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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第7章 戦場でお会いしましょう

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205 五頭会談 6

遅くなりましたが更新です!
 不機嫌丸出しの顔をしたマタンギ領主デルテ騎士爵は、少し酒に酔った様に頬を赤らめていた。
 デルテ卿のご夫人だろうか、若い薄幸そうな美人の女性にひとつ会釈をしてみせると、彼女はあわてて立ち上がって貴人の礼を取ってくださった。
 右手を胸に手を当てて、腰を折る。

 すると今度は俺の背後で、けもみみと男装の麗人も貴人の礼をして見せるではないか。
 いつの間に君たちいたの?!
 気付かなかったそんなの……などと思っていると、デルテ卿が唸る様に文句を口にする。

「堅苦しいことはたくさんだ。さあ座るなら貴殿もさっさと座らないか」
「ありがとうございます、ありがとうございます」

 特に歓迎されている雰囲気はなかったけれど、それでもアゴをしゃくってみせたのだから俺が話しかける事そのものを否定するわけではないらしい。

「では失礼して……」

 空いた席に俺が腰に下ろすと、数名の騎士たちが立ち上がった。
 どうやらけもみみと男装の麗人に席を譲ろうとするのだが、奴隷のベローチュは丁重にそれをお断りして、エルパコだけが席を下ろす事になったらいしい。
 男装の麗人は俺たちの背後に立って直立不動の姿勢を取った。

「褐色エルフの次は犬獣人か」
「彼女は妻のひとり、エルパコです。この辺りでは珍しいかもしれませんね、ハイエナ獣人だそうですよ」
「ふんっ」
「エルパコだよ。シューターさんの第四夫人をしているよ」
「……俺はマタンギ領主のデルテ騎士爵だ。見ての通りの冴えない田舎貴族だ」

 自虐の言葉をけもみみに吐き捨てるデルテ卿であるが、酔いどれ顔はしていても酩酊までは至っていない。
 目敏く濁りきっていない瞳でけもみみを観察しているデルテ卿は「貴殿も騎士か」などと独り納得した様だ。
 貴殿も騎士かと言うぐらいなのだから、この男も何か武芸に心得があるのだろう。
 間合いの取り方や立ち居振る舞いを見た感じ、どうもデルテ卿は剣術のひとではないと俺は感じる。
 弓か槍か、騎士の領主さまだからそのどちらかだろう。
 空手経験の長い俺にはそれがわかる。気がした……

「そちらの美しいご婦人はデルテさまの奥さまですかねえ」
「そうだ。俺の領地にいた分限者の娘だが、不作続きで税を払えないと言うので差し出された女だ。良く尽してくれるが、それだけだ」

 どうでもいいとばかりぶっきらぼうにそう言い切ったデルテは、リンドル特産のブランデーが入った酒瓶を無造作に取り上げる。
 そのまま俺がこのテーブルに持ってきた酒杯に、なみなみと注ぎ込むではないか。

「その点、貴殿は上手くやったな」
「妻たちには良くしてもらっていますねえ」
「その事ではない。アレクサンドロシア騎士爵の事だ。いや、今はアレクサンドロシア準女爵とお呼びせねばならんだろうな」

 ようやく不満顔にニヤリとしたものを浮かべるデルテ卿である。
 ただし嬉しがっているというより皮肉を口にしている感じだ。

「サルワタの女騎士と言えば今をときめく戦上手だからな。ゴルゴライを一夜にして落とし、その勢いをかってスルーヌまで併呑した。背後には知らぬ間に従えた野牛の一族までいる。領地だけでものを言うなら、もはやブルカ辺境伯に伍する大領主さまよ」

 デルテ卿の言葉につられて、俺たち一同はアレクサンドロシアちゃんの座っているテーブルに視線を向ける。
 そこには気が付けば女領主を中心に、糸目のドラコフ男爵やベストレ男爵たちが集まっていて、アレクサンドロシアちゃんとよろしく何やら盛り上がっている様子だった。

「あの手際の良さはさすが貴族軍人上がりの女豪傑だ。まさか近郊領主も、野心むき出しにしてブルカ辺境伯に歯向かう様な軽輩領主がいたなどとは、思いもしなかっただろうからな」
「これもまたブルカ辺境伯の悪業が行き過ぎたからでしょうね」
「フン、言ってろ……」

 確かに女領主の戦場における手際の良さは俺も驚くばかりだ。
 領地を留守にしている間、何も知らされないうちにスルーヌをあっさりと占領してしまったのには驚いた。
 実のところ野牛の兵士が持つ動員力が圧倒的だったというのもあるかもしれない。
 それでもアレクサンドロシアちゃんに戦場で指揮を執るセンスがある事は間違いないだろうな。
 犠牲は最小限に、戦果は最大限にだ。

