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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第7章 戦場でお会いしましょう

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207 五頭会談 8

 マリアちゃんの別邸で五頭たちの軍事方針が協議されていた頃。

 その場に参加していた雁木マリは密かに修道騎士たちに命じて次のようなものを内外から集めさせていた。
 ひとつは辺境各地に点在している聖堂や修道院、教会堂から土地の情報を吸い上げる事だ。
 それぞれの街や村の人口分布から入手可能な範囲内で地図などを持ち込み、女神様の信徒たちの信仰心がどの程度あるのかという貴重な情報源だった。

 ようじょたちが本格的な進軍ルートを決定するために資料が必要という事で、雁木マリに命じられてそれを取りに来たのだが、

「急場だったので、ここにあるのは基本は盟主連合に参加した辺境諸侯たちの情報になります。ですが、これらはすでにカーネルクリーフさまがブルカ大聖堂の本部に残ると決断された際、すでにガンギマリーさまからご指示を受けておりましたので、友邦に関しては詳細が集まっています。ブルカ伯側に付いた諸侯の情報も、後日にはなりますが徐々に集まる事になります」
「つまり敵側の民主調査データも集める事が出来ると」
「時間はかかりますがその予定です。それらの情報を、一枚で見やすい形に起こしているところですね」

 この指示を直接に受けていた修道騎士ハーナディンは、同僚たちと共に集まった資料や分布図を元に一枚の巨大な地図の作成をしていたのだ。

「つまりマッピング中かな?」
「まあ、ダンジョンで言えばそう言う事になりますね」

 ここにはこういう罠が仕掛けられている、通行ルートはこういうものが存在している。
 在郷の兵力分布の他に食料の備蓄情報などは、修道騎士たちが盟主連合に加わった諸侯たちに行ったヒアリングによって、さらに内容の精度は強固なものになったと言えるだろう。

 なるほど。
 ふと、江戸時代には宗門人別改帳という民衆調査台帳が存在していたのを思い出す。
 要はあの時代、キリスト教徒を禁止した幕府が、各地の領民たちがどんな宗教を信仰しているのかを調べてまとめさせた台帳の事だ。
 結果的に人口分布や、各宗派の分布、あるいはそこからわかる徴税のための基本資料として応用されたと言うが、このファンタジー世界にも似たものが存在していたという事だろう。

「雁木マリは高校中退だったはずだけど、歴史の授業でこれを習っていたのかな」
「?」
「いや、こちらのはなしだ。地図を見た限りだと、拠点人口と在郷兵力の分布以外にも交通網がきっちりと描き込まれているな」
「はい。これは敵味方の進軍ルートをしっかりと把握するのに重宝しますよ。特に補給は大事だ」

 補給は大事ですよね。
 やっぱり俺も食事をしっかりとって、奥さんたちとキャッキャウフフしなければ明日も頑張ろうという気分にならない。
 ニシカさんなら酒がないとやってられないだろう。

 そう考えてみると、ひとつ不思議な気分になる者だ。
 モノの本によれば軍隊における補給というのは、近代を迎えるまですさまじくずさんだったと呼んだことがあった。
 そもそも現代的な兵站の概念があったのかも疑わしいが、基本的には領外に進出した軍隊というのは補給にめっぽう弱く、現地調達が当たり前のように行われていたらしい。

 つまり略奪なのだけれども。
 この巨大な地図を見る限り、その辺りが非常に難しいことがよく分かった。
 辺境は人口密集地が極端に偏っているからだ。

「サルワタからゴルゴライにかけてはまばらに村と集落が点在している。リンドルの周辺は人口密集地だ。オッペンハーゲンも古い入植領であるから、ここも人口密集地帯だが……」

 ブルカ辺境伯の本領とごく周辺諸侯たちの支配域を除けば、後は地図上に森を示す樹木マークの連なりか、人口規模が小さいことを示す集落マークしかない。

「現地略奪をするにも、これでは得られるものが何もないと言うわけか」
「そうですね。ドロシア卿がよく仰っている事ですが、地図を眺めていれば見えてくるものがあると。まさにこれです。われわれ、あるいはブルカ伯の軍が前進するにしても、味方の補給を受けられない場所に出てしまえば完全に負け戦になってしまいますからね」
「補給戦が伸びきってしまったところを叩けばいいわけだな。弱った軍隊ほど相手にしやすい敵はいない……」

 辺境みたいな点と線、それにわずかな面の連なりで出来ている土地だから、必死で補給をどうにかしないといけなかったんだな。
 けれども軍事訓練と戦術研究がお貴族さまや修道騎士たちの花形だろう。
 失礼な言い方だが、周囲の鍛え抜かれた修道騎士や幕僚のみなさんを見ても、そんな事を考え付く顔ぶれ担見えないないな。
 などと考えながら、ついつい俺は独り言をこぼしてしまった。

