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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

間章 サルワタ動乱編

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閑話 アレクサンドロシアの野望 風雲禄 8

投稿後、後半パートに加筆修正をしました。

「ま、まずその粗末なものを仕舞うか、さっさと用を足すか、どちらかにせよ」

 小便のやりかけで振り返った男ミゲルシャールに向かって、わらわは顔を背けながら怒声を放った。
 突然の事で、向こうもかなり混乱していたと見える。
 あまりにも無防備であったので、千載一遇のチャンスではないかと思ったが冷静になる。
 いっそこのまま斬り殺してやる事も出来るが、用便の最中に暗殺したなどと後で公正明大男のワッキンガー卿に追求されるのも問題だ。
 ミゲルシャールめは息子をあわてて便所壺の方に向けなおすと、その背中で不満を口にした。

「チッ生娘でもあるまいに騒ぐんじゃねえぜ」
「それよりも、後が控えている故に小便をするのならば、早く致せ!」

 いかにも馬鹿げたやり取りだったが、酒が入っているのでわらわもミゲルシャールめも必死だったのだ。
 ぶるりと身をゆすぶって見せるこの男に恨めしい視線を向けていると、

「んな事を言っても、俺は爺さんだから長いのよ。少々我慢してもらおうか。おっおっ、近頃はキレも悪くていけねぇや……」
「き、貴様。わざと時間稼ぎをしているのではなかろうなッ」
「うるせぇ女騎士だ。旦那に嫌われるぜ?」

 やはりこの男、斬り殺してやろうか……
 剣の柄に手を掛けながら、あえてカシャリとその音を響かせて脅してやろうとするけれども。

「まあ俺をこの場で斬るのはやめておいたほうがいいぜ」
「フン。辺境を荒らしまわるワイバーンの様な男だけに、わらわの殺気が感じられると見える」
「会談の後にな、ワッキンガーの若造が俺のところに来てこう言った。互いの領主が、それぞれの領地まで帰り着くまでが会談だとな。途中でそのどちらかが死んでも、あの正々堂々男は国王に訴え出るなどとぬかしやがった」

 ごそごそとズボンを引き上げてベルトを締めたミゲルシャールが、ようやく体ごと向き直ってくる。
 この場所でまるで似合わないような優雅なポーズをとって、スペースをゆずった。
 豪放磊落な性格だと思っていたが、こういうところでは騎士から成り上がったとはいえ貴族らしい部分ではある。
 が、顔は優雅とはいかない様だな。

「すまんな、では失礼して……」
「あの男は宣言した事は必ずやる男だからな。俺もお前ぇもここで斬り合いにでもなれば国王の代理人たる将軍サマに逆らった(とが)で、王都にしょっぴかれるわけよ。だからここで手出しは出来ない。だから安心して小便でも大便でもするがいいぜ」

 ドレスのすそをまくりあげて壺に腰を下ろそうとしたところで、ミゲルシャールは背を向けた。
 しかし立ち去るどころかそのまま廊下の壁に背中を預けたらしく、ガシャリと剣の鞘先がぶつかる音が聞こえる。
 何のつもりかといぶかしんでいると、そのままミゲルシャールが語り出すではないか。

「そういうわけだから、あの会見場で俺が戦争でカタを付けようと口にした事は嘘じゃないぜ?」
「ならばその勝負、正々堂々と受けてやろうではないか。言っておくがお前とは違って、わらわはこの手で直接、戦場を斬り抜けて来た自負心があるからな」
「正々堂々か、それは俺だって同じだぜ。ダテにこの齢で現役を引退していないという自負はある。まあ、お前ぇの様に騎馬に跨って最前線を槍持って駆け抜ける様な事はしねぇがな」

 何しろ俺は辺境伯さまだ。
 そんな風にミゲルシャールめがくつくつと笑って見せるものだから、先ほどまで呑んでいた酒もすっかり冷めて不愉快な気分になった。
 それにしても、スルーヌでわらわが槍を振るっていたという事実、すでにこの男は耳にしていると見える。

