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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

間章 サルワタ動乱編

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閑話 アレクサンドロシアの野望 風雲禄 10


 すっかり冷めてしまった酔いの中で、わらわは思考の片隅に残り続けていた疑問について考えた。
 疑問とはすなわち不安と言い換える事が出来る。
 サルワタの開拓村にある教会堂で働いていた、ブルカ聖堂会から派遣されていた助祭マテルド。
 彼女はブルカ辺境伯の一族に名を連ねる者だった。
 父の名はベネクトと言って五人の子供がいた。マテルドは確かその末の子供だったはず。

「どうされたのだご領主?」
「いや、少し考え事をしていただけだ」
「ツダの村という場所の領主の座を手に入れられなかったのは惜しかったなご領主」
「フン、あれはブルカ伯の罠であろう。仮に手に入れたところで場所は飛び地だ。これから戦争をはじめるという時に、わざわざ飛び地を守るために兵力を差し向けなければいかん」

 馬を寄せてわらわの顔を見やったタンクロードに、そう答えた。
 つまりは証人となるべき女神の代理人たる宗教者を介さず、神に誓いを立てる起請文も用意していない状態でマテルドとツダの領地をお互いに賭けたところで、実質それは無意味なものだったと言える。

「フンス。という事は、仮にこの場で領地をご領主が手に入れても、後で幾らでも取り返す事が出来るという風に蛮族の大領主は考えたというわけだな」
「そういう事だの。仮にわらわがその領地を餌に、ブルカ周辺のミゲルシャールと敵対している領主を取り込もうと考えたとしても、この短時間のうちに使者を送り出して外交的に口説く事は無理だ」

 何しろわらわにとって懐刀とも言えるシューターは、リンドルで大身の辺境諸侯を糾合しようとしている。
 せめてお兄ちゃんとッヨイを振り分けて使う事が出来るのなら話は別だが、戦力の分散は何らいい結果をもたらさないだろう。

「つまりアレクサンドロシアさま、あれは本当の意味で酒の席での余興だったんですか……?」
「そういう事さ、エレクトラ」

 夜風に揺られながら馬を闊歩させ、シャブリン修道院への帰路を進んでいる。
 族長タンクロードに話しかけられた時も疑問について、ミゲルシャールの真意がどこにあるのかについて、ずっと頭を整理させていた。
 真夏の終わりが差しかかっているのか、昼間はまだまだ残暑が続き湿気の多い日々であるけれど、こうして月が空を照らす時刻になってみると、そよぐ風はずいぶんと心地よいものになっていた。
 ほんの少し前、ツダの村で過ごした夜などは、あまりの暑苦しさから一糸まとわぬ姿であってもべっとりと汗が肌を濡らしていたものだ。
 そこをいくと、今は胸の谷間や胸下、脇こそ汗を免れないものの、首筋に注ぐ空気そのものは冷たい。

 秋になれば陽射しこそ暑さを残しているが、空気そのものはいくぶん冷たくなるはずだ。
 そして今時分から初秋にかけてが夏麦の収穫時期となる。
 トウモロコシはそれよりも少し早くて、夏の盛りから秋口までが収穫の頃合いだ。今が一番、村の農民たちが忙しくしている頃合いだろう。

「それにしても、あのマリリンマーキュリーとかいうオレンジハゲの息子は変人だったね。あたしは気がふれている男かと思ったよ」
「あんなのが跡取り息子だというのであれば、蛮族の大領主も苦労が絶えぬであろうな。フンスッスッス!」
「どうだかねえ、あちこちの奥さん子供がたくさんいるひとだって話を、俺っちは(ブルカ)で聞いたことがあるぜ。奥さんの数はシューターの旦那とどっちが多いんだろう」
「少なくともあたしたちのサルワタにはアレクサンドロシアさまにギムルの旦那、シューターさんと三本柱があるからね。ひとりで頭を悩ませているからブルカ辺境伯はハゲたんだよ、アッハッハ」

 秋芋は文字通り秋の盛りから晩秋にかけてが収穫時期である。
 もっとも開戦時期が懸念される頃合いに差しかかるため、これは農家にとって間違いなく大きな痛手になる。
 戦場の設定場所がどこに定まるかによっても変わって来るが、仮にサルワタの本領がブルカ伯軍に押し込まれた場合、農民どもを徴用して兵士とせねばならず、収穫を捨てる事になるのだ。
 また、運よく本領での会戦を免れたとしても、新たに手に入れたゴルゴライやスルーヌが戦場になれば、この冬は飢餓を迎える可能性すらあり、領地経営を担う支配者にとって頭の悩ませどころである。

 条件はブルカ辺境伯領内でも同じはずであるが、ミゲルシャールめはどう考えているのか。
 辺境の民たちはその主食の多くを芋とトウモロコシに頼っているが、ヤツめはそのどちらを捨てるつもりであるか。

