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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第7章 戦場でお会いしましょう

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222 フクランダー寺院の遺構はダンジョン化していました 4

一旦投稿後、説明の不足個所と後半に大幅加筆修正を加えました。
 むかし俺が学生時代のサークル活動中、サブミッション系の選手に絞め落とされた事があった。
 相手のタックルを切り損ねてグランドに持ち込まれてからは、強引にそれを引きはがそうと必死で暴れた後、頸動脈を絞められて意識がこの世から消えてなくなった。
 絞め落とされると気持ち良い気分になるなどという風説があるが、あれは嘘だ。
 少なくとも俺が体験した時は気道を絞められて息が苦しくなり、そのまま視界がぼやけて、すうっと意識が失われてしまうわけである。

「ちゅるん、ちゅぷん、れろ……んちゅぶ、あむ、ぷはぁ……」

 あれは一種の恐怖だ。
 動脈の血流を遮断して堕ちるわけだから、これは貧血になった時のような感覚だろう。
 しかも絞め技を掛けられている人間は必死で抵抗するからパニック状態だ。
 絶対にここで落ちてたまるかと暴れるものだから、余計に技が決まって大混乱だ。
 いち度そのパターンを経験してしまうと、次からはあの時の経験を思い出して「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ」と何とかしようともがくわけである。
 パニック経験がよりパニックを誘発するという意味で、絞め落とされるというのは恐ろしい体験なのである。

「ちゅるん。愛しいひと、何十年わたしはあなたを待ち続けただろうか。けれどわたしは決してあなたを恨みはしないぞミゲル。なぜなら、あなたはこうして約束通り、わたしを迎えに来てくれたのだからな」

 けれども絞め技の巧い人間に捕まって絞め落とされた場合、大概は頸動脈だけをやられて苦しむ事がないのである。
 今がまさにそうだった。
 いったいどういう手段で落とされたのだとご教授願いたいぐらいに、俺は自然に気を失っていたのだからね。

「ミゲル、もうあなたを放しはしないぞ。さあ、熱い口づけの続きをしよう……」

 ミゲル? ミゲルって誰だ。
 俺は吉田修太、三三歳。ダンジョンの中でホラー体験をした元全裸の貴族です。
 たぶん人違いだと思います。

     ◆

 眼が覚めると、俺はどうやら天蓋付きの立派な寝台に横たわっていた。
 こんな豪華な寝台をこのファンタジー世界で見たのははじめてだ。
 女領主や御台をしている女性たちの寝室にも、ここまで手間のかかった豪華さは無かったものだが、少し気になる事があるとすれば、いささか古ぼけた印象のある天蓋付きの寝台だ。

「ううっ」

 それにしてもこのファンタジー世界でこういう経験をするのは何度目だろうかね。
 石塔の地下牢や奴隷商館の牢長屋でないだけ幾分マシな気がするけれど、今回は洞穴の向こう側でこちらを見つめていた女に拉致だからね。
 ホラー体験である。

「がはあっ! こっここは……?」

 そんな馬鹿なことを少し考えながら俺は周囲をきょろきょろと見回した。
 うん。何の変哲もない豪華な部屋だ。立派な家具やカーペットが敷かれていて、フランス人形の様なものも置かれているところを見ると、王侯貴族のプライベートルームですと言われれば信じたかもしれない。
 やはり古ぼけているという点では同じなのだがね。
 ただし、壁は岩がむき出しの状態で、所々は苔むしているではないか。

「なるほど、ここがダンジョンの中である事はかわりないという事か……」

 何だかひんやりとしたビニールっぽい肌触りのシーツが肌に伝わってくる。
 俺がぼんにゃりとそんな事を理解したところで、ふと背中に甘く柔らかい吐息がかかっていることに気が付いた。

 背中に吐息?!