「しかしこれは雁木マリ以外にも入れ知恵をした人間がいるな……」
「よくお分かりですね。もともとは騎士修道会が異教徒との戦いの際に行っていた限定的な作戦地図の応用ですが、今回は賢くもようじょさまのご助言と、シューターさまの家臣団からのご献策がありました」
「家臣団!」

 全裸から成り上がった俺に家臣団なんかいませんがはて……

「そうです。さすが閣下は女神様の祝福を受けた聖使徒、家臣団も優秀だなどと修道騎士の仲間内でも評判ですよ。僕も部下のひとりとして鼻が高いばかりです」

 ニッコリ笑ってある方を向き示した修道騎士ハーナディンに釣られて、俺もその方向を見やる。

「あ、あのダアヌさま。これから冬にかけては雨は雪へとかわるだろうから、リンドル川の水量は減るかもです。川の流れが落ち着くので輸送量が増えるかもです……」
「何じゃそなたは、賢くも先代子爵夫人のこなたに指図する気か! 全裸の守護聖人の奴隷がそんなに偉いのか、申してみよ!」
「わ、わたしは盟主連合の主計官奴隷なので、従ってください! かも……です」

 両替商ウォールズ商会の四女モエキーおねえさんである。
 自らを主計官奴隷という謎の役職で名乗っている彼女を、俺は奴隷にした記憶など無い。

「いい買い物をしましたねご主人さま」
「買い物じゃねえ! 誰だよ勝手にモエキーおねえさんを奴隷身分にしたのは」
「聖使徒であらせられるシューター閣下の奴隷というのは、近頃とてもありがたい身分なのだそうですよご主人さま。そういう噂を広める様、部下たちに指示をしております故」

 気が付けば俺とハーナディンに近付いてきた男装の麗人が、ニッコリ笑ってそんな事を口走った。
 お前の仕業かベローチュ! 勝手な事ばかりして……

「シューターさま。リンドルから進発する軍勢の補給は、ダアヌさまの商会と息のかかった商人たちが一手に引き受ける事が決まっております。上流のオッペンハーゲンからは余剰の食糧を運び込む必要がありますので、そうなれば現地商人の出身であるモエキーウォールズ主計官にお任せした事は、たいへん正しいご判断ですね」
「そ、そうかな?」
「さすが女神様の祝福を受けた全裸聖使徒と、騎士修道会の威光もますます辺境に広がるでしょう」

 嬉しそうにハーナディンがそんな事を言うので、これ以上ニコニコしている男装の麗人をしかりつける事は出来なくなってしまった。

「ところでハーナディンくんは騎士修道会の人間じゃないのか。さっきは俺の部下で鼻が高いなどと言っていたけれど、君のご同僚にそんな事を聞かれたらまずいんじゃないのかね」

 地図の事はともかくとして、忙しく動き回りながら何かの書類と地図を見比べている修道騎士たちを見やりながら、俺は声を潜めて苦言を呈した。

「そんな事はありません。現在騎士修道会における僕の立場はガンギマリーさまの護衛任務ですからね。当然、ガンギマリーさまがシューターさまに嫁がれるのであれば、僕はシューター卿の部下として扱ってくだされば結構ですよ」

 指揮系統上の問題ではなく、気持ちの問題ね。
 そういう事であれば、度が過ぎない程度に部下だと思って今後もよろしくお願いします。
 ありがとうございます、ありがとうございますと頭を下げたところ、

「あ、頭をお上げ下さい。周りの同僚が何事かとこちらを見ているじゃないですか!」

     ◆

「みんな、この地図を見て欲しいのです!」

 五頭会談の部屋に持ち込まれた大地図の周りに指導者たちが身を寄せ合ってのぞき込む。
 そうすると俺にだっこされたようじょが、指揮棒でぺちぺちと地図の一部を叩いた。

「これは辺境の地理情報を詳細に描き込んでいます。ここがブルカ、ここがゴルゴライ、サルワタに、そしてここがリンドル、ここがオッペンハーゲンでなのです」

 それぞれの地点は、俺のもといた世界に照らし合わせると、とても分かりやすいかもしれない。
 ブルカの場所は関西に当てはめるなら神戸だ。そしてゴルゴライはさしずめ大阪だろう。京都の先にある大津がサルワタの森といったところだろうか。サルワタの森には湖もあるし、琵琶湖と京都の関係でピッタリだ。
 そこから南に下って堺の街リンドルあたりか。和歌山がオッペンハーゲンという風に考えれば、何となく理解できる。
 何かこれでは雁木マリがよくやる例え話で、かえってわかりにくいな。うん……