 ツダなど仮にフェーデに勝利して手に入れても、収穫の采配と冬に備える準備とで、勝手の分からない新たな領地を経営するのはとても厄介であるのだ。
 本領のサルワタからほど近いスルーヌやゴルゴライとは違い、気候と風土の違う場所であるから、手に入れてもわらわが苦戦する事まで織り込み済みの嫌がらせだったと言える。

「タンクロードさん。あたしにはわかんないんだけど、マテルドを賭けに持ちだした意味は何があったんですかね?」
「フンス、難しい質問だな。蛮族の考える事は高潔なるミノタウロスの俺にはわからんが、」
「わからんが?」
「恐らくオレンジハゲが勝利した場合、マテルドを殺そうが何しようが構わないだろう? という言質をとるつもりだったのかもしれないな。もし俺が蛮族の大領主であるならば、相手の注意を別の場所に引き付けている間に、反対側で破壊工作でもさせるだろう」
「裏をかくというやつですか?」
「フンス、俺ならそうする。マテルドと言うのは訓練を受けたオレンジハゲ蛮族のスパイだったんだろう」

 相手の注意を引き付けその裏をかく、か。
 エレクトラとタンクロードの会話を聞きながら、その様な言質をとる必要性が本当にあったかどうかについては疑問を感じたものの「裏をかく」という言葉だけはわらわの耳内に残った。

「ダイソンよ」
「ははっ」
「ツジンという男がスルーヌやゴルゴライを出入りしていたという証言があったな。あの者がその後どこに向かったかについて、何か情報はあっただろうかの」
「い、いえ。俺は何も聞いていません。野牛の旦那は?」
「フンヌ、俺も聞いておらぬぞ。エレクトラはどうか」

 あたしも知りませんとエレクトラが応えた後、三人の護衛たちは揃ってわらわに視線を向けてきた。
 この場にいる幹部が何も知らぬという事は、その後の消息について誰も知らないという事だ。
 あのツジンというミゲルシャールの側近、工作員らしき男は何をしているのだ?

「ナメルシュタイナーの消息も、未だ掴めていないという事であったな」
「あっはい、そうですぜ。セレスタを出てゴルゴライ近くを移動中だったところまでは掴めていますが……」
「もし何か新たな情報が手に入れば、聖堂会の伝書鳩網を使って連絡が来るはずだ」
「はい。その後の消息についてはイディオ卿が非常線を張って検問をかけていた後も、俺たちのところに何も情報はきていませんや」

 修道騎士イディオ卿は、現在ゴルゴライの代官的な立場にある。
 本来ならば騎士修道会の人間をその様にして使う事ははばかられるはずなのだろうが、何かと人手の足りないわらわの領内では、暫定的に留守居役を任さざるを得なかったのだ。

「気になるな。マテルドにツジン、それからナメルシュタイナーだ」
「あっそれとアレクサンドロシアさま。カサンドラ奥さまのお身内であるマイサンドラさまもですね……」

 そんな風に思考を整理させながら言葉にしてみせ、エレクトラがもうひとつ言い添えた時。

「!」

 ブルカ辺境伯がわざわざこの会談のために出てきた真意について、わらわは悟った様な気がしたのだ。
 こちらの注意を引き付けている間に、反対側で破壊工作をする!

「エレクトラ、ダイソン。わらわはこれより馬を返してゴルゴライに戻るぞ!」
「え、ちょ、今夜はシャブリン修道院に泊まるんじゃ?!」
「ならん、その様な事をしていて相手に裏をかかれては一大事だ」
「どど、どういう事ですか? あたしにはさっぱり……」

 狼狽するエレクトラの事は無視して、わらわはマントを翻して馬首の向きをかえた。

「タンクロードよ。お前は従属の野牛の兵士たちをまとめて、ゴルゴライへ帰還せよ。多くは歩兵であるから時間がかかるだろうが、そこは構わん。騎兵どもだけはわらわの護衛とする」
「応、今からただちにだな?」
「そうだ。しかしダイソンは……この際、酔いが冷めるまではタンクロードを補佐せよ。わらわは騎兵どもとエレクトラだけで向かうので、調子が戻り次第、お前はわらわを追従せよ」

 まだ赤ら顔をしたままのダイソンを見やり、わらわは最後に周囲を睥睨してそう叫んだ。

「仔細はカーネルクリーフどのに伝えてくれ。後は任せた!」

 手綱を引き、馬を駆け走らせる。
 マントは大きく暴れてみせたが、そんな事を気にしている場合では無かった。
 背後からエレクトラが追従する馬音だけを耳で確認し、わらわはいっそう馬を加速させるのだった。

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