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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第7章 戦場でお会いしましょう

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218 チャージ・オブ・ビューティー 5

 開かれた草原に並んだ騎兵三〇〇の整列たるや、その雄姿は壮観のひと言に尽きるだろう。
 実際にそれから後の幾つもの戦場で俺も目撃をした事だが、そこから繰り出される騎馬突撃の勢いはすさまじいものがあった。
 このファンタジー世界で使われる肉厚刃広の長剣を振り上げながら、号令直下にそれが弾丸となって突撃をするのだ。
 俺が斬られ役の時に体験した三〇〇倍の恐ろしさ。

 男色男爵の命令で駆けだしたそれらは、敵の白いマントを靡かせている騎兵集団と激しい馬蹄を打ち鳴らしながらぶつかり合ったのだ。

「逆賊マリアツンデレジアの賛同者、何するものぞ! われら辺境の旗頭ブルカ辺境伯の軍勢がすり潰してくれるわッ」
「そこにいるのは、オレンジ爺さんの部下ねえッ」
「貴様は噂のホモ男爵。わが槍の錆びにしてくれるわあああ!」
「あはあああン、アンタは言ってはいけないことを口にしたわ!!」

 自慢の槍を上方から叩きつける様に振り回す男色男爵の一撃で、簡単に白いマントのブルカ騎士が剣を弾き上げられてしまう。
 けれどもそこは訓練された騎士らしく、すかさず短剣を引き抜くとブルカ騎士は再度肉薄する様に馬を寄せて来るのだった。

「やるわねえ、アタシの部下に欲しいわあ! さあ来なさいッ」
「掘らせはせんぞ、こっちへくるなああ!!」

 短剣を振り回しながら距離を取ろうとしたところで、ブルカ騎士は背後からモッコリ剣士に突き殺され、落馬してしまった。
 残念でした、また来世。
 最初の突撃の勢いで一気に距離を詰めた妖精剣士隊は、そのまま突貫の運動エネルギーで次々とブルカ同盟軍の騎兵集団を突破した。
 そのまま身を翻した妖精剣士隊の主力と揉み合いへし合い、剣を振り回す馬上の密集戦闘へと移行する。

「足を止めてはいけないわぁ。斜行部隊の側面攻撃が完了するまで、動き続けてたたかうのよお!」

 彼らは敵先頭の騎兵集団はリンドル西部戦線に派遣されていたブルカ領軍の援兵であるらしかった。
 最初の突撃をまともに受けて形勢不利と見るや、うまく後続する歩兵の集団の中に褐色の妖精たちを引き込もうと誘う様に後退を開始した。
 一方で白のマントではない騎士の姿もちらほらとはあったけれど、こちらは口ほどにも無くあっさりと落馬してしまうか、斬り殺されてしまう。
 彼らは周辺領地から参集した軽輩領主の混成騎士たちだったのだろう。

「側面攻撃の分隊、突撃を開始します!」
「やっておしまいなさあい。陣地から出て来た敵の数はどれぐらいなのおお?」

 左右に槍を振り回して敵の歩兵を退けた男色男爵は、戦況推移を監察した。

「恐らく五〇〇あまりの数で応戦している模様ッ。後続の歩兵たちも野営陣地から飛び出してくる姿勢を見せています」
「間も無くドラコフ隊の前衛が陣形展開しますぞ! 複縦歩兵陣形です」
「ドラコフ隊の魔法使いが前方に展開しました。射撃準備を取っています!」

 次々と飛び込んでくる情報を耳にした男色男爵は、厚ぼったい唇に艶めいたきらめきを浮かべて微笑した。

「後退よおお。敵の第二陣が来るまでに引き上げるわあ!」

 会戦初動の一撃は、男色男爵のやりたい放題の大暴れとなったのだ。
 しかし数の上では倍する敵と対峙しているので、いかな精鋭揃いのエリートモッコリでも初動の打撃力が失われてしまうと被害も受ける事になる。
 引き上げ態勢に入った妖精剣士隊を目撃したブルカ同盟軍の前線指揮官は、その隙を逃すまいと追撃命令を飛ばした。

「ええい、敵をこのまま逃がすな。追え、追え!」

 こうしてまんまと男色男爵が逃げる経路を追いかけて突出した敵の迎撃部隊は、ドラコフ卿の引き連れてきた機動歩兵の挟撃を受けて、あっさりと揉み潰されてしまったのである。
 敗残兵をまとめた敵の前線指揮官は、行きがけとあべこべの言葉をまき散らしながら逃げかえるしかない。

