挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

間章 サルワタ動乱編

250/544

閑話 サルワタの優しい掟 10

 軍靴の足跡は、サルワタの森の東部外縁にいくつも散見されていた。
 足跡から判断する事はわたしには出来なかったけれど、ベテラン猟師のッワクワクゴロさんやマイサンドラにとっては、その足跡からいくつもの情報を拾い上げる事は簡単なものだったらしい。

「この足跡は三種類ある様だな。ひとつは小さなもの、たぶん女のもの。それから大きなものがふたつあるから、こっちは男で間違いない」
「鼻たれニシカぐらい背が高いとなると話は別だろうけど、こっちは足運びがかなり堂に入ったもので、戦士階級のもので間違いないわね」
「これはしかし、若者の足運びではないと思うぞ。つま先でしっかりと地面を踏み抜いてはいるが、その割に歩幅が小さい。これは老人か、体を害しているという可能性もある。あるいはゴブリンだ」

 たった足跡ひとつで、これだけの判別が出来る事にわたしが舌を巻いていると、ッワクワクゴロさんの奥さんシオがおずおずと質問をする。

「ねえッワクワクゴロ、この女性の足跡というのも同じ軍靴だよね」
「そうだぜ。この足跡をしっかり見てみろ、裏地のカタチがしっかりと残っているから、これは新品同様の軍靴を利用したんだろう」
「軍靴とブーツの違いとか、何か見ただけでわかるのかな」

 単純な違いは軍靴を知らないわたしにもわからなかった。
 シオの気の利いた質問にわたしもシオもクレメンスも注目したのだけれど、それに応えてくれたのは辺境の大領主ブルカ辺境伯の協力者だったマイサンドラがよく知ってるところだった。

「そうね、見た目でわかりやすく判別するのならば、軍靴はブーツの長さが短いものが多いわ。猟師や冒険者たちが使っている様なブーツは比較的長いのよ。理由は森や草原に分け入って行動するのに、少しでも脚を守る必要がある狩人は、出来るだけ長さのあるものを利用するわ」
「へえ」
「逆に軍靴も形状はブーツなのだけれど、半長靴とでも言うのかしら。長さがそれよりも比較的短いものが多いわね。理由は簡単で、ズボンやタイツの上から軍靴を履き、その上に金属や革の脚絆を装着するので、あまり足の関節が締め付けられない様に工夫する必要があったのよ。だから短い」
「なるほどねえ……」
「それに、貴族軍人や兵士たちは非常呼集がかかる事もあるから、直ぐに履きやすい様に軍靴は編み上げの短いものを利用しているという話を聞いた事があるわ」

 しゃがみこんで足跡のいくつかをじっくり値踏みしていたマイサンドラが、途中で視線を上げて注目しているわたしたちを見やる。

「けれど外見的な特徴はそうだとして、足跡の特徴は別のところにあるわ。このつま先を見なさい」
「なにかのイボイボがありますね」
「滑り止めの金属突起物があるのよ。最近のものは、こういう風に鉄鋲が入っている工夫の凝らしたものがブルカ領軍では出回っているの」

 わたしは詳しく知らないけれど、と前置きしたうえでマイサンドラが続ける。

「ミゲルシャールの側近に取り立てられた賢者というのが、この軍靴の構造を考案したのよ。長さが短く脱ぎ履きに適していて、鉄鋲のあるものをね」
「賢者さんですかぁ。何者ですかその蛮族は?」
「ツジンという、のっぺりした顔の壮年の男よ。そうね、例えていうならばあなたの夫の全裸を貴ぶ戦士みたいな顔をしていたわ。もしかすると親族なのかもしれないわね」

 そんな事をマイサンドラに言われて、わたしは途端に不愉快な気分になった。
 顔の雰囲気が似ているというのはもしかしてそうなのかもしれない。けれど同類扱いされるのは嫌だ。
 旦那さまは仮にも村のため、ひいてはわたしたち部族のために今も外交交渉に奔走されているお立場なのですよう。こんな無体な殺人を手助けした様な人間と一緒にされるなんて、わたしとしては不愉快極まりないものなのだ。

