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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第7章 戦場でお会いしましょう

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189 俺たちはまだ異邦人の正体を知らない


 むかし俺は大学で文学部史学科に籍を置いていた事がある。
 ゼミは近現代史コースだった。
 もともとは考古学を学ぶか、近現代史を学ぶかで入学当初は悩んでいた。だが、考古学ゼミに進む人間は一年生の頃から研究室に出入りするのが普通らしく、結局バイトや格闘技サークルに通う方を選択した俺は、三年次になって近現代史ゼミに進む事を選択したわけだ。
 今となってはあの時の俺の判断は、英断だったのではないかと思えるぐらいだ。
 何故かと言うと、その近現代史コースに進んだからこそ、ツジンの正体を知る事が出来たからだね。
 大学は留年して中退しちゃったけれど、人生に無駄な事など何もないのだ。

 辻政信という男は、日本の歴史が生んだ一種の妖怪じゃなかろうか。
 そのひととなりはハッキリ言って良くも悪くも評価する人間によって印象もまた違う。
 指揮系統を無視して独善的な作戦指導を行った、責任の転嫁に戦争犯罪への関与が疑われて批判がある一方、攻勢時における戦争指導には神がかった閃きがあったようだ。

 辻政信は間違いなく一種の天才であった事は間違いないだろう。

 その辻政信は、戦後は戦犯に問われる事を恐れてか逃走生活を繰り返し、後に政治家に転身してまた行方をくらました。
 最後に目撃されたラオスでは、僧侶の格好をしていたと言う。
 行方不明になったのがこのファンタジー世界への転生だったとすれば、恐らくその似非坊主がツジンだ。

「辻政信か……」

 彼もまた異邦人で、全裸でこの世界に転生して来たという、その事に気が付いたのは現時点で俺だけだろう。 
 この事はまだ誰にも打ち明けてはいない。
 当然だ。
 例えば俺の場合、あるいは雁木マリの場合、運よく女村長や騎士修道会によって保護された事で、女神様の守護聖人という立場になる事が出来た。
 雁木マリがかつて言及していた様に、このファンタジー世界における転生者というのは、守護聖人であるとか聖使徒であるとか、そういう扱いを受けて特別視されているのだ。
 そんな人間がもう一人、今の時代に存在したと言う事が世の中に発覚すれば、それはちょっと厄介な未来が見えて来る。
 まるでブルカ辺境伯に女神様の祝福があるとか言い出されたら大変なことになるからな。

 いや待てよ。
 待て待て、考えるんだ吉田修太。
 もしかするとブルカ辺境伯はツジンが俺や雁木マリと同じ世界から来た転生者だという事は知っているのか。
 知らない場合はいい。その事を辻政信本人が隠す事にしたって意味だからな。
 もしも知っていて隠している場合。
 これについてはどういう影響が俺たちに及ぼされるのか、わかったものじゃない。
 決定的タイミングでそれを公表して、俺や雁木マリの祝福された聖使徒とやらのありがたみを半減されたりしたら、たまったものじゃない。

 そんな事をぐるぐると考えながらも、俺はサルワタの開拓村を目指していた。
 昼食を取り、ゴルゴライの村に残る事になったカレキーおばさんと長女夫婦と別れてからの事である。
 男装の麗人ベローチュから何かしらの指示を受けたらしい傭兵モンサンダミーだけは、そのまま別行動を取る事になった。
 今も俺の側で馬を走らせているニシカさん、先頭を走っている男装の麗人、そして最後尾のハーナディン、彼らはどうも、俺が何かを考え込んでいるらしい事を薄々察知しているらしかった。

「おいシューター。昼飯を食っている時から黙り込んでいるが、らしくないじゃねえか」

 案の定と言うべきか。
 いつもならベラベラと面白おかしいはなしを吹っかけて来るニシカさんだったけれど、俺の隣で俺よりも遥かに巧みな手綱捌きをしてみせるニシカさんに、そんな指摘をされてしまった。

「そう見えますかねえ?」
「見えるぜ。お前ぇはオレ様の相棒だ、オレぁ相棒の事なら何でも知っているからな。そのオレ様が見たところ、お前ぇは悩み事をしていると見た。その顔は学のあるお前ぇが知恵を巡らせている時の表情だ」
「…………」
「オレ様に後で相談したいなら、体を開けておいてやるぜ。どうせ同じ屋根の下に住んでいる同居人だからなあ」

 言われてみれば、夏を訪れる嵐の際にニシカさんの家は大破してしまった。
 祖父の代から使っているというかなりのボロ屋だったらしいニシカさんの家は、以後まだまだ使用できる家屋の修復や新築住宅にリソースを割かれてしまって、確か放置されたままの状態だったはずだ。
 ニシカさんはあえてみんなに聞こえる様にそんな風に切り出して来たけれど、ハーナディンと男装の麗人は特に反応を示さなかった。
 いや、俺の態度を不思議がっていたのは事実だから、何かに思い至ったと言うのだけは見透かされていたのだろう。
 だからチラリと馬上から振り返ったベローチュの表情は、妙に切なそうな顔をしていた。

 べっ別に君が奴隷だから信頼していないとか、やましい隠し事をしたいとか、そういう事じゃないんだからねっ!