「引け、引けぇ! ええい、このまま陣地まで逃げ込むぞ」

     ◆

「オコネイル卿、われらの大勝利ですな!」
「ドラコフ卿の機動歩兵が駆けつけたおかげで、大勝利よお」
「今、貴殿の剣士隊と協力して丘陵の登頂可能な場所に、機動歩兵たちを向かわせている。報告では水源地がない事を嫌って、多くの兵はあの丘に振り分けていない様子だが……」

 陣地の中に引き籠って持久戦に訴え出るつもりであろうブルカ同盟軍を前に、男色男爵とドラコフ卿が邂逅した。
 ドラコフ卿が引き連れてきた軍勢は、彼の配下にいる三〇〇〇の軍勢のうち、先頭を走る騎兵集団と機動歩兵の六〇〇あまりの前方展開をしていた部隊だった。

 ふたりの部隊を率いる領主は、最初の作戦計画で有力な敵と遭遇して合戦となる場合には、ドラコフ隊の前方集団と男色男爵の部隊が糾合して戦場に展開するものと話し合っていた。
 だいたいその数が一〇〇〇余りを想定していたものだったが、思いの外前線が縦深に伸びきったために連れて来られる数が予定よりも少なくなってしまったのだけれど、

「わが隊の兵がまとまる時間を待っていては、あの丘の陣取り合戦に間に合っていなかったかもしれませんな」
「そうねえ。迅速果断に前衛だけで駆けつけたからこそ、間に合ったのよお。それに現状、あなたの残り部隊が到着すれば、敵とは数の上で三倍になるわあ」
「あの陣地にはおおよそ一〇〇〇ほどの軍勢が詰めているという事でしたな。あの陣地を突破さえしてしまえば、その先にあるのはモッコの村だ。そこから数日の内にシューター卿の率いる別動隊と合流も叶うでしょう。眼と鼻の先にはフクランダー寺院の跡地がある事になる」

 そして甲羅の中に閉じこもった亀の様に守りに徹する姿勢を見せていたブルカ同盟軍たちだったけれども、ドラコフ隊の残りが次々合流するに至って、平野部を見下ろす丘陵地帯を死守しようと軍勢を繰り出したのだが。

「今だぞ、敵の野営陣地は手薄となった。オッペンハーゲン軍の強さを今こそ見せつけよ!」

 荷馬車で参陣した機動歩兵たちが隊列を整えながら、チャンスを逃すまいと突撃を実行した。
 騎馬突撃とはまた違った津波の様に押し寄せる、槍を構えた歩兵の突撃だ。
 魔法からの攻撃を警戒して複数の縦陣を取ったその集団の攻勢で、わずか小一時間の内に敵の野営陣地は撃破されてしまったのである。

「男色卿万歳! ドラコフ卿万歳!」
「はじまったばかりだけれど、戦争の終わりは近いぞ!」

     ◆

 壊走する敵の残余を追って妖精剣士隊が再進撃を開始した盟主連合軍の先鋒部隊だ。
 その道中、捕虜として案内を命じられていたラメエ騎士爵の主従はヒソヒソと話をしていたらしい。

「爺、わたしたちはこれからどうなってしまうのかしら。あの男爵、男色でしょう? 犯されるなんて事はないと思うのだけれど……」
「ご心配はいりませんお嬢さま。いざ求めらる様な事があっても、この爺めが尻を差し出せば事足りるのでしょう。お嬢さまは清くこの戦争が終わるまでその身を汚さる事などありえないのです」

 やつがれめが絶対にさせませんぞ。
 敵の抵抗陣地が存在した丘陵の谷間を抜けながら、主従はそんな馬鹿な話をしていたのである。
 褐色長耳の一族はベローチュの例にもれず何れも耳ざとい。
 その会話の内容はしたがって部下のひとりがたまたま耳を傾けていたらしいのだが、主従の将来を嘆く下らないものだと判断されたのか、その後誰もこのふたりに傾注する事は無くなってしまった。
 いくら男色男爵でも、爺さんの尻はご遠慮願いたいだろう。

 むしろその後にもラメエお嬢さんはこんな会話を老騎士と繰り返していたらしい事を、後になって本人の言葉から確認している。
 おませ少女の領主たちは難所の道案内をあらかた済ませてしまっていたので、すでに半ば用済みの存在になっていた。
 そして俺たちの上陸したモッコの村を経由すればその先には別動隊が残した水先案内人が男色男爵たちの軍勢を誘導したのだ。

