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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第7章 戦場でお会いしましょう

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193 修羅場、修羅場です!


 説明しよう。
 俺は上衣を脱ぎ散らかして上半身裸の仁王立ち。
 マイサンドラは上気して浅い息を繰り返しながら、その着衣を振り乱してソファにぐったり横たわっていた。
 こんな状況で俺はいったいどう奥さんたちに言い訳をすればいいのか!

「お兄ちゃん、改めて質問をしよう。これはいったいどういう状況なのか」
「こ、これはですね」
「久方ぶりに顔を合わせた妻たちを放り出し、しかも仕事場で情事に及んでいたのではないだろうの。ん? その上によその女に手を出していたというのもけしからん」
「完全なる誤解だ!」

 完全なる誤解なのであるけれど、肩を怒らせてズカズカの執務部屋に入って来た辺境の女領主アレクサンドロシアちゃんは、俺をギロリと睨み付けるのであった。
 下手な言い訳の言葉を必死で探すのは愚の骨頂だ。
 俺は何ら後ろめたい事をしていたわけではなく、こうしてマイサンドラと命のやり取りをしていたのだ。
 そうだ、ナイフだ。
 ナイフがこの辺りの床に転がっているはずで、殺されそうになったと説明すればきっとアレクサンドロシアちゃんも……

「たっタンヌダルクちゃん?」
「旦那さまぁ。わたしは第二夫人として旦那さまがお留守の間も一家を切り盛りしようと、頑張って来たのですよう」

 うん知っている。
 バジルは立派にすくすく成長している様だし、俺が留守の間に起きたガーゴイルの討伐も、マテルド脱走で起きたサルワタ三〇人殺しの事件も、そのどちらも現場の警備責任者としてよく指揮を執ってくれたよねっ。

「それなのに、こんな仕打ちはあんまりですよう……」

 などとブワっと大きな瞳に涙を浮かべたところで、俺はたまらず狼狽してしまった。
 わなわなと震えているそんな野牛の奥さんの側を、男装の麗人が「ちょっと失礼」と言葉を口にして前に出る。
 そうして俺の視線を直ぐにも感じ取ったのだろうベローチュは、改めて俺が視線を床に泳がせて探していたモノを拾い上げて立ち上がった。
 彼女は部屋に入ってきた際にランタンを持っていたおかげで直ぐに見つかったというわけだ。

「ナイフですね。それに切り裂かれた服だ」

 光明だ。
 このまま名探偵ベローチュが事件を解決してくれる。
 ニンマリと笑ったアレクサンドロシアちゃんの顔が恐ろしかった。

「このナイフはお兄ちゃんのものではないな」
「はい。ご主人さまはいつも肌身離さず短剣を持ち歩いておりますが、聞きましたところカサンドラ奥さま、エルパコ奥さまと、そちらにおられるタンヌダルク奥さまとお揃いのモノを身に着けていると伺っています。それ以外の武器に付いては、長剣ぐらいしかお持ちでないはずです」
「その武器というのは、わたわがこの村の鍛冶職人に命じて持たせていたものだ。つまりこのナイフはマイサンドラのものだな。ん?」

 女領主が恐ろしい顔のまま、ソファでぐったりとしていたマイサンドラに視線を送り付けた。

「……そうよ。何かあった時のために身を守るため、隠し持っていたの」
「つまりここで何かあったという事を自白しているのであるな。そのお兄ちゃんの服を引き裂いたのはお前か」
「そうよ村長さま。いえ、今はアレクサンドロシア準女爵さまだったかしら?」

 あれ? 何となく成り行きがおかしい。
 誤解を解いてもらいたいのに、何か新しい誤解が生じている様な気がして俺はあわてて男装の麗人を見やった。
 お任せください! という顔をした男装の麗人は、浅黒い顔にウィンクひとつを飛ばして合図をしてくれる。