「貴殿は実に運がいい。アレクサンドロシア卿の再婚相手に見初められたのだからな」
「はは、確かに俺は運がよかった」
「知っているか。実のところ、アレクサンドロシア卿をサルワタの売女などと侮っていた近郊の諸侯連中に多かった。相手を見下して罵るばかりで何もしない連中だ。だが俺は違う……俺もチャンスさえ巡ってくれば、戦場を駆け抜けてあっという間に領地を切り取って見せたものを。口惜しい、実に口惜しい」

 手酌をしようとしたデルテ卿をあわてて制した俺は、ブランデーを彼の酒杯になみなみと注ぐ。
 すると酒臭い息をまき散らしながらぐびっと口に運ぶではないか。
 かなり美味い酒だったと記憶しているが、

「不味い……」

 デルテ卿のこぼした言葉はこれだった。
 自称チャンスに恵まれなかったマタンギ領主のその眼は俺に向かって「今さら俺のところに何をしに来た」と訴えかけている様に見えた。

「俺はもともとブルカ辺境伯と昵懇の間柄だった寄騎だ。ここ数年は不作続きでブルカ伯からの支援でどうにか領地経営をしていた様な有様だ。その様な事は貴殿もすでに調べがついている事だろう」
「……領地経営はどこも苦しいばかりですからねえ」
「その上に、近頃はリンドル往還でわけのわからん野盗が跳梁跋扈しているという有様だった。聞けばこれもブルカ辺境伯の差し金で、街道を荒らしまわらせていたと言うじゃないか。そうしてみると俺はただの道化者だ。ブルカ伯に外貨獲得手段を邪魔されているとも知らず、せっせと金を借りて頭を下げてきた。まるで世間を知らぬ田舎貴族そのものだ」
「あなた。ここは外交の席ですし、お酒は少し控えた方がいいのでは……」
「うるさいぞ。お前は引っ込んでいろ」
「でも……」

 たしなめようとしたご夫人を、デルテ卿はピシャリと遮断して言葉を続けた。

「どうせ俺のところになど誰も顔を見せに来ないではないか。見ろよ、俺は確かに軽輩領主だ。リンドル御台のところには岩窟王陛下とセレスタ男爵、サルワタの女騎士のところにはオッペンハーゲンにベストレの領主だ。ここにいるのは素性も知れない全裸の成り上がりと、その従者だ」

 フンといまひとつ鼻を鳴らしたデルテ卿である。
 どうやら俺の噂もマタンギ領には届いていた様で、全裸の成り上がりだと言われてしまった。

「シューターさん、このひと酔ってるよ」
「そうだね。明日は二日酔いだね」

 けもみみとそんなやり取りをコソコソとやっていると、デルテ卿は荒々しくテーブルに酒杯を叩き置いた。

「俺の頭ごなしに何もかもが進行している。アレクサンドロシア卿とブルカ辺境伯の対立、アレクサンドロシア卿とマリアツンデレジア卿の同盟、そして有力諸侯たちの視線はここにはない。軽輩領主の俺などは、まるで存在しないような振る舞いだ」
「な、なるほど」
「何故アレクサンドロシア卿は、俺のところには外交使節を送ってくださらなかったのだ!」

 ああうん。
 あんたはブルカの寄騎だと思われていたから、友軍諸侯の因数には入れられていなかったからね。
 しかもデルテ卿本人が自覚している様に、マタンギ領は軽輩だ。
 たぶんサルワタの本領と比べても同等かさらに小さいと聞いた話や資料にあったはず。

「何も知らぬうちであれば、ブルカ伯のもとに周り中敵だらけであっても郎党を連れて馳せ参じ、武功を立てて借財の返済にとも思っていた。だがそれももはや出来ん」
「あっあなた……」
「俺はな、ブルカ伯に嵌められていたという事はちゃんと理解している。この上ブルカ伯に義理立てをするほどの馬鹿ではないのに、わざわざ領内の修道院には騎士修道会の連中が軍勢を駐屯させやがった。話をひとつ通してくれれば、俺は喜んで反ブルカ連合軍に参加したと言うのにだ!」
「…………」
「ブルカ伯からもアレクサンドロシア卿討伐のための、諸侯動員の召集はかからなかった。つまり俺が親父から受け継いだ領地は、このまま大領主たちの戦争の中ですり潰されてしまうのだ。武芸を磨いていれば何れ俺にもチャンスが来ると思ったものだがな。そういうことはなかった……」

