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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

間章 サルワタ動乱編

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閑話 サルワタの優しい掟 6


 擬態の魔法を使い、森や草原の中で待ち伏せをする捕食動物のガーゴイルであるけれども。
 ギムルさんに掛け合ってドロシアさまが村長屋敷に残していた本を改めて調べてみると、もとは宗教建築に用いられていた施設の雨どいをさす用語として使われているのを見つけた。
 わたしたちミノタウロスの文化の中には存在しないものだった。
 けれども、いにしえの魔法使いたちの建立した古い古い時代の寺院には、女神様の恵みによってもたらされた雨を屋根の貯水タンクに一時的に集め、この雨樋から吐き出す聖水によって身を清めたりしていたと文献に残されていた。
 その寺院の雨どいでモチーフにされていたのが、ガーゴイルそのものだった。

「ワイバーンと同じ様に、魔法の咆哮(バインドボイス)を使ったりするものなんですかあ?」
「それはないわね。飛龍の仲間ではあるが体格は一回りも小さく、咆哮そのものはするが威力はまるでないの。けど擬態魔法だけでなく魔法で怪我を癒したりもするのは厄介な相手そのものよ」
「数は、どうなんですかあ。やっぱり群れで狩りをする相手、とか」

 村長宅にいったん招き入れられたマイサンドラを講師にして、ガーゴイルについて何も知らないわたしとタンシエルは熱心に質問を繰り返した。

「いいえ単独ないし若い個体は数頭で固まって行動するといった感じかしら。わたしが見た事はあるのは、狼ほどの大きさの兄弟と思う三頭が一緒に狩りをしていたのぐらいかしら。基本的には成体に近付いてくると、単独行動をするようになるはず。目撃されている個体も、幼体だったわけではないんでしょ?」
「そうだ。今のところは複数を目撃したという事もないし、俺の知っている馬並みのサイズをチラリと見た程度だと言っていた。そのまま遭遇した時は林の中に逃げ込んだそうだが」
「ふうん、そうなの」

 久々に湯を浴びて体を清潔にしたマイサンドラは、お風呂上りに書斎にあったドロシアさまの安楽イスに腰を落ち着けていた。
 濡れた髪を清潔な手ぬぐいで拭き取りながら我が物顔だ。
 やがてたいへん不遜な態度で、まるで自分がこの部屋の主の様に膝を組み、そしてご機嫌に肘かけに手を付く。
 ッワクワクゴロさんは黙っていたけれど、ギムルさんは相当に不満の表情をしていたし、わたしもギムルさんに同意見だ。
 チラリと視線を交わしたタンシエルも「そこに座っていいのは義父上さまか義母上さまだけ」とでも言いたげな表情だ。
 何しろ心のどこかにギムルさんですら安楽イスに座る事を遠慮するものがあったのか、みんなで調べ物をするために書斎に入った時から、ずっと腰を下ろさなかった。
 その場所に堂々と座り、大仰な態度を続ける。

「わたしは猟師として冬を越した数だけワイバーンをすべて単独で仕留めて来たわ。巨大な猿人間やマンモスは言うに及ばず、ガーゴイルやドラゴンもね。わたしが仕留められなかったのはにっくきこの村の人間たちだけよ」

 どこかで聞いたことのある論調をマイサンドラはまくしたて、最後には恨みのこもった表情を浮かべる。
 なるほど前半はニシカさんがよく言っていた口上で、師匠の受け売りだったのかもしれませんよう。

「わたしはサルワタの森の事なら何でも知っているから、任せなさい。近頃では鼻たれニシカが飛龍殺しの鱗裂きなんて言われているそうだけれど? そんなものはわたしに言わせればわたしの背中を見て真似っこをしていただけの事よ」
「あんたひとりで行くつもりか……」
「当然ね」

 何を当たり前のことを、という風にマイサンドラはふふっと笑って弟子のゴブリンさんを見返した。
 すると黙って様子を見守っていたギムルさんは血相を変えた。

「駄目だ。お前を一人にする事は許さない」
「どうして? まさかわたしが弟を見捨てて逃げる様な卑怯者だとでも思っているのかしら」
「ち、違うそうではない。万が一にもガーゴイルを見逃したらどうする」
「勢子を連れていって、ひとりでも怪我をさせたのなら、お前たちは弟を人質に取って無かった事にするかもしれないでしょう。それにわたしがガーゴイルを見逃すなんてありえない」

 義姉さんに似た顔に、義姉さんとはまるで違った凄みのある笑みを浮かべると、マイサンドラは前のめりになってわたしたち一同を見回す。
 ギムルさんの表情を見ていると、どうにかマイサンドラが暴走しない様に彼女が予想した通り、オッサンドラを人質にして何とか言う事を聞かせようとしていたみたいだ。
 けれども、ここにいる男のひとたちは、どうもマイサンドラに頭が上がらないというか、やりにくそうな顔をしているばかりだった。