「呼び方などはどうでもよい! という事は、お兄ちゃんに辱めを受けそうになったので抵抗して、このナイフを抜いたというわけか」
「そ、そうね」

 そうねじゃないよ!
 お前何勝手な事を言っているんだ、俺はこのまま状況に流されれば立場がますます悪くなるのではないかと口を開く。

「マイサンドラは黙っていろ!」
「いえいえ。ご主人さまはみなまで説明する必要などありませんよ。この奴隷たる自分が、真実を紐解いてみせましょう。ご安心ください」

 ばっとランタンを前に突き出して見せた褐色奴隷の男装麗人である。
 やはり持つべきものは頼りになる奴隷だぜ。常にご主人さまの立場を考えて有利になる様に、

「……コホン、つまりこれはご主人さまは、オッサンドラという男ががカサンドラ奥さまを手籠めにした事と同じ屈辱を、この女に与えようとしたというわけですね。ご主人さまはさすがご家族想いの方です」
「そうなのですかぁ、旦那さま?!」
「ふむ。なるほどのう」

 え、違いますから!
 したり顔でドヤァと言い切って見せた男装に麗人は、わけのわからない事を快活に口走っていた。
 タンヌダルクちゃんは困惑の表情を浮かべているし、アレクサンドロシアちゃんに至っては「ふむ、なるほどのぅ」などと納得の表情をしているではないか……
 マイサンドラは先ほどまでの降参顔はどこへやら、密かに誤解が誤解を生んでいる状況を楽しむ様に、再び不遜な顔を冷めきった面に浮かべているではないか。
 懲りないやつだな! なんて女だ!

「そういう事であれば、別にお兄ちゃんの手を煩わせる事も無いだろう。どうして相談してくれなかったのだ」
「そうですよう。生きのいい性欲のあり余ったミノタウロスの若い男なら、いくらでもいるというものです」

 ここまで見事に勘違いをしてみせた女領主と野牛夫人の顔を交互に見比べていた俺だ。
 そこにまたパチコンパチコンと数度にわたってウィンクでアイコンタクトを送って来る男装の麗人である。
 マイサンドラはここに至って、焦りの顔を浮かべていた。

「ご主人さま。貴族と言うのは自ら率先して動いていいのは、領民に危機ある時に限ると決まっているものです。また罪を犯したものをさばくのは、貴族であってはなりません。それをお命じになり、実際に法の裁きを実行するのは、領民の役割でなければならないのです」
「は? え?」
「本来であれば! このご主人さまの忠実なる僕ベローチュが、ご主人さまに代わってカサンドラ奥さまを辱めた罪の償いを実行するべきところです。が、あいにく自分は女です。女の身でそれを出来るのはエルパコ奥さまだけですが、これもまた貴族のお方」

 何を言っているのかわからないという顔の俺の隣で、女領主とタンヌダルクちゃんだけはうんうんと頷いている。
 いやいや、納得するところじゃないから。

「従ってここはタンヌダルク奥さまのご提案された通り、若い野牛の兵士にマイサンドラの償いをさせるのが妥当と思います」
「ちょ、ちが。これはわたしが、待って!」

 いや俺もさすがにかわいそうになってきたところである。
 何しろガス抜きをしようと、軽く稽古をしようとしてたところだったのだ。
 ちょっとの誤解があって聞き分けの無いマイサンドラと命のやり取りをしたのは確かだけれども。
 そういうダーティーな刑の試行は考えてもいなかったし、何となくそれよりはそっ首を刎ねてくれた方がまだ良心の呵責が無いというものだ。

「しかしご主人さま、奥さまがた。今はブルカ辺境伯との戦争を目前に控えている時期、この戦争はもはや回避するという選択肢はございません」
「そうだの。猛りきった野牛の戦士や修道騎士たちは、スルーヌで身内を殺したオレンジハゲの行いを決して許さないだろう」
「そうでしょうとも。ですからこの辱めの償いは、今のところは保留するのがよろしいかと思います。この女はガーゴイルを仕留める腕をお持ちで、ニシカ奥さまとも腕を並べるほどの猟師なのでしょう?」

 戦争で使えますね。などと褐色顔に悪い顔を浮かべて男装の麗人が言った。
 美男子と見間違えるような端正な顔にすっと背の高いベローチュが言うものだから、悪企みをしている顔なのに様になっていておかしい。

「戦争で扱き使う事で、その償いとさせるのが妥当だと思います。戦功を立て、しっかりと償いの代償を行う事が出来れば、その罪を減じるという事でいかがでしょうか」
「ふむ」