 幸薄そうな奥さんにデルテ卿が爆発させたところで、ようやくこの男の本心がわかった。
 なるほどな。
 この酒臭い男は、自分を無視して世の中が動いている事が我慢ならないのだ。
 もちろん領地も小さいのだから、ひとつ行動をするにしても有力諸侯の顔色を伺いながらする必要がある。
 武功を立てて借金の帳尻合わせにしようとしたのも事実だろう。

「シューターさん、このひとは大人の体をした子供だよ」
「そうだね。人間は誰しも子供に返りたい時があるんだよ」
「シューターさんも、お布団の中ではあかちゃんみたいで甘えん坊さんだからね。ふふっ」

 けもみみが珍しく表情を浮かべたかと思うと……
 こら、そんな事を今言わなくてもいいじゃないか。
 俺はあわてて咳払いをした後に、取り繕った顔をしてデルテ卿を見やった。
 しかし、けもみみの意見は馬鹿に出来ないと俺は思った。
 子供という表現が正しいかどうかはわからないけれど、この男は辺境領主としては政治事がまるで出来ない人間なんだという事はわかった。
 小人は大人に従うとでも言うのだろうか、デルテ卿は領地経営はともかくとして、領主間の駆け引き事はまるで不得手らしい。
 それを裏付ける様に、デルテ卿はギロリと俺を睨みつけて不満そのものといった顔を作りながらも、その表情の裏に不安を隠し持っているのだった。
 探る様な猜疑の視線で俺をねめつけて来る。

「辺境不敗の全裸男が俺のところに来たのだ、さしずめ最後通牒という事だろう。貴殿は俺に作戦の先鋒を通告するために来たのか……どうなんだ」

 それは俺も最悪の手段として考えていた事ではあるけれど、それはニシカさんにも言った通り最後の手段だ。
 モノの本で歴史を紐解けば、新しく仲間になった人間はいつ裏切るかしれない人間などは信用が置けないからと、まずまっさきに前線に立てて背後から追い立てすり潰す。
 だから先陣を任された新しい仲間は、死に物狂いで戦って武功を立てる必要がある。
 そしてそいつは往々にして死んでしまうのがオチだった。
 デルテ卿も当然そんな運命は嫌だ。
 要は俺も、ちゃんとした仲間に入れてくれよと言っているんだろうね。

 そんな風に感じた俺は背後の男装の麗人にまず目配せを送ってから、ニンマリとしてみせる。
 ベローチュは静かに一礼してアレクサンドロシアちゃんの元へと小走りに向かった。
 よしこれでいい。

「ご安心ください。俺の奥さんはデルテ卿を戦場ですり潰していい人物だとなど、これっぽっちも思っていませんよ。あなたは戦場で必ず武功を立てる人物だろうと、奥さんも口にしていましたからねえ」

 適当な方便を口にしながらも、俺は絶対にデルテ卿から視線を外さなった。
 言っている事は方便そのものだし、アレクサンドロシアちゃんはデルテ卿の存在を事実上無視していた。だがそれでは奥さんを影から支える良い夫とは言えない。

「その奥さんというのは貴殿の隣にいるエルパコ卿か、それともマリアツンデレジア卿か」
「はははっ。マリアツンデレジアさまは俺の奥さんじゃありませんよ」
「今はまだな」

 嫌味な事を言うと思ったが、デルテ卿は少し不機嫌な表情を解いていた。あとひと押しだ。

「デルテ卿が求めていたチャンス、是非この機会に手に入れましょう」
「お、おう」
「どうでしょうこれから。あちらの輪には見ての通り有力諸侯が妻たちと談笑しているでしょう。せっかくですので改めて紹介させてくださいませんかねえ。後でその足でマリアツンデレジアさまの元にも行きましょうか」
「あなた、シューター閣下のご厚意を無駄にしては……」
「わ、わかっている」
「騎士修道会の代表者・雁木マリは俺の婚約者だ。何かデルテ卿とは誤解がある様にお見受けしたので、ぜひこの機会にそれも解いておかないといけませんねえ」
「き、貴殿はいったい何人の妻をお持ちなのだ?」

 そんなおふたりに、けもみみは真顔で指を降りながら返事を口にする。

「義姉さん、ダルク義姉さん、ドロシアさま、ぼく、ニシカさん、マリアツンデレジアさん。安心してよ、今はまだ六人だよ」
「い、今はまだ?」
「うん。カラメルネーゼさんは家族会議でまだ認められていないんだ」

 驚愕の表情を浮かべるデルテ卿とご夫人だ。
 いやまあハーレム大家族といいますか。

 しかしあれだな。
 政治下手のデルテ卿ですらこんな風に思っているのだから俺がマリアちゃんと密会をしていたと言う情報は有力諸侯の間にはもう噂として知れ渡っているのかな……?
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