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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第2章 ダンジョン・アンド・スレイブ

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26 ダンジョン・アンド・スレイブ 1


 やあみんな。君たちはようじょの下着を洗濯をした事はあるかい?
 俺はある、今している。
 ヒモパンのクロッチ部分を優しく丁寧に手揉み洗いしているが、断じて犯罪行為ではない。
 俺はようじょご主人さまであるとこのッヨイハディ=ジュメェの奴隷として、彼女の身の回りのお世話をさせていただいている。
 名前は吉田修太、三二歳。近頃はどれぇとかシューターとか呼ばれている男さ。

 高校生の頃からあらゆるバイト遍歴のあった俺だが、残念ながらクリーニング屋でバイトをした事は無かった。
 とは言っても、こういうシチュエーションがはじめてというわけではない。
 沖縄出身の古老である空手師匠のご自宅に居候していた頃は、よくご家族の洗濯物を洗っていたものだ。
 古老の孫娘は年頃の女子高生で、やれこの洗い物はネットに入れろとか、これは手洗いでないといけないとか、そういう事を小うるさく言われた。
 その中でも特に口うるさく言われたのが下着関係だったが、文句を言う事に疲れたのかやがて「自分でやるからさわらないで!」とある時を境に言いだした。
 どうしてあんなに顔を真っ赤にして怒っていたのか原因は謎だが、高校生になって色気づいたのもあったのかもしれんな。

 そこでッヨイさまのご自宅に住んでおられるもうひとりの住人の、雁木マリである。こいつは元女子高生だったにも関わらず、下着は自分で洗おうとはしなかった。それどころか俺に下着を洗われる事も、まったく気にしていない様子だ。
 年頃の女が繊細になるのは当然という気もしたが、違うのか。俺にはさっぱりわからなかった。

 さて、奴隷がご主人様のお世話をするのは当然だろう。
 このブルカの街を見渡してみると、そこかしこで奴隷が使役されている事実を目の当たりにするのだ。
 俺や雁木マリがもといた世界には奴隷など存在していなかったわけだが、ここではそれこそ当たり前のように主人に従って街を歩いている奴隷の姿を見たものだ。あるいは何かの使役を命じられて、荷運びやお使いに出ているのだろうと想像できる姿を見るのだ。
 彼女がこのファンタジー世界に来てから何を見たのかはわからないけれども、ここでの現実を雁木マリは当たり前の事だと行けとめている証拠だった。
 雁木マリのこの世界での地位は修道騎士という宗教団体の運営する武装集団の一員であり、恐らくは街の権力者たちとも近しい関係だ。
 日本の歴史に当てはめれば僧兵という事になるが、日本の歴史でも僧兵は一定の権力を持った連中だったはずだ。つまり、彼女と俺の身分差は天と地ほども離れているのである。
 人生やり直しのスタート地点が違うのだから、この差は歴然だった。

 どれぇ!

「お前、そういう奴隷働きしている姿ってホント似合ってるわよね」
「そういうあんたは、男の俺に下着を洗わせても何とも思わないんだな」
「当たり前じゃない。お前は奴隷なんだから、奴隷に雑務全般をさせるのは当然の事よ」
「雁木マリよ」
「あ? 雁木マリさまだろう!」

 俺の態度が気に食わなかったのか、洗濯板でゴシゴシとこいつの寝間着であるキャミソールを洗っていると、雁木マリがキレて前蹴りをカマしてきやがった。
 もう毎度の事なので、すかさず飛びのいて蹴りをよける。

「何でよけるのよ! 大人しく蹴られなさいよ!」
「嫌に決まっているだろ。あと邪魔をするな。俺は奴隷の仕事中なんだよ」
「ふん。で? 何よ」
「あんたはアレだな。日本で生まれ育ったのなら、もう少し恥じらいというものを覚えたほうがいいんじゃないかね。大和撫子(やまとなでしこ)の嗜みってやつだ」
「お前ホント馬鹿ね。この世界でそんなヤワな考え持ってる様じゃ、生きていけないのよ」

 どんぐり眼にどす黒い何かを浮かべて雁木マリが言った。
 こいつが最初に異世界から人生やり直しを初めてまる四年。最初に飛ばされたブルカ聖堂で彼女に何があったかまで、俺にはわからない。
 けれども、こいつはこいつなり苦労して来た事が、そういう言葉を言わせるのだろう。思春期として一番多感な時期をこのファンタジー世界で過ごしてきたのだ。
 しかも雁木マリは女であり、苦労は相当にあったのかも知れんね。