 いかがでしょうかじゃねえよ……
 どうすんだよこの話の飛躍。

「ご主人さま、この女をわたしの手元にお与えください。戦場において猟師は戦場の矢面で使うものではありません、情報収集に関わる自分の部下と共に、後方かく乱で使うのがよろしいでしょう」
「お、おう……」
「ご理解ありがとうございます。アレクサンドロシア奥さま、タンヌダルク奥さま、そういう事になりましたので、以後この女マイサンドラはご主人さまの忠実な奴隷として、使役する事になりました。めでたしめでたし」

 ご清聴ありがとうございましたと締めくくった男装の麗人は、呆気に取られている俺の事などは放置して「さあキリキリ歩け!」とマイサンドラの腕を引っ張った。

「放しなさいよ、どういう事なのよ。聞いてないわ! 奴隷って何よ!」

 まあ、落としどころとしてはこんなものかな……
 しかし男装の麗人は、こうしてみると俺が彼女と命のやり取りをしていた事をちゃんとわずかの痕跡から理解したという事だろうか。
 そしてその状況を上手く利用して、落としどころを見つけたと。
 哀れなのは反骨心まるだしのマイサンドラで、恨めしそうに執務部屋を退出する時も睨み付けていた。
 そのまま男装の麗人が呼びつけた女魔法使いに拘束されて、さようなら。

「旦那さまあ、わたしは旦那さまの事を誤解していましたあ。本当は義姉さんの恥辱を注ぐために、そんな事を……」
「ああうん、そうだね」

 そうじゃないんだけど、わざわざ男装の麗人が強引に帳尻を合わせてくれたのだから、そういう事にした。
 いや、本当にこれでよかったのかね。
 タンヌダルクは納得顔をしていたけれど、たぶん突然の事で混乱しているうちに男装の麗人の方便で、言いくるめられてしまったに過ぎない。
 どこか物事を冷静に見ていて、敏いところのあるカサンドラならば騙されなかったはずだ。
 そうして敏いと言えばこの場にいるもうひとりの奥さん、女領主である。

 タンヌダルクはホっとした顔をして「それじゃあわたしはお風呂の準備をしてきますよう。あんまりおひとりで先走ってはいけませんからねえ旦那さま」などと言葉を漏らして、執務室を出て行ったのだけれど。

「さてお兄ちゃん」
「はい……」
「あの者とは真実のところ何があったのだ」

     ◆

 やっぱり、バレてましたよね。
 先ほどは「ふむ」とか「なるほどのう」とか言って調子を合わせてくれていた様だけれども、実際はそんな茶番はしっかりと理解していたと見える。

「まあ、ふたりで話し合いをしただけだ。どこまで話しても互いの主張が平行線だったからな、じゃあガス抜きをしようと切り出したまでだ」
「ガス抜き? お兄ちゃんは相変わらずおかしな事を時折口走るな」
「つまりフラストレーションがたまっているのならば、少し暴れて解決しようと言ったわけさ」

 その結果、頭に血が上ったマイサンドラはナイフを持ち出して、俺に襲いかかった。
 ま、暴力はとてもわかりやすい解決手段であるし、意図的に頭に血を昇らせると、血の気が引くときもあっという間である。

「しかし、命のやり取りをするまでとは少々やりすぎであるぞお兄ちゃん」
「すいませんねえ。頭に血が上ったマイサンドラが、逆上して殺しにかかってきたもので……」
「全裸最強などと言っておるが、こんなところで怪我ひとつでもこしらえてはつまらんではないか」

 頭をボリボリとやっていた俺の側に、女領主がすすっと身を寄せてきた。
 そのまま指を俺の脇のすぐ下に走らせるものだから、くすぐったいじゃないですか。
 こらこら、まだ家族のみんなが起きているんだ、そういう事はもう少し後でな?

「ここに怪我があるぞ」
「えっ?」
「ギリギリのところで避けた様だが、ここは太い血管がある場所だ。少しでもズレておればハーナディンか司祭を呼びつけねばならぬところだった」

 マジかよ。
 あの女猟師、さすがにッワクワクゴロさんとニシカさんの師匠と言うだけはあるな……
 人間の脇の下には大量出血をしかねない太い動脈がある。
 剣術の世界では武具の隙間になりやすいこの場所を狙って、切り抜けるという技もあるぐらいだ。
 してみるとあのマイサンドラは密かにこの場所を狙って、確実に俺を殺そうとしていたのだ。
 今更になって冷や汗を浮かべた俺は、アレクサンドロシアちゃんの顔を見やりながら途端に脂汗を浮かべたのだった。

