。かっ家族の元にもどるのに全裸も同然の格好では、おっ奥さま方にいらぬ誤解を与えてしまうかもしれない」
「そうですねえ。お返しいただけるのであれば、お願いします」

 俺も大正義カサンドラに誤解されるのでは恐ろしい未来しか想像できない。

「ぬ、脱がせる際に少し興奮してしまったので、お召し物が少しベトベトになってしまったかもしれない」
「ちょっとぐらいならまぁ。うわぁ、すげぇベトベトだ……」
「焦って気持ちを巧くコントロールできなかったのでな。だ、だが毒があるわけじゃないので洗えば大丈夫だ」

 自分の愛剣と畳んだ服をいそいそと差し出されたので、俺はひとまず剣を手に取ってみたのだが。
 ぬちょりと糸引く有様で、水のりか何かをベッタリと掛けられたみたいな感触が手に伝わった。

「ラミアの一族は密接しての白兵戦が得意なのだが、その際に相手とどうしても、くっくんずほぐれつになってしまうだろう」
「そ、そうですね。グラップリング専門な感じですもんね」
「であれば、敵の装備が体に刺さったりすることも多分にあるのだ。そこで潤滑液を出して出来るだけわたしたちの肌を傷つけない様に工夫をしているのだが、ちょっと失敗したな」

 だいぶ失敗だよこれ。
 服の方も試しに手に取ってみたけれど、こちらもローション的な何かですよねこれ。
 実際に着用してみたらどうも見ても濡れ透けのシャツです。ありがとうございます、ありがとうございます。

「必要とあればさらにその粘液で生体物質以外を溶かす事も出来るのだが、今回は自制が出来たので、そこまで溶ける事は無かった。我ながらよく頑張った」

 あれか!
 その溶ける粘液っていうのは、こことは違うファンタジー世界を舞台にしたエッチなゲームとかで、女魔法使いや女剣士が喰らっているあれか!

「……うん。もう色々と誤解を招きそうな状況だ。ホント服まで溶けなくてよかった」
「ご家族にはきちんと事情を説明するから、そこのところは安心してほしい」

 しゅんとしたソープ嬢の申し訳ない顔頂きました。
 けれどもどうやって家族に説明してもらおうかとちょっと途方にくれながら剣を腰に吊るそうとしていたところ、不意にどこからともなくいくつもの声が重なり聞こえた。

「ハアハアっ、その必要はありませんご主人さま。しっかりお話は聞かせていただきました!」
「おう相棒、濡れ透けのいいザマだな」
「おーっほっほっほ、探しましたわよ婿殿。さあ家族が待っておりますので、みなさんのところに戻りますわよ! というかここはどこですの? そこのあなた、案内して下さらないかしらッ」

 ギョっとして俺とソープ嬢が振り返ったところ。
 そこには荒い息でここまでようやくたどり着いたのだろう。
 褐色長耳の男装麗人、黄色い蛮族ニシカさん、そして蛸足を這う様にして空洞を上下して来たと思われる蛸足麗人がこちらにやってくるではないか。最後に、

「キュイ!」
「シューターさん。ぼくはいつでもシューターさんの事を信じていたから、大丈夫だよ」

 おおっ。肥えたエリマキトカゲを抱えた俺のかわいいけもみみ奥さん。
 とてとてっと小走りに寄って来たけもみみが、頬を少し赤らめさせて俺に耳打ちした。

「でも順番は大事だからね。義姉さんを怒らせたらぼく知らないよ?」

 誤解だ!
 ソープ嬢とは何でもないんだ、ヌルヌルプレイはしちゃったけれど、秘め事とかそういう事は無かったから!!

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