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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

間章 サルワタ動乱編

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閑話 サルワタの優しい掟 5

更新お待たせしました!

 蛮族の村にはどこでも必ずあるという石塔にはふたつの役割があった。

 ひとつは高台に建てられている場所を利用して、見張り台から領内を一望する事だ。
 サルワタの広大な森と遥か遠くわたしたちの故地のあった山々の麓、建設中の湖畔の城もゴルゴライへと続く街道もぐるりと見渡せて、ワイバーンの襲撃に晒されている辺境の蛮族たちは、ここで監視を行っているのだそうだ。

 もうひとつは、城を持たない田舎の村々にとって、戦争になれば最後の立てこもり場所として砦の役割をするためのものだった。
 このサルワタでも唯一の石材建築の建物として、高さ四階建てほどのこの場所は、螺旋の階段にそって小さな部屋がいくつも配置されて、小窓からは弓矢や魔法を発射できるように工夫されていた。
 その地下には要人や犯罪者などを幽閉する事を目的に、地下牢も用意されていたのだ。

 むかし旦那さまと義姉さんは、この地下牢ではじめて出会ったのだと聞いていたけれど。
 実際に見ると聞くとではまるで違う、ロマンの欠片も無い様な汚らしい場所だったのを記憶している。
 旦那さまがオッサンドラを殺しそこねた時に、ここへ幽閉されていた事があった。

 その場所に義姉さんの従姉にあたるマイサンドラが拘置されていた。
 今では村一番の猟師なのだと聞いていた鱗裂きのニシカさんや、猟師親方のッワクワクゴロさんにとっては狩猟のイロハを教えてくれた師匠の様な存在なのだとか。
 あの恐ろしいワイバーンを単独で狩猟出来る人間のうちのひとりだと聞いた時には、もしもそのひとがわたしたち野牛の一族に居たのなら、きっと故地を捨てる事も無かっただろうとわたしとタンシエルは密かに顔を見合わせたものだ。

「いいか、マイサンドラという女は非常に気位が高い。ユルドラの親爺さんから手ほどきを受けた猟師としての腕は間違いないけれど、何事も自分の想う様にならないと気が済まん人間だからな。たぶん俺がお願いをしたところでいい顔をしないだろう。ギムルやよそ者のあんたたちでは尚更だ」

 石塔の扉の前にやってきたゴブリンさんは、わたしたちをぐるりと見回しながらそう言い切った。
 優れた猟師であるという事は、戦士としても油断ならない相手に違いない。
 そんな風に考えてたわたしとタンシエルは、嫁入り道具として持ち込んだ野牛の鎧を身に着けて武装していた。
 わたしの場合は旦那さまの装備であるメイスと盾を背負っていて、家族でお揃いの短剣を腰にさしている。
 タンシエルの場合はわたしの使用人だった頃から愛用している長剣を吊っているし、彼女は女だてらに闘牛の腕も確かだったから、いざという時の護衛としては申し分ないと思う。
 それにスルーヌの女幹部だったクレメンスは、普段から剣を腰にさしている人間だ。
 まるで剣術が駄目だというギムルさんは因数外なのだろうけれど、猟師親方のッワクワクゴロさんも、きっと頼りにはなると思う。

「武装した状態ではマイサンドラが警戒するのではないか」
「だからと言ってここにはシューターも居ないからな。前にマイサンドラを取り押さえる時だって、ニシカがいなければ大変だったんだ。これぐらいの用心は必要だ」

 ギムルさんとゴブリンさんはそんな会話をした後に大きくため息をついた。

「あまり不用意な発言はみんなもしないでもらいたい。怒らせると協力を得られなくなる可能性があるからな」
「わ、わかりましたよう。余計な口は利かない様にします」

 地下牢の鍵を改めていたわたしは、少し不安な気持ちがこみあげてくるのを我慢しながらそう返事した。
 無言のまま石塔の扉を開くと、ランタンを持ったッワクワクゴロさんを先頭に、わたしたちが続いていく。
 領主さまであるギムルさんが最後尾だ。
 もしも何かあった時に逃げだせるようにギムルさんの側にはタンシエルが控えていた。

「何だか暗いし臭いし湿っぽいだす」
「地下牢なのだからしょうがない。お前の村でも石塔は似た様なものだったろう?」
「んだす。子供の頃は悪戯をすると石塔の牢屋にぶちこまれるだと、親に脅かされたもんだす」

 クレメンスとギムルさんの交わす会話が石塔の中を響き渡った。
 コツコツと螺旋の階段を降りていくと、その行き止まりにいくつかに区分けされた地下の牢屋があった。
 汚らしく、外の光も入り込んでこない湿気に満ちた空間は腐臭に満ちていた。