「あ、危なかった」
「そうであろう。辺境不敗であるという事で、油断を生じさせてはならぬ。お兄ちゃんはわらわにとって絶対に手放すつもりが無いのだからな。今後はやはり貴族として、領主の夫として、腕の立つ人間を側にしっかりと備えておくのがよいだろう」

 そんな風にようやく微笑を浮かべたアレクサンドロシアちゃんは、俺の薄皮一枚切れた場所にポケットからハンカチを差し出して、そっと押し当ててくれる。
 本当に薄皮一枚だけが切れていた様で、さしたる出血があったわけではないけれど。
 何となく気持ちの上でチクリとした。

 そのままそっと俺の背中に手を回したアレクサンドロシアちゃんは俺を見上げるのだった。
 ドア、開いてないよね。
 しっかりと退出する際にタンヌダルクちゃんが扉を閉めたのを確認したところ、もう片方の傷口を吹いていたてが伸びて来て、グイと俺のアゴの向きを強制されてしまう。

「こういう時によそ見をするのは感心せんな」
「ゴメン、邪魔が入らない様に確認しただけさ」
「では邪魔が来ぬうちに……」

 俺とアレクサンドロシアちゃんは唇を重ねた。
 軽く、その厚ぼったい唇をつまむ様に触れた後には、深く愛を絡ませる。
 けれどもしばらく熱くなる体の芯が訴えるままに身を任せていると、

「さ、さて。この辺りで戻るとするか。わらわは遠慮と言うものを知っているからな」

 アレクサンドロシアちゃんはあっさりを身を引いて見せ、そして最後に俺の胸板をサラリと触りながら部屋を出ようとしているではないか。

「ま、待ってアレクサンドロシアちゃん」
「何だ、続きを所望であるのなら、まずはタンヌダルクであろう。わらわは第三夫人だからな……」
「いやそうではなくてですね……」

 この短時間に色々あり過ぎてすっかり思考がぶっとんでしまっていたけれど、俺は相談したい事が女領主にあったのだった。
 上司になるという事、部下になるという事だ。
 これからアレクサンドロシアちゃんがどんどん立身出世する様な事があれば、俺もその伴侶として相対的に部下を持つ数も増えてしまうかもしれない。

「何だ、改まって」
「いやあ、部下の事をですね」
「部下?」
「俺はもともと、これまで部下を扱った事が無かったものだからさ」

 むかし俺は沖縄出身の古老宅で内弟子をしながら空手道場を手伝っていた事があった。
 最初はただの指導員の補助としてお手伝い、師範代補佐として。
 あるいは少し慣れてきた頃から師範代を実際にやった事もあるのだが。
 これは仕事として部下を持つというのとはちょっと違った様に思うのだ。どちらかというと空手道場では先輩後輩という関係だったかもしれない。
 あるいは想像に過ぎないが、軍隊の階級で上か下かぐらいのものだ。

「ふむ。お兄ちゃんは現にいかにも癖の強い鱗裂きの様な人間や、わけのわからない顔ぶれの奴隷たちを立派に使いこなしておるじゃないか」

 あれ、そうだっけ。
 アレクサンドロシアちゃんにはそういう風に見えているのだろうか。

「じゃ、じゃあ質問だけど。マイサンドラみたいな扱いに困る様な人間を部下に持った場合はどうするのがいいんだろうか」
「ふむ、そうだの。そういう場合は誰かに押し付けるのが手っ取り早いが……」

 いったんは扉の側に近付いていたアレクサンドロシアちゃんだけれど、ふたたびソファの前にやって来て腰を下ろすと、ポンポンとその隣を彼女は叩いて見せた。
 隣に座れと言っているのだろう。

「お兄ちゃんは学もあり、武も秀でている。そもそも妹のわらわからこのような事を言うのもおかしな話ではあるけれど、」
「茶化さないで続けてくれ」
「ふふっ。そうだの、部下であろうが領主であろうが、今何に向かって動いているのかと言う目的意識をひとつにする事と、それを明確に示す事が肝要であろうのう」

 アレクサンドロシアちゃんはそう言って俺の肩に頭を預けてきた。
 彼女はお貴族さまの出身で、女騎士として戦場では部下を率いて、今は領主として領民を臣下として持っている身分だ。
 彼女が貴族軍人になったのは十代そこそこの頃だったし、そこから長く指導者として経験を積んで来た先輩だ。
 そんなお貴族さまの先輩がいう言葉だからありがたく聞いておかなくちゃいけない。

