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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

間章 サルワタ動乱編

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閑話 サルワタの優しい掟 1

 
 北のミノタウロス諸部族を率いているのは、兄さんのタンクロードバンダムだ。
 兄さんは誇り高きミノタウロスの指導者らしく知的で男らしくて、それでいて部族の伝統である闘牛でも、周辺諸族随一の強さを誇る闘牛士だった。
 さすが兄さんです!

 だからわたしは、世が世ならば王女さまお姫さまと部族のみなみなさまにもてはやされる様な高貴な身の上だったはず……
 けれども現実は全裸を貴ぶ部族の奥さんをしている、寂しい主婦にすぎない。

「それもこれも、ワイバーンが何もかもいけないのですよう。聞いてますか、あかちゃん?」
「キュッキュッベーッ」
「あかちゃんにまで馬鹿にされて、キィ悔しい!」

 わたしは、ひとりぼっちの食堂でテーブルに腰掛けながらお食事をしていた。
 膝の上には旦那さまが飼っている躾の悪い肥えたエリマキトカゲが一匹。
 正妻のカサンドラ義姉さんや旦那さまが、この肥えたエリマキトカゲを我が子みたいにして大切にしているので、第二夫人にすぎないわたしなんかは邪険に扱えないのだ。
 家族のみんなが留守にしたお屋敷で寂しく生活をしていると、こうしてこの肥えたエリマキトカゲがわたしの側にやってきて、一緒に居てくれるのだ。

 旦那さまがまだ村にいた頃は、わたしにひとつも懐いてはくれなかった。
 それどころかちょっと悪戯をしてそれを叱りつけようとしたら、歯も無いのにバジルちゃんったら、わたしの手を噛んでいやいやをするのだ。
 これがもし旦那さまのペットじゃなかったら、兄さんに言いつけて焼きトカゲにして食べてしまうところですよほんとう。
 けどそんなものを食べて大喜びするのは、蛮族エルフのニシカさんか、それこそ旦那さまぐらいのもの。

 だから今日もバジルちゃんが「ご飯をおくれよ」とわたしの食べている美味しい牛肉を欲しがった時は、少しだけ与えてあげる事にした。この際どちらが偉いのか躾けてしまおう。

「本当にしょうがないですねえ。毎日お魚では満足出来ませんかあ? 近頃は少しだけ体も大きくなってきたし、栄養を考えてバランスよく食べないといけませんからねえ」
「キャッキャッキャ」
「そうです。このお肉は兄さんが居留地から差し入れてくださった脂のしたたる霜降り肉なんですよう。旦那さまにもまだ食べさせた事の無い特上肉ですよ」
「キッキッキー」
「バジルちゃんも欲しいですか? 欲しいなら、ママの足の裏をお舐めなさい。そうして金輪際、わたしの命令には従うのですよ? おトイレをする時は決まった場所でするのです。それから……」

 わたしが朗々とお肉をあげる対価を要求していると、肥えたエリマキトカゲは突然不機嫌になって、わたしの腰の上で暴れ出した。
 駄目です。いくら暴れてもちゃんと要求を呑まないと、お肉はあげませんよ!
 フォークに刺したお肉を高い高いしてみせると、バジルちゃんでは背伸びしても手が届かないので無意味だというのに必死だ。
 そこでテーブルの上に乗れば届くのだけれど、賢いのか賢くないのかこの肥えたエリマキトカゲはそうする事は無かった。

 もしかすると以前、お食事中にテーブルの上の旦那さまのご飯をつまみ食いしようとしたところ、義姉さんにこっぴどくお叱りを受けたのを覚えているのかも知れない。
 義姉さんは旦那さまにはとてもお甘いのだけれど、この赤ちゃんや家族の内向きのルールについてはとても厳しいひとだから。

 何だかお留守にしていていても、義姉さんの作った我が家のルールをしっかりと守るバジルちゃんが哀れな様に見えてきた。

「しかたないですねえ。足を舐めたらちゃんとあげます。さあ、お舐め、うふふ、旦那さまがお留守にしている今、我が家を束ねているのは蛮族の騎士夫人であるタンヌダルクさまですよ。フンスッスッス!」