「弱虫ッワクワクの声がしたかと思ったら、見慣れない顔の連中もご一緒だね。おや、お前は図体ばかり大きい腰抜けギムルじゃない?」

 その腐臭に満ちた空間の奥から、女の声がした。
 まるで地下牢の主の様に石の壁に背中を預けたマイサンドラは、失礼その物の態度でッワクワクゴロさんやギムルさんを見上げている。

「……そちらのお嬢さん方は、ミノタウロス? ふうん、この村も牛面の猿人間なんかを自由に出入りさせる様になったんだ。村長さまもいよいよ男日照りでヤキがまわったのかしら」
「…………」
「残念ながら、今の村長はギムルの若大将だ。アレクサンドロシアさまは領主の地位をお譲りになった」
「……そうなの。別に興味ないけど」

 片膝を抱いてギムルさんを見上げていたマイサンドラは、終始こんな感じでわたしたちを挑発する様に言葉を口にしていた。
 こんな調子で協力を要請する事は出来るのかしらと、わたしとタンシエルは顔を見合わせてしまう。

「それで、新しい村長さまと猟師親方がそろってここに顔を出したという事は、そろそろわたしの処刑が決まったという事かしら」
「マイサンドラ、あんたの腕を見込んで、ひとつお願いしたい事がある」

 まずはじめにッワクワクゴロさんが、そしてその次にギムルさんとタンシエルが汚れた地面に膝をつた。
 これじゃまるで旦那さまがやっている様に平伏だ。
 クレメンスもわけのわからないままに続く。
 どうしてこの誇り高きミノタウロスのわたしまで平伏しないといけないのだ……
 そんな思いになりながらも、みんながそうるのだからと仕方なく見習う。

「サルワタの森の外れで、ガーゴイルが出没しているという目撃情報が出たんだ」
「…………」

 平伏した顔を少し上げてみると、先ほどまで片膝を抱いていたマイサンドラがゆっくりと上体を起こして立ち上がるのが見えた。
 体を洗っていないからかワンピースの下から薄汚れた肌だけが眼に飛び込んでくる。
 表情を伺いたかったけれど、これ以上見上げて何かを言われるのは駄目なので我慢だ。

「村の連中にさんざん馬鹿にされ続けてきたわたしに、いまさら村のために協力しろと? 虫が良すぎるはなしじゃないかしら」

 冷たい声がわたしたちの耳に届く。

「今の俺たちではガーゴイルを仕留める事は出来ない。あんたの腕がどうしても必要だ」
「ニシカがいるじゃないの。あの()なら、ガーゴイルだって上手く見つけて仕留める事は出来るんじゃないの?」
「残念ながらニシカはいまこの村に居ない」
「ッサキチョの旦那がいるでしょう」
「春にワイバーンに食われてもう死んだ」
「……ならあの全裸を貴ぶよそ者にお願いすればいいじゃない。弟の喉を潰し、カムラも殺し、ニシカと共同でワイバーンも仕留めた事があるんでしょう? その上バジリスクも倒したというし」
「し、シューターは今、辺境歴訪の外交使節団としてよその街にいる」
「じゃあ女騎士の村長さまにお願いすればいいじゃない。あのひとも、ガーゴイルを討伐した事があったはず」
「前の村長さまも、今はゴルゴライにいる」
「…………」

 お互いに無言になって、マイサンドラと顔を上げたゴブリンさんが睨み合っていた。

「わたしにとっては、村の人間がどれだけ死のうが関係ない。あいつらは猟師を、弟たちをずっと虐げ来たんだ。いまさら頼める人間がいないからといって頭を下げて来るのは、都合がよすぎるわ。おととい来なさい」

 わたしもこの村の人間たちがわたしたち家族を奇異の眼で見て、決して受け入れようとしていない事は嫌だと思っていた。
 だからマイサンドラがこの村の人間を憎んでいるのだと知った時、その点だけは妙な親近感がわいた。

「弟は生きているの?」
「シューターに潰された喉は直らなかったが、まだ生きている」
「弟の治療に当たったのは確かマテルドさまだったわね」
「確かにその通りだ」

 土下座したわたしの視線の前で、はだしが右に左にと行ったり来たりしていた。
 考えているのだろうか。
 このひとはッワクワクゴロさんが言うほど、頼りになるのだろうか。
 無言のままそんな状況がしばらく続いた後にッワクワクゴロさんの前でゆっくりとしゃがみこむのが見えた。