 心の中でドキドキしながらも視線を外すと、ニヤニヤしたニシカさんの顔が飛び込んでくるのであわてて反対の方向を向く。
 するとそこには、いつの間にか馬を寄せてきたハーナディンの端正な顔が、胡乱気にこちらを見ているではないか。
 くっそイケメン、そんな顔で俺を見るなよ。

「ここは外だ、今はなすべき様な内容ではない。村に付いたら限られた人間には説明すべき事だが、重要な要件だ。村長を交えてしっかり説明するから、それまでは我慢してくれ」
「わかりましたご主人さま。女神様の聖使徒さまであるからこそ理解出来る高尚な事もあるのでしょう」
「……わかりました」
「フン、高尚な全裸の聖使徒とか聞いた事もないぜッ」

 ついつい「聖使徒」という言葉が会話の中で飛び出た時には、たまらず俺はビクンビクンと反応してしまった。
 いけないな、怪しまれる。

 男装の麗人は俺の言葉で一応の納得を示してくれたらしかったが、ニシカさんの方は茶化してくるではないか。あまり納得はしていないのかもしれない。
 ハーナディンは俺の顔をじっと見ながら、返事だけはしてくれた。
 ただし、つい「聖使徒」という言葉を発した瞬間を見られてしまったらしい。

「よう相棒、どうしてオレ様だけに相談してくれないんだよ!」
「だってあんたがこれみよがしに質問して来たから、仕方なかったんだよ!」
「けどよう……」

 俺の事を相棒だと言ってくれるぐらいだから、きっと自分にだけに相談してくれると思ったのかもしれない。
 不貞腐れた顔を見て苦笑してしまったが、だったらそういう言葉はこそっとふたりだけの時に言ってくれればよかったんですよ!
 微妙なお年頃の蛮族エルフである。

 しかし、この時ハーナディンだけは少し反応が違っていた。
 彼は俺が「聖使徒」に反応した事を疑っている節がある。どのみちツジンが辻政信であるという事が事実だったとして、騎士修道会はどう対応するべきかの質問をするのに、彼には相談する必要がある。

「シューターさま。それは我が騎士修道会に何か関わり合いのある事の様ですね……」
「まあ、近いな。というよりも、かなり扱いがセンシティブな問題だ。場合によっては聞かなかったものとしてその場の全員には強制的に忘れてもらう必要もあるかもな。そういうポーションは騎士修道会では扱っているのかな?」
「……無くはないですが。それほどの内容なのですか、ゴクリ」
「まあ、とにかくまずは村に戻ってからの事だ」

 俺やアレクサンドロシアちゃんの中だけで決めるわけにはいかないだろう。
 必要があればカーネルクリーフ総長にも届けておくべき譲歩だからな。

「この脚で進むなら、日が暮れるまでには到着出来るんじゃねえか?」
「そうですね。馬も船旅を挟んだので多少は疲れているでしょうが、それでも夜半までには到着出来るかと思います」

 ニシカさんとハーナディンの言葉に俺が頷いて見せると、先頭を走っているベローチュが少しだけ馬足を速めて加速した。
 ゴルゴライを経ってスルーヌという村を抜けたところで、火災か何かで損傷した補修中の橋を渡る。そしてクワズの村を抜けると、その一帯にはサルワタへと続く森が見えて来る。
 夕陽が遠くの山々に落ちる時間に差しかかったころで、森の中から突き抜けた石塔が地平線の向こうに確認できた。

 あれはサルワタの森の開拓村にそびえ立つ物見の塔だ。
 ニシカさんはそれを確認したところで、矢筒から一本の矢笛を取り出して空高くにそれを走らせた。
 俺たちが村へと近づいている事を知らせる一報だ。
 そうしていよいよ空が暗がりに包まれる直前で、俺たちは村へと到着した。

「待ちわびたぞ、そなたたち!」
「旦那さまぁ、おかえりなさいですよう!」

 誰かが矢笛の音を聞いていたのだろう。
 俺の自宅前には女村長と義息子にギムル、それに知らない顔のミノ女性の姿。
 それから遅れて俺の第二夫人タンヌダルクちゃんが飛び出して来て、元気よく馬上の俺たちに手を振ってくれる。

「お出迎えありがとうございます、ありがとうございます」

 馬を降りると俺たちは、そんな出迎えのみなさんにぺこりと頭を下げるのだった。
 その姿勢のままチラリと視線のやりとりをした俺とニシカさん。
 さて、どこからアレクサンドロシアちゃんにお話ししましょうかね。
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