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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第7章 戦場でお会いしましょう

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210 仮初めの盟主 後編


 シェーン少年は断言した。

「僕が義母さまを裏切ることはありえない」

 無表情な顔にただ澄んだ瞳だけを浮かべてじっと俺に向けてそう言ったのだ。
 その言葉に偽りはないだろうと俺はこの時思った。
 しかしブルカ伯は今後もこの少年の付け入る隙を探して接触し続けてくるだろう。
 嫌な大人だなあと思いながらその事をしてくすると、

「きみの決意はとても立派だと思う。だがブルカ伯は諦めないだろうさ」
「わかっているさ。だけれども、母は僕に何ひとつ母親らしいことをしてこなかった人間だ。血の繋がりがあるからと言って素直にはいそうですかと命令に従うほど愚かではないさ」

 お貴族さまというのは子供が生まれると、大概は乳母に自分の子供を預けるものだろう。
 少なくとも俺の知っている元いた世界では、歴史を紐解いてみるとそういう実例はいくらでもあったはずだ。
 シェーン少年もまた、基本はそういう親子関係をしていたのだろうという事は言葉の端々からうかがいしれた。

「だが義母さまは違った。別邸に遊びに来た僕をよく構ってくれていたし、後を継いでからも僕のために色々と支えてくれた。だから、」

 いったん言葉を区切った少年は俺を改めて見やった。

「僕がいかに無力であるかを自覚しているつもりさ。リンドルは僕ひとりで纏める事は出来ないし、それどころか僕の名望では辺境の諸侯たちを従える事なんて以ての外だ。事実、きみの第三夫人だというゴルゴライの準女爵などは、僕の事を鼻たれぐらいにしか思っていないだろうからね」

 このファンタジー世界における年齢区分はみっつしかない。
 十の齢で成人を迎えるまでは子供、それより社会に出て結婚をするまでが若者、そして結婚すれば立派な大人だ。
 声変りも済ませていないシェーン少年は十三、十四という俺の元いた世界であれば中学生程度の年齢だ。
 ちょうど薄毛が息子を彩り始めるお年頃だろうが、いつだったかリンドル宮殿の風呂場でご対面をした時はその毛すらも生えそろわないツルリとしたものだったのを覚えている。
 そんな彼が、しごく真面目な目線を俺に向けたままこう続けるのだった。

「その上できみに相談したいんだ。僕は何とするべきだ、戦場に出る事が許されないのならば、いったい僕には何が出来る」
「うーん……」

 盟主連合軍のリーダーという立場のシェーン少年は、どっかりと大本営に腰を据えていてくれさえすればそれでいい。
 けれどもそういう返事を彼は求めているわけではないだろう。
 やる気になっている人間をここで不快にさせるのは間違いだろうからな……

「シェーン子爵が前線に出る事は出来ない。仮に盟主連合軍の旗頭であるリーダーが負けてしまったら、そのまま盟主連合軍は崩壊してしまう事になるからな。仮に総司令官としてマリアツンデレジアさまが負けたというのであれば、まだきみが後に控えているという方便を使う事が出来る」
「わかっている」
「だったら全幅の信頼を前線に出ていく諸侯たちに置く事だな」
「それだけ、しかないのか?」

 難しい問題だ、人間にはそれぞれ役割があるからな。
 組織のリーダーというのにもいろんなタイプがあるし、俺の思うリーダー像というのは「責任はこちらで持つから、やってこい」と尻を叩いて送り出してくれるタイプだ。
 むかし俺がお世話になって今も感謝している職場の社長さんや上司たちは、みんなこのタイプだったと思う。
 しかし戦争で負けた時の責任を取る事はただひとつだ。
 敗戦責任ならば首チョンパ。

「信じて送り出す事が、最大の仕事なんだよなあ」
「…………」
「戦争に負けて傷付く将兵たちもいるだろうから、そのひとたちを暖かく迎え入れてくれる事も大事な役割だ。これは後方で守りを固めている君にしかできない事だ」

 結局、それ以上俺からまともにアドバイスめいた事を口にする事は出来なかった。
 何しろ俺自身、部下を持つ立場になっていったいどう振る舞っていいのかわからなかったぐらいだ。
 アドバイスを出来る様な立派な人間ではない事に、俺自身何だか失望した気分だった。すると、