 自分のこの感触に驚いた俺は、あわてて自分がどういう状態にあるのかを見下ろす。
 まず手足が拘束されている。
 ロープと言うにはぶっと過ぎる様な神社のしめ縄の様なものでぐるりとひと巻きだ。
 それが気を付けをした状態で縛られているものだから、体を動かせるのは腹筋だけで、ついでに首から先が自由と言うだけだ。

「ようやくお目覚めか」
「?!」
「心配したぞミゲル、急に眼を閉じて意識を失ってしまうからな。しかしちゃんとわたしが介抱しておいたから問題は無い。少し苦しかったかもしれないが、これであなたの体は元気ハツラツだ」

 元気ハツラツと言われて、俺は声の主を見やったのである。
 そこにはこの部屋の主であると思われるひとりの女性の姿があった。
 桃色の髪をした、ツインテールの美女がいた。
 吊り上がった眉にちょっと切れ長の瞳、よく見るとその瞳は爬虫類の様に黄色い輝きをしていた。
 そしてビキニ水着もビックリなお肌の露出度が高い布切れで、たわわなお胸を申し訳程度に隠しているというセクシー具合である。

 だが俺はそんな事に驚いたのではなかった。
 彼女の上半身は確かに美女それであるけれど、そこから下にあるべき脚は人間のそれではなくて、蛇そのものだったのである。
 美女の上半身に蛇の下半身、ヘヴィすぎやしませんかねぇ……

「あっ、あんたはラミアか?!」
「どうしてそんなに驚くのだミゲル。いくら久方ぶりだからとは言っても、そんなに驚かれるとわたしは悲しい気持ちになってしまう。こうして三十年余、来る日も来る日も愛しいひとがわたしを迎えに来るその時を待ち続けていたのだからな。ふふっ」

 微笑を浮かべるラミアの下半身がぬるりと俺の体を張ったのである。
 どうやら俺はラミアの蛇脚に拘束されていて、俺が横たわっていたビニールシーツみたいな肌触りは、彼女のとぐろを巻いた下半身だったのである!

「ひいいい、ごめんなさい。俺には奥さんたちがいる身なんです。この通り許してください!」
「な、何だとミゲル。わたしと将来を誓い合ったあの思い出は嘘で塗り固められていたのか! 妻子持ちだなんて聞いてないぞ」
「子供はいない、子供はまだ作っていない。ようじょはいるけど、あれは養女だから……ッ」

 ぐぎぎ、俺の体を締め付けないでくださいッ。
 今度は絞め落とされるところか、絞殺されてしまう!

「せやかて、俺はミゲルじゃねえ。シューターだ!!」
「なん、だと……? あなたは誰だ!!」
「だからシューター、スルーヌ村の騎士爵シューターです。これ以上絞められたら死んでしまう……」
「人違いだと言うのか?!」

 そう、俺は完全に人違いで拉致されてしまったわけである。
 いったい何をどうして間違えると、俺がそのミゲルさんと間違われてしまったのか謎であるけれど。
 その事をぎりぎりと締め上げられる中で思考していると、ようやくピンクレディーのラミアが俺の拘束を解放してくれたのだった。

「わたしはどうやら非情に申し訳ない思い違いをしていた様だシューターさんとやら。ここに遺憾の意を表する、すまない……」
「ごめんなさいが許されるんなら、世の中に奴隷堕ちする人間なんていないんだよ」

 解放されてひもぱんを身に着ける事がようやく出来る様になった俺は、いそいそと足を通しながら萎縮しきったラミアの美女をチラ見するのであった。

「わたしの名前はクリスティーソープランジェリーナ。このダンジョン守護している人間だ」
「くっくりす……何だって?」
「クリスティーソープランジェリーナだ。長い名前で覚えにくいならソープとだけ呼んでくれると嬉しい。改めて謝罪させていただきたい、本当に申し訳ないっ」

 とぐろを巻いたクリスティーソープランジェリーナ嬢は俺にぺこぺこと頭を下げるのだった。
 詳しく話を聞いてみれば彼女はこのダンジョンに生まれ、そして一歩たりとも外に出た事がないのだと言う。

「両親はすでに他界してしまった。もう一〇〇年近く前の事だろう。わたしは両親の遺した言葉に従って、一族の故郷のひとつであるこのフクランダー寺院の遺構を守り続けてきた。もともとがわたしたちラミアのご先祖が、いにしえの魔法使いたちとともに女神様を祀るべく、この宗教施設を建設したのだからな」
「なるほど、ここはラミアといにしえの魔法使いが共同で建てた寺院だったわけですね」
「そうだ。だがラミアたちの多くはいにしえの魔法使いたちの文明が滅びた後も、しばらくはこの土地と寺院を守り続けてきたのだが……」