     ◆

 俺は余念無く自分の冒険者道具を手入れをする。
 そうして知った事だが、ダンジョンに入るための道具だが、武器はある程度汎用性のあるものを選ぶものらしい。

「メイスというのも面白い武器だよな」

 ボロ布で購入したばかりの中古のメイスを磨きながら、俺はフンフンと鼻を鳴らす。
 鈍器に分類される様な武器を実際に使う事になるのは今回が初めてだ。
 打撃系という意味なら天秤棒もその仲間だし、空手で使うトンファーもまたそうだ。
 使い方は同じ打撃系でも、メイスとトンファーではまるで違う事になるが、打撃系の武器に共通している事がひとつある。
 それはどれも扱いがひどく簡単な事だろうね。

 単純に叩きつける事で攻撃力を得るものだから、剣の様に刃筋をしっかり気にしなければならない斬撃系の武器とはそこが違うぜ。
 剣や刀は刃筋が少しでもずれていれば、攻撃力が格段に落ちてしまうところがあるので、知らない斬撃系の武器をちゃんと会得しようと思えば慣れるのに時間がかかる。
 そういう意味では斬撃武器でも比較的扱いやすい短剣と、メイスを使い分けられるのはありがたい事なのかもしれんね。
 ありがとうございます、ありがとうございます。
 俺は心の中でご主人さまに感謝した。

「メイスと言えば、ゴブリンのッサキチョさんを思い出すな」

 二週間ほどでしかないのだが、村に居た頃を思い出た。
 その僅かな村の滞在経験の中でもほんのひと言しか話したことはなかったけれど、ダブルメイス遣いだったッサキチョさんの事をメイスから連想した。
 彼がまだ健在であったのなら、メイスでの戦い方を教わる機会もあったんだろうか。
 いやいや。そもそも彼が健在であるのなら、村で猟師が大量に不足して俺が街にやってくる事もなかったはずだな。
 ままならんものだ。

「それにしてもなあ」

 武器はいいのだが、まともな防具は無かった。
 というのも、ッヨイさまは魔法使いなので重い防具は必要としておらず、雁木マリは前衛という立場上防具をしていたが、俺はただの荷物持ちだ。ポーターというやつなので靴と寝袋替わりにも使えるポンチョがあればそれでいい。
 俺が初見で感じていた荒くれの冒険者どものイメージと言えばずばりバイキングの様な鎖帷子を着た集団だったんだが、少なくともうちのご主人さまと相棒は例外らしい。
 というわけで、さっそく靴擦れを起こさない様にブーツを履き慣らしておく事にした。
 全裸ブーツ。
 履いてみて思った事だが、明らかにおかしい。その上にポンチョを羽織ってみると、さらに考えたくない結論に至った。
 これ、露出狂だ確信。
 市街地の暗がりから突如飛び出してくる怪しい変態が、こんな格好をしていませんか!

「どれぇ! よくにあってます」
「あ、ありがとうございます」

 ようじょにそう言われてもあまり嬉しくない俺だが、ブーツとポンチョを拝受した事は感謝せねばならない。
 しかし、奴隷はやはり全裸というのがデフォルトらしい。悲しい事にこの親切なようじょも、奴隷に服を着せるという発想がそもそもないんだろうな。他の冒険者と違ってうちのパーティーが比較的軽装に感じるのは、何か理由があるのだろうかね。
 俺もこの世界に来てからほぼ全裸で過ごしてきたから今さらというのもあるが、少々どころか防御力に欠ける現状は一抹の不安を覚えていた。
 まぁ色々あって準備は完了した。