「お前の正々堂々とやらは、所詮は裏で陰謀を張り巡らせるようなもので信用ならん」
「馬鹿を言うな、お貴族ならば当然の事をしているだけだからな。あらゆる手段を講じて、戦争の主導権を奪うのよ」
「…………」
「だがまさか、正直なところ未亡人となったサルワタの女騎士どのがここまでの戦上手とは思わなかったぜ。ジュメェの氏族というのは侮れん」
「わらわの先祖は、お前たち王国の人間がこの辺境の開拓を始めるよりも古くから、この土地に住まい、この土地を支配していた分限者の氏族であるからな」

 西の平野より押し寄せて来る諸王国の軍隊と先祖のゴブリンたちは、何度も魔法を駆使し、軍略を練って追い返してきたのだ。
 そうした歴史を説いた軍学書や史書、魔導書の数々はわらわの書斎に未だに多くある。

「だからそなたも、計算が狂ったというわけか」
「そうだ。本当は時間をかけてゴルゴライ、スルーヌ、クワズ、サルワタと順番に骨抜きにしていくつもりだったんだぜ? ゴルゴライ領主は出世欲の強い人間だったからなふたりの息子の内、どちらかに新たな爵位を分与してやると俺が書簡を送ってやれば、喜んで味方をしてくれたぜ」
「その方法でスルーヌにも介入していたのか」
「くっくっく、どうだかなあ。俺はどこそこの領地を調略しろと、ただ命令を下すだけだ。その様な細けぇ言ぁ、部下のやることだぜ」

 用を足し終えたところでトウモロコシの葉を揉んで、拭きながら質問した。
 まったく、この様な場所でまさかブルカ辺境伯と密談をする日がこようとは思いもしなんだ。

「……つまり、それはツジンという男が考え出したのだな」
「よく知っているじゃねえか。あいつはな、おかしな傭兵や冒険者どもを連れてお貴族連中に自分を売って歩いているおかしな修道僧だったんだぜ。俺のところに売り込んできやがったから、面白ぇので雇ってやったんだ。使える男だな、あれはいい買い物だったぜ。がっはっは」
「言うではないか。どの様な策を弄しても、わらわは絶対にお前の思う様にはならんからの。それだけは覚えておくといい」

 立ち上がって下着のヒモを締め直し、ドレスを下ろしたところそう言ってやった。
 むしろ驚いているのはミゲルシャールめの方であり、わらわは剣を腰にさし直すと、何事も無かった様に廊下を歩きだす。

「いいな上等だ、俺はそういうのはぁ好きだぜ。サルワタの女騎士が強引に俺の(くさび)を咬み切ってみせるというのなら、それは楽しみだ」

 フン、眼にものをみせてくれるわ。
 わらわはミゲルシャールに背を向けると、早々に部下たちの元に合流しようと歩き出す。

「まあせいぜい死ぬなよ。俺と合戦場で会うまではな。そして楽しませてくれ!」

 いいきなものだ。
 わらわを含め、辺境の諸侯をさんざんオレンジハゲに食い物にされていたという事実が気に食わん。
 是が非でも、この戦争には勝利する。
 そして誰が勝者であるか思い知らせてやる。

 二階は個室席になっていて、囲む様に並んだ個室の前の廊下から酒場の一階ホールを見下ろす事が出来た。
 ふと廊下を歩きながら手すりの下を見やると、酒場の入り口付近にはタンクロードたち野牛の兵士どもと、ふたりの護衛が集まっている姿を見た。
 すでに支払いは終了しているらしい。
 ゆらゆらと巨躯を揺らしているダイソンを見やると、酒の回りは相当なものらしい。
 ふむ、頃良い切りあげ処であった様だな。

 そのまま手すりを触りながら会談を下りていこうとする直前の事。

「キャハハハ、親父このままこの女逃がしちゃうの? コイツ敵の総大将のアレクサンドロシアちゃんなんだろ? 首、このまま斬り落としたら終わりなんじゃねえの? ねえ? やっちまおうぜ?」

 わらわの首に白刃がすると伸びて、ピタリと止まった。
 夏の盛りであるというのにその白刃がひんやりとわらわの背筋を寒からしめるのである。

「親父ぃ、殺しちまってもいいんだろう?」

 そこには青白い顔をした、大きなクマを持つ痩せた若者が立っていたのだ。
 フン、やはり豪快さのなかに狡猾なところのある男だ。
 決着は戦場でなどと言っておきながら、わらわが油断したところで暗殺を仕掛けてきたではないか!