「あのう、ひとついいだすか?」

 そんなわたしの心内の吐露をしていた隣で、おずおずクレメンスが顔を上げて口を開く。わたしに付きしたがって山狩りに参加していたのだ。

「もしかして、その壮年の賢者さまというのは、つるりとした禿げ頭に垂れた眉毛の、修道士さまの格好をした男性だったのではないだすか?」
「ふうん、あなた名前は何というの? よく知っているじゃない」
「おらはスルーヌの村からやって来たクレメンスだす。今は人質となった旧領主トカイのご息女アンギッタさまとともに、タンヌダルク奥さまのもとでお世話になっているだす。その修道士さま、ツジンというおひとで間違いないだすか?」
「……ツジン、そういう名前だったかもしれないわね。わたしは数度、軍事訓練のキャンプで見かけた事があるだけだから、詳しくは知らないけれど」

 マイサンドラの言葉を聞いたクレメンスが、わたしの方に改めて視線を向ける。
 そしてこう言葉をつづけるのだ。

「奥さま、ツジンという修道士さまはこう言っただす。やがてサルワタの女騎士さまが、スルーヌを攻め滅ぼそうと軍隊を送り込むつもりだと。その第一歩がゴルゴライで、あっという間に奸計を使って占領されてしまったのだと。アレクサンドロシアさまはツジンさまを似非坊主だと呼んでおりましたども、その似非坊主のツジンさまが、傭兵を連れて村にやって来たのだす。そしてその後、」
「その後何なのです、続きを言ってくださいな」
「ひとり行方知れずになってしまいましただす……」

 クレメンスの言葉はそこで終了した。
 行方知れずになったツジンは、その時は自分の連れてきた傭兵たちをスルーヌという蛮族の領地に残して退去したらしい。

「その時は単独であったというけれど、足跡の数はみっつあるんですよねえ」
「ええ。ここにあるのは三種類よ。言ったように男がふたつ、女がひとつ。男は老人と大柄な人間」
「その老人というのがツジンという可能性が、あるのですねえ。ツジンは壮年という事ですよねクレメンス?」
「んだす。随分お齢を召しているという話を聞いたけれども、おらにはそんな風には見えなかっただす」

 それが賢者と呼ばれる人間だから若々しい外見でいられるのか、いにしえの魔法使いが使っていた秘術でも体得しているのか。
 何れにしても恐ろしい災厄をこの開拓村に持ち込んだものだ。

「けど、歩幅が小さい男性のものというのは、ツジンとかいうヤツの可能性が高いな。それと新品同様の小さな軍靴の足跡も、たぶんこれは助祭マテルドだろう。助祭マテルドは確か裸足の状態で納屋にぶち込まれていたはずだったから、逃走する際に支給されたものかもしれない」

 マイサンドラの横でしゃがみこんだッワクワクゴロさんの言葉はそう締めくくられる。
 わたしは助祭さまだったマテルドとは、義姉さんが辱めを受けた際にわずかの間だけ顔を見ただけの存在だけれども、何度かの拷問に立ち会ったッワクワクゴロさんは、しっかりとその際の格好を覚えていたのだろう。
 季節は夏の盛りという事で、靴下ひとつも支給されず、薄暗い納屋を改装した牢の中で肌着一枚で軟禁されていたのだ。

「だが、逃げたのはブルカはおろか、隣村のクワズの方角でもない。この森の奥だな」

 ッワクワクゴロさんの向けた視線の向こう。
 その足取りは、ここよりサルワタの森の深淵へと続いていた。

     ◆

 バジルちゃんに臭いを嗅がせたり、猟犬たちを使って周辺を探らせたり。
 猟師のみなさんたちを先頭にして森の中に分け入ったわたしたちは、その足取りを必死になって捜索した。
 そうこうしているうちに太陽は空高く頂点に向けて昇り詰めていく。
 やがて湿地を出た事で足跡の判別はベテラン猟師さんでも難しくなって、頼りになるのは嗅覚の鋭い猟犬たちだけになってしまった。
 肥えたエリマキトカゲには、これ以上臭いを追跡する事は出来ないらしく、しかも疲れてしまったのか今はバジルちゃんもクレメンスの腕の中に抱かれて「ギュイギュイ」とさえずりを呟く以上には何もしなくなってしまった。