「全裸貴族にはがっかりした。もう忘れてくれ、僕もこの件は忘れる」
「す、すみませんねえ……」
「安心しろ、僕はきみを裏切る事はあっても義母さまを裏切る事は無い。今さら義母さまの首を差し出せなどと虫の良い事を言ってきてるブルカ辺境伯など信用なるものか。義母さまの事は僕が守らないで誰が守るんだ!」


 やはり満足の行く回頭とは程遠いものだったらしい。

「…………きみは立派な少年だ。いや、マリアちゃんにとって立派な自慢の息子だ」
「全裸貴族にそんな言葉を言われても、嬉しくもなんともなければ慰めにもならない! ぼくは義母さまの期待を一身に背負ったリンドル子爵家当主シェーンだぞ!!」

 激昂の色を見せたシェーン少年はそう叫ぶと、羊皮紙の書簡を目の前でビリビリに裂き散らかした。

「そうだな。だがきみの決意を知った以上、前線では俺がきみに代わってマリアツンデレジアさまをお守りする事を誓おう」
「当然の事だ。義母さまは僕とリンドルを守るため、ただそれだけのためにきみに体を許したのだからね……」

 彼は仮初めの盟主に過ぎないお飾りの主権者に過ぎなかったけれども、それでも自分の主張をこの場でしたのだ。
 リンドル御台である義母マリアツンデレジアに自分が守られているという事を自覚しているのだ。
 義母が自分を守るために、自ら進んで俺に体を預けた事を理解しているのだ。
 ふたたび一見しただけでは無表情ともとれる顔色を取り繕ったシェーン少年は、そのまま謁見の間の扉の方をあごでしゃくってみせて、退出を促す。

「あっ」
「まだ何かあるのか全裸」

 いよいよ不満を募らせて、しおらしい仮面からクソガキを覗かせた少年である。
 自分がビリビリに引き裂いた手紙を、そのまま放置しているわけにもいかないと拾って集めている姿を見ていて思い起こしたことがある。

「後方地で出来る事がひとつあるぞ義息子よ、むしろこれはきみにしか出来ない事かもしれない」
「何なのさ」
「手紙だ、ひたすら手紙を送り届ける事だ」
「この非常時に手紙など、いったい誰に送るのだ」

 ひとたらしと言われた豊臣秀吉であるけれど、モノの本によれば多くの手紙を残しているらしい。
 あるいはいくつかのエピソードには、自軍の為に激闘した将帥の元に訪れては大袈裟に感動して見せた事もあったらしい。
 パフォーマンスと言えばそれまでだが、感謝されて気を悪くする人間よりは、気を良くする人間の方が圧倒的に多いはずだ。

「信賞必罰は盟主連合のリーダーであるきみにしか出来ない仕事だ。常に諸侯や勲功を挙げた将兵を励まして称える言葉を手紙に乗せて送るのはどうだろうか」
「そんな事で、たかが手紙ひとつで誰が喜ぶ」
「相手から信頼を得るためには、まず自分が信頼をして態度を示さなければならないだろう。そんな事は当たり前の様に見えて、いざこのなかなか形に出来ないものを証明する手段というのはむずかしい」

 戦地に出る事が無く動けない立場の少年に出来る事はこれぐらいだろう。
 あるいは、出征している諸侯の家族に宛てて、生活に大事は無いかと気を配る手紙もいいかもしれない。
 大怪我を追えば、必然的に後方地かつ医療施設として充実しているリンドル聖堂の診療所に運び込まれてくる事になる。
 ここならばシェーン少年が慰労のために顔を見せる事も可能かもしれないな。

「とても地味だな」
「地味かも知れないが、継続は力技だ」
「力技?」
「一枚、二枚の信書を受け取ったところで相手にはあまり感慨も無いかもしれないが、それが度々となれば印象も変わるんじゃないか。何度も気にかけてもらったと思えば、それだけ心に留め置く事になる。きみが立派に諸侯連合全体を見渡しているという事は、義母上が総司令官としてやりやすくなる事にイコールとなるよ」
「ふむむ」

 散らばった紙片を集める手を止めて、俺を見上げるシェーン少年である。

「だが一番に感謝・近況の手紙を送り届けるべき相手は、君の義母上だ。マリアちゃんは何よりその事を喜ぶと思うぞ」
「わ、わかっている当然の事を口にして悦に入るんじゃない全裸義父!」
「へいへい。俺はこれで退散するから、明日の式典にでもさっそく信書を盟主たちに託すんだな。信頼の証として」