「わたしは捕まってから今日まで毎日、女神様に祈りを捧げ続けていたわ。絶対に信仰心を忘れずに、祈り続ければ、わたしは現世で不幸であっても、次に旅立つ異世界ではきっと幸せになれる。村の人間たちが、わたしやお前に対してどんな仕打ちをして来たか、ッワクワクも覚えているだろう」
「……」
「猟果が無ければごく潰しと罵り、獲物を仕留めてもこれっぽっちしか捕まえられないのかと、食べれる肉は殆どみんな持っていく」
「…………」
「そのくせ、わたしが教会堂に行って祈りを捧げていると、知恵も無い猟師の分際で教会堂に来るのは身の程知らずだと笑っていた。どれだけ馬鹿にされて、どれだけ笑われたろうね。せめて女神様に祈りを捧げる事だけが唯一の心の安寧だったのにね。それすらも邪魔されたのよ」

 この村の差別意識の様なものは本当に酷い。
 わたしにもその点だけはマイサンドラに同意してしまう。
 隣の小屋の奥さんなんかは、わたしが井戸の前でお洗濯をしているだけでも化け物を見る様にして逃げていくのですよう。

「ところがどうかしら。その女神様の助祭であるマテルドさまが、弟を救ってはくれなかったのよ」

 オッサンドラは、旦那さまの一撃で喉を潰された。
 一時は命も危ぶまれる立場だったはずだけれど、生かさず殺さずの状態で助祭マテルドが治療に当たったのは確かだった。
 司祭さまの話を聞いたところ、助祭マテルドは聖なる癒しの魔法の使い手としてその腕は司祭さまよりもずっと上だったらしいのに。
 それでもオッサンドラを完治出来なかった。
 夏の始まりの出来事を思い出した時に、たまらずわたしは余計なことを口走ってしまった。

「確かに、ガンギマリーさんはマテルドがわざと手心を加えているんじゃないかと言っていたのですよう」
「ガンギマリーというのは、騎士修道会の聖少女さまの事かしら? たぶんそれが事実なら、口封じのためにわざと喉を直さなかったんだわ」
「そうかもしれないですね。マテルドもしょせんはブルカ伯の一族で、スパイだった女ですから。あなたは結局のところあの一族に利用されていただけですよ?」

 いち度口を開いてしまった以上、続けなければいけない。
 みなさんの注目が集まっているのも理解しながら、わたしはそう言い切った。

「……あなたは何者なの? ミノタウロスのお嬢さん」
「サルワタの騎士シューターの第二夫人、誇り高きミノタウロス族長の妹タンヌダルクです」
「ふうん。あの全裸男の嫁ね」

 しゃがみこんだままのマイサンドラは、しばらくそのまま腕組みをして何事かを思案していた。
 その顔は義姉さんとは血縁があるだけに、どこか似たところがある。きっと体を清潔にして陽の明かりの元でみれば美人さんなんだろう。
 その顔に凄みのある微笑が浮かんだ。

「いいわ、わかった。協力しましょう」
「本当かっ?!」

 その言葉にギムルさんが喜色を浮かべたけれど、次に続けるマイサンドラの言葉にすぐにその表情を引っ込めてしまう。

「ただし条件がある。わたしは村の人間のために何かをするなんて絶対に嫌だし、口先ばかりで結局は仲間でも何でもなかった女神様の信徒を語るマテルドさまも気に食わない。弟を解放しなさい。弟は奴隷に混じって労働をさせられているのでしょう?」
「ちょ、それは絶対に村の警備責任者としてわたしは同意できませんよう?!」

 義姉さんを辱めた男を、村で野放しにするなんて事は絶対に許されない。
 本当は旦那さまもわたしも、殺してやりたいぐらい憎たらしいのに。

「ならせめて、領外追放にしてちょうだい。喉の不具を治してくれたのなら尚いいわ」
「……治療については、聖少女どのがこの村に戻った時に掛け合ってみよう。せめてそれまでの間は労働から解放してやる。領外追放の件も、アレクサンドロシアさまに掛け合ってやる」
「そう。ならその条件でいいわ。本当はオッサンドラをお貴族さまにでもしてやりたいところだけれど、そのミノタウロスのお嬢さんが許してくれなさそうだしね」
「と、当然です!」

 腰に手を当てて偉そうにしていた女囚は、笑ってわたしを見下ろしていた。
 本当にこの人が信用できるのだろうか。わたしにはまだわからない。

「さあ、さっさとこの汚らしい地下牢からわたしを解放してくれるかしら。ガーゴイル、討伐するんでしょう?」
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