 いにしえの魔法使いたちが滅びた後に、この土地は蛮族たちによって支配されるようになったそうだ。
 このファンタジー世界の多くの獣人たちというのは、もともと人口が激減した事の対策として、禁忌の魔法によって生み出されたという事は知っている。

 してみると、ソープたちのご先祖さまを生み出したいにしえの魔法使いたちが何らかの理由で滅びた後、蛮族に追われる形で多くがこの土地を去る事になったのだと言う。

「わたしは両親らの言葉でしか聞いてない事であるが、この土地に蛮族たちがやって来たのだ。そうしてありとあらゆる他種族の人間たちを狩り尽くしていくのを見て、多くの同胞たちは様々な土地に散り散りとなったらしいな」
「な、なるほど」
「わたしたちは長命である事と引き換えに、成長がとても遅い。そして生まれてくる子供は、どういうわけかみんな女子であるから、蛮族たちの餌食にされてしまうのだ……」

 ラミアの一族がひと塊になって居住している様ではそのうちに蛮族たちに滅ぼされてしまう。
 どんな蛮族がこの土地を荒らしまわったのかと気になったので、ふと質問をしたところ、

「巨大な猿人間の部族だ。彼らは恐ろしく繁殖力が強く、とても恐ろしい存在だからな。あなたは巨大な猿人間を見た事があるか?」
「た、倒したことがありますねえ。とても強かった。というかひとりで倒せる気がしなかったですねえ……」
「何と、あなたは勇者か英雄か?!」

 いいえ、ほんの少し前までどこにでもいる全裸でした。
 真顔で英雄ではない事を否定しておいた俺は、話の続きが気になったので質問を繰り出すのである。

「それなのに、どうしてあんたや、あんたのご両親ははここに残ったんですかね」
「わたしの母はこの土地に生まれたラミアの一族の正統なる後継者だったからな。一族の長である以上軽々しく土地を離れるべきではないと考えても致し、この土地を離れた多くの同胞たちも、やがて消息を絶ってしまった。ここに残る方がより安全だと両親は考えていたのだろう」

 いちど言葉を区切ったソープ嬢は、改めて言葉を続けるのだった。

「それにわたしはミゲルと出会ってしまったからな。彼は三十年前にこのフクランダー寺院の跡地へとやって来て、この奥に連なる洞窟を発見したのだ。そしてわたしと彼は出会った。ああ、愛しいとの懐かしい思い出だな……」

 ソープ嬢の切れ長の瞳からひと筋の涙がこぼれ落ちた。

「ひとり寂しくこの洞窟の中で、生きる楽しみも無く日々を過ごしていたわたしの前に、ミゲルがボロボロの姿で現れたのだ。剣はすでに折れてまともに振るう事も出来ないまま、逃げる様にして寺院にやって来た様だった。彼は蛮族との戦いに敗れて、このフクランダー寺院の遺構を発見し、封印されていたダンジョンに逃げ込んだのだとわたしに語った」
「なるほど。三十数年前と言えば辺境開拓の初期にあった話だろうな……」
「ボロボロに傷付いた体を、わたしの魔法で癒してあげた」

 女神様の寺院を守っている人間だ、ソープ嬢は雁木マリたちと同じ様な存在なのだろうかね。

「聖なる癒しの魔法ですかね?」
「いいや違う。わたしの体液には毒にも薬にもなる効能が秘められているのだ。聖なる癒しの魔法とは、また違う理屈なのだ。ちょうどわたしがあなたにした様に、口付けによって体液を直接与える必要がある」
「へ。キスしたの? いつの間に?!」