 出ていけとばかり、ぶしゃあと投げつけられた信書の紙片は室内を舞う。
 俺は片手をヒラヒラさせて挨拶をすると部屋を退出した。

 外にはドアの側で壁にもたれかかって待機していた鱗裂きのニシカさんとけもみみ、それに男装の麗人。
 ちょうど反対側には新米官憲ホイヤと、それを監視する様に腕組みする巨人族の女ケイシータチバックさんがいた。
 ケイシーさんとはちょうど俺が謁見の間の外に出たところで視線が交差した。

「シェーンお坊ちゃまは、あれで年上のお姉さんが全般的に好みだ。後の事は任せたので、自慢の料理で慰めてやってくれ」
「…………(ニッコリ)」

 腕組みを解いて巨躯に似合わない仕草で小首を傾げて見せたケイシーは、微笑を浮かべて返事をしてくれた。
 沈黙のメイド。
 ケイシーさんとは厨房で出会ったら負けそうだぜ。
 ギイバタン。謁見の間へと新米官憲ホイヤを引きずりながら消えていった宮殿料理人を見送りながら、俺はそんな事を考えるのだった。

「何が年上のお姉さんが全般的に好みだ、それはお前ぇの事だろうがよなあ相棒。生娘のカサンドラじゃ飽き足らず、年増の領主さまの次はカラメルネーゼにリンドルの御台さまだ。片っ端からヤりたい放題だぜ」
「それにニシカさんも年増だね」
「お、オレ様は関係ねえだろ、どうしてそこに出てくるんだ。年増じゃねえ淑女だ」
「淑女はオレ様とか自分の事は言わないよ」

 馬鹿な事を言い合っているニシカさんとけもみみの事は置いておいて、俺はしごく真面目な顔をした男装の麗人に向き直った。

「さすがご主人さまです、手紙で諸侯たちとやり取りをするというのは妙案でしたね。特に御台さまと信書のやり取りを重ねる事はシェーン卿の心をこちらに繋ぎ止めておくためには有効な手段だと思います」
「うんそうかもね」
「ええ。あの方の心の隙を付いて、必ずブルカ辺境伯は離間の計略を仕掛けてくるでしょうからとても大事です」

 やはりベローチュはそういう風に考えるか。
 褐色のつるりとしたお肌に思慮深い顔を浮かべて、大きくため息をついて見せた男装の麗人だ。
 そうすると吐息とともにばよんばよんとふたつの霊峰が地震を起こし、俺を満足させた。

「きみの必ずクソガキが裏切るという立場に立っての発言は、あまり感心しない」
「はっ、失礼しましたご主人さま……」
「だが最悪の事態としてそういう事を考えるのは部下として立派な役割だ」
「…………」

 もしもブルカ伯が離間の計を引き続き仕掛けてくると言うのならば、罠そのものは最初の接触……つまり新米官憲ホイヤが信書を渡された瞬間からはじまっているのだろう。
 いち度の接触で心を動かすのではなくて、少しずつ条件を吊り上げていくかもしれない。
 リンドル御台マリアツンデレジアの身分を保証するとか、外道の行いかも知れないが義母マリアちゃんとの結婚を許可するとか、そんな事を言い出したらシェーンは態度を変えるだろうか。
 そんな心の不安を見透かすように黄色い相棒とけもみみ、そして男装の麗人の視線が俺に集まった。

「シューターよう。その時はツンデレのマリアの気持ちを無視してでも、お前ぇはあのクソガキを斬り伏せる事が出来るのか」
「俺が付いていくと決めたのはアレクサンドロシアちゃんだけだからな。仮にそう言う事態になった時は、躊躇している余裕はないだろう……」
「その時はぼくがやるよ。何でもシューターさんがやる必要なんて、どこにもないよ」
「オレ様に頼ってくれてもいいぞ」

 嬉しい事を言ってくれるじゃないの。
 けれども、疑念ばかりを周囲に振りまいているのは俺の性分にも合わない事だ。


「そういう事態にならないために、細心の注意を払ってくれ。ベローチュは情報収集チームとやらでリンドルに居残る人間がいるのならば、シェーンお坊ちゃまに監視を付けてサポートをするんだ」
「承知しましたご主人さま」
「あくまでも疑うのは仕事だからしょうがないにしても、彼の事を信頼しない事には、俺たちも信頼されないからな」
「こ、心得ています」
「さあこの話はもうおしまいだ。きみたちは聞き耳を立てていた様子で密談の内容は丸聞こえだっただろうけれど、他言無用だぞ」

 そこまで話したところで、俺たちは奥さんが控えている部屋に戻る事にした。
 
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