「ッヨイたち盟主連合軍の大動脈は、このリンドル川です」

 リンドル川は、オッペンハーゲン領内に源流を持つ、さんざん貨客船で往来して来た河川の事である。
 川の名前はそれぞれの地域によって名称を変えて、サルワタから流れる河と合流したところでブルカ川となるけれども、まあ盟主連合の間ではリンドル川で名称を統一する事になった。

「このリンドル川は南からブルカのある下流域に向かって流れています。当然、ブルカ辺境伯はこの川の交通を遮断してしまうと、補給が滞る事を知っていると思うのです。だからブルカ伯は触滅隊などを使って、この周辺の地理情報を集めたり、襲撃に向いている地点を調べていたと思われます。川さえ使い物にならなくしてしまえば、陸路の補給をッヨイたちは考えなければなりません」

 周囲をぐるりと見回したようじょ軍師に、アレクサンドロシアちゃんはうんと頷き、オッペンハーゲン男爵のドラコフ卿もニヤリとしてみせた。

「つまりこのオッペンハ……リンドル川を守るために、川の対岸に軍事力を投射するという事だな」
「そうなのです。強力な軍隊を送り込んで、リンドル川の補給線をしっかりと守ってしまえばいいのです。当然その事はブルカ伯もわかっている事なのです」
「であれば、どうするのじゃい軍師どの?」

 自分のおじいちゃんぐらいの年齢のサンタ王に軍師どのと呼ばれたのが気恥ずかしかったのか、ようじょはちょっと照れた顔をした後にコクリと頷いて、ぺちぺととリンドル川の対岸流域を叩いた。

「川の向こう側も一部はリンドル子爵領なのですが、その他の領主さまの土地もいくつもあります。河川交通をおじゃま虫するのであれば、魔法使いによる妨害が考えられます。工作員を使われたら困ってしまうのです。だからドロシアねえさま……アレクサンドロシア卿の軍隊以外の全力で、対岸に押し出します!」

 強気の発言でようじょはそう言った。

「つまりわらわはその間ゴルゴライの街道口を独力で耐え抜く必要があるという事だな」
「そうなのです。ゴルゴライ方面には野牛の軍団と騎士修道会の軍隊で守り抜き、その間を全軍でリンドル川の流域全体を安全な回廊にしてしまうのです」
「ふむ。しかしッヨイよ、ブルカ伯側が力押しでゴルゴライに迫った場合は何とする。あのオレンジハゲは万の兵士を所持しておるからな。わらわも戦場で後れを取るなどと言いたくはないが、守りに徹するとしても持ってそれほどではないぞ……」

 アレクサンドロシアちゃんはわずかに不安の顔を浮かべていた。
 いくら貴族軍人出身の戦上手で、スルーヌをあっさりと併呑したと言っても、このリンドル流域の占領に全力を割いている間にゴルゴライが堕ちれば元も子もない。

「それはわかっているのです。ドロシアねえさまは開戦後の二十日間を何としても守り抜いてください、そうすればリンドル川流域を安全回廊にする事が出来ます。全力をもってリンドルを攻めてくる軍勢を蹴散らしながら対岸流域を占領する。しかるのち、」

 ようじょは言葉を区切って、指揮棒の先端をリンドル方面からゴルゴライ方面に向けてずずいと動かして見せたのである。

「このリンドル川を利用してッヨイたち盟主連合軍は、いっきに軍隊を送り込む事が出来るのです。軍隊の輸送は貨客船と軍船の数で決まると思うのですが、それはセレスタ、リンドル、オッペンハーゲンのみなさんからごっそりかき集めるのです!」

 ようじょの堂々たる宣言に、周囲は静まった。

「……な、なるほどのう」
「馬車や徒歩による輸送には限りもあるし、行軍には時間もかかるものだ」
「まずリンドル方面を攻めてくる敵を倒して、稲妻の様にとって返すという作戦ですのね」
「そうするとこの作戦、稲妻作戦という名称はどうだろう」
「わっはっは、これならばわしのドワーフ軍も、リンドルの前面に進軍する事が出来ますわい。

 女領主の言葉を皮切りに、ドラコフ卿とマリアちゃんがベストレ男爵と顔を見合わせて囁き合い、サンタ王も同意してくれた。

「オペレーション・サンダーようじょってとこかしら?」

 雁木マリ、変な英語風作戦名をつけないでくださいね……


挿絵(By みてみん)
http://15507.mitemin.net/i193221/
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