「犬たちも、これ以上の時間を森の中で活動させるのは難しいかもしれないな。家に残して来た残りのヤツらと交代させる必要があるかもしれん。長丁場になりそうだ……」

 そう意見具申したのはッワクワクゴロさんだった。
 猟犬と言えばとてもタフで猟師たちの相棒というイメージがあったのだけれど、山野を駆け巡る狼たちとは違って、ひとの里で育てられた猟犬というのは思いの他スタミナが少ないみたいですよう……

「この先を進めば、粘土に使う土が取れる採掘地のある崖の方に進むわね。ッワクワク、あなたは犬を後退させるためにいったん村に戻りなさい。わたしはミノタウロスの兵士たちを連れて、この先の採掘地まで足を運んでみようと思うわ」
「あんたたちだけで大丈夫か? 相手は三人だ、弓で一度に狙うのなら、数が多い方がいいんじゃねえか」
「勢子を使って獲物を追い込むのはわたしの趣味じゃないけれどね、マテルドだけは絶対に逃がしたくないのよ。わたしはこの際、単独で獲物はしとめるというスタイルは捨ててでも、包囲殲滅をしてみせるわ。それよりも連中が三方に分かれた時に取り逃がす方が心配だわ」

 ッワクワクゴロさんとマイサンドラはそんなやり取りをした後、ふたり揃ってわたしの方を向き直った。

「そう言うわけだから、野牛の騎士夫人さん。ッワクワクとここにいる猟犬はいったん村に戻す事にするわ。そろそろ元村長さまも戻って来る頃合いだろうしね」
「わかったのですよう。でも、人間たちだけで場所は、足取りを追いかける事は出来るんですかあ? 時間との勝負ですけれども」
「大丈夫よ、普段から森の中で生活していない様な虚弱な人間の考える事なんて、直ぐにわかるもの。たぶん連中は隠れられそうな小屋でも見つけたら、自然とそこに吸い寄せられると思うの」
「?」
「この先の年度の採掘場には休憩小屋があるわ。きっとそういう場所を点々としながら、逃げるつもり。しかもここは言ったようにブルカともクワズとも反対側、という事は、この先にどれだけ逃げても、行きつくのは森の深部で獣たちの住処になっている場所と言う事だわ」

 遥か向こうには、あなたたちの故地があるばかりだものね。そうやって笑って見せたマイサンドラの表情は、悪魔にも似た形相だった。
 ッワクワクゴロさんはわたしが許可した事で奥さんのシオをその場に残すと、疲れの色が見えだした猟犬たちを連れて村へと戻っていったのだ。

 そこから更に包囲網を押し上げながらわたしたちは前進し、いよいよ粘土の採掘地があるという崖の周辺にやって来た。
 ここ以外にも、もしも別の場所に逃亡されていた場合を考えて、山狩りをする兵士や猟師たちは配置してある。
 旦那さまのお屋敷を仮の指揮所にしているギムルさんも、今頃は湖畔の城の建設作業を中断させて、人員を湖畔周辺部の捜索に当てているはずだ。
 木を切り出しに出ている木こりのみなさんも同じ様に、今は森林伐採よりも最優先に、足取りを追っているはずなのだ。
 この先に逃げても、何もない。
 マイサンドラの言葉を信じるのは、この奥に行けば行くほど、リンクスやコボルトたちが縄張りにしている危険地帯だ。

「安心しなさい、あんな場所は例え兵士出身だろうと軍事訓練を受けていようと、逃げるすべをしらない人間がこの森の奥地に簡単に踏み入れてて、タダ助かるなんて事はあり得ないんだからな。かならず人工物を根城にしながら逃げるのが人間というものよ。足取りは絶対に掴んで見せる」

 果たしてマイサンドラがそう宣言した通りに、粘土の採掘地があるという崖を少し前にして、勢子として山狩り包囲網を狭めつつあった村人やミノタウロスの兵士たちから、怪しい人間の影を目撃したという通報が飛び込んで来たのだ。
 折しもそれは「アレクサンドロシア帰還」を告げる物見の塔の鐘が鳴らされたタイミングと、ほとんど一致していたのである。