 肥えたあかちゃんを床におろしてみせると、あかちゃんはわたしの命令通り、靴を脱いだ足を、舌足らずなそれでペロペロと舐めはじめた。
 こっこの子、実は人間の話している言葉が通じているのかしら?
 チラチラとわたしが手にしているお肉に視線を向けている辺り、実はそうなのかも知れなかった。
 肥えたエリマキトカゲ、すっ末恐ろしい子ッ。

「ひゃん、だめです、くすぐったい……も、もういいわぁあかちゃん。約束のお肉をさしあげるから、お屋敷の留守を預かるわたしの命令に従うのですよう。はあン……」

 ついつい恍惚とした表情になってしまいながら、お肉をあかちゃんに差し出した。
 ちょっとくすぐったいけれど、何だか新しい楽しみを覚えてしまったような気がして、もういち度、もういち度だけお肉を与えて舐め……
 そんな事を考えながら「さあもういち度舐めなさい」と足をあかちゃんに差し出したところ、

「タンヌダルク、お前さんは何をやっているのだ?」

 っわ、ッワクワクゴロさん?!
 食堂の入り口にはあきれた顔をしたゴブリンの猟師親方が、腕組みをしながら立っていた。  
 違うのですゴブリンの猟師さん、こっこれはあかちゃんの躾を……!
 我ながら言い訳の言葉が見苦しいかも知れなかった。

     ◆

 村長さまがお呼びだと言うので、わたしは急いで身支度を整えて夕暮れに照らされる開拓村の中を急いでいた。

「こんな夕刻に、村長さまは何かあったんですかあ?」
「いや、アレクサンドロシア準女爵さまが何でも折り入ってお前に話があると言っていたぜ」

 道中、何かよくない知らせが旦那さまから届いたのかと思って聞いてみたところ、ゴブリン猟師の親方がわたしの質問に応えてくれた。

「そうでした、今は村長さまじゃなくて準女爵さまというのでしたね。まったく蛮族の称号はよくわからないものばかりですよう」
「俺たちもまだアレクサンドロシアさまを見かけると村長さま、ギムルの旦那を見かけると若大将と呼んでしまう癖が抜け切れていないからな。ただあのご領主さまは即決即断のひとだから、これはと決めた事はすぐに実行しないと気が済まない性格だからな。俺たち村の幹部の人間がしっかりと呼ばないと、村の連中に示しがつかねえぜ」
「わっわかりました。準女爵さまですねえ。ところで」
「ん? 何だ姉ちゃん」
「今回の呼び出し、やっぱりよくない、事なのでしょうかね?」

 旦那さまにやはりよくない事が……
 そう言ってわたしが不安顔を浮かべたところで、小さなゴブリンの猟師親方を見下ろしながら改めて探りを入れてしまった。

「どうだろうな。村長さ……準女爵さまからは何も聞かされていないし、新たに手に入れたゴルゴなんたらとスルなんたらという村も、今のところは平穏無事な状態らしいぞ。ギムルの旦那も奥さんが出来て、幸せそうにしているから、今のところは何ひとつ問題はないはずだが」

 はて、と太い首を捻りながらッワクワクゴロさんは考え事をしていた。

「じゃあ何でしょう。ギムルさんのところに嫁いだタンシエルに、何か問題があったのでしょうか?」
「そうかも知れねえし、そうじゃないかも知れねえ。ま、そういうのは行ってみればわかる事だぜ」

 おおかた、夫婦生活はどうだとか聞いてくるのかもしれないぜ。
 考えなしのゴブリンさんはそう言って、口をニヤニヤさせてみせた。
 まったく蛮族は緊張感が無いからいけませんね! 旦那さまに言いつけますからね!!

「ところでタンヌダルクさんよ」
「何ですか助兵衛なゴブリンさん!」
「ミノタウロスというのは、ペットに足の裏を舐めさせる習慣でもあるのか? あんたは嬉しそうな顔をして、ペロペロさせてたけどよ」
「そっその事はみなさんには黙っていてくださいねっ! 特に旦那さまには絶対秘密厳守です!」

     ◆

「わらわは明日より、この屋敷を退去する事にした」
「ええと、それはタンシエルとギムルさんが新婚生活をするから、という事ですかあ?」
「まあそうだな。早く孫の顔を見たいものだが、わらわがいては励むものも励めないだろう。そなたもこちらに来て、ソファに座るがよい」