「ひ、人質などと人聞きの悪い事を言うな。ガーゴイルを無事に仕留める事が出来れば、お前の弟は約束通り解放してやる。仮に義母上が何か言ったとしても、村の事は俺が決める権利があるはずだ」
「その言葉、わたしとしては信用するしかないけれどね、けれど森に入るのはひとりだけで行くわ。仮に弟を人質に取ってくれても構わないけれど、わたしは自分の狩猟を邪魔される事だけは許せないの」
「……そこまで言うのならば、わかった。お前が帰ってこなかった時は殺す。結果を出せなくても殺す。その条件ならばひとりで送り出してやろう」
「その代わり、ガーゴイルを仕留めても約束が違う様な事があれば、あなたを殺すつもりでいるから、覚悟していなさい」
「…………」

 無言で睨み合う女猟師とギムルさん。
 そうしてしばらくすると、ふんと鼻を鳴らして見せたマイサンドラが新たな要求を口にした。

「長弓を用意しなさいよ。あいにくわたしはこの村に身一つで出戻りしてきたので、狩猟道具なんて持ってきてないの」
「し、しかし村の人間たちは短弓しか使わない。村の倉庫にも長弓は常備していないぞ」
「鼻たれの弓があるでしょう。あれを持ってくればいいわ」

 マイサンドラの要求する弓は、わたしたちが使っている短弓とは違い長耳のニシカさんが得意にしていた長大なロングボウだった。
 ニシカさんはいくつかの弓をコレクションしていて、お手製のものも含めてうちのお屋敷にあったのを覚えている。
 旦那さまの大切な家族のニシカさんは、外交遍歴の旅に出る前にはうちのお屋敷に住んでいたのだから、探せばあったはずだけれど。

「駄目だ」
「さっきから聞いていると、あなたは駄目だ駄目だとそればかりを口にするけれど、何のつもりなの」
「当人の許可も無く勝手に持ち出すと後で問題になるぞ」
「ガーゴイルを仕留めたいのに、そんな悠長な事を言っていていいの? 出来る限りの準備をして、森に入る必要があると言うのに。被害が出てからでは遅いんじゃないのかしら」
「お前こそ立場をわきまえたらどうだ。お前は仮にもこのサルワタを裏切った人間で、ここに居るみなから疑われている立場なんだぞ」
「あの、ギムルさん……」

 何だかとても険悪な雰囲気になって、ギムルさんとマイサンドラが睨み合う様な格好になって、新妻のタンシエルが庇う様にギムルさんの腕を押しとどめた。
 ギムルさんは腰に吊っている剣を今にも掴もうと怒気をはらんでいる。
 旦那さまの言っていた評価では、ギムルさんは戦士の訓練は受けていなくて独学で剣を振るっていたぐらいだ。
 たぶん猟師として俊敏に森の中を自在に活動していたマイサンドラを相手では、勝ち目がない。
 旦那さまがこの場にいれば何も恐れる事も無かったのに。
 本当にこの女を解放して狩りに送り出す事はただしかったのですかね、旦那さま……

「ま、まってくれみんな。ギムルの旦那も落ち着いてくれ。俺の嫁が結婚する時に嫁入り道具にと手製の長弓をプレゼントされたものがある。街で購入したかなり上等なものらしいからマイサンドラ、あんたも気に入ってくれるはずだ」
「ニシカの嫁入り道具? ッワクワクお前、シオと結婚したのかい。ふうん」
「今はその話はいいだろう。とにかく明日の朝一番までには用意させるから、それで勘弁してくれ。ギムルの旦那もここは俺の顔を立てて……」
「むむっ」

 ゴブリンさんの取り成しで険悪な雰囲気だったその場をどうにか収めたわたしたちは、それぞれ自分たちの家にと解散して戻っていった。
 マイサンドラは晴れて地下牢を出獄出来たわけだけれど、その一晩の宿はッワクワクゴロさんのお屋敷で過ごす事になった。
 村長のギムルさんの部屋に残していては、また何か揉め事が起きてしまうかもしれない。
 事実、見送りのために出てきたギムルさんは、最後まで夜の暗闇の中マイサンドラさんの背中を睨み続けていた。

「シエル」
「はいタンヌダルクお嬢さま」
「蛮族は短気な人間ばかりで大変だと思いますけれど、わたした誇り高き野牛の女たちは、夫をしっかりと支えないといけませんからね」
「はい、心得ています」

 短気を起こしかねないギムルさんを上手く躾ける事が出来るのは、彼よりも年上のタンシエルだ。
 村人全員に恨み骨髄の邪気をまき散らしているマイサンドラは、ギムルさんでは抑え込めないんじゃないですかねえ……

「義母上さまと義父上さまがお戻りになるまでは、問題なく村を纏めていたいものです」
「聞こえているぞ。大丈夫だ、俺は短慮を起こすつもりはない」

 そんなわたしたちのやり取りを目ざとく聞いていたギムルさんが、暗闇の中に背を向けてこちらにはにかみ笑いを浮かべていた。

     ◆

 翌朝、狩猟道具一式を揃えて単独でサルワタの深き森の中に侵入したマイサンドラは、そのまま姿を消してしまった。
 文字通りこつ然と消息を絶ってしまったのだ。
 
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