 こうして自分の冒険者道具とッヨイさま、雁木マリの荷物を受け持った俺は、いざダンジョン探索へと向かうのだった。

     ◆

「そもそもダンジョンというのは、先人たちの古代遺跡と、自然発生の洞窟迷宮のふたつがあるのです」

 ようじょ邸を出発し街の外に出ると、俺たちは街道からは逸れた田舎道を歩いていた。
 道すがら、ようじょが俺に説明してくれた。
 ッヨイさまは魔法使いらしくようじょとは思えないほど博識だ。
 屋敷にはこの時代にはきっと貴重だろう書籍の類が山の様にあった。魔法使いの読む本だから魔導書、いわゆるグリモワールというやつなのかもしれない。
 勉強家さんなので夜更かししちゃうのはいいんだけど、夜はランタンの油がもったいないから早く寝ましょうね。
 昨晩は魔導書を開いたまま、おねむになったのか伏せて寝落ちされておいでだった。
 ついでに油断したのか、寝ながらジョビジョバもしておられた。
 さすがようじょ。そんなところもお約束を外さないぜ!
 だから俺が今朝、熱心にヒモパンのクロッチを洗っていたとしても、それは仕方のない事だったのだ!
 ま、仕事だからな。

「規模も様々なのです。ダンジョンの場所も様々ですが、例えばこれから向かうブルカの近くにある遺跡は、とても小さいのですよ!」
「それは自然発生と古代遺跡、どちらのダンジョンに分類されるのでしょうか」

 俺が背負子(しょいこ)を背負い直しながら言うと、ようじょは唇に手を当てて返事をする。

「はんぶんはんぶん、かなぁ」
「半分半分?」
「そうです。遺跡といっても最近ッヨイがあいぼーとふたりだけで通っていたのは、小さな遺跡中心だったからなのです。例えば今回の場所ですが、もともとは自然洞窟だったのを、古代の人間が遺跡にしちゃった感じ。その後また自然遺跡になった感じ。深さもそんなにないけれど、大事をとって深部まではいってないのです」
「……なるほど複合的要因で遺跡は成り立っていると。なので、どちらか一方に明確にこうだ! と言えるものは少ないのかもしれんな」
「そうなのです」
「ではもうひとつ、質問をよろしいでしょうか?」
「なんですか? どれぇ」

 愛らしいようじょの返事に嬉しくなった俺は、弾んだ声音で質問する。

「ダンジョンの定義とは?」
「定義ですか」

 きょとんした表情も、とても愛らしい。
 宝があるからなのか魔力的な何かがあるからなのか、恐らくそうした回答がようじょから飛び出るだろうと予想していたが、返事をしたのは雁木マリである。

「ダンジョンと定義されるのは、(ぬし)の有無よ」

 あんたには聞いてねえよ!

「主の有無? つまりボスモンスターがいるかいないかが、例えばただの史跡と遺跡ダンジョン、自然洞窟と洞窟迷宮の差という事か」
「そういう事ね。古くなった遺跡なんかは巨大な魔物が巣として利用したり、自然発生的に変な魔物が出現したりするからね。自然洞窟の場合はオーガとかが住み着いたり」
「オーガがというのはあれか、人相の悪い巨人みたいな連中か」
「まあだいたい、わたしたちの世界で想像していた様な連中よ。文化的にはまったく相容れない感じの」
「ほう」

 俺が雁木マリと話し込んでいるのを見たようじょは、急に嬉しそうに声を上げる。

「どれぇはおりこうさんですね!」
「へ? そうですかね」

 うんうん、とようじょがうなずくと、背伸びをして手を伸ばした。
 ん。どうやら俺の頭を撫でたいらしく、俺はしゃがんで首を垂れた。

「よしよし」
「ありがとうございます。ありがとうございます」

 俺はついついいつものクセでペコペコしたのだが……
 はっ?! 俺はようじょに調教されているのではないか!
 こんな事ではいけない。慣れてここが居心地のいい場所だと錯覚してはいけない。
 妻に会うため、村に帰るのだ。
 俺が決意を新たにしていると呆れ半分、軽蔑半分の眼差しで俺を見下す雁木マリが口を開く。

「まあ。コイツも一応は義務教育受けてるからね、大卒?」
「いや中退だ」
「やっぱ社会のゴミだったか……」

 俺は殺意を芽生えさせた。
 この女のこういうところはいつまでたっても慣れない。
 歯ぎしりをしたが、まだ我慢だ。
 ほんの一瞬前まで少しはわかりあえたと思ったが、すぐにこれだ。絶対に許さねえ。
 だが、危険な場所に潜るのに意識を散らしてるわけにもいかない。ぐう。 

「それじゃみんな、街道を外れてダンジョン近くにあるベースに行きましょう!」

 ようじょだけは元気に声を上げる。
 目的地はもう目の前だった。

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