 だから開戦三日目の夜。
 会話の続きを繰り返していたラメエ主従の会話を、フクランダー寺院を目前にした野営地で会話している内容に耳を傾ける人間などいなかったのだ。

「この戦争が終わってしまえばわたしの身も清いままではいられないと言う事ね、じい」
「残念ながら戦争に負けてしまった場合、捕虜は戦争奴隷として売買される運命になります」
「……戦争奴隷としてバイバイ」
「けれどもご安心ください。それは戦争に負けてしまった時の話でござりますれば、辺境における国王陛下の代弁者たるブルカ辺境伯ミゲルシャールさまが、この戦争に勝利すれば何の問題も無いのです」

 老騎士はおませな少女騎士にそうやって諭して見せたけれど、おませな少女騎士としてはその言葉に納得できるものでは無かった。

「事実わたしたち同盟軍は負け続けているわ。これをどう説明するの?」
「これはすべて、ブルカ辺境伯さまの側近であるツジンさまの深いお考え合っての事ですぞ」
「説明しなさいよ……」

 年老いた騎士は高齢からか身を震わせながらこう説明した。

「ひとつの部隊が後続の補給を一切受けずに作戦行動の継続を維持できるのは、最大で三日まででございます。お嬢さま」
「理由はどういう事なの」
「兵士が戦いをすれば飯を食います。また消耗品である矢の携帯数は、おおよそ三回戦分を保持するものと軍略書に記されているからでございます。本日ただいまが、開戦から数えて三日目を経過いたしましたな」
「そうね。わたしたちは戦争のはじまった初日には、あっさり先祖伝来のオホオ領を失ってしまったわ」

 さようでございますお嬢さま。

「そのブルカ伯さまにお仕えするツジンさまという方は、わたしたちを見殺しにしたという事なの?」
「これは軍略でございますぞ。われら同盟軍は反乱軍の先鋒に負けて、あえて後続から引き離す必要があったのです。われらはあえなく戦いに負けてしまいましたが、戦士を抱えた同盟軍の諸侯たちは後方に戦力を集結させて温存させたのです」
「それすらも今日の戦いでホモ軍に負けてしまったけれど、それはどうなの……」
「しかし三日のうちにオコネイル男爵が率いる軍勢は、随分とわれらの懐奥まで進撃をしてしまいました。今日が三日目でございますぞ。まもなく敵の手持ちの兵糧は尽きてしまう事でしょう」
「…………」

 ラメエお嬢さまは言葉の続きを静かに待った。

「さすれば、主力と引き離されたオコネイル男爵の進撃速度は、やがて失われてしまうでしょうぞ」
「本当かしら……」

 疑い深いラメエお嬢さまを安心させる様に、枯れた騎士は微笑を浮かべて言葉を続けるのだった。

「兵糧の補給を受けず、刀折れ矢尽きた軍隊ほど哀れなものはありません、わたくしはむかしこの眼で見て、体験した事がございますので、そうなった軍隊の弱さはよくよく存じ上げております」
「むかしの辺境開拓で、それを経験したのかしら?」
「ハッハッハ。懐かしい話ですが、それよりもずっとむかしむかしのやつがれ物語でございます。飢えた軍隊は統制が取れないものでした、そしてやがて脱走兵を出すでしょうな」

 ようやく合点がいったらしい。
 失望の捕虜生活を送っていたであろうラメエお嬢さまに、僅かでも光明が差したのだ。

「その時、わたしたちも脱走を試みようと言うのね、じい」
「ご名答でございますお嬢さま。時が来るのを大人しく待ちましょう。食料はこのわたくしめが、僅かですが隠し持っておりまする」
「その脱走、いつやるの?」

 時はまだかと言わんばかりに、声は押し殺しながらも身を乗り出して簡易テントの中で立ち上がったおませ少女である。
 このまま放置していればこのふたりは脱走を企みを相談し始めるだろうか。
 だからこれまでふたりのやり取りを黙って聞いていた俺が、少しばかり茶化してやるつもりで会話に参入したのだった。

「いつやるか、そりゃあ今でしょ」
「だっ誰よ?!」
「やあこんばんは、ハロー。俺の名はシューター、今はスルーヌという村の騎士爵をしている聖使徒さ」
「逆賊の全裸卿?! いつからここにいたのよ!!!」

 いつからと言われても困るのだが、フクランダー寺院にやって来たのは君たちが到着する前の日かな。
 それから俺はもう全裸じゃないからね。元全裸だ!
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