 村長さま改め準女爵さまのお屋敷を訪れると、見知った新婚さんのタンシエルに導かれて、書斎にわたしは通された。
 お屋敷ではルクシという蛮族のお女中さんがご奉公に上がっていたけれど、今は湖畔のお城にお引っ越しをする準備で実家にもどっているらしかった。
 ドロシアさまに勧められるままにわたしがソファに腰を落ち着けると、ドロシアさまは微笑を浮かべながら小さな酒杯をふたつ用意して、手ずからそれを注いでくれた。
 リラックスして、呑めというドロシアさまなりの気遣いなのだろうけれど。
 もしかするとお呼びだしをされた理由は、タンシエルが何かドロシアさまに粗相でもなさってお怒りになられたとか?!
 タンシエル、新婚早々何かやらかやらかしたのかしら!
 だから本当は居心地が悪くて、お屋敷を出ると……

「それじゃ村長邸をお出になってから、どちらにお住まいになられるのですかあ? もし場所がないのでしたら、野牛の居留地にある屋敷をひとつ用意させる様にしますけれども」
「その気遣いは無用だ。わらわは何処にいても仕事とお兄ちゃん……コホン、シューターからの連絡が届く場所であればそれでいいからな。野牛の居留地はさぞ文化的な場所で住み心地も良いとギムルからも聞いているが、さすがに隣の村や領地に出かけるためには、いささか場所が奥まっているからのう」
「わ。わかりました、それでは旦那さまのお屋敷にお引っ越しされるのはどうですかあ?」

 わたしがそう提案したところ、ドロシアさまは何が面白いのか口角をつり上げたあとにあっはっはと笑った。

「いやすまんな、つい笑ってしまったが。お前も家族がおらんので、寂しい思いをしていたと見える」
「そそ、そんな事はないですよう」
「しばらくはそなたの兄にも忙しく働いてもらわなければならにので、村や居留地を留守にする事も多くなるだろう。それに、」

 ドロシアさまはそう言ってひと口お酒を含んだ後にこう続けた。

「シューターもカサンドラも、しばらくはリンドルという街で他の辺境諸侯たちと会合を重ねているだろうからな。色々とすまない事をしたとは思っているが、これも役目だ」
「はい、心得ています!」

 旦那さまも兄さんも頑張ってお勤めをしているのだから、わたしも余計な心配をかけないようにお留守を守らなくては。義姉さんからのお言いつけだもの。

「そして、謝りついでにもうひとつそなたに言わなければならぬ事がある」
「えっとやっぱりシューターさんに何か?」
「何かあったと言えば、あった。無かったと言えば無かった。単刀直入に言う。実は騎士修道会との同盟にあってな」
「同盟にあたって?」

 普段は歯切れのよいご領主さまだけれど、今夜ばかりは会話の途中で酒杯をよく口に運びながら、ためらっている風にお話をする。
 わたしも酒杯に口を運びながら次の言葉を待つことにした。
 見ている限りは危機存亡の時、という話しぶりではないみたいなので少し安心した。
 あ、これはハチミツのお酒だ。美味しいですよう!

 ようやく観念したのかドロシアさまはひと息に口を開いて次の言葉を言いきる。

「ガンギマリーどのとシューターが婚約して、血縁同盟を結ぶという体裁をとる必要があった。これは領主や組織同士の釣り合いをとるために必要なことだが、そなたとシューターの例を見ればわかるだろう。しかしお兄ちゃんはあくまでわらわの部下という立場で釣り合いがとれない。そこでわらわとお兄ちゃんが、相互の同盟が対等なものであることを示すために結婚する事にした。これならばわらわの夫とガンギマリーどのの結婚で対等だ。ついでにエルパコもお兄ちゃんと結婚したので、報告をしておく」
「ぶっ!!」

 わたしはハチミツ酒を口から盛大に噴出した。

「す、すいませんアレクサンドロシア準女爵さまっ」
「……いやよい、驚かせる様な事を言ってしまったからな。それにこれからはお兄ちゃんという夫を共有する、わらわたちは言わば義姉妹だ。この程度ではわらわは怒らん」

 愛想笑いそのものを浮かべたドロシアさまはそう言って手ぬぐいを引き寄せると、化粧ののったその顔をゆっくりと拭いていた。
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