     ◆

 冷えた白刃の切っ先を指でつまみ押しのけてやると、狂ったような甲高い声の男が剣の構えを改めるのが見えた。
 こちらとしてもいつでも反撃が出来る様にファイアボールの心づもりだけはして、手に魔力を込めた。

「がっはっは! とんだ横やりが入ってしまったな。マリリンマーキュリーよ行かせてやれ」
「いいのかよ親父、千載一遇のチャンスなんじゃねえの? こんな細首落としてしまえば俺たちの大勝利だろう?」
「説明したじゃねえか、領地に帰るまでが会談だ。ここで売女騎士を殺せば、俺もお前ぇも一族郎党が王都に呼び出されてあべこべに首を討ち取られるぜ」

 耳をつんざく様な叫びをこちらに浴びせかけて来るが、わらわは剣を抜いて構える様な事はしなかった。
 この者は間違いなく愚か者だ。
 わらわを殺したところで自分たちが不利になる事実を理解していない。
 たぶんであるが、後先を考えずに物事を推し進めるタイプと見える。

「そなたの息子か」
「おうそうよ、マリリンマーキュリーだ。俺の数多くいる妻たちに産ませた子供のうちのひとりだな。マリリンマーキュリー、いいから剣を引っ込めねえか。サルワタの女騎士どのに挨拶してやれよ」
「ちい。親父は温いねえ、下らねえ。国王の命令なんて糞くらえだってんだ……」

 ようやく父親に諭されてか、素早く剣を腰の鞘にさした青白い顔の男は父親と同じ様にオレンジ色の髪をかき分けながら、こちらを見やったのである。
 握手だと?
 今度は妙にフレンドリーに振る舞って不気味な笑みを浮かべる。

「親父どのの命令だ。見逃してやる売女」
「フン、出来の悪い息子を持つとお前も大変だな。青白い顔の眼にクマどりなぞを化粧して、まるで道化師だな。あっはっは。ん?」

 この様な不出来な若者に売女などと何度も言われるのは気に食わん。
 よく見れば色白の顔は、男のくせに化粧をして眼のクマはメイクで出来た悪相であった。
 よほど自分を威勢良く見せたいためにその様な姑息な事をしているのであろう。

 売り言葉に買い言葉というわけではないが、手出しができない事も理解したうえで軽く煽ってやると、目の前の顔色の悪い男が悪相を浮かべて、睨みつけて来た。

「待てよ売女のアレクサンドロシアちゃん。親父はああ言っているが、命のやり取りをしないんだったら別にいいんだろう? 俺が道化かどうか確かめさせてやってもいいんだぜ?」

 やはりこいつは底なしの馬鹿だ。
 呆れた顔をしたわらわに対して、背後でその父親ががっはっはと大笑いをする声が聞こえた。

「そいつは傑作だ。おうマリリンマーキュリー、剣で武力解決手段(フェーデ)は駄目だぜ。間違いがあったらいけねえからな、この売女はそれでゴルゴライを掠め取った」
「…………!」
「だが勝負事をするのは楽しいじゃねえか。ここは酒場で、酒席での余興は付き物だ」

 なあ、いいだろう? 売女騎士どのよ、と大きな口をニタつかせてミゲルシャールめが言い放ったのである。
 馬鹿にするのも大概にせよ!

「いいだろう。わらわに喧嘩を売った事を後悔させてやる。この道化め!」
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