 カーン、カーンと一拍を置いてから鳴らされる鐘の音色は、何か特別な時にだけ村で使われる鐘の知らせらしい。
 カンカンカンと鳴らされる鐘は昨夜の付け火が起きた時に使われたものだ。
 わたしもこの村にやって来てはじめて耳にしたものだけれど、火事やモンスターの来襲を知らせる時には、連続した金の鳴らし方を基本的にするらしい。
 ゆっくりと間を置いて鳴らされるそれは、当初の取り決めで、ドロシアさまがご帰還なさった時に鳴らすという話だった。

「元村長はゴルゴライからあわてて引き返したみたいね。思ったよりも早かったというか、可能な限り急いだという感じだわ」
「詳しい事は聞いてないですけれど、少数の供回りだけで戻って来たんですようきっと」
「約束通り、弟の復讐を遂げるまではわたしを好きなようにさせてくれるって、元村長さまに話してくれるんでしょうね」
「当然です! 誇り高きミノタウロス族長の妹タンヌダルクは、全裸の旦那さまに誓って約束をたがえる事はないですよう!!」
「なら、元村長さまが現場に来られるまでに、居場所だけは見つけておかないとね……」


     ◆

「連中は休憩小屋のある場所に逃げました。この村の人間が言うには、騎士か傭兵と思われる大柄な人間がひとり。他にも小屋の周辺で人影を見たと言っていました!」

 わたしの兄から信任あつい巨躯のミノタウロス、タンダロスの報告に、村の猟師たちは萎縮していた。
 けれどもまるで自分がこの現場の指揮官である様に横柄な態度をしていた女猟師マイサンドラは、まったく動じる様子も無く長弓の具合を確かめながらその報告を聞いていた。

「ふうん。とりあえずふたりは確実にその小屋の近くにいるのね」
「そうだ女、ふたつの影は休憩小屋の中に逃げ込んだことは間違いない」
「人相は戦士か兵士だと言ったね?」
「騎士か兵士ですよう」
「そんな事はどっちでもいいわ。自分から逃げ道を失う様に建物の中に逃げ込んだのが運の尽きよ。包囲をしっかりとした後に、火矢でも射ち掛けてやればいいわ。出てきたところを、わたしが一撃で仕留めてやる」

 休憩小屋を目視できる距離までやって来たわたしたちは、その小屋をぼうぼうの草の中から観察しつつ、そんなマイサンドラの自信の現れた言葉を耳にした。
 わたしと一緒に付き従って来たクレメンスや、長耳のシオさんは、緊張の顔で汗を顔一杯に浮かべている。
 秋はもうすぐそこまで来ているというのに、わたしもべっとりと鎧の内側に纏った服にまとわせていた。
 ちょっと旦那さまには見せられないだろう、恥ずかしい恰好である。

「野牛の騎士夫人さん。あなたはサルワタの村に嫁いできてどれぐらいになるんだい?」
「ええと。この夏のはじまり前になりますから、まだふた月ばかりというところでしょうかねえ」
「フン、ならば教えておいてあげる」

 一本の矢を矢筒から引き出したマイサンドラは、シオに命じて火種を用意させながらわたしに向き直って言葉を続けた。

「この村の(ルール)ではね。殺人を起こした者には、同じ様に殺人をもって償いを与えるという、誰にでもわかりやすい決まりが存在するのさ」

 その視線の先を休憩小屋に向けたマイサンドラは、鏃に藁束を巻き込んだ矢を用意するとその先端に着火した。
 殺意の衝動をまき散らすマイサンドラに、わたしもシオも閉口してしまった。
 傍らのクレメンスだけは、その言葉に飲み込まれながら同意の頷きを返す。蛮族が蛮族たる所以かもしれないけれど、わたしも今は蛮族の掟に同意したくなる。
 旦那さまやドロシアさまの留守中に、三〇人もの人間を殺めた者が、そのまま生きながらえるなんて道理は納得いかないですよう。

「死には死を。それがサルワタのやさしい掟だ」

 長弓から放たれた矢は、放物線を描いて大きく空に山を切った後。
 そのままするすると小屋の壁面に刺さって火の勢いを増しした。

「お前たち、小屋を火だるまにしてやれ!!」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