 俺はあわてて唇をぬぐって見せたが、みょうに口周りがカピカピとしていたので驚いた。

「す、すまない。何ひとつ他意は無かったし、ついあなたをミゲルだと勘違いしていたものだから、他人でもない間柄だしと口付けをためらわずしてしまったのだ……」

 ソープ嬢は気まずそうに腰から下の蛇脚をくねらせてみせた。
 何というか言葉にならない艶めかしさがその仕草にあって、俺は絶句してしまった。

「なに、あなたは急に弱ってしまったのでな。きっとこのダンジョンの瘴気にあてられて気絶してしまったのだろう」
「たぶん違うと思うぞ、あんたが体から発している謎の揮発性のフェロモンにやられたか、あるいは連れ去られた時に絞め落とされたからだろう」
「そっそれは、返す返すも申し訳ない事をしてしまった」

 ホントだよ!
 さらに詳しく話を聞いていると、ミゲルはソープ嬢に対してこんな事を口にしたのだそうだ。

「外はオルヴィアンヌ王国という、この百数十年で西の土地に出来た国と蛮族たちによって、危険な戦いが繰り広げられている真っ最中だという事だった。彼はその戦いの中で蛮族に傷付けられて、ここへさ迷いこんだというわけだからな。一命は何とかとりとめたけれど、そこから体力を回復させるためにはひと月余りを要したのだ」

 静養の期間をへて、きっとヒトとラミアの恋が産まれたのだろうか。
 そうして体力が回復したころ合いになって、騎士である彼は戦いの場へと赴かなければならなかったのだ。
 ソープ嬢を残しふたたび戦場へと去り際、ミゲルはこんな言葉を残した。

「いつかこの辺境に平和が訪れた後には、必ずわたしを迎えに来てくれると約束をしてくれたのだ」
「な、なるほど」
「だからわたしはこの土地を去る事も無く、ただひたすらに彼が迎えに来るその日までこの寺院に残り続ける事にした。何しろ外は争いばかりで危険だと言うからな。事実、時々このダンジョンの奥までやってくる人間がいた。そういう人間はわたしの眷属であるマダラパイクをけし掛けて、ひと呑みに食わせる事にしていたのだ」
「そ、そうだったのかぁ」

 つまりこのダンジョンの部屋に来る途中で散らばっていた騎士の装備遺留品というのは、ソープ嬢がけし掛けた手下の犠牲になったという事がわかった。

「それと、あんたかこのダンジョンから時折聞こえてくる、不気味な咆哮の正体というのを知っているか?」
「不気味な咆哮だと? いやわたしは一切知らないな。マダラパイクは鳴く事がないぞ」

 確かに蛇がギャーギャー鳴く事は無いだろう。せいぜいソープ嬢がいつまでも迎えに来てくれないミゲルの事を想って、さめざめと泣いていた可能性があるぐらいだろうか。
 いや、まさか……

「あの、ソープ嬢」
「どうした?」
「きみは夜な夜なもしかして、愛しいひとが迎えに来る日を想って泣き腫らした事があったのではないかな?」
「?! どうしてその事を知っているんだあなたは」

 やっぱりそうだ。
 この土地の猟師が聞いたという不気味な鳴き声というのは、ソープ嬢の悲しみだったのである。
 きっと洞窟の中で反響して、何かしらの理由で森の中に伝わったんじゃないですかね……

「で、どうして俺をミゲルと勘違いしたんですか。そこがまずもって気になるところだ」

 俺が胡乱な眼をソープ嬢に向けたところ、ひときわ大きなため息をついた彼女が「そうなのだ」と言葉を続けたのであった。

「あなたはとてもミゲルに容姿が似ていたのだ」
「ほう、どの様に?」
「まずがっしりとした体格。次に短い髪の毛と、腰に帯びた剣、後はそうだな、体温が同じぐらいだと思った」

 はじめはウンウンと頷いていた俺だけれど、どうも言っている内容が頓珍漢である気がして来て、俺はこのひとが蛇女のラミアである事を思い出した。

「君はもしかして、こう。色が見えたりしないなんて事は無いかな?」
「何を言っているのだ。わたしは暗がりの中でもしっかりとモノの動きを把握する事が出来るぞ。後はこの唇に、生き物の温度を感じる事が出来る機能がある」
「ピット器官だそれ!」

 モノの本によれば、夜行性や暗闇の中で生きるヘビの仲間の一部には、温度を関知する器官が存在しているという話だが。
 してみると、俺とそのミゲルさんは体温的にジャストマッチしていたのではないだろうか……
+注意+
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