「例えばわらわたちは今ブルカ辺境伯と敵対し、これを打倒するために戦いを挑まなければならん」
「そうだね、ブルカ辺境伯と戦争する」
「しかし例えばマイサンドラは、あの通り唯我独尊という格好で他人とつるむのがしごく苦手な女であろう。本来ならば結婚は親の決める事であるのだが、そんな村の当たり前のルールも無視して勝手に隣村へ嫁いでいった様な女だった」

 それも実際のところは村を捨てる方便で、あるいはいつか姉弟を虐げて来た村人たちに意趣返しをするためのスパイになるべく出ていったわけだ。
 しかしそれもブルカ辺境伯に利用されるだけ利用され、捨て駒にされた。
 弟はあっさりと口封じの為に殺された。
 たまたま地下牢から解放されたものだから難は逃れたが、恐らくあのまま石塔の地下牢に入獄したままであれば、彼女自身も殺されたのだろう。

「これからもあの女は自分勝手な振る舞いをすると思うけれど、ではわらわたちの目的は何かと言う共通認識をしっかりと示しておく事だ」
「つまり、あの女は利用するだけ利用されてブルカ辺境伯に捨てられた人間だ。ブルカ伯を打倒するのだと言う俺たちの目的を、しっかりと彼女と共有すると言う事か?」
「そうだ。事実、お兄ちゃんがあの女を部下として使いやすい様にと、褐色エルフの奴隷がお膳立てをしてくれたではないか」
「つまり戦功を立てるというのは、俺とマイサンドラで共通認識を持つための……」
「ああ、あの女はいい部下だ。お兄ちゃんを密かに付け狙っているところを除けばだが」

 あのオレンジハゲに例えるから難しいのかもしれない。と女領主は言った。
 別の例えを探した後に、ふたたびアレクサンドロシアちゃんは口を開く。

「王国の本土には女神の降り立ったとされる聖地の山があるのだがの。わらわたちは色々なルートからその聖山の頂上を目指す。山頂には女神を祀った古き神殿がある。目的地はそこだ。けれども、その山に連なる参道いくつもあってな」

 アレクサンドロシアちゃんは笑って見せた。

「わらわたちは王都から最も近いルートを使うと言うけれど、マイサンドラはいいや別の参道の方が近道だと言っている」
「目的が同じであれば、色々な方向から神殿を目指す事そのものは間違いではないと?」
「ああそうだ。わらわに協力して向かう者もいるだろうが、マイサンドラの推す参道を行く者もあるだろう。大事なのはちゃんと目的の到達点が同じであればいいという点だ」

 仮にその目的地が別の場所であれば、これは上手く目的地で合流する事は出来ない。
 共通認識がずれていれば、何かの作戦を実施しても失敗するのは当然というわけだろう。

「最後に到達点で合流出来る様に差配を振るうのが上司の務めなのだろうな。部下にもいろんな者がいるだろう。わらわも貴族軍人であった頃は、貴族の子弟出身の部下たちには難儀をしたものだ。ゴブリンの血が流れているというだけで、わらわの命令に対してあからさまな不満を浮かべる者もいたからな」

 それでも、とアレクサンドロシアちゃんは笑って見せた。

「目の前に目標を定め、この戦場で勝つのだという目的を共有しておれば、どうにかなるものだ」
「……目的意識が同じなら、たどり着く場所は必ず同じだと言うわけか」
「すまんな、少し抽象的な話だったかもしれない。無理に部下に合わせようとか従わせようとするのは愚策だとわらわは思う。まずは夢を共有する事が、人間の輪で上手くやっていくための秘訣だ」
「なるほど」
「わらわとお兄ちゃんの様にな。辺境を平定し、自主独立の道を確立する事」

 ひとつの夢をみんなで共有したいものだ。
 最後にそんな言葉を残したアレクサンドロシアちゃんは、ふうと深いため息を漏らしながら俺の体に頭を埋めた。
 しばらくこうして体を預けてくれるアレクサンドロシアちゃんの頭を、俺は撫でた。
 なるほどな、上司と部下で共通認識を持つことか。
 明確でブレないことはとても大事なのだ、という